芹沢亀吉
2025-01-26 16:53:07
4913文字
Public 風刺
 

成金

暴虐なナルシストの楠木武が恥をかく物語の通算113話目。

 派手な柄の襟付きシャツを着て金縁のサングラスをかけ歯は全て金歯、楠木くすのきたけし一等陸佐のこの出で立ちは成金そのもの。

「諸君刮目せよ!これがこの楠木の新たな姿、シン・楠木武だぁ!グハハハハ!」

 品の無い成金姿の楠木が下品な声を上げ大笑いするものだから、部下達は皆開いた口が塞がらない。

「くっ、楠木一佐、たっ、宝くじでも当てられたのでしょうか?」

「うむ、湊川みながわよ、歯を食いしばれ。」

 そう言うや否や湊川まもる二等陸曹の顔面をぶん殴った楠木は以前から部下を殴るのが日常茶飯事。

「馬鹿者がぁ!この楠木は暗号資産取引に株のデイトレードと己の実力を駆使し溢れんばかりの財を成したのだ!宝くじなどという怠け者がすがる夢幻に頼った覚えはない!湊川貴様この楠木のように毎日汗をかけ!恥をかいている場合ではないぞ!」

 実のところ楠木は最近まで宝くじが発売される度にわざわざ金運招福のご利益があるとされる御金みかね神社に足を運び、

「ナンマイダホーレンソー!アーメンソーメンワンタンメン!」

などと滅茶苦茶な呪文を唱え当選祈願に血道を上げていたりする。何度外れても買い続けておきながら財を成した途端に宝くじなど一度も買ったことが無かったかのように振る舞うのがこの一等陸佐の無節操なところ。

「楠木一佐、折角大金持ちになって身なりをグレードアップしたんですからこの際その便所タワシみたいな口髭を剃られては如何ですか?俺女にモテたくて髪型とか色々工夫しているんですけど、最近の女はそういう口髭好まないです。」

 乃木のぎまさる一等陸曹のこの不用意な発言は楠木の頭の中の火山を噴火させることに。

「乃木貴様ぁ!この楠木の口髭を愚弄してタダで済むと思うなぁ!」

 我を忘れ精神注入棒を振り回し乃木を折檻、この時の楠木が今までと違うのは部下への折檻に使う棒全体に金塗り加工が施されている点のみ。湊川は日頃から自分を「パシリ」扱いする乃木が楠木に折檻されるのを眺め、顔面をぶん殴られた痛みを忘れ密かにほくそ笑む。

「全く最近の若いもんは弛んでいる!この楠木は50になった今も日々鍛錬を怠らんというのに!」

などと言いつつ部下にだけ過酷な訓練をさせ自分は毎日缶コーヒーをグビグビ飲みダラダラしている楠木は弛みきった中年太り体型の持ち主。ここ数年で10kg以上太ったとか。

「おい、湊川!乃木!今すぐ脱げ!何ダラダラしている!この楠木は青二才の貴様ら2人が恥をかいたままだと気の毒だから汚名挽回の場を設けようと言ってるんだ!こんな部下思いの上官はまずいないぞ!この楠木に深く深く感謝し制服も下着も全部脱がんか!」

 部下に感謝と全裸になるのを強要、楠木がやっているのは完全なパワハラ、そしてセクハラだ。

 女性自衛官達が悲鳴を上げ逃げ出す中湊川も乃木も全裸になり、楠木から手渡された純金製のお盆で股間を隠しながら踊り始めた。

「おお、2人共良い踊りっぷりだ!乃木貴様、女にモテたいとか言ってたがこうやって人前で全裸になり一皮も二皮も剥けた貴様は明日からモテモテだぞ!この楠木がそう言うのだから間違いない!湊川!折角だから変顔やれ!発情期の犬のように激しく腰を振るんだ!この楠木を存分に楽しませてくれ!グハハハハ!」

 楠木は口の中の金歯をギラギラ輝かせながら笑い転げ、湊川も乃木も寒さとこの上ない屈辱感に苛まれ全身を小刻みに震わせている。

 その日の夜、湊川と乃木は軽部かるべ孝士たかし一等陸士を袋叩きにした。

「軽部貴様が避雷針の役割を果たさないせいであの楠木武に顔面ぶん殴られた上裸踊りさせられたぞ!どうしてくれる!?」

「俺なんか楠木武に全身棒で叩かれて痣だらけだぞ!これじゃ当分女抱けねぇよ!本当なら今頃ソープで巨乳の女とやってたのによぉ!軽部お前あの時何故おとなしくしていた!?お前の存在意義は俺の代わりに楠木武に殴られることだけだろうが!」

