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Iory
2025-01-26 16:18:07
2955文字
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"逆"転生系あむあず プロローグ
「
…
なあ、僕は君を幸せにできただろうか」
男の手が女の手に触れる。
それは大切にしてきた宝物を扱うように繊細で柔らかな触れ方だった。
「僕は喋ることが得意でもないし、頑固で意地も張ってばかりだ。だからきっと君を困らせたんじゃないかと思う。」
「そんなことありません、私はあなたと一緒にいれてとても幸せでした」
男の手をしっかりと握り女は答えた。
今の男にはありし日の、意思の強い瞳で地に固く足をつけていた姿とは程遠い。それでも女にとっては目の前の男も、女の知る男の姿だ。
「ああ、僕は君に出会えて心底幸せだった。ただ一つ最後に願うなら」
だんだんと男の声が弱まってゆく。女は自身の耳を男の口元に寄せ、囁くような声を必死に必死に逃すまいと聞いた。
「またもう一度君に出会えたなら、今度も一緒になりたい」
「そんなの、もちろんです」
女の答えに安心したように男は笑った
_____
突然であるが、榎本梓には前世の記憶がある。
それの記憶が蘇ったのは中学生三年生の頃、仲良くしていた男に告白された時だけ。恋だの愛だが梓にはよくわからなかったが、男の事は嫌いではなかったため、うんと返事をしようとした時である。
前世の梓には来世でも一緒になろうと誓い合った男がいた。その男は国では有名な氷の騎士と呼ばれる男で見た目麗しい褐色碧眼の男だった。
とにかく国中の女が恋をするような綺麗な見た目の男であったが、彼自身の中に女という存在は不要ならしく、とにかく寄せ付けるもの全てを拒否していた。見た目は麗しいが、中身は氷のように冷たい。そんな女たちの嘆きから揶揄されて名称されたのが"氷の騎士"である。
彼は独身を貫くと決めていた。
しかしそうは問屋が卸さないのが国王であった。国益、それが一番大事なのである。下衆に言ってしまえばこの男のような優秀な子種を後世に残さないなんて国への損害は果てしないだろうというのが国王の主張である。ならば跡取りはどこかの孤児院から見込みのある子供を見つけて育てると彼は言ったのだが、そうは言っても片親だけでは育てるのは大変だろう、せめて母親代わりを、と男の言い分も聞かぬまま、国王からの白羽の矢が立ったのが梓の前世であるアリアという女だった。
悲しきかな、アリアは現在の梓と瓜二つの見た目である。前世は中世ヨーロッパあたりの時代だったのだからもう少し華やかな容姿であってもいいはずでは、と少し悲しくなった。
話はそれたがとにかく、あまり権力を持たず、国王の中で御し易い家を候補として、その中から氷の騎士の嫁探しが始まったのだ。
アリアの家は中の上くらいのパッとしない官僚の家系であった。国王派であることが幸いしたのか、災いしたのか
…
。候補となった家の中で、結婚をできる年齢が過ぎても家を出ていないのは嫁に行き遅れていたアリアだけだったのだ。
そんなわけで、アリアに拒否権はなくほぼ強引に結婚が決まったのである。国王は騎士には見繕う跡取りの母親代わりとしてと言っていたが本音はそうではなかったのであろう。なんとしても騎士の心を射止め、いやこの際射止めなくてもいいから騎士との子供を生め、といったような旨を何重にも重ねたオブラートのように包まれて謁見の場で言われたのだ。
まあそんなアリアにとっては悲劇でしかない結婚は長い長い紆余曲折を経て、幸せなものへと変わる。騎士は変わり者だったのか、"行き遅れた"アリアの言動が面白いと言って笑い、ずっと聞いていたいと言ってアリアの瞳を見つめ、愛しいと言って手を握った。要するに冷たく氷のような騎士の心を溶かし、射止めたのである。この愛の物語は長くなるのでここでは割愛しよう。とにかく、彼と心が通じ合うまではそれはそれは波瀾万丈ではあったが、アリア自身も騎士のことを知るにつれ、好きになっていたので、想いが通じ合ってからはそれはそれは幸せに暮らした。
そして2人は沢山の幸福を重ねたあと。最期に約束をしたのだ。
「来世でも、一緒になろう」とーー。
人一人分の人生という膨大な情報量をたった10秒で受け止めなければいけなかった梓は当然混乱した。何せ今は告白の返事をしようとした最中でもある。人の愛について突然知ることになった梓は、告白を断ることにしたのだ。
目の前の男は前世で愛を誓った男ではない。その確信があったから。きっと男はいつか梓の目の前に現れて、愛を告白してくれるのだろう。御伽話のプリンセスのように。
中学生でピュアだった梓は運命というものを信じていたので、その男を待つことにしたのだが、数年待っても現れなかった。華の高校生生活をいつ現れるかもわからない、そもそも今世において存在するかもわからない男を待って無駄にしても良いのか、と悩み新しい恋を始めようと考えた。ちょうど同級生にデートに誘われたため、それに賛同しようとした時、前世の男との思い出が脳内をよぎったのである。想いが通じ合って初めて行った劇場で、梓が真剣に舞台を見てるのに、手を握ってきたり頬を触ってきたりとちょっかいをかけてくる。我慢が効かなくなった梓が男の方を向くと、愛おしそうにこちらを見つめていた。その瞳を見ると、梓はしょうがないなあと思って、男の好きなようにさせたのだ。
当然突然そんな甘い記憶を見せられては、目の前の男とデートをしようという気は起きなくなる。梓は泣く泣くデートを断ることにしたのだ。
それから、梓がこの人がいいなと思っていたり相手に好意を伝えられる度に、男とアリアとのとろけるような記憶が脳を支配するようになる。男が自分以外を見るなというような圧力を感じながら、まるで呪いのように何度もリフレインするおかげで、すっかり誰かと恋愛をする気が起きなくなってしまった。
そんなこんなで梓ももう23歳。立派な生娘となっていた。
___
その日はなんてことのない1日であった。
梓はいつも通りにポアロの開店準備を初めて、モーニングを作り、一通りのお客様を流して一息をついたお昼前。
珍しくやってきたマスターの後ろには、男が立っていた。
「梓ちゃん、今日から新しくアルバイトを雇ったんだ」
「へー、そうなんですね」
これで梓ちゃんも忙しくなくなるね!嬉しそうにいうマスターを横目に何気なくマスターの後ろに立つ男を見る。
瞬間、梓は悟った。目の前にいる男を梓は知っている。前世で梓の持つ愛のほとんどを捧げた男。
「初めまして、安室透です」
そう言って前世と変わらぬ姿で笑って手を差し出した。少しばかり違和感を感じるのは、前世の彼の笑い方とは少し違った胡散臭い営業スマイル。
「
…
あの、」
梓が何も返さないことに疑問を持ったのか、男が口を開く。さすがに前世の夫ですよね、とスピリチュアルなことは言えなかったので取り乱しながらも声を上げ、相手の男に手を差し出した。
「す、すみません、榎本梓です!」
榎本、梓さん
…
。安室と言った男は口元で先ほど名乗った梓の名前を反芻した。
「あの、榎本梓さん
…
」
「はい?」
「突然ですが結婚してください」
「はぁ?」
これが前世で愛を誓った男との2度目の出会いの日の記録である。
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