【なに清】三月_卒業

※大量クロスオーバー
※なんでも許せる人向け

【登場人物】
片岡桜:よく先輩にご飯をごちそうになっている。
藤井冴美:よく先輩に進捗確認される。
沖田総司:仕切り役は性に合わない。
斎藤一:実は弓道部と兼部している。
原田燐:実は寂しがり。
土方葵:実は一人でも結構平気。
沖田南:お菓子大好き。
斎藤霧乃:しっかりもの。ちょっと抜けてる。
藤堂佳奈:平助の妹。しっかりもの。実は甘えた。
雪村千鶴:お茶を淹れるのがうまい。
二条朔也(ノルンノネット):個性的な面子を相手取れる唯一の生徒。
志村新八:拒否権がそんなにないメガネ。
柊京一郎:まァこいつしかおらんな、と皆に思われている。
太宰治:ちゃんと先生してる。
土方歳三:剣道部鬼の顧問。




 二月の厳しい寒さがおおよそ過ぎ去ったものの、一部の頑固者が、暖かい春に紛れてまだ居座る気配を滲ませている、初春。
「在校生、起立!」
 次期生徒会長、柊京一郎の号令に従って、大体育館後方に座していた、約二百名が立ち上がった。
 中央に用意された席に腰を降ろしていた男女約三百名の内何人かが後方を顧みる。
「卒業生、起立。全員、礼」
 大体育館前方にきっちりと整列している生徒約二百名が、揃って頭を下げた。顔を上げた彼らの胸には、小奇麗な一輪の花のコサージュが制服を鮮やかに飾っている。
 三月中旬が始まるこの日。清涼学園高等部は、卒業式を迎えていた。





    ◆     ◆     ◆





「はぁ~とうとう卒業かぁ~」
 手の中で深緑色の筒を弄びながら、燐はどこかぽかんと呆けたような顔をして歩いていた。その隣を国公立受験が控えていていまいち感慨に浸れないらしい葵が歩いている。
 二人は人気の少ない廊下を演劇部の部室に向かって進んでいた。これから、卒業を祝うパーティーを催してくれるらしい。自分達が出演した演目のDVD再生も予定されているらしく、何を上映されるのか正直気が気ではない。
「そーいや葵、あんた、生徒会の方は行かなくていいの?」
「え? あ、あぁ……
 頭の半分は受験対策で占められている葵は、燐の問いに答えるために、久々に脳をフル回転させたような心地に陥った。
「生徒会は確かに部活動だが、私としては、こちらを優先すると前から言ってある」
「ふーん。二条とかは? よく一緒に仕事してたじゃん」
 前生徒会長だった二条朔也とは仕事仲間(修羅場)を越えた間柄だと互いに自負しているが、だからこそ卒業式後の自由な時間は彼を始めとする生徒会ではない、他の何かに使いたかった。それに。
「二条とは、最後のホームルームが始まる前に済ませた。問題ない」
 よくもまあ二年間連続で生徒会長を務めたものだ。生徒からの要望が厚かったとは言え、新生徒会長へのプレッシャーには同情を禁じ得ない。葵は実は次代生徒会長柊京一郎の事をすごく心配していた。
 とはいえ、そんなことはおくびにも顔に出さなかったけども。
「ならいいけどさ」
「ところで、今、演劇部には誰が残っているんだ?」
「全員残ってると思うよ。だって、年明けた直後の定例公演で、裏方のスタッフに二年面子が全員いたもん。役者は一年がメインだったけど」
「そうなのか」
 がらり、懐かしい、およそ一年ぶりの引き戸を開ける。
 直後、わっと教室が湧いた。
「先輩!」
「わー先輩だ!」
「すごい、先輩だ! ちゃんと先輩だ!」
「みなさん、せーのっ!」
「ご卒業、おめでとうございまぁす!!」
 まるでヒーローに出会った少年のように。王子様を見かけた少女のように。
 けれども結局、最後は演劇部らしい、喧しい大声で。
「声が大きい!! 他の部活に迷惑だろう!! ありがとう!!」
「あっはっは、お前ら変わってねえなぁ!!」
 ごめんなさーい! とお調子者の南が声を張り上げて、霧乃が窘める。佳奈がお菓子を勧めて、千鶴が皆に飲み物を配った。他の部員も、思い思いに過ごしている。

