ももせ
2025-01-26 16:11:39
7779文字
Public ゆめ
 

ハウアイニー

現パロ/短編/プレゼントを探す中華街
尾た尾め2025


 尾形はもともと疑り深い。ただしこのごろは、とりわけ顕著に私の行動を疑っていた。
 起きて三秒離れただけで、どこに行くんだ、とまだ呂律の回らない、覚束ない声で言うのだ。
 本当に後ろめたさのあった私はベッドに戻った。それから、うつ伏せたままの背中に手を置いて、安心を誘うように耳元で囁いた。
「由竹くんに電話してくる」
 尾形はまだ寝てていい。
 それとほぼ同じ意味だったのに、かえって腕を立てて起き出した尾形は、鉛のように重い体をひっくり返すと、意地でもヘッドボードと枕に身をもたせかける。
 そうして髪をかき上げたままの姿勢で固まっていくのを、なにか赤ちゃんの寝落ちでも見せられているような気持ちで見つめていた。先行くね、と声をかけても、やはり夢うつつの尾形から返事はなかった。
 部屋を出て、丸いダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。そろそろ役目を終えようとしている今年の手帳は、尾形の痕跡を一年分挟んで、買いたてよりもふっくらとしている。おまけに月間ページを開くと、まるでお試しのように、来年の一月が付いている。そこで猫のシールに居座られた「22」を、私は尾形の目尻をなぞるようにそっと撫でた。今度は水曜日であるらしい。
 そうわかったところで差し当たっての問題は、一月から見開き一つ分巻き戻しての日曜日。つまり、丸を付けたこの週末。これまでうやむやにしてきた行き先を、いままさにここで決めなくてはならない。
「もしもし、由竹くん?」
 由竹くんとはかれこれ二週間ほど前から頻繁にやり取りしている。連絡はどれも文字によるものだったのだけど、そのほとんどが変なスタンプによって打ち切られるので困っていた。
「寝ぼけてるときなら出ると思って」
 私がいささか暴虐な物言いをしても、由竹くんは捨てられた子犬のようにクゥーンと鳴いて、それ以上は怒らない。そもそも、早いとはいえ朝の八時だし、家族同然であれば許されるような時間帯だった。
 家族同然であるといえば、「ちゃんとご飯食べてる?」などと聞くべきところかもしれないが、由竹くんは早起きするとパチンコ屋に並んでしまう習性があるため、逃げられる前に本題を始めなくてはならない。
「それで日曜日の件なんだけど、横浜なんてどうかな。そう、赤いレンガのあるとこ。近くだと……ほら、後とかつけられそうだし、そこなら例のプレゼントも豊富そうだし——
 そう話し込んでいるうちに尾形が現れた。結局、睡魔には勝てたらしい、赤ちゃんではないから。それどころか、殺し屋みたいな立ちで横を過ぎていく。
 中空で視線がかち合うと、ここまでポーカーの要領で制御できていたはずの嘘発見器の針が振り切れた。しかし幸いにも尾形は気にも留めない様子で、習慣化しているコーヒーを淹れるためキッチンに立った。
 そのコーヒーの香りが鼻腔をかすめるころになって、私たちの用件も一段落した。由竹くんはここにいる尾形を警戒しながら、最後に声をひそめてこう忠告した。
「くれぐれもバレないようにしろよぉ」
 まかせて、と胸をたたきたくもあったけど、尾形がもうあとわずかまで迫っていることに気がついて、慌てて明るめの声を上げる。
「はーい! じゃ、楽しみにしてるー!」
 切るなり押し付けられたのは、マグカップと不服。
「楽しみにすんな」 
 と、やっぱり尾形は苛立っていた。
「ありがと」
 熱いから気をつけろ、なんて口ごもるせいで、凄みには迫力がない。それも手の内だとすれば、だまし討ちのような尋問の一つや二つ、かえって用意しているかもしれない。
