Iory
2025-01-26 16:19:05
3524文字
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前世で添い遂げた夫に出会って即求婚されましたが、夫には前世の記憶がないようです1

逆転生系あむあず2

逆転生系あむあず2

「榎本梓さん突然ですが結婚してください」
「はぁ?」

初対面(前世も含めると数十年ぶりだが)の男に放つ言葉ではないだろうが、流石に突拍子もない提案に、素っ頓狂な声をあげるしかなかったことは許して欲しい。
隣でマスターがキャー!と口元に手を当てながらときめいた様子でいるが、良い年をしたおじさんの純情な乙女のような表情は需要がないと思うので、一度退出していただきたい。
すみません、突然」
流石に唐突だと悟ったのか、ハッとした様子で安室は梓に申し訳なさそうに答えた。
あっいいえ、聞かなかったことにしますね」
「それは困ります」
安室の言葉を聞き流そうとした梓の優しさはすぐに却下された。
「いきなり言われて困りますよね。ただあなたを一目見た時に僕はこの人と結婚するために生まれたんだと思ったんです。だから思わず」
「まだ私のことを何もわからないのに?」
はにかんだように言う安室に反射的にジト目で話す。
「名前を知っています。あなたが可愛らしい人だと言うことも。僕たちは出会ってほとんど時間が経ってないですが、見た瞬間に思ったんです、あなたを幸せにしたいと。」
「おかしな人ですね」
そう言いながら梓はマスターの方をみた。その目は明らかになんていう男を連れてきたのだという気持ちが含まれている。
すっかり観客気分で2人の様子を眺めていたマスターだが、梓のじろりとした目に気づくと慌てて手を叩き、「安室くん、こういう込み入った話は後でにしよう!もう直ぐランチの時間だから仕込みがいるしね!安室くん!ポアロの仕事を教えるね!」と声を上げたのだった。


梓は安室がマスターからポアロの店内や在庫の場所を案内されているのを横目で見ながら、ランチのカレーの仕込みに入っていた。
玉ねぎを切りながら、安室について考える。
初対面だと言うのに求婚をする男はどこからどうみてもおかしい。
新手の結婚詐欺なのか?前世の夫とはいえ、こんなロマンのかけらもないタイミングで告白されても、湧き立つ感情などーー、と考えたところで梓はハッとした。
出会って1分での求婚と言う行動への動揺で一瞬忘れていたが、梓は昔から前世の記憶があって、安室を見た瞬間それが彼だと確信した。ということは安室も前世の記憶があって、だから梓を見た瞬間求婚したのかも。
前世の夫にせっかちというイメージはなかったが、気持ちがはやったのかもしれない。
そう思うと雑に対応してしまったことが申し訳なく思えてきた。
パントリーでコーヒー豆の種類について質問しているあの男は梓が前世で共に過ごした人で、次の人生でも同じ道を歩きたいと誓い合った人。だんだんと梓にこの男に会えて嬉しい、という気持ちが湧いてきた。ああ、やっと。
前世の記憶を思い出してから8年も待つことになるとは思わなかったが、ちゃんと約束を果たしにきてくれたことが嬉しかったので。
あとで一度、安室に前世のことを覚えているかそれとなく確認してみよう。
そう思いながら梓はにんじんの皮剥きを始めた。

__
「今日一日働いてみてどうでしたか?」
今日のポアロは大盛況と迄もいかなかったが、常に人が出入りしている状態でそこそこ忙しかった。常連さんに「あれ?新しい人?」と言われるたびに「安室透です」と笑顔で挨拶をしていた。メニューのレシピや在庫の場所も一度聞けばすぐに頭に入ったようでマスターも有能な人材を手に入れたぞ、と誇らしげにしている。
そんなわけで梓と安室は業務くらいでしか話すことがなかったため、すっかり初対面の奇行のことは忘れていた。あとはクロージングだけだからよろしくね、と梓に伝え、マスターは二階の小五郎と共に麻雀へと出向いたようだ。
2人で床掃除やテーブルを拭いて一息がついたところで梓は尋ねたのだった。
「喫茶店のアルバイトは初めてだったのですが、きてくださるお客様みんな良い人たちばかりでした。これから楽しくできそうです」
「よかったです。これから一緒に頑張りましょうね」
そう言って笑った梓に安室は深刻そうな面持ちで向き合った。
「ところで、榎本さん」
「はい?」
「結婚の返事はいただけますか?」
「はぁ?」
本日2度目の渾身の「はぁ?」だった。
梓の中では昼間の出来事を半分忘れていたし、アルバイト中の態度はとても良かったので梓の中ではなかったこととして、進めていこうと思っていたのだが、安室の中では終わっていなかったらしい。じとりと安室を見ると緊張した面持ちでこちらを見つめている。
梓も梓で聞きたいことがあったのでこの際良い機会だと思い、ひとまず話を聞くことにした。

