【なに清】十二月_仕事

※大量クロスオーバー現パロ
※なんでも許せる人向け

【登場人物】
片岡桜:ボディーガードに進化したすがた
エンキドゥ:桜の先輩
ギルガメッシュ:桜の雇用主
オジマンディアス:美しいもの総じて好き
ニトクリス:オジマンディアスの秘書
クレオパトラ:知る人ぞ知るデザイナー
シェヘラザード:知る人ぞ知るストーリーテラー




 屋根がついているショッピングストリートには赤いマフラーを巻いた白いトナカイの人形とクリスマスリースが交互に飾られ、ブティックショップにはこの冬新作のコートやクリスマスカラーのアイテムがスポットライトを浴びている。
 雑貨屋など、入り口を開放している店からは、軽快な鈴の音や聞くだけで心が浮足立つような曲が流れており、世の中はクリスマスムード一色だった。
「そうか、クリスマスか」
 男とも女とも断じる事が出来ない声と外見を持つエルキドゥが、ようやく得心がいったとでも言うように、ふと声をあげた。
 それまで周囲を予断無く警戒していた桜は、結局その言葉を聞き逃すことができず、エルキドゥに視線を寄越してしまった。
「貴様、仕事中であるにも関わらずそのような些末事に思考回路リソースを割いていたのか。一度首を飛ばして中身を一息に洗浄するか?」
「さすがに壊れちゃうなぁ」
 ごめんごめん、とエルキドゥは軽い謝罪を述べた。まったく、とギルガメッシュは嘆息したが、「ま、気持ちは分らんでもない」と言葉を続けた。
 道行く人が互いに「ハッピーホリデー!」と声をかけあっている。サンクスギビングデーという、日頃からの感謝の気持ちを伝えるイベントが終わると、ニューヨークの街は来るクリスマスとニューイヤーに向けて心持ちを切り替えたようだった。
「パパラッチも減るからな。仕事への気概が削がれるか?」
「まさか。でも、優秀な後輩がいるからね。確かに、少し気が緩んでいるかもだ」
「かもではない、たわけ」
 優秀な後輩と称された桜は、再び周囲の気配を探り始めた。優秀だと評価を得ているのであれば、それらを裏切らないような成果を上げなければなるまい。街全体がクリスマスで浮かれているからと言って油断はできないのだ。家族で過ごす暖かな夜も、ともすれば悲劇の一夜となる可能性だってある。サンタクロースだって殺人を犯す世の中だ。桜は目的地のホテルが視界に入っても警戒を緩めなかった。
 ギルガメッシュのボディーガードとして仕事を始めてから一年も経っていない。それなりの成果を上げなければ不要と即断する彼の元で働くということこそが重圧になり、桜は一度たりとも心穏やかに過ごせた試しが無かった。
 心身ともに疲弊しているが、仕方ない。これも仕事の内である。桜は意識して深い呼吸をゆっくりと繰り返した。
 エルキドゥがホテルのフロントでカードキーを受け取り、最上階へと向かう。ワンフロアすべてが一部屋として数えられる、所謂スイートルームだ。
「黄金の、随分遅かったではないか!」
 慣れた足取りでカーペットを踏み込んだギルガメッシュを出迎えたのは、エジプトの資産家としてその名を馳せているオジマンディアスだった。傍らにはニトクリスが控えている。
「待たせたな、太陽の」
「貴様でなければ即刻首を刎ねておったわ!」
 エルキドゥがにこやかにニトクリスに手を振った。桜は目礼し、ニトクリスは少しだけ微笑んで、首肯で返す。
「では、オジマンディアスさま。私はひとつ下の階におりますので、何かあればいつでもお呼びください」
……ニトクリス、貴様、まさか、先ほどの余の言葉を聞いていなかったわけではあるまいな?」
 瞬き一つでオジマンディアスの声音が低く、硬くなる。「め、滅相もない!」ニトクリスは慌てて言葉を連ねた。
「ですが、その……この後、一つ下の階に居るのは本当なのです。クレオパトラと、相棒のシェヘラザードを呼ぼうと……それに、もし万が一のことがあれば……
 しどろもどろと狼狽えるニトクリスに、オジマンディアスの眦が吊り上がる。その肩を、「まぁ良いではないか」とギルガメッシュが軽く叩いた。
「女、お前たちはお前たちで勝手にするが良い。万一があったとしても、我ら二人の守りなど、エルキドゥのキャパシティ内だ。案ずるでない」
「え、は、」
「まどろっこしい、これ以上は不敬であるぞ。我の物を愚弄するか。摘まみだせ、そして戻って来るな」
「!?」
「お疲れ様でーす」
