桜霞
2024-08-08 18:04:35
5073文字
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【復活】遣らずの雨

本当は原作沿い長編を考えてたんですけどとりあえず鉄は熱いうちに打って刺せ! ということでダイジェスト短編。
※原作シモン編までのネタバレを含みます。
※原作終了してから10年後くらい。
※ゴリゴリに自我のある夢主

===以下、読んでも読まなくてもいい夢主設定===

名前:ネームレス。
年齢:主人公たちプラス2くらい。
設定:いわゆるトリップ系主人公だが、本人に前世の記憶とかそんなもんはなく、もちろん異世界転生トリップぶちかましてる自覚もなく、主要キャラクター等に会うと「あ、こいつ、この後あーしてこーしてこーなるやつだ」と気付くことができる(そういうイメージが脳裏に浮かぶ)。予知と言うよりは俯瞰寄りの視座であり、どちらかというと記憶を思い出す感じとほぼ同じことに早々に気付けたため、「もしかして私……予知能力持ってる!?」と厨二を発揮することなく終わった。よかったね。
他のパラレルワールドではヴァリアーの雲の守護者にまで昇り詰めてミルフィオーレをギリギリまで追い込んだり、未来でめちゃくちゃ体張ってたりしてたらしい、という記憶を受け取って、「そんなガッツありませんけど!?」ゲーン!! とショックを受けるなどする。ダメツナほどではないがフツーに一般人なので全然ダメダメである。後輩の前ではカッコつけて見栄張りたいタイプの先輩。
山本のめちゃくちゃ重傷を中傷くらいにまで抑えることはできたが、その分めちゃくちゃ痛い思いをした。もう二度とやりたくない(でもいざとなると躊躇なくやる)。

 彼女に初めて会ったのは、市民プールでのことらしい。ツナに泳ぎを教えてやったとか。俺は全く覚えてないけど。


     ◆


 シモンファミリーの聖地である無人島の設備がようやく整ったから、みんなで遊びに来てよ、と炎真から誘いがあったのが数週間前。
「海だーっ!」
 沢田綱吉をはじめとしたボンゴレファミリーは、三泊四日のリゾート旅行に訪れていた。
 きゃあ、とはしゃぐ声が漣に攫われていく。しなやかな足が白い水飛沫と戯れて、向こうの方では人を乗せたビニールボートがぷかぷか浮いていた。
 柔らかい砂が透ける程の碧い海に、他の観光客の姿は無い。眩しい砂浜にはいくつかのビーチパラソルにベッド、そして簡単な飲食を用意できる小屋があった。わらの屋根を支えるのはしっかりとした柱だけで、洒落たキッチンカウンターにはよく潮風が駆け抜けた。
「はい、水分補給」
「あ、ありがとうございます!」
 差し出されたグラスには、すっきりとしたレモンの香りが漂う炭酸が注がれていた。泳いだのに熱を持っていた体が、内側から冷えていくのに、ほっと息をつく。
「あっちには行かなくていいんですか?」
 綱吉に聞かれ、彼女は「うん」よっこらしょ、とカウンターの内側にある椅子に腰掛けた。
「もうあそこまではしゃぐ体力ないよ」
「いや、二つくらいしか違わないでしょ、俺たち」
「眩しすぎるのよ、あんた達は」
 カウンターに頬杖をついて、彼女はどこか優しく眦を緩めながら言った。静かに、空に溶けて、波にさらわれていくような声音だった。
……山本をフッたのも、同じ理由ですか?」
 彼女は瞬いて、視線だけで綱吉の方を見やった。綱吉はほんの少しだけ罰が悪そうに、スミマセン、聞いちゃって、と頼りなく眉を下げた。
……まあ、あいつなら、あっけらかんと言いそうではあるけど」
「ああ、はい、まあそんな感じで」
「獄寺が笑って、スクアーロが酒の肴にした?」
「なんで知ってるんですか!?」
 ははは、彼女は気風よく、肩を揺らして笑った。
 彼女が山本に告白されたのは、数ヶ月前の話だった。メジャーリーグで有名になって忙しい山本だけではなく、大学を卒業する前から忙しかった全員がようやく集まった久しぶりの飲み会で、彼女はこっそり、山本の気持ちを伝えられた。
 どうして山本をフッたのか、どうしてフられたのか、その場では誰も何も聞かなかった。山本が、彼女を口説き落とせなかったことを、いい男になるための修行がまだまだ足りないと揶揄われるだけだった。よくよくできた男達だった。教育者の腕がうかがえるというものだと、彼女は変なところで感心した。
……どうしてフッたのか、聞いてもいいですか」
「山本が心配かい」
 いつか誰かに訊かれるだろうとは思っていたので、彼女は驚かなかった。特に綱吉は古くからの付き合いだ。
「それもありますけど。……山本のこと、好きだったんじゃ、ないんですか?」
 彼女は答えなかった。口元を頬杖で覆っていて、いつだって凪いだ水面のような瞳は、やはりどこか遠くを見つめていた。
「山本はさ」
 やがて、潮風が優しく二人を撫でる。かろ、とグラスが音を立てた。「未来で出会った私のことを、好きなんだと思うよ」
 彼女の言葉を聞いた綱吉の脳裏に、次々と映像が浮かんでは消えていく。森の中にひっそりと置かれた棺桶、異様な雰囲気に包まれていた並盛の街、何もかもが理解できない状況の中で、彼女は並盛の地下に造られた施設に匿われていた。

 ───久しぶりだな。海では泳げたか?

