ゑ/圓堂
2024-07-07 20:21:12
7002文字
Public 月詠サーバー(満月本丸)
 

【刀剣乱舞】星に願うは2024【笹貫×創作男審神者】

笹貫×46歳人たらしおじさん審神者の刀さに♂。主を亡くしたり、問題起こして追い出されたり、先天性の異常を抱えて顕現した刀剣男士を引き取ってる満月本丸《みちづきほんまる》という本丸のお話です。去年書いたお話を三人称視点にて書き直しました。ストーリーは去年と一緒ですが、一部加筆修正を行っています。視力を失ったまま顕現した七星剣が出てきます。

夏に顕現した笹貫にとって、冬よりも過ごしやすい季節がやってきた。
本丸で共に生活するものたちの半数近くが早くも暑さに根を上げ始めているが、暑いとは思いこそすれ、流れる汗も皮膚を灼く陽射しも笹貫は然程嫌いではなかった。『生きている』という実感が湧くからだ――彼はそう理解している。
笹貫が刀剣男士として人の身を得てから、かれこれそれなりの日数が経つ。物として過ごしてきた年月よりはずっと短いものの、そろそろ様々な感情や生理現象にも驚かなくなってきた。寧ろ物だった時の感覚を早くも忘れ始めているような気がする――そんな風にまで思う始末である。とはいえ、彼が戦いの道具であることには変わりはないのだが。

今日も今日とて、戦いの道具としての務めを果たした笹貫は、共に戦場へ出陣した刀剣男士らと揃って本丸へと帰還した。暑い暑いと愚痴をこぼす和泉守兼定を笹貫が横目に見ていると「おめーは俺より薄着だから笑ってられんだ笹貫」と彼は不貞腐れてしまった。自分が気が付かないうちに笑みを浮かべていた事に気付かされ、笹貫はそのまま今度は自覚的に笑ってみせた。自然とこみ上げてしまったものはどうしようもない――そう思いながら。

「そんなに暑いなら涼しくなる話をしてあげようか」
「やめろよにっかり、おめーのは洒落になんねぇ」
「ふふ、氷菓の話だよ?」

同じく共に出陣していたにっかり青江の、思わせぶりな言葉選びに和泉守兼定が「てめー!」と噛みつく。それらを流し聞きながら笹貫は母屋へと上がり込む。強い太陽光に炙られた縁側が、素足の笹貫には少しばかり熱く感じられた。
本日部隊長に任ぜられた笹貫は報告のために、この本丸の近侍である歌仙兼定を探すべく、部隊のものたちとは別れて厨へと向かった。この時間であれば、厨には燭台切光忠が居り、彼に聞けば大体本丸の誰がどこに居るかが判る――というのが、笹貫がここで学んだローカルルールである。近侍よりもよく把握しているように思うが、そんなことはまだまだ新参のうちに入る笹貫如きには、口が裂けても言えたものではない。歌仙兼定にそのことが知れれば本気で手打ちにされかねないからだ。

と。

「おっと失礼。……何だ、笹貫か」
「お、歌仙。ちょうど探してたとこ……って、なにそれ」

廊下の曲がり角で笹貫が偶然にも鉢合わせたのは歌仙兼定本刃であった。
今しがた思い浮かべていたあれこれをぐっと胸の内に押し込めて、笹貫は努めて自然に振舞う素振りをする。しかしその前に、幸い歌仙兼定が持っているものにすぐに気を取られて、努力の必要は一先ず無くなった。

「これかい?笹だよ。見たら判るだろう。もうすぐ七夕だからね、この時期になるといつも行く万屋が毎年買い物客に配っているんだ」
「ああ、七夕。なるほどね」
――去年は色々ドタバタしちゃって出来なかったけど、実は毎年やってるんだ」

歌仙兼定の持ち物に笹貫が納得したのも束の間であった。笹の影から聞こえた声と覗かせた顔に、笹貫の肉体の内側がざわりと疼く。
加齢で脱色しつつある銀色の髪が、薄暗い廊下でもきらきらと笹貫の眼を射貫く。穏やかな眼差しの、彩度の低い瞳の中に映る自身の顔を見て、何て間の抜けた表情だ――と笹貫は無自覚のうちに呆れた。

