桜霞
2022-10-01 17:50:59
4794文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

君がいた夏

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/08/11にpixivに投稿したものの再掲です。





 すっかり日の暮れたオンボロ寮の前庭は暗い。ともすれば一寸先は闇で、遠くの方に街灯がぽつぽつと連なっているのがどうも遠く感じる。
 その暗闇に、ぼんやりと紅い火を灯しているのは赤提灯だ。かつてのハロウィンで、ディアソムニアが仕入れた東洋独特の装飾品の一つである。
 魔法でふよふよと浮くそれらが、生徒たちのざわめきを明るく照らしていた。
 生徒たちはそれぞれ楽な格好をして、友達同士で寛いでいた。片手にたこ焼きや焼きそばを持ち、ラムネで喉を潤して会話に楽しんでいる。
 急拵えの手作り感満載な屋台では、歓声や野次が入れ代わり立ち代わりワッと空気を盛り上げた。提灯までもが驚いて、ふわりふわりと宙を漂う。
 その様子を、デュースが妙に真剣な表情で写真を撮っていた。少しでもぶれてなるものかという気概をこれでもかと感じる。その頭には、眉をきりっと吊り上げたデュースとは対照的な口をすぼめた親父の仮面が居座っていた。ユウによれば、これはひょっとこという男らしい。リンは火男と書く場合もあるのだと教えてくれた。对のような扱いで、お多福という女性の仮面もあるのだとか。
 ふざけた男の仮面を頭に着けた、真面目な顔のデュースが写真を撮っているところを、なんとはなしにパチリと片手間でスマホに収める。横から覗き込んでいたユウが袖を口元に当てながら「ふふふ」肩を震わせて笑った。目尻がこれでもかと緩んで下がっている。袖の中からヨーヨーがぶらぶらと揺れていた。
「写真を撮ってるデュースを撮ってるエースを撮れば良かったな」
「なんだそれ」
「もう撮ったぜ」
「えっ」
 少し離れたところからジャックが声をかける。デュースは今度は違う風景を撮っていた。こちらの声は聞こえていないようだった。
 どれどれとジャックのスマホを覗き込んでいると、再びパシャーと特有の音がする。音のした方を見ると、したり顔で笑うセベクとニコニコ顔で綿あめを頬張っているエペルがいた。
「僕は写真を覗き込んでいるお前たちも撮ったぞ!!」
「あーハイハイ」
「えー! どんなんなったの、見せて見せて!」
「フフン、群がる人間の様相が愉快極まりない」
 からころ下駄を鳴らしながら、ユウがセベクに駆け寄った。ふわり、袖が揺れる。
…………
 無意識にスマホのカメラを向けて、けれどもその時には既に遅かった。ユウはもうセベクの横に添うように立って、小さな四角い画面を覗き込んでいた。白い光がぼんやりと二人を照らす。
 エースはなんとなく、スマホをいじっているフリをした。エペルがのんびりこちらに移動してきたからだった。
「写真と言えば」
 むしゃりと豪快に砂糖綿をちぎって食べながら、エペルが少しだけにやりとしながら言った。
「さっきから、向こうの方でリンサンがファンに囲まれたヴィルサンみたいになってたよ」
「へぇー」
「まぁ、分からんでもないな」
 ジャックが苦笑する。エースはエペルをちらりと見遣りながら、そう言えばこいつはこういう顔もよくするんだよな、意外にも、と埒外なことを思っていた。
「リンサンも、悪ノリしてて。皆が必死で普通に撮ろうとしてるのが面白くって」
「お前な……
 ヴィルに連れ回されたエペルのことだ。リンやヴィルのような御仁と写真を撮る時はいっそどこか振り切れて人間の形を保つのがギリギリ限界といった風になっている方が普通なのだろう。カッコつけようとして結局失敗し、後でちょっと離れたところで仲間たちと「ヒャーーー!!!」と言い合っているような輩は可笑しくって仕方ないのだ。
「リンさんがなんだって?」
 ぬ、と二人の間に割って入ったのはやはりユウだった。この一年で慣れたいつものメンバーは、最早「またか」という呆れ顔すらしなくなっていた。
「リンさんがリンさんらしく純情な男子高校生を弄ん出るって話だよ」
「なぁんだ」
「なぁんだって、お前ね」
 エースのわざとらしい半眼を華麗に黙殺し、ユウは「デュース! 写真撮れた!?」楽しそうにからころと下駄を鳴らした。
…………
「はしゃいでんな」
「故郷のものともなれば当然だろう。僕らと違って、人間の帰る場所はこのソラの下に無い」
「そりゃまあ……そうか」
 こぶんー、とグリムの間延びした声が雑踏をかき分ける。丸い肉球で挟んだ大きなドリンクケースの中には、青に染まった氷の山がこんもりできていた。かき氷である。
「リンがお前らの分も奢ってやるって言ってたんだゾ!」
「えっマジ? やりぃ! さっすがリンさん! おーいそこのバカ優等生ー! 写真撮ってねーで行くぞ!」
 誰がバカだとデュースが拳を振り上げる。その背中をユウが「わーいかき氷だー!」子供のように喜びながら押した。ジャックとセベクは「まだ食うのか」と呆れた風情で口をへの字に曲げている。
「というか、なんだ、かき氷って」
「奴が持っているのを見るに……砕いた氷に色をつけたものか?」
「シロップね! ツノ太郎先輩好きだと思うよ」
「疾く案内しろ人間!!!!!!」
 セベクが勇んで前に出る。ジャックはとうとう掌で顔を覆った。
「ブルーハワイとか食べると舌が真っ青になって面白いんだよね」
「えっ何それ面白そう!」
 エペルまで食いついた。ジャックはとうとう嘆息し、ゆるりと皆と同じ方向へ歩先を揃えた。
「他にもね、白玉あずきとか、ほうじ茶とか色々あってね、氷を砕くのにもたくさん種類があって」
 楽しそうに、悪く言えば浮かれきって、ユウが無邪気に故郷のことをたくさん喋る。