 けれどいまは、朝の白い日差しに従うことにした。尾形もまた同じカップを持ちながら、同じ明るさの指定席に腰を下ろした。


 駅の壁に寄りかかっていると、遠くに由竹くんが見えた。やがて息を弾ませながら小走りにやってくる。
「ごめんねぇ~、乗り換える駅間違えちゃった」
 テヘッと可愛らしく自分の頭を小突いてみせるものの、金欠のためどこかから歩いてきたであろうことは想像に難くない。
「いいよいいよ、気にしてないから。私が早く着いただけだし」
 こと由竹くんに関しては心からそう思う。私なんかのために予定を空けさせるにはもったいない人だ、と昔からそう思っている。尾形に言わせれば「冗談みたいな話」だけど。
 レンガ造りの商業施設まで歩いて約二十分の道すがら、十二月の潮風が容赦なく私のコートや由竹くんのスカジャンに吹き荒んだ。そんなベイエリアにあっても由竹くんからは三月みたいな鼻歌が飛び出してくる。どことなく切ない雰囲気のなかで由竹くんは言った。
「けど、よく尾形ちゃんが今日のこと許可したよなぁ。あの尾形ちゃんだぜ? あとでチンポ刻まれたりしない? 俺」
 しないしない、と吹き出した息が、風に白い目印を付ける。風は色素の薄い坊主頭を越えて、山下公園のほうへと走っていく。
「尾形のことはたぶん騙せてるから大丈夫。ちゃんとシスター宮沢へのプレゼントだって思ってるよ」
 そう。きっと尾形は信じ込んでいる。恋をした由竹くんのために、私は知恵を貸すだけだと。贈られるのはシスター宮沢であり、贈るのは由竹くんであると。
「シスター宮沢ねえ……
 と由竹くんはこぼした。私の作った設定にいまだ不満があるらしい。
 名前を借りるには関わりが薄すぎること。私を単身で向かわせられるほど、尾形が他人の恋愛に協力的とは思えないこと。などをその理由に挙げる。
 確かに指摘された通り、由竹くんがシスター宮沢に恋をしていたのはずいぶん昔の話だったし、彼女がいまどこでなにをしているのか、由竹くんを含めて誰も知らない。それに二つ目のほうは、と考えているうちに、由竹くんが指鉄砲を私に向けた。顔を見れば「ピュウ」と面白そうに撃ってくる。
「尾形ちゃんに本当のこと話してあげたほうが、よかったんじゃないのぉ〜?」
 私はそれ以上突っ込まれたくない一心で耳を押さえた。そのまま強く首を振ると、なんだか初恋みたいだね、というお気楽なセリフが指のあいだをすり抜ける。
 由竹くんの眼差しは依然として柔らかいままだ。さざ波立つ横浜港を渡る橋の上でも、由竹くんは言った。
「そんなに恥ずかしいもんかねぇ。尾形ちゃんのためにプレゼントを選ぶってのが」
 

 しばらくするとおもむろに上着を脱いだ。それでも暑いので由竹くんと私はしっとりと汗ばんで、その汗が冷えるころになってもなお、尾形にあげたいものがないので困っていた。
「上にあった帽子屋さん、もう一度見に行っていい?」
「ええ!? またぁ!?」
 そんなやりとりをするうちに定期連絡の時間はやってきた。
 はじめは「えぇ……」と困惑気味だった由竹くんも、三度目ともなると進んで画角の内側に収まってくれる。「今度こそ尾形ちゃんを笑わそうぜ〜」と気合いも十分だ。撮影スポットになっている展示物の前で五枚か六枚。うえーいとかウキーッとか聞こえてきそうなラインナップで嬉しくなる。
 もっとも、それを尾形がぬくぬくとした部屋のなかでくつろぎながら、偉ぶってチェックするのかと思えば腹も立つのだが。
 探し疲れていたこともあり、尾形からの返信を待ちがてら、西海岸風のジューススタンドでスムージーを飲むことにした。すべての支払いは私持ちだけれど問題はない。由竹くんは桃とヨーグルトのを、私は苺と小松菜のを選んで、オーシャンビューの窓辺にこじんまりと腰掛けた。眺めは最高だったけど、心の奥に影が落ちて、現在進行形で行われている非礼や干渉を詫びたくなった。