 ニヤリと悪戯っぽく笑った彼女は大人の女性の魅力に溢れていて、そんな人は知らなかったものだから、初めましてじゃないんですかと綱吉達は驚いたものだった。彼女は市営プールで泳げるようにしてやったろ、と苦笑したが、「まぁ、覚えてないんならいいや。ほとんど初めましてには違いない」この基地のシステム保守を任されてる、と自己紹介してくれた。
 それから何くれと、綱吉達は彼女の世話になった。日々の食事や生活は勿論のこと、修行に使うメカニックだったり、ボンゴレボックスやリングの手入れだったり、戦い方だったり。メローネ基地に突入する時だって、その後だって、彼女はいつだって、綱吉達の支えになってくれていた。そんな大人っぽくてカッコイイ彼女に、山本が憧れ以外の感情を抱いていたことを、本人以上になんとなく悟っていたのが綱吉だった。
……未来の私と、ここにいる私は、同じだけど、違うのにね」
 ほとんど抑揚のない声音が、綱吉を現実に引き戻す。
「ヴァリアーの連中もそこんとこ分かってねえんだよなあ」
「え、まだ雲の守護者に勧誘されてるんですか」
「あんたのとこの独立部隊でしょ、なんとかしてよ」
「無理言わないでください……
 俺の言うことなんて聞くわけないでしょ、と綱吉が苦笑する。彼女は微笑むだけで、それ以上は何も言わなかった。
……山本は」
 ほんの少しの沈黙の後、綱吉は考え考え、言葉を紡いだ。
「あなたが、未来で出会ったあなたに追いついたから、告白したんじゃないと思うんです」
…………
 彼女は答えなかった。まんじりとも微動だにせずに、綱吉の方へ一瞥もくれず、ただ、綱吉の言葉には意識を集中せざるを得ないようだった。
「俺は山本じゃないから、わからないけど」
 どうして、彼女のことを好きだと思ったのか。どうして告白しようと思ったのか。告白して、その先に、山本が何を望んでいたのか。
 綱吉には、わからない。山本から話してくれるまでは、待つつもりだった。
「でも、山本は、そういう間違え方は、しないと思います。たぶん」
……ボンゴレの超直感ってやつ?」
「十年来の付き合いですから」
 静かに、けれども力強く言い切る綱吉に、彼女は笑みを深めて、やれやれと言わんばかりに嘆息した。
「直感というか、勘なら、別でちょっとあるんですけど」
「何よ」
「あなたが、十年前に、身を挺して山本を助けた理由です」
「、」
 息を詰めた彼女が見せた動揺はそれだけだった。顎を引き、片眉を持ち上げ、綱吉の方を注視する。何を言ってるんだか、という素振りに、しかし綱吉とて動じなかった。
「たしか、Dの標的から外れたかったって言ってましたけど……あれ、嘘ですよね?」
……
「山本のこと、助けたかったから、助けた。そうじゃないんですか?」
……
 彼女は答えない。それこそが、答えだった。
……
……
 痛いほどの沈黙が落ちる。しかし、綱吉は彼女からまっすぐ、目を逸らさない。
 やがて、彼女は特大の溜息をついてテーブルに突っ伏した。
「はーあ、嫌いだボンゴレなんか」
「えぇ!?」
「うるせー、もう一人の未来の自分とかいう永遠にかなわねーやつに嫉妬する私の気持ちにもなれちくしょうが」
「ひ、開き直ったよこの人……
「私のことなんか、何も知らないよ。あいつは」
……
 はて、それはどうだろう、と綱吉は思ったが、これ以上は余計なお世話な気がして、そっと口を引き結んだ。
「恋に恋してんのさ。年上への憧れなんてそんなもんよ。あいつはいい奴だから、そのうち小綺麗で可愛いこ、連れてくるよ」
「うーん。でも、山本、諦め悪いしなあ。負けん気強いし」
「恋は勝ち負けじゃありませーん」
「それはそうですけど」
「諦めの悪さなら私だっていい勝負……、お」
 彼女がのそりと起き上がる。きゃあきゃあ可愛らしい声が近づいてきたとあって、綱吉は溶けた氷しか残っていたなかったグラスを一息で空にした。
「はー、たくさん遊んじゃった」
「ツナさんだけ涼んでてずるいです!」
「ボス、みんなが呼んでる……
「ありがとう、クローム」
「いらっしゃい。何か飲んでくかい」
 すっかりバーテンダーな雰囲気の彼女に、京子達は「後で!」揃って楽しそうに答えた。
「今から死ぬ気の? ビーチバレーボール大会だそうです!」
「私たち、二人とも誘いにきたの」
「おやまあ。先に行ってな、軽く飲み物作ってから行くから」
 はあい、女子達の声が揃ったかと思えば、はしゃぐ声があっという間に遠くなる。行きましょうツナさん、と手を引かれる景色は、十年経っても変わらない。
 微笑ましく見送って、彼女は冷蔵庫の方に踵を返した。景観を損ねないよう、バーテンダーの腰から下の高さにわかりにくく設置されている冷蔵庫を開ける。
「お、ビールみっけ」
「、」
 思わず肩を強張らせた彼女が振り返るより早く、山本はカウンターをあっさり飛び越えた。そのまま彼女の背後から腕を伸ばし、瓶を一本、あっさり持っていく。
……驚かせないでよ……
「ん? わりーわりー、」
 喉乾いちまって、と手際よく蓋を外し、ごくごくと気持ち良さそうに男の喉が上下する。晒された胸板から筋を視線で辿りそうになって、彼女は意識して冷蔵庫の方へ向き直り、ジュースとスポーツドリンクをいくつか取り出した。
「手伝いに来たんだけどさ。バレーの前に、みんなに水分取らした方がいいと思って。いやあやっぱうめえわ」
「あんたねえ……
 呆れた風情を装いながら、彼女は山本に背を向けた。カウンター下に収納されていたクーラーボックスを取り出し、今度は製氷器から氷を移していく。山本は追加で幾らかビールを取り出した。
……酒は水分補給にはならないわよ」
「わかってんだけどなー」
 重くなったクーラーボックスを、そうと感じさせずに山本が持ち上げて、今度は蛇口から水を加えた。彼女が出していた飲み物も次々放り込んで、彼女が何か言う間も無く、慣れた仕草でベルトを肩にかけて持ち上げる。
 流石元運動部、こういうことはお手のもの、と彼女はできるだけ山本を意識しないように思考を飛ばした。盛り上がった肩甲骨あたりの筋肉とか、絶対見てない。背姿もかっこいいなんて、絶対思ってない。「……あのさ」
 不意に、山本が足を止める。彼女は意識して、いつもの顔を取り繕った。山本がこちらを半身顧みたので、視線を外さないわけにはいかなくなった。だって、