 この一年、見なかった表情だ。エースはさりげなく、楽しそうにエペルとお喋りするユウをスマホのフレームに収めた。

 ユウも───リンでさえ───自分の世界のことを、積極的に語ろうとしなかった。時折ふざけて、偏見に繋がりそうなことを言うだけで。(例えば、毒があっても美味けりゃど宇足掻いても食べるとか)
 だからエースは、ユウのことをそんなに知らない。食べ物の好き嫌いや価値観、思考回路やいざというときの肝の据わり具合なんかは知っているけども、彼女がどういうものを食べて、どういう生活をして、どういう風に生きてきたのか、あんまり想像できなかった。
 異世界から連れて来られたから、あるいは生まれ育った場所にどう帰るのかさえ分からないから。
 帰るまで、長丁場になりそうとぽつり言ったその時から、エースも、デュースやグリムでさえ、ユウの生まれ故郷のことはなんとはなしに話題にすることを避けていた。
 だってその方がいいと思ったからだ。寮の中でも、ホームシックになるやつは一人か二人、必ず出てくるものだし、───エースにとってその気持ちは全くもってわからなかったが───ユウに関しては、想像すらできないその欠落が、なんとなく周囲に歯止めをかけていた。
 それは正しく気遣いだった。エースにとっては、ただいつものように面倒ごとを避けているつもりなだけだったけれど。今は、まだ、エースはユウを気遣っているつもりなんか毛頭なかった。

 夏祭りだって、娯楽の少なすぎる賢者の島で一年耐えた自分自身に対するご褒美のようなものだった。
 なんだかんだいつもの面子を誘ったのは、この一年でなんとなくそんな関係が築けたから。
 浴衣だって、珍しいから欲しくなっただけ。買わずに作ろうと言ったのは、できるだけ財布に優しくしたかったから。

 ───でも。

「エース!」

 弾けるように笑ったユウが、これ以上楽しいことはないという風情でエースを呼ぶ。ふわりふわりと、揺蕩う白袖が視線を惹きつけて離さない。からころからころと、あぁお前、地元のことはあんまり考えないようにしてた風に見えてたのに。
……ハイハイ、聞こえてるって」