「それで、ええっと、安室さんは、私を一目見て結婚したいと思ったんですか?」
「はい。直感で。僕が結婚するならあなたが良いと」
「出会ってすぐ言われても、戸惑うのはわかりますよね?」
「それは重々承知しています。しかし関係をゆっくりと進めている間に誰かに取られてしまっては困ると思いまして。あっ、確認を忘れていました。付き合っている方や結婚などは?」
「いませんけど
そう言いながらしまった、と梓は思った。馬鹿正直に答えてしまったが、ここでいると答えれば安室はすごすごと引き下がったのではないだろうか。正直ポアロの戦力として安室の力は百人力なので、適当にいなして持ちつ持たれつの関係でいただいた方が今後がやりやすいのではないかと。
とはいえ、前世の時とはとは打って変わってなぜか突拍子もない言動を繰り返すが、仮にも長年一緒にいた夫であるし、愛情は前世由来であるが少しはあるのであまり袖にするのもなあとも思った。
「よかった、」
梓の返答に、安室は安心したように笑った。
そんな笑顔に少しときめいてしまったが、ここからは梓のターンとさせていただこう。
「あの安室さん」
「はい、なんでしょう?」
「なにか、私を見て思い出したとかありませんか?だからいきなり求婚とか
いえ、これといってはありませんが
「えっ?!」
梓は大きな声を上げた。てっきり前世の記憶があるから突拍子もない言動を繰り返すのかと思ったのだが、安室にその気配はなく、ただそうしたいからそうした、本能で動いただけということである。
「あっでも運命は感じますよ」
それは、梓も同じではあったが、見ているものが違うのではないかと思う。
なぜだろう、このまま運命を信じて安室の手をとってもうまくいかない気がした。
「あの、僕たちどこかで会ったことが?」
いえ、今日が初めてです」
おそるおそる尋ねる安室に、梓は返す。
ひとまずは梓の聞きたいことは終わった。
今日は八年間待っていた男に出会ったが、前世の夫となんだか様子が違うし、相手は出会い頭に求婚してきた割には前世のことは覚えてないらしい。
なんだかとてつもなく疲れたのでとりあえず早く帰ってお風呂に浸かって寝たい。そんなことを思いながら、クローズの作業も終わったので、「帰りましょうか」と声をかけた。

夜道は危険ですから、と梓を送ろうとする安室の言葉に素直に甘えることにした。
初対面でプロポーズをする男に家の場所を知られるのは普通であれば女性として身の危険を感じるが、相手は前世の夫であるので。相手の嫌がることはしない人だから、と長年連れ添った故かそれなりに信頼はしている。
安室は隣で蘊蓄を交えながらポアロのメニューについて話している。試食で食べさせてもらったカラスミパスタがとても美味しいだとか、カラスミは今はボラの卵であるが昔はサワラの卵だったとか。
こういうお喋りなところは変わってないよなあ、と思いながら楽しそうに喋る安室を横目にうんうんと頷きながら見ていた。

「早く戦力になれるように頑張りますね」
「安室さんだったら覚えも早いし3日でマスターしちゃいそう!明日はコーヒーの淹れ方教えますね!マスターに近い味を再現するの、結構大変なんですよ!」
「それは覚悟しないとですね!」
梓がグッと腕で力瘤を作るようにポーズすると、安室もそれに乗っかる。
ポアロがこれから楽しくなりそうだな、と思った。
「それじゃあ、私ここなので!送っていただきありがとうございました!それじゃあまた明日」
ちょうどマンションの入り口が見えたので、梓はお辞儀をしてエントランスへ向かおうとした。

「あっ榎本さん」
「はい?」.
呼び止める安室の声に振り返る。

「僕と結婚してください」
「お断りします」
この人まだ懲りてなかったのか。
梓は思わず反射的に答えたのであった。