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アキ
2025-01-26 16:55:24
5839文字
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この愛の続きは舞台の上で
良き人は皆知識欲はあれども、物欲というものは我々には存在しない。
ほとんど創造魔法で創ることができるというのが大きな理由だが、世の中には当然創れないものもある。
……
例えば『人気な劇団の最も人気な歌劇の初演チケット』などがそれに当たる。
権力を使う等星の頂点に立つ十四人の一人がやることではあるまいし。
できる限りの努力を行っても手に入らない時はある。
そんな日は帰宅後に全て忘れたように自棄酒するのが常だった。
だが、ある日突然それが確実に手に入るような、魔法のような権利が振ってきたら手に入れたくなるのが普通だ。
しかも対等な戦いの結果として優勝したら手に入るのであれば挑戦したくなるものである。
切っ掛けは、私が長年愛する劇団お抱えの劇作家の引退騒動からだった。
長年やってきたこともあり自分の脚本の引き出しがなくなってしまったという。
ここいらで後進に譲り、星に還るもやむなしと言い始めている。
本人が満足しているのならば仕方ないが、周りも後任が見つからず不安げだし、本人もそれは気にしているようだ。
そこで行われることになったのは、『新しい脚本の公募』だった。
性別職業年齢所在地名前問わずで、連絡先と脚本だけを送ってほしいと募った。
最も優秀な脚本は劇団に選ばれ、アーモロートの歌劇場で演じられるという。
副賞として、『劇団の1年間のどの公演でも席を用意される権利』が与えられる。
つまり、絶対に初演を観たかったあの歌劇も、この権利があれば、
わざわざ白いマスクをつけて行列に並ばずとも手に入れることができるということだ。
欲しいに決まってる。
だが、多くの歌劇や戯曲を嗜んできたが、脚本を書くのは初めてだ。
優秀な脚本として選ばれたいのであれば、やはり人気なテーマにした方が良いだろう。
歌劇で最も人気なのは『恋愛』をテーマにしたものだ。
が、しかし致命的なことに私は恋愛というものをほとんど経験したことがない。
生まれてこの方たった一人を想い続けている。
同性の幼馴染を、今もなお。
自分の経験をそのまま書いても叶わない愛なのだから何も面白くない。
諦めかけた時に、ふと気づいた。
『自分とアゼムを下書きに、男女の恋愛話にしてしまえばよいのだ』と。
脚本の提出は連絡先さえあれば、執筆名での提出も許される。
それに、内容も私が書いたとは思えないようにしてしまえばいい。
そこまで決めたら後は早かった。
羞恥心から飲まねばやってられなかったが、私はチケット欲しさに脚本を一本書いて送った。
半年後、すっかりそのことを忘れた私は、首に劇団のマークの入った飾りをつけた一羽の鳩が自分の目の前に降り立った時首を傾げた。
たまたま、執務室で仕事中にそれはやってきて、空いていた窓から入り、私の目の前に手紙を置いた。
封筒に書かれた「コレー様」の文字を見て、やっとそれが脚本の選考結果だと気づいた。
私だとバレないように性別も女性のフリをして出したのだった。
中身は私の脚本を絶賛する内容と、副賞の欲しかった『劇団の1年間のどの公演でも席を用意される権利』を示すブローチ、
そして私が書いた歌劇の初演のチケットだった。
信じられないようなくらい光栄なことであったが、それよりも私は副賞のチケットに喜んだ。
だが、まぁ、自分が作った脚本の成れの果ては観ておく必要があるかと考え、初演を観に行った。
素晴らしかった。自分の脚本はともかく、歌劇になるとこうも素晴らしいのだなと単純に感動した。
そう、それで終わればよかったのだが、ここからが本題である。
自分の書いた脚本の歌劇が、アーモロートで大ヒットしてしまった。
最初は歌劇を愛する者の中で話題になっていたが、女性の間で火がついて日頃歌劇を観ないものまで観に行くようになった為
連日公演を追加しているようだ。
そして今日、委員会の休憩中に資料を片付けていると、アログリフが「そういえば」と話しかけてきた。
「エメトセルクは、演劇好きって言ってたわよね? 貴方も観た?『密愛の果てに』」
「
……
あ、あぁ」
「私もこの間、ミトロンと観てきたの、官能的で」
「
……
委員会の者があのようなはしたない内容の歌劇を褒めて良いのだろうか」
「あら、肉欲は愛欲とも書くのをご存知?
アーモロートがエーテル交換での愛情表現を『推奨』しているだけで、
交わらないと子孫はできずなのは、貴方とて知ってるでしょう?
そういう意味で『健全』な作品だと私は思うけれど」
「
……
そうか。あ、
……
いや、なんでもない」
「?」
うっかり『ありがとう』と言いかけて、なんとか言葉を飲み込んだ。
「あの脚本って公募だったんでしょう?