 ───純な光を宿した瞳が、彼女を射抜く。

 ……だって、至極いつも通りにしなければ、余計な気を使わせてしまう───
「えっと。……水着、すげー似合ってる」
「───、」
「へへ、それだけ」
 誤魔化すようにはにかむ山本に、彼女はようやく、どうにかして「ありがと」と口にした。似合ってるでしょと堂々着ていた水着姿が、急に恥ずかしくなってきて、じわり、頬が熱を持つ。
……顔、赤いけど」
 言われて、山本から顔ごと視線を逸らしていたのだと気づく。低くて滑らかな声音が、そっと彼女を伺った。
「体調、悪いか?」
 甘やかす響きに、からだの内側が、か、と熱を持った。なんてことないわと言いたいのに、熱くなるばっかりで、どうにも思うように体を動かせない。顎に添えられた指にされるがまま、顔を上げてしまう。
……あとで、また来るから」
 山本は、笑っていなかった。ほんの少し揺れる瞳が、彼女のことを、捉えて離さない。
 もう、何を言われたかも、分からなかった。息をするのさえ、ままならないのに。
「ここにいて」
 こめかみに、柔らかい水音。


 山本の背姿を陽の光の中、遠くに見とめて、ようやく、彼女は息をついた。は、と小さく逃された熱が、けれども彼女の中から消え失せる気配はない。
 まともに息ができるようになっても苦しくて、どうにかこの苦しみから逃れたくて、彼女は踵を返してカウンターから、小屋から離れようとした。

 ───ここにいて

「、」
 それでも、見えない真綿の鎖が、彼女を堰き止める。
……、」
 ずるい、と彼女は詰ったが、形にはならなかった。ずるずるとその場にしゃがんで、蹲る。

 ───たった一度。ただ真っ直ぐに、見つめられたくらいで。

 それだけで、見つけてもらえたと、思うなんて。
「あぁー……
 自分のちょろさ加減が嫌になる。耳が熱くてやっていられない。
 頭を抱えて蹲る彼女を発見した山本が、本当に体調が悪いんじゃないのかと心底から心配して、彼女を無理やり抱えて館の部屋に戻るまで、あと───





To be Continued……



【遣らずの雨】人が帰るのを引き留めるかのように降る雨。