 あぁ、帰ってきたなぁ。

 そうか、もう戻ってこれないな。

 抱いた心は、懐かしい甘さと穏やかさを引き立てる爽やかな酸味になって、二人に染み渡っていった。





    ◆     ◆     ◆





「来年度からはお前たちが最上学年だ」
「頑張れよ」
 清涼学園高等部の剣道部においてすべての優劣を決めるのは、総合的な強さだ。
 現在日本における剣道大会は個人の部と団体の部で大まかに分かれている。個人戦は文字通りたった一人での孤独な戦いだが、団体戦はそうではない。
 先鋒、次鋒、中堅、副将、大将それぞれに意味があり、役割がある。清涼学園剣道部最強の名を争っているのは沖田と斎藤だと常日頃から世間ではもてはやされているが、二人にとってはそうではなかった。
 今まで個人戦しか味わったことのなかった二人は、初めて団体戦を経験して得たことがいくつもある。己が強いと認識していたそれはきっと間違ってはいなくても正しくはない、ということを学ぶことができたのは、三年生がいてくれてこそだ。
 彼らが居たからこそ、自分はのびのびと剣を振るえた。自由に、ただ強い剣で在ることができた。眼前の敵を斬り伏せ、薙ぎ払い、お前たちなど我らの足元にも及ばないと、先陣を斬ることができたのだ。
 彼らのようになれるだろうか。柄ではない、と背を向ける自分もいる。それではだめだと苦い顔をして頭を抱える自分もいる。どちらも間違ってはいない。だからこそ迷い、悩み、立ち止まる。
「どうすればいいんですかね。きっと、僕らでダメにしちゃいますよ」
 普段の酷薄さとは打って変わって、ひどく余裕のない静かな声で、総司が言った。なんとか取り繕おうとして失敗したらしい。斎藤はそれに気づいたが、こちらにもフォローできる余裕などはなかった。
…………俺も、同感です」
 昨年十月の全国大会を終えて、三年生は引退した。それから約四カ月、彼らがいない部活を預かった。その間苦しんで、安堵した部分もあって、けれども己の力不足を思い知って、結局彼らに泣きつく形になっている。
 卒業式の後でぐらい、笑顔で「なんてことない」「大したことなかった」と笑い飛ばして追い出せれば良かった。それができない申し訳なさと自己嫌悪が募っていく。
「ほぉ」
……
…………ふっ、」
 少しの気まずい沈黙を破ったのは、誰あろう卒業生の笑い声だった。
「あーはっはっはっは!!」
「なんだそんなことか!!」
「びっくりした!! なんかお前ら最近余裕なさそうだったけど、ほんとびっく、は、腹が痛ぇ」
「ぶわははははは!!」
 彼らはいっそ拍子抜けるくらいに大笑いした。涙目になって、腹を抱えて道場の床を転げ回った。挙句。
「そりゃーお前たちにそんなの向いてねえもん、できるわけねぇって!」
「総司が部長とか無理があるわ!」
「斎藤も真面目すぎだしなぁ」
「無理無理、お前らに部長は絶対無理」
 頑張れよと激励したその口で、お前たちにはできないとあっさり言い放たれた総司と斎藤は、ぽかんと口を開けて固まった。まさかこんなに無理無理と言われるとは思わなかったのだ。
 期待されていなかったと落ち込めばいいのか、俺達が積み上げてきたものを崩しやがってと怒られなかったのを安堵すればいいのか、二人は皆目見当がつかなかった。いや精神的には大分傷ついているけれども。
 やがて、笑いの波が収まったのか、一人が漸う口を開いた。
「別に、俺達みたくやろうとしなくていいんだぜ、総司」
「そうだぞ、学年ごとにキャラクターというか、カラーがあるだろ」
「お前たちは何もかもがばらばらすぎる戦国時代的な、とにかく派手な学年で、もう一個下は地味で固くて一見抜けてるが、油断ならねえ強さがある」
「俺達どんなだったっけ」
「俺達はなんか……ほら……どっしり構えてる一家の大黒柱的おっちゃん」
「それ部長だけじゃねーか」
「まぁとにかくだ」
 ごほん、と誰かが咳を払って話を仕切り直した。
「お前たちはお前たちなりに、部員同士をどっかで繋げといて、ばらばらにしなきゃいいんだ。向いてる方向はばらばらでも、何かで共通させておく」
 気負って、何かを成そうとしなくてもいい。結果は後でついてくる。俺達の時はそうだった。
 そう言って、三年生は穏やかに笑った。直後。
「まぁお前たちの一個下が大分しっかりしてるから、お前たちはそんなに心配しなくてもいいだろ! 言う事聞いとけ!」
 暗にお前たちよりももう一つ下の後輩達の方が人間として優秀であるから心配するなと放り投げるという、雑な励ましを置き土産に、彼らは卒業していった。