「みちさん」
「おかえり。と言っても僕らも今買い出しから戻ったところなんだけどね」

人懐っこい笑顔を向ける彼は、この本丸の審神者であり、笹貫をはじめ本丸の刀剣男士の今代の主にあたる男だ。名を須藤道彦という。付喪神たる刀剣男士らへ真名を知られることは規則により禁じられているため、刀剣男士らは皆めいめいに『主』を指す呼び名で彼を呼んでいるが、笹貫だけが彼を『みちさん』と呼んでいる。今のところ特に不都合は起きていない。
主は今日も今日とて、和服をきちんと身に付けている。生成りの薄物の衿元から伸びる首にうっすらと汗が滲んでいるのが見えて、笹貫は背筋がそわそわと騒めくのを感じた。
彼の前でのみ、己の心身は特別な反応を示し、それが人間の中では恋だの愛だのと呼ぶらしい――笹貫はぼんやりとしたイメージでそれを理解していた。つまるところ、自分は己が主のことを好いているのだと。

「ああ、貴殿は出陣から帰還したところだったね。僕に報告したところで主に伝えることになるのだから、直接主に報告するといい。主、笹はいつものところに置いておけばいいかな?」
「うん、ありがとう。もし時間があったら短冊も配ってもらえると助かるんだけど」
「任せてくれたまえ。さ、その荷物ももらおう」

主が返答する前に、歌仙兼定はさっさと彼が手から提げていた買い物袋を取り上げると、涼しい顔で廊下の先へと進んでいった。ひと房だけ浮いた髪が歩調に合わせて揺れている。その様を少しだけ眺めたあと、笹貫は主へと向き直った。

「もしかして、気ィ遣われちゃった?」
「え?それどういう意味?」
「んー、別に」

自然な足取りで肩を並べて主の自室へと向かいながら、己が言葉の意味をいまいち理解していない様子の主へと笹貫はしらばっくれてみせる。
笹貫の主への好意は決して一方的ではない。ふたりは疾うに懇ろの仲であるが、その事実を主はふたりだけの秘密の関係だと未だに信じているのである。実際は、彼らがそのような仲になってすぐに本丸中に知れ渡っており、先程の歌仙兼定の振る舞いもそれ故の行動に外ならなかった。正しく理解しているのは笹貫だけである。



既に自室と変わりない程見慣れた主の部屋に胡坐で座り込んだ笹貫は、一旦は真面目に出陣の報告を済ませた。しかし、彼の目は机に向かう主の、襟足の髪を貼り付けた首筋から目を離すことが出来ずにいる。

――お疲れ様だったね。今日この後は確か……
「あー、一応治金丸に体術の稽古つけてもらう約束してるんだけど、なんか用事あるならずらしてもらおっか?」
「あ、ううん、そうじゃなくてね。これ」

主は先程まで買い物袋と共に持っていた鞄を手繰り寄せると、中から手帳を取り出して、間に挟んでいたらしいものを笹貫へと差し出した。淡い緑色と水色の短冊であった。

「渡しておくよ。広間に笹飾ってくれてると思うから、願い事書いて結んでおいてね。あ、一枚は書き損じ用だけど別に二枚書いてもいいよ」
「これ、みちさんのじゃないの?」
「僕はまた後で歌仙からもらうし。持って行って」


――そういうこと、しれっとやるんだもんなぁ)

笹貫は胸の奥で人知れず呟く。
彼自身にはこの行為に何の裏表もなく、本当に今思いついたから渡しただけに外ならない。しかしその振る舞いこそが、笹貫にとっては何ものにも代えがたい価値があるのだ。とはいえ、笹貫はそのことを素直に口に出すことはしない。口に出すことで主が羞恥に駆られて、二度とそういうことをしてくれなくなる可能性があることを、笹貫はこれまでの付き合いで既に熟知しているのだ。