 でも。呼ばれた自分は、……満更でもない。





 ◆





 夜、遅く。
 浴衣からいつものパジャマ代わりにしているジャージに着替えても、夏祭りの余韻は未だ体に纏わりついて消えてくれなかった。けれどもつい、いつもの癖で、寝る前にスマホでSNSを立ち上げてしまう。
 無意味に画面をスクロールし、なんだかんだ知り合いのマジカメが夏祭りで埋まっているのを見て、───本当になんとなく、寂しいな、と思った。
 もう一度、夏祭りを初めからやりたいとは思わない。準備が結構大変だったのだ。でも。

 ───ふわふわ、ぱちぱちと、ユウが笑う。

 ユウが笑う、から。
…………
 髪を上げて、見慣れない衣装を着て、……いつになく、ユウらしい格好で、心底嬉しそうにしているユウが、脳裏から離れない。
 夏の気温とはしゃぎ倒した疲労で眠気まなこになりながら、エースは欠伸を噛み殺し、画面をすいすい動かしていた。スマホの画面の明るいライトに、余計に目がしょぼしょぼする。
…………
 ふと、その動きが止まった。
 画面の中で、ふわりと袖と飾りを靡かせて、ユウが笑っている。
…………

 かわいいな、と。

 眠りに落ちる意識の中、崩れかけた輪郭を持ちながらも、その想いは確かにエースの胸の裡に浮かんだものだった。









 明くる、朝。
 エースはピロリンという通知音で目が覚めた。
 ピロリン、ピロリンと間を空けつつも途切れることなく響くそれに、何事だよとしょぼしょぼする瞼を押し上げる。
『子供っぽくて悪かったですぅー』
 口を尖らせた絵文字と共に、そんな文言がいの一番に視界に飛び込んでくる。メッセージとしては三十分以上前に来ているものだから、エースの意識が浮上してから聞いた通知音の正体ではないことは確かだ。
 ユウからのメッセージは、マジカメの、エースの投稿につけられたものだった。そりゃこれはエースのスマホでエースのマジカメアカウントなので、エースの投稿にリプライが着くのはごくごく自然なことなのだが、エースは正直、「えっ何これ」としょぼくれた目を無理にかっ開いた。
 それは、紛れもなくユウの写真だった。浴衣を着て、嬉しいのと楽しいのを隠しもせずに、くるくるはしゃいでいたユウの、ほんの少しだけ動きを止めて、ふとこちらを顧みた瞬間を切り取った写真。
 そしてその写真の下には、「はしゃいじゃって、かわいーね」の一文。
……えっ」

 ───は?

 エースは呆然とした。そりゃもう愕然とした。
 だってこんなの、書いた覚えも投稿した覚えもなかったからだ。
 とりあえず画面閉じて冷静になろうとしたエースは、流れるようにロック画面を表示させ、思わず「マ、ん、ぐぅ……」朝っぱらから変な呻き声を絞り出してその場に蹲ってしまった。
 なんとロック画面までもがユウに変わっていたからだ。浴衣の後ろ姿で、その表情は窺い知れないけれど、赤提灯の光にぼんやり照らされたその姿はどこか切なげで、儚いのにしっとりとしていた。
…………
 おそるおそる、ロックを解除し、画像フォルダを開けてみる。
 目に飛び込んできたその変わり様に、エースは羞恥やらなんやらで、思いっきりスマホの電源を落としてベッドの向こうに放り投げ、どうしようもない感情と衝動を抱き抱えた枕やら毛布やらをひたすらバカスカ殴り続けたのだった。






 この後エースはいつもの「監督生のガキっぽさを揶揄う大人ぶってるエース」という図をどうにか完成させてそのように振る舞ったが、いつもの面子からは「匂わせじゃんwww」と揶揄われ、ユウには「ごめんねエース、エースはマブダチだけどやっぱり第一印象が最悪って言うか」と告白してもいないのにフラれたような感じになり、さらに爆笑の波をドッカンと引き寄せた。