【なに清】一月_センター

※大量クロスオーバー現パロ
※なんでも許せる人向け

【登場人物】
片岡桜:推薦あるぞと土方先生に言われたのが天啓すぎた。
安倍昌浩:めちゃくちゃ気を使ってたつもり。
騰蛇:それなりに気を使ってたつもり。




 冷え込みが一層厳しくなる第三土曜日、大学入学者選抜大学入試センター試験が全国各地で行われた。その様子は各放送局で話題にされ、疲労をにじませた学生達が緊張した面持ちでテスト用紙に向き合っている模様が各家庭のテレビに映し出された。
「あー、センターか」
 共有スペースの炬燵で温まりながらニュースを見ていた安倍昌浩は、湯気が立っているお茶で暖まりながらふと自分の横に視線を巡らせた。
 もこもこの半纏に袖を通し、ひたすら蜜柑を剥いている桜が視界に入る。昌浩は違和感を覚えて首を傾げた。
 国公立大学を受験するならば絶対に避けては通れないセンター試験が始まった。センター試験は土曜日と日曜日の二日間にわたって行われる。私立大学を主に受験する学生は一日目の国語、社会、英語を利用する。各大学が用意している入試方法のうち、センター利用、あるいはセンター併用という手法を利用するためだ。
 短期大学や専門学校、あるいはどこかに就職するという進路を取らないのであれば、大抵の高校三年生はセンター試験を受験する。ええと、と昌浩は思考回路をフル回転させて、自分の記憶を総ざらいした。
……桜って……高三だよね……?」
 桜は蜜柑を剥く手を止めて、昌浩に視線を移した。何度か瞬いた瞳は、「それがどうした」と雄弁に語っている。
……センターは?」
 テレビを指さすと、桜はどこか納得した風情で蜜柑を剥く作業を再開した。
「もう決まってる」
 半分に割られた蜜柑を一口で頬張った桜の言葉を理解するのに、昌浩は数瞬時間を要した。
 もう決まった。何が。この話の流れだと大学だが、まだどの私立大学も試験は始まっていないはずだ。
……えっ?」
 桜はもう半分の蜜柑を口に放り込んだ。
「推薦」
 短く告げられたそれに、昌浩はぽかんと口を開けて、その瞳を丸く見開いた。
「いつの間に!? どこ行くの!?」
「せいりょー」
「清涼、えっ学園!? あっうちの!? えっ!?」
「どうした、昌浩」
 ソファで仕切られている反対側の部屋からぬっと長身の影が居間を覗きこんだ。名を騰蛇と言うが、昌浩は好んで紅蓮と呼んでいた。
「紅蓮……桜がいつの間にか大学合格決まってた……
「は? 今日がセンター本番なのに何言って、……
 騰蛇はふとテレビの後ろの壁にかけてあるカレンダーを見やった。今日は間違いなく一月第三土曜日である。そして時刻は午後二時を過ぎようとしていた。世の受験生は絶賛試験中である。
……どうしてここにいるんだ現役生」
 早くも新しい蜜柑を剥き始めた桜は素知らぬ顔で瞬きなどをして見せた。騰蛇の頬がひくりと引きつる。昌浩は、まさかそんなはずはと、恐る恐る、騰蛇に聞いてみる事にした。
「まさかとは思うけど……紅蓮、知らなかったとか……
……
 騰蛇は答えなかった。沈黙を肯定と受け取った昌浩は、これじゃもしかするとこのアパートの住人皆知らないのではと思わず口を手で覆った。
「俺達に言わないのは、百歩譲って良しとして」騰蛇は震える声をどうにか抑えて桜に問うた。「お前、真那賀には言ってあるんだろうな」
 桜は蜜柑を口に入れたまま首肯した。その後で一回首を傾げたが、入学金振り込みの話をスマホのトークアプリでしたのを思い出して、もう一度頷く。
「えぇぇ……したの? ほんとにした?」
「した」
「ならいいけどさ……