 軽部は楠木ばかりか湊川、乃木からも事あるごとに暴力を振るわれ、先程楠木が成金姿をお披露目した際は何か言うとまた殴られるという恐怖に駆られ声が出なかったのである。勘の鋭い読者の皆様なら湊川並びに乃木が楠木に痛めつけられる度軽部を痛めつけ鬱憤を晴らしているとすぐわかったことだろう。上官である楠木相手だと反撃一つ出来ない癖に階級が下の軽部相手だとどこまでも卑劣に、そして横暴になれる湊川も乃木も楠木と同じく性根が腐っている。直接軽部に暴力を振るうことは無いとはいえ、他の楠木の部下達は皆彼がいじめられるのをニヤニヤ笑いながら見ていて楠木、湊川、乃木同様腐れ外道ばかり。

 それからしばらくして楠木は新築の豪邸に湊川、乃木、軽部ら部下達を呼び集めた。

「忙しい中新築祝いに集まってくれて礼を言う!上官思いの部下を持ててこの楠木は幸せ者だよ。さて今日は無礼講だ!気の済むまで飲んで食べて日頃の激務の疲れを癒してくれ!」

 相も変わらず成金姿の楠木は金歯をギラギラ輝かせ有頂天だ。ズラリと並ぶご馳走に手を伸ばす楠木の部下達の動きをよく見ると、軽部が食事を取るのを邪魔していることがわかる。こんな時でも連中は軽部いじめに余念が無いのだ。

「さて、本日は諸君に見せたいものがある!」

 そう言うや否や楠木は服も下着も全て脱ぎ捨て、弛みきった五十路男の裸体に付けられた純金製の首飾り並びに腕輪が金歯同様異様な輝きを放つ。楠木の全裸など見たくもない女性自衛官達ではあるものの、悲鳴を上げ短気な上官を怒らせるわけにもいかないためさり気なく目をそらす。

「どうだ!これがこの楠木の全裸!ミケランジェロのダビデ像に匹敵する肉体美だぁ!おっと、この俺の毎日太陽を浴び続けた小麦色の肌には冷たい大理石の像には無い温かみがあったか!つまりこの楠木の肢体はミケランジェロのダビデ像よりも美しい!乃木、湊川、先日貴様らが楽しそうに全裸になって踊っていたから俺も皆の前で全裸になってみたが、人前で全裸になるのは良いものだな!まさに天に上る心地だよ!グハハハハ!他の億万長者も新たに億万長者の仲間入りした俺様を見習い人前で全裸になれば良い!そうだ!この楠木がそう言うのだから絶対全裸になるべきだ!」

 どうやら楠木は湊川、乃木の裸踊りに触発され露出魔の性癖に目覚めた模様。このまま外に出て道行く人々に自分の全裸を見せつけたりしなければ良いのだが。

 いきなり楠木が全裸姿のまま何処かに行き部下達がまさかそのまま外にと内心ヒヤヒヤしていると、すぐに木箱を抱えて戻ってきた。木箱の中からボストン・テリアが顔と両前足の先端を出していて、内心ホッとしている部下達を興味深げに眺めている。

「紹介しよう!最近この楠木の家族になった多聞丸たもんまるだ!この愛嬌溢れる顔に一目惚れしてしまってな!このクリクリした両目が本当にたまらん!無駄吠えなど一切しない良く出来たワンコだよ。」

 わざわざ自分の先祖、楠木正成の幼名を付けるあたり、この小型犬への楠木の溺愛ぶりは相当なもの。

「皆は忠犬ハチ公を知っているだろう!この多聞丸はハチ公に勝るとも劣らん忠犬だ!軽部、乃木、湊川といった出来の悪い連中と違い軍人精神を注入する必要も無いからな!貴様らも多聞丸に少しでも近付くため毎日汗をかけ!この楠木のようにな!グハハハハ!」

 楠木に犬以下呼ばわりされた乃木、湊川が屈辱に打ちひしがれる中、何と多聞丸がワンワン吠え木箱の中から出て軽部の足元へと駆け寄った。ちなみに軽部は「人間は万物の霊長」なる物言いを自然を好き勝手したい文明人の思い上がりと捉え、誰に犬以下呼ばわりされようと屈辱に打ちひしがれたりはしない。

「たっ、多聞丸貴様!無駄吠えした上に軽部などにすり寄るなど無礼千万!犬は3日飼えば恩を忘れないというのに、貴様は飼い主であるこの楠木に恥をかかせる気か!?よしわかった!楠木正成公の末裔である俺様が直々に軍人精神を注入してやる!」