 桜はニトクリスの背を押して、エレベーターに乗り込んだ。エレベーターは一度グランドフロア、つまり一階まで降下する。ニトクリスが取った部屋に行くには、別のエレベーターを使わなくてはならなかった。
……叱られてしまいました……
 小さな呟きを拾い損ねる桜ではない。なんだかんだ顔を合わせる事が多い彼女が有能だと桜は知っていたし、優しい彼女はいつもあの声が大きい褐色肌の男に振り回されていた。
……休暇を?」
 あまりにも気落ちしているように見えたので、桜はつい声をかけてしまった。ニトクリスは驚いたのか反射的に顔を上げ、まじまじと桜を見つめてしまった。
「え、えぇ……、クリスマスだということで」
「エジプトではクリスマスなど無いと思っていた」
「あぁ、」
 イスラムの国ですからね、確かに、とニトクリスは頷いた。
「えぇ、他宗教の救世主の復活祭を、国をあげてやるわけではありませんが……最近はもっぱら商店などが販売促進イベントとして活用していますね」
 あなたの国もそうでしょう、と水を向けられ、桜は母国のクリスマスシーズンに思いを馳せた。
 クリスマスツリーを飾り、チキンを食べ、ケーキを切り、友人同士や恋人同士、あるいは家族間でプレゼントを交換するのが主な日本のクリスマスだ。実際にやったことはあまりないが。ニトクリスは、自分たちもそう変わらないと言って微笑った。
「では、本来日本では、年末に何を?」
「掃除」
「そうじ」
 オウム返しに返すニトクリスに、桜は頷いた。
「普段やらないところまで、家じゅう文字通り、隅から隅まで」
「それは大変ですね。あなたも自分の家を大掃除するのですか?」
「あぁ……
 そう言えば、そろそろ年末なのだった。例年ならばそれこそクリスマス前後にアパートの自分の部屋を大掃除して、冬期休暇が始まる二十七日などから師匠の屋敷の大掃除を手伝っていた。あそこは蔵の中の物も手入れするので師匠一人では手が回らないのだ。
 今年は手伝えるだろうか。桜は今後の日程を脳裏に思い浮かべてみたが、どうにも難しそうだった。
 盆正月くらいは母国に帰ろうと思っていたが、結局は無理だったなと嘆息する。それに何を思ったのか、ニトクリスは「あなたも苦労しますね。シドゥリもよく働いています」と二人を労わった。
 桜は「ありがとう。あなたも」とシドゥリの分まで礼を言い、ようやく止まったエレベーターの扉に手を添えて、ニトクリスを先に降ろした。
「ここアメリカでは、家族で過ごすものらしいですね。アイルランドには行かなくていいんですか?」
 アイルランド、と口の中で繰り返して、桜は直後、何とも言えない表情を浮かべた。ニトクリスは思わず目を瞬かせ、小首を傾げた。
……なにか、あったのですか?」
……いや、特には」
 クリスマスはこっちに来いと誘われていたような、そうでなかったような記憶が朧気に浮上する。仕事が忙しい、とだけ返して、それからはメッセージに既読すらつけていない。
 日本に帰るというとじゃあそっちに行くと言いそうなところが桜の抱く彼らのイメージを厄介なものにさせていた。
 桜はまだ自分を妹のように構いまくるアイルランドのクー・フーリン達に、この仕事をしていると告げてはいなかった。兄の真那賀でさえ猛反対をしたというのに、桜の兄貴分を自称する彼らが否やを唱えないはずがない。下手を打つと面倒なことになるだろうというのは容易に想像がついた。
 けれども、これらは桜が勝手に思い込んでいるだけとも言える。それが良心に少しだけ引っ掛かり、桜は彼らにどう対応すればいいか少しだけ悩んでいた。とにもかくにも真那賀との大喧嘩がこたえたのだ。
 とりあえず、とニトクリスは桜に向き直った。
「あなたも今日はこれでおしまいでしょう? きちんと疲れを取って、また明日からもお励みなさい」
「お気遣い、有難く」
「では、これで」
 ニトクリスは長い髪を翻し、ハイヒールの踵を鳴らして、ホテルの廊下を奥の方へと進んでいった。その背を見送って、桜も踵を返す。
 戻って来るなと言われたが、休んでいいとは言われていない。道路を挟んだ向かい側の二十四時間営業のカフェに飛び込むと、桜はコーヒーを頼み、防弾コートの襟を引き寄せ、なるべく風が当たらない場所を陣取った。
 おそらく明け方にエルキドゥから連絡が入るだろう。それまでは起きていなければならない。桜はイルミネーションの光を眺め、一度瞑目し、そうしてゆっくりと瞼を押し上げた。
 そこに穏やかな光は一切映らない。桜はただ静かに己の仕事に徹していた。
 人が少なくなった店内には、賑やかなクリスマスソングが繰り返し流れていた。