 騰蛇は肺の底から空気を吐き出した。何故こいつは毎回こちらの肝を冷やすようなことをするのだろう。本当にやめてほしい。気遣いとか自粛とかいう言葉を奴の辞書に刻み付けたい。騰蛇はなんだかどっと疲れて、そのままソファに座り込んだ。
「報告ぐらいしてよ。余計に気遣っちゃったじゃんか」
 唇を尖らせた昌浩に、桜は少し思案する素振りを見せた。
……どうしたの?」
……私の受験は終わっても、他は終わってない」
 昌浩は目を瞬かせた。桜は静かに言葉を続けた。
「直接会うことはほぼ無いだろうが、……巡り巡って、周りの耳に入るのは避けたい」
 大学受験は将来の進退を決める大きな一歩足りえる。悲しいかな未だ学歴社会の風潮が色濃く残っているこの国では、最終学歴が将来の就職先や年収などに大きく関わってくることがほとんどだ。
 そのため、大学受験生の神経は常に重圧をかけられている。周囲が気遣ってリラックスさせようと試みても、逆効果になる場合が多い。
 加えて、合否の結果は本人にのみ影響を与えるものではない。誰もが必死になるからこそ、確執や衝突が生まれる。
 桜はそういう重圧まみれ、気遣いまみれの、息をするだけで疲弊するような競争からは一抜けた。勿論、それ相応の努力や研鑽は重ねてきたし、獲得してきた偉業は誰しもが成しうるものではない。合格判定が出た後も、特別課題がコンスタントに継続して課されている。
 けれども、桜だけは、もう受験を終えたのだ。
……まぁ、それが、桜なりの気遣いだっていうなら、仕方ないけど……
「気持ちは分らんでもないがな……
 二人は揃って同じように、複雑なこの感情をどう言葉にしたものかと顔を歪ませたが、結局上手く表現できずに口を噤む事になった。
……あ、でも」
 これだけは言わせてね、と昌浩が桜をまっすぐに見つめた。桜もきちんと応え、昌浩の視線をしっかりと受け止めた。
「桜、大学合格おめでとう。受験、お疲れ様」
……ありがとう」
「うん。今度お祝いしなきゃね」
 優しく微笑んだ昌浩に、騰蛇も目元を和ませた。
「仕方ない、今日の夕飯は好物にしてやろう」
「!」
 このアパートの食事事情緒一切を取り仕切る男の言葉に、桜が音を立てて騰蛇の方を顧みた。その様子がおかしくて、昌浩は声を上げて笑った。
「で、何がいい」
「湯豆腐、水炊き」
「鍋か」
「鳥、地鶏」
「材料にこだわれと。はいはい、わかったわかった」
 桜が拳を握りしめて、ガッツポーズをする。「良かったね、桜」昌浩がわざとらしく言うと、桜は頷いて、食べるつもりだったらしい蜜柑を竹籠の中に戻した。
……紅蓮、雑炊の準備もした方がいいかも」
……みたいだな。よし、買い物に行くぞ。手伝え、昌浩」
「はーい」
 騰蛇がソファから立ち上がり、早速玄関の方へ移動した。昌浩は湯呑の茶を飲み干して、机に手をついて立ち上がる。
「うっわさっぶ」
 炬燵布団から体を出した途端、冷たい空気が肌を撫でて、昌浩は一度大きく体を震わせた。
「留守番、頼んだ」
 桜が右手で敬礼するのを見届けて、昌浩は部屋から上着をひったくると、玄関へと小走りで移動した。騰蛇は既に原付バイクのエンジンをかけていた。
「えー、寒いじゃん!」
「我慢しろ。ほら早く乗れ」
 引き戸の音が大きく響いて、少ししてからバイクのエンジン音が遠くなっていく。桜は早くも待ちきれなくなって、寒さも忘れ、納戸にカセットコンロを探しに、炬燵から抜け出した。
 いっそ祝いなど、と思っていた桜だったが、それはそれ、これはこれ。彼女の頭の中はすっかり今晩の鍋のことで一杯になった。我ながら現金なものである。そう自嘲する声とは裏腹に、桜の心は羽が生えたかのように、軽く浮ついていた。