 楠木が多聞丸を溺愛していたのは自分の思い通りになる存在と思っていたから。少しでも自分の意に反した行動をとれば見ての通り癇癪玉を破裂させる。もっとも黄金の精神注入棒を振り上げた途端に日頃の運動不足が祟り右足のアキレス腱が切れ悶絶したため小型犬への虐待は不発に終わったが。多聞丸からしても自分の思い通りになる存在と決めつけ溺愛する楠木より休日は保護犬カフェに行き散歩等保護犬の世話に熱心な軽部と一緒にいた方が安心なのだろう。

「痛い!痛い!痛いぃ!たっ、多聞丸貴様はもう俺の飼い犬なんかじゃない!野良犬だ!おい軽部!そんなにその野良犬と一緒にいたいならさっさと連れていけ!この楠木の屋敷に足を踏み入れるのは未来永劫まかりならん!とっとと帰れ!」

 床に横たわりながら全裸男楠木がわめき散らすと湊川、乃木をはじめ楠木の部下達は皆ニヤニヤ笑いながら軽部に向かって「帰れ!帰れ!」と叫び、居たたまれなくなった軽部は多聞丸を抱きかかえ外に出て行った。

「楠木一佐、軽部やあんな馬鹿犬のことはさっさと忘れて今日は盛り上がりましょう。」

「なるほど早速楠木一佐のご機嫌取りか。涙ぐましい忠犬ぶりだなぁ。いっそお前があの馬鹿犬に代わって楠木一佐の飼い犬になったらどうなんだ?湊川お前は四つん這いで歩いて電柱に小便する姿がお似合いなんだよ。」

「何だと乃木ぃ!ソープ嬢にまたがって発情しているお前の方が犬だろ!」

「湊川貴様ぁ!階級が上の俺にそんな暴言吐いてタダで済むと思うな!」

 軽部が出て行った途端に湊川と乃木が殴り合いを始めても、上官として2人の喧嘩を止める立場にある全裸男楠木は床に横たわったまま見て見ぬフリ。

「大体楠木武貴様が俺に暴力振るうのが悪いんだ!殴るなら軽部と乃木だけで良いだろ!」

「楠木武てめぇ、俺を軽部や湊川みたいな出来損ないと一緒くたにしやがって!こうしてやる!」

 完全に頭の中が沸騰し横たわる全裸男楠木に殴る蹴るの暴行を加え口髭をむしり始めた湊川と乃木、どうやら2人は激しく殴り合っているうちに心の奥底にしまっていた楠木への日頃の恨みがあふれ出たようだ。

「痛い!痛い!きっ、貴様ら!この楠木の口髭をむしってタダで済むと、痛い!痛い!」

 途端にバキバキと音を立て楠木の豪邸が崩れ、楠木は勿論湊川、乃木をはじめ部下全員が全身ぐちゃぐちゃに。短気な楠木が現場作業員達に暴行を加え完成を急がせた豪邸はいつ全壊してもおかしくない状態だったのである。結局生き残ったのは豪邸の全壊が近いのを本能的に察知しワンワン吠えた多聞丸とその多聞丸を連れ外に出た軽部のみ。

 冥府では湊川、乃木をはじめ生前軽部いじめを楽しんでいた楠木の部下達に閻魔大王が裁きを下す。

「ふむ、全員地獄行きだな。牛頭馬頭よ、こやつら全員ただちに連れて行け。」

 早速牛頭馬頭が姿を現すと、半泣き顔の湊川が往生際悪く叫んだ。

「乃木や他の連中はともかく、何故俺が地獄行きなんですか!?大体楠木武がここにいないのは何故ですか!?あいつこそ地獄行きでしょうに!」

「楠木武なら少し前にここに来たぞ。そして吾輩が美味しく頂いた。一時期数々の平行世界から夥しい数の楠木武が来て皆腐れ外道だから地獄はあっという間に楠木武だらけ。その混乱に困り果てたこの閻魔サンはいずれかの世界の楠木武がくたばる度その魂を頂く許可をくれた。吾輩は悪しき魂が大好物故楠木武の魂はご馳走なのだよ。」

 火車かしゃの解説を聞いた湊川は唖然とした表情になり、そのまま牛頭馬頭に両足首を掴まれ引きずられていく。

 程なくして軽部は陸自を辞め、彼の新たな職場は楠木に捨てられた多聞丸がいる保護犬カフェだ。訪れる客達を興味深げに眺める多聞丸はワンワン吠えたりはしない。このカフェの建物は楠木の豪邸と違い倒壊の危険性などまず無いのだから。(終)