「ごめんね。付き合った男が、あんな尾形で……
「いいってことよ〜!」
 その気楽さ。大人びた柔軟性に何度も救われてはいるが。
「だけど、『どうしても、って言うなら連絡を寄越せ。密室にいない証拠を見せろ』って人間としてだめじゃない!?」
「それ尾形ちゃんの真似ぇ? 似てないねぇ」
 まったりと微笑んだ由竹くんが、徐々に頬の筋肉を引き締める。
「それだけ大事にされてるってことだろ? なら、ヨシタケさまはいいと思うぜ〜! ま、要はお前が過保護にされて嬉しいってこと! なんなら、相手はあの尾形ちゃんじゃなくてもいいけどネ……
 ズズズ、という音が沈黙を支配した。言った由竹くんも聞いた私もなんだか恥ずかしくなって、ストローでジュースを吸い上げたのだ。家族間の本音は恥ずかしいというし。ズズズ。
 同じ施設にいたときから、由竹くんに対してはお兄ちゃんみたいな、憧れと尊敬を抱いている。いくつ歳を重ねても変わるものではなかった。
 届いた返信を見ると、そこには居丈高よりも長文よりも腹の立つ、「まぬけ」というシンプルな侮辱が記されていた。これには由竹くんも反り返った。
「尾形ちゃんさぁ……!!」



 ランチとおごりの二言で鼻の下を伸ばす由竹くんを釣りながら、中華街まで歩いた。すると、下調べ無しで名店らしきレストランを見つけた。なんでも、親分と姫というよくわからない芸能人コンビが先日来店したらしく、その番組のひとコマのようなものが宣伝として貼ってあったのだ。
 注文したセットを待ちながら、なぜこうも「これだ!」というものが見つからないのか協議する。
「ハードルが高すぎるんじゃない?」
 と由竹くんは言うけれど、行き交う高級中華に気移りしているときの感想は当てにならない。
「ハードルなんてあってないようなものだけど」
 意外にも耳を傾けていた由竹くんに、「例えば?」と聞き返されたので続けてみる。
「やっぱり、そうだなぁ……尾形のために誂えたものが一番かなぁ。あ、オーダーメイドってやつ? それに、祝福が次々と舞い込む仕様だったら嬉しい! 尾形、飢えてるから……だけど、お祝い嫌いでもあるから、仰々しいものはだめかも」
「原因それだわ……
 急に夢から覚めたようになった由竹くんが、「『招福萬来』って書いてあるキーホルダーでも買って帰ろうぜ……」と壁の額縁を勧めてくるけども、だめだ。
 ごま団子まで完食して店を出ると、尾形からまた返事が届いていた。フカヒレあんかけチャーハンに対する返答は、お昼ご飯とおぼしきマグロの漬け丼だった。
 さて、残り二度ほど定期連絡するあいだに、贈るものを見つけなくてはならない。それより先はいよいよ男女の仲を疑われる時間帯だったし、すでに限界を迎えている大人の足がそれほど長く保つとも思えない。
 中華街に立ち込める暗雲をかき分けること三十分。品物探しとは少し外れたところで、人生についての大きな収穫があった。立派な睡蓮鉢の並んだ店の前で、現代のソクラテスは言ったのだ。
「ハードルが高いってのは置いといてもよぉ、やっぱ俺ら正解知らねえもんなー」
 由竹くんは生育環境のことを言っている。
 それがわかった瞬間に、ストンと腑に落ちるものがあり、それから肩の力が抜けた。
 尾形は私にとって特別で、こんなにも好きで毎日溺れそうなのに、誕生日さえ人並みに祝えない理由。
 ズタボロの自信を悟られたくなくて、こうして探すことさえ尾形に隠してしまったけれど、いつか堂々とすることだってできるかもしれない。なにせ、まだ知らないだけなのだ。祝福の与えられ方や人への与え方を。