『コレー』っていう女性が書いたって話題になってるけど、
『テネブレス』が恋する『ソラリス』のモデル、絶対アゼムだと思わない?」
「
……
旅人であること、性格あたりはモデルにしてそうだな」
「やっぱりそうよね!?脚本家のコレーはアゼムのファンなのかしら?」
内心冷や汗を掻きながら、視線を逸らす。
私が公募に出した脚本『密愛の果てに』は、
街の商人の『ソラリス』という男と、異国の姫の『テレブレス』の恋愛の話だ。
『テレブレス』は偶然『ソラリス』に助けられ、彼に恋してしまう。
だが『ソラリス』は『テレブレス』のことを美しい姫だと思ってはいるものの
身分違いの自分は手が出せないと友人としての立場を貫いている。
『テレブレス』も同じ気持ちを持っており、『ソラリス』を愛しているが本心を隠している。
ある日『テレブレス』は夢魔の呪いを受けてしまう。
夜な夜な夢魔は『テレブレス』に淫らな行いに誘う。
『テレブレス』は、必死に自分の貞節は『ソラリス』のみに捧げると身を守る。
強い決意で『テレブレス』は耐え抜くものの、夢魔はとうとう『ソラリス』の姿で彼女の前に現れる。
夢魔の呪いと苦しい片恋に堪えられなくなった彼女は、夢魔の淫行に溺れそうになるが、
『ソラリス』がそれを助けに来る。
彼は、夢魔のいたずらで夜な夜な彼女が抗う姿を見せられていた。
自分の愛を告げる『ソラリス』に、欲求に負け夢魔との淫行に手を取りかけた自分を恥じ涙する『テレブレス』。
最後は操を『ソラリス』に捧げ、二人で生きられる新天地を目指して旅立つ。
まぁ、そういう話なのだが、この『ソラリス』のモデルがアゼムではないかと、噂になってしまっているのだ。
快活な旅人というのがアーモロートの民では現アゼムで一致してしまっているから仕方ないのだが。
おかげで脚本家コレーは『アゼムとの恋愛したい痛い女』と思われている。
絶対私がコレーだとバレるわけにはいかないと毎日決意して生きる羽目になっている。
「あれ、何やってるんだ?」
「あら、ちょうどいいタイミング!おかえりなさい、アゼム!」
「あ、ああ、おかえり、アゼム」
よりにもよってこのタイミングで、アゼムがアーモロートに帰って来るなど。
つい三ヶ月前に近場の調査に旅立つアゼムを見送ったのが最後だ。
『密愛の果てに』のヒットは、アゼムが旅立った直後なので、まだこいつは知らないはずだ。
「ねぇ、アゼム!『密愛の果てに』って知ってる?劇団の新作劇の」
「あぁ!観たよ?」
「え」
「ほんと? 今帰ってきたばかりでしょう?」
「実は報告を兼ねて1日だけ戻ってたんだよ。その時に劇団の人に招待されて観てきた。
良い劇だったなぁ」
「ちょ、っと、待て!お前いつ戻って」
「あ~、あの時、ハーデス出張でアーモロートにいなかったんだよ」
頭の中の手帳を捲り、いつのことだか察する。
確かに一月程前、地方の視察を依頼されてアーモロートを留守にしていた。
「『ソラリス』が俺をモデルにしてるって話だろ?」
「そうそう。コレーって女性が作った劇らしいのだけれど、名前と性別以外全部謎なのよね。
貴方のファンなんじゃない?って皆が噂してるけど」
「ファン、ねぇ
……
?」
手持ち無沙汰を誤魔化すように顎髭に触れながら、アゼムは呟く。
「心当たりないの?」
「心当たりというか、まぁ」
口元を緩めるとアゼムは微笑んだ。
「俺の『テレブレス』みたいな人かな?」
「えっ、嘘!? ほんとに貴方の恋人なの!?」
「恋人になってほしいんだけど、ずーっと俺にその気持ちを隠してる不器用な人かな。
まさか自分のこと劇にするとは思わなかったけど」
落ち着け。
心臓が秒速で早鐘を打っているが落ち着け。
アゼムは適当なことを言っているだけだ。
気づくような真似は絶対していない。
私の名前が分かるような証拠は何一つ残していないはずだ。
「じゃあ、貴方は誰か知ってるの」
「もちろん」
「ハッ、くだらない。私はもう行くぞ」
「あら。またね、エメトセルク」
テレポで早々に立ち去り、辿り着いたのは自室の玄関。
時計を確認すれば休憩が終わるまで後数十分はある。
急いで書斎に入り、鍵を掛けた引き出しを開ける。
そこには提出したコレー作の『密愛の果てに』の原本がある。
バレるような文章は入れていないはずだ。
最初から急いで目を通していると、直後玄関の辺りに見慣れた光が見えた。
慌てて引き出しの中に戻し、引き出しを閉めようとした時だった。
「そんなに、慌てなくてもいいだろ」
呆れたような、けれどもどこか柔らかい表情のアゼムが立ってこちらを見ていた。
「勝手に人の家に入るな。何のようだ」
「読み返してたんだろうけどさ、多分ハーデスには気付けないよ?」
「何の話だ」
「だから『密愛の果てに』の話だよ、作者の女性脚本家のコレーさん?」
左手で引き出しを閉じ、右手を机の上についたまま固まった。
その私の前に机越しに立ち、アゼムは私の頬に触れた。
「
……
は?」
「隠さなくてもいいよ。バレてるからさ」
バレている、はっきりと。
コレーが私であることも、私のアゼムへの気持ちも。
そう認識した瞬間顔中が熱くなった。
「
……
なんで、私が、コレーだと」
枯れそうな声で問えば彼は言った。
「スピナッチ」
「は?」
「『ソラリス』と『テレブレス』の出会いのシーンでさ、『テレブレス』は最初姫だとは名乗らないだろ?