「笹と言ったら出番か」
「だめだよ貫いちゃあ」

代わりに冗談めかした言葉を零すと、主は苦笑して、それでもその冗談に乗ってきた。
笑うと目元に刻まれる薄い皺が、彼が人間であるのだということを強調する。

「みちさん、何お願いすんの?」
「ふふ、内緒。願い事って、人に話すと効果が無くなっちゃうらしいからね」
「じゃあ書いた願いを読まれるのもダメってこと?」
「名前書かなかったら誰のか判らないからセーフなんじゃない?」

笹貫の問いに、主はけろりと答えた。上品そうな見た目と物腰のわりに妙に大雑把なところがあるのが、この審神者の一種の魅力でもある――笹貫はそう感じている。

「じゃあ当日みちさんの探そっと」
「はは、そんな大層なことは書かないよ。じゃあ僕も笹貫の探すから、ちゃんと当日までに書いて笹に結んでおいてね」
「オッケー」

話の切り上げを察して笹貫は立ち上がった。しかし、向かったのは廊下に出る障子戸の方ではなく主の方である。
どうしたの、と振り返った顔の左目の下にある泣きぼくろに、笹貫はすかさず唇で触れた。気温のせいか普段よりも強く香る彼の匂いに、笹貫はほんの少しだけ我を忘れそうになる。

ちょ、っと……!」
「部隊長頑張ったご褒美、ちょっとだけ」
「今日が初めてじゃないでしょ……

口先でたしなめながらも、主は拒否を示すことなく笹貫の方へと向き直った。
膝をついて、今度は唇同士を重ねる。何度か啄んだあと、軽く食むように歯を立てて、笹貫が彼の痩せた身体に腕を回したところで、調子に乗るなと主が叱った。






――そして、七月七日。
出陣任務を終えた笹貫が母屋の広間の前を通りかかると、庭に向かって開け放された室内から賑やかな声が聞こえてきた。見ると、どうやら早速笹飾りの短冊を品定めしているらしい。

「ごことけんけんの、どれー?」
「ぁう、恥ずかしいから見ないでください……
「ひめつるのもみせてくれないと、ふこうへいなんだぞ!」

姫鶴一文字が短冊をあれこれと手に取るそばに、五虎退と謙信景光が張り付いている。この三振りは一日の殆どを一緒に行動している。自室を同じくしているのは勿論のこと、出陣や遠征もなるべく同じ部隊になるよう編成されている徹底ぶりだ。勿論それには理由がある。
かつて彼らが配属されていた本丸の審神者が死ぬ間際に、顕現していた刀剣男士の半数が自然刀解するという出来事があった。その際、懇意にしていた刀剣男士を失ったことによる心の傷が癒えず、互いの存在を確実に確かめられる距離にいつも寄り添い合っているのである。
この本丸――満月本丸《みちづきほんまる》は、様々な事情を抱えた刀剣男士らが過半数を占めている。審神者を失ったもの、審神者と相容れなかったもの、何らかの欠陥を抱えたもの。顕現した本丸に居られなくなったもの達のうちの一部が、この本丸へと連れてこられるのだ。かく言う笹貫もその内の一振りである。

――綺羅星よ、そのような所で何をしている?」
「わっ!……ああ、びっくりした。静かすぎて気付かなかった」

思いがけぬ近距離から声を掛けられ、思考の中に身を浸していた笹貫は飛び上がらんばかりに驚いた。
笹貫の発言は冗談などではない。広間の歓声にばかり気を取られていて、物音ひとつ立てずに縁側で正座している彼――七星剣の存在に全く気付いていなかったのだ。

「あちらの綺羅星に目移りしていたか。一向に構わぬ」

そう言って七星剣は、焦点の合わぬ双眸のまま顔を広間へと向けた。
彼もまた訳あってこの本丸へとやってきた刀剣男士である。元居た本丸にて、視力のない状態で顕現した個体だ。とはいえ、刀剣男士や審神者については、霊力が人の形を成しているように『見える』ため、彼は皆の存在を認識することが出来ている。尚且つ、刀であった時代に得た情報や知識を拠り所にして、日々の生活をこなしており、本丸内にいる分には特に不自由を感じている様子は見受けられない。本丸の