「由竹くんはやっぱ天才だよ! 生まれ変わったソクラテス……いいや、ガリレオ・ガリレイかも!」
 私はこれでもかと由竹くんを褒めた。調子のいい由竹くんが意味もわからず喜んでいると、はしゃぐ姿に親近感でも覚えたのか、「みて!」と子供が急に近寄ってきた。
「うお!? なんだぁ坊主? あ、へぇー、パンダなんだね」
 由竹くんはニコニコしながら、子供と子供の抱えるパンダのぬいぐるみに目線に合わせている。えっへんと偉そうに男の子は言った。
「ぼくだけのぱんだのすけだもん……!」
 そこで父親が現れて、平謝りしながら子供を連れて行った。ばいばーい、と子供は笑っている。
「由竹くん、ぱんだのすけってなんだろう」
 子供に手を振り返しながら悩むこと少し。由竹くんのほうが先に閃いた。
「そういえば、通ってきた道のどこかでワークショップやってたぜ」
 すると私の脳裏にも、あなただけの一体を、と呼び込んでいた雑貨屋さんの残像が蘇る。なるほど、道理でぱんだのすけは少し歪だったわけだ。
 ぱんだのすけって名前が少し尾形に似ている。尾形もあんなふうに可愛がられていたら
、不貞腐れてそうでちょっと面白い。
 じゃあ、もしもこの世に尾形だけの一体があれば。尾形もあんなふうに可愛がるのだろうか。
 私は結論付けるよりも先に、スカジャンの袖を掴んでいた。
「由竹くん。オーダーメイドで祝福が舞い込んでくる日用品……それかも」


「付き合いはもう充分だろうが」
 そう言って尾形は私を引き剥がした。すると、液体状の猫のような時間は終わってしまった。原因は、たったいまも枕元で鳴り続けるアラームだ。名目は確かこんな感じ。横浜の夜の私から私へ。
『由竹くん13時@渋谷』
 今日、私はひと月ぶりに由竹くんと会う。シスター宮沢のために選んだプレゼントへ、恋文をつけて贈るため。
 由竹くんのライバルは神様だから、由竹くんが落雷で殺されないかとか、シスター宮沢が失職しないかとか、考慮する事項が山積みなのだ。恋文のダブルチェックはあったほうがいい。
 という馬鹿みたいな詭弁を、ひと月かけて尾形の認識に刷り込ませた。けれど、ひと月経っても納得いかない様子だった。
「いいでしょ、最後まで見届けたいんだから」
 詰め寄るように見上げると、「あのとき書いてくれば良かっただろうが」と怒られて、正直ぐうの音も出ない。
「そうは言うけど、あの夜はヘトヘトだったんだよ? そんなときにファミレスのテーブルかなんかを借りて上手に書くことなんてほぼ無理じゃん! そんな手紙、シスターだって嬉しくないじゃん!」
「ああ、クソ……!!」
 と尾形は躍起になった。
 冷たそうな目の奥は意外と燃えやすい。そこからの火が尾形の手足まで延焼して、次の瞬間には寝間着の布しか見せてもらえなくなった。同時に、私の胸や体の柔らかいところが、尾形のかたちに潰される。絡まるよりも激しく、尾形の内側にいるような抱擁だった。そんな場所で、尾形の鼓動を聞いていた。
「今日は遅くなるんじゃねえぞ……
「ははぁ、ならないよ」
 尾形は本当に馬鹿で私を知らない。尾形が恐れていることなんて、この百年を何度繰り返したって起こりっこないのに。


 昼間由竹くんと会い、預けていたプレゼントを受け取ったあと、ちゃんと約束通り家に着いた。なのに尾形は怒っていた。肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せながら、たったひとりでダイニングテーブルの上を睨んでいる。入ったときから、ずっと。
「なんで?」
 恐ろしくなった私に尾形は呟いた。
「白石由竹のSNSを見た」
「白石由竹のSNS?」
 それと同時に光る画面が放られる。猫も杓子も、と言いたくなるような巨大SNSの投稿の一つには、こう記されていた。