農家の娘のフリをして、商人の『ソラリス』をもてなしてくれる。
彼女が作ったスピナッチのソテーを美味いって言ってさ」
確かに、作品の冒頭にそのシーンがある。
「それが、どうして」
「どうして『スピナッチのソテー』にしたの?」
「それはお前が
…………
、あ」
何故気づかなかった。
何故『スピナッチのソテー』にしたか?
決まってる。
アゼムの好物だからだ。
アゼムは帰って来た時によくこれを作るよう私に強請るのだ。
ニィっと笑って、机に身を乗り出し私の鼻先近くまで顔を近づけたアゼムは言った。
「俺ね、本当は嫌いなんだ」
「は」
「スピナッチ」
「
……
はあああああ!?」
「嫌いっていうか、食えなくないけど好んで食べない、かな?」
「ならなんでいつもうちに来た時に食いたいと強請るんだ!?」
「ハーデスのは、食べられちゃうんだよなぁ」
意味がわからず呆然としてると目の前でアゼムが笑う。
「ハーデスの作る『スピナッチのソテー』はなんか美味いんだよ。
だから食べれちゃうんだよな。隠し味でも入れてるの?」
「
……
隠し味など入れてるつもりないが」
「なんだろなぁ。すごく優しい味がするんだよね。
愛かなぁ
……
。やっぱり愛の味かなぁ」
「勝手に言ってろ馬鹿」
「
……
だからさ、俺の好物が『スピナッチのソテー』だと思ってるのはさ、
世界でお前だけなんだよ」
そんなところから気づかれるなんて、考えもしなかった。
恥でうめき声を上げながら顔を背けようとするも逃げられない。
「愛してる」
まっすぐ私を見つめたまま、アゼムは告げた。
「アゼム
……
?」
「『君を愛してる、僕のテレブレス』」
「『例え君がこの国の姫でも』」
するりとアゼムの手が私の頬を撫ぜる。
「『例え、君が夢魔の呪いで乱れようとも』」
その手は緩やかに私の腰を撫ぜ、ひくりと身体が震えた。
官能的な手つきに、思わず唇から熱い吐息が溢れる。
「『君だけを愛している』」
「や、めろ」
「『君の貞節を捧げてくれるというのなら』」
「っ、アゼム」
「『君と一緒に愛欲に溺れることを許してほしい』」
それはラストシーンの『ソラリス』のセリフだった。
「お前を愛してる」
けれどもここからは、彼の言葉だった。
「お前が俺に抱かれてもいいと言ってくれるなら」
「
……
俺は、お前以外の誰かが作ったまずいスピナッチのソテーだって皿一杯食ってやるよ」
そのセリフに吹き出した。
「一気に三文芝居になったぞ」
「コレー先生みたいに俺は上手じゃないんだよ」
渋い顔をしながら私の額に口付ける姿が、どうしてかひどく愛おしい。
結局のところ、最初から私の負けなのだ。
意地を張っても意味がない事はわかっていた。
なら、三文芝居には三文芝居で返してやればいい。
「『あぁ、ソラリス。愛おしい貴方』」
「『貴方にならば、この熱を奪って欲しい。褥で囁いて欲しい。乱れる私を愛してほしい』」
「『そうして、私を抱いたその朝に』」
そこまでは『テレブレス』のセリフ。
そしてこう続く。
『私の手を引いてこの国から私を攫ってください』
けれども、その言葉を自分の言葉に直して告げた。
「
……
私が作ったスピナッチのソテーを腹いっぱい食べてくれ」
私の『返答』にアゼムは嬉しそうに笑った。
「楽しみだ」
その笑い声を共に唇を塞がれた。
実際に自分が愛を告げる時には、そんな愛の言葉が出てくるらしい。
なんて酷い台詞だ。センスがない。
初めての唇の感触を繰り返しながら、
息継ぎに唇を離して、呟いた。
「コレーの看板は、下ろした方がいいな」
「劇団は悲しむかもよ?新人脚本家が消えたら」
「構うものか」
アゼムの首に腕をまわし、もう一度唇を寄せた。
「その時は、コレーは『テレブレス』となり、『ソラリス』と密愛の果てに旅立ったと伝えよう」
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