    ◆     ◆     ◆





「あー、それ、うちらはうちらの方から言ったぜ」
 卒業式を終えてから約半日が経過した午後十時。ベッドの上でスマホを片手にごろごろしていた冴美は、放課後の事を思い出して思わず体を起こした。
「先輩部長がヤバすぎたから、うちらでそんなのは無理だし、うちらはうちららしく、とにかくなにがなんでも毎月出すことを最低限の目標に活動していきます、みたいな感じで。部長は呆れてたけどな」
『ふーん……姉さんは? 放課後何してたの?』
『片付け』
「大体育館の? お疲れ様でーす」
『お疲れさまー』
『うむ』
「そっか、桜は帰宅部だから、うちらみたいなのはなかったのか」
 返事はないが、通話口の向こうで頷いたらしい気配は伝わってくる。うちのところに来れば良かったのに、と冴美は冗談めかして言ってみたが、『やだ』にべもない一言によって切り捨てられた。
『もう姉さんが部長やってよ』
「そういや、剣道部、まだ部長決まってねーんだっけ」
『一君に押し付けようと思ったら、兼部してる生徒は副部長までにしかなれないんだって。会計は新八君にしたんだけど、僕、部長とか、面倒な事やりたくないし』
 向いてないって言われたし、と付け足すと、『なんだよいじけてんの?』と結構かなり遠慮のない一言が総司に突き刺さった。
……冴美ちゃんもだんだん遠慮がなくなってきたよね……僕嬉しいよ……
『あー……ごめんって』
 でもさぁ、と冴美は考えながら言葉を紡いだ。
『これはうちだからかもしれないけど。文芸部の部長になれるかどうかって、いかに顧問の太宰先生を部室に引っ張ってこれるかで決まるみたいなとこがあってさ』
 太宰治国語教諭はもはや清涼学園名物教師としてその名を馳せていると言っても過言ではないイロモノ教師である。彼好みの女子生徒が入れば所構わず声を掛け、二言目には「一緒に自殺しないかい」と笑顔で持ちかける、下手をすれば警察案件な人間だ。
 本人はどこまでも純粋に本気でナンパ、もとい心中を持ちかけているので誰が何を言ってもやめる気配は皆無である。しかし教師としての能力は一目置かれる所があるらしく、未だにその座を追いやられていないのが現状だ。彼を辞めさせようという動きもない。
 文芸部の顧問も受け持ってもいる太宰だが、その自由さから、部活動に時間を割くことはほとんどない。来るときは来るし、来ないときは何をどうしたって来ない。それを先代部長はその類稀なる能力によって定期的に彼を部室に閉じ込めていたわけだが、どのようにしてそのようなことをやってのけていたのか、その内容はまだ詳しく開示されてはいなかった。
『こういうわけだから、うちにとって部長って、確かに部員達をまとめてくれる存在ではあるけど、顧問の先生と闘ってくれる代表部員みたいな印象もあってさ』
 だからさ、と冴美は続けた。
『土方先生だろ、顧問。ただでさえおっかない先生に口答えできるのって総司だけじゃんか。部員をまとめてくれるのは斎藤とか、あと柊京一郎くん? もいることだし、そんなに気負わずに、部長、やってみれば?』
『遊べる頻度が増えるぞ』
『うわ、うち今土方先生の胃の穴を増やすきっかけ作っちまった? ごめんなさい土方先生、今のうちに拝んどこ』
 二人の会話に、総司の相好も崩れていく。「部長って、そういう役割もあったのか。知らなかったや」ぼやくように言うと、冴美は慌てて補足し始めた。
『あくまでうちの、文芸部の話ってだけだから! まぁ参考にはなるかもしれねえけど土方先生弄る目的で部長始めましたとかやめろよ!?』
「分かってるよ。でも、確かに、あんまり好かれてない僕の意見を取り入れてもらうには、ある程度権力持ってた方がいいかもね」
『そういう考え方になったか……いやお前らしいっちゃらしいけどさ……
「ま、最後に決めるのは土方さんだけどね。指名されたら、嫌とは言わないことにするよ」
……そっか。ま、頑張れよ』
『玩具にするなよ』
「分かってるよ」
 夜が更けていく。新しい春を迎えた彼らは、時が経つのも忘れて無料通話アプリを介した会話を楽しんだ。
 それは新しい季節に対する不安の表れでもあったし、未来がやってくる現実からの逃避でもあった。
 会話は弾む。
 各々が抱えるなにがしかへの名残を惜しむかのように。まるでこれが最後だと言わんばかりに。
 果ての見えない先は、すぐそこに迫っていた。