『ラッキ~〜☆ 今日はホイップ増し増しカフェラテのおごりだぜぇ〜い! たまには家族に協力するっていいよね(しみじみ)』
 確かに、これは見覚えのある飲み物であり、写り込んだ頭の影は真ん丸であり、投稿は私が席を外した時間に行われている。なにより、口調が偽ることなくそのものだ。
 ほんのりと、SNSでパチスロの情報でも仕入れようかなぁと、語っていた当時の様子を思い出した。とはいえ、私でも知らないこんなアカウントを、尾形はいったいどうやって見つけたんだ。
「お前が手を貸す、という話だったはずだが?」
 尾形が昏い目をして立ち上がった。
「いや、それはね……それはその……
 じりじりと追い込まれていくなかで、ホイップ増し増しカフェオレを前に行われた会合を思い出す。本番まであと四日隠しきれるのか問う由竹くんに、四日ぐらい大丈夫っしょ、と私はプレゼントの隠匿を呑気に引き継いだ。それも含めて大失敗だったかもしれない。
 後ろ手にリュックをかばっている様子を、尾形が見逃すはずもなかった。
「なるほどな。ははぁ、やっぱりな。シスター宮沢なんてのは初めから嘘で、ほんとはお前がプレゼントをもらったんだろ」
 疑惑を声に出しながら、尾形は一歩、また一歩と近づいてくる。いよいよ観念せざるを得ない時がやってきた。退路は壁。身の潔白と、残り四日と。当日を迎えられなくては身も蓋もないので身の潔白を取った。
「実は、尾形に見せるものがあります」
「ハッ。なんだ、指輪か? 俺は初めからお前ら二人おかしいと思ってたぜ……お前の好きなブローチか?」
「ちょっと黙って。それはね……
 ブローチを重ね付けしているリュックの一番安全な部分から、預けていたせいで見慣れない袋を取り出す。つくづくお祝いごとに向かないなぁと自壊しながらも、見せる。
「これ。尾形に。四日早いけど。おめでとう、ございます」
 日付の暗算よりも長い時間、尾形はそうしていた。
……これ、開けていいのか」
 ご自由に。どうぞ。
 頷いたり手で促したりすれば、なんだか苦しそうな表情でリボンをほどいた。反応は——それはあまりにも不名誉で、悔しくも予想した通り。
「なんだ……これは」
「ぬいぐるみです……
「それはかろうじてわかる。が」
「山猫です……山猫の、招き猫……
「山猫の招き猫……
「はい……
 雑貨屋のおじさんは私に二つの嘘をついた。ひとつは、お子様でもできると言ったことで、もうひとつは、創造性を発揮させるにはちょうど良い素材だと信じ込ませたこと。
「どう、かな……
 どうとは、と聞き返したきり、尾形は動かなくなった。右手に握ったぬいぐるみを見つめている。なにはともあれ、この好機に説明しなくては。
「あの、ここに耳がついててね、先端が毛糸になってるんだよ……山猫の、わかる? 手足も猫よりおっきくて。それでおじさんに、『招くのはどっちにする?』って聞かれたとき、金運と人脈、どっちもあれば尾形嬉しいかなと思って、『両腕です』って答えたんだけど、やっぱりそれだけじゃ足りない気がして、そしたら足も全部上げたくなって……だから、招く気がないみたいに寝てるんだけど……
 受け取ってもらえなかったらどうしよう、という不安は、初めからあった。それを由竹くんに話したら、尾形ちゃんなら大丈夫だよ、と言いながら笑っていた。
 由竹くんは嘘つきだ。
 もしもこの子が捨てられるようなことになったら、私は里親が見つかるまで家に帰れないだろう。もしかしたらそのまま、尾形と離れて暮らすかもしれない。捨てられた子の傷が癒えるまで。
 それが恐ろしくなって目を閉じると、闇の中でもはっきりと思い出せる指の形が頬を撫でた。そしてすぐ、居丈高でも長文でもない言葉が降ってきた。
「かわいい」
 という単語を、この耳は確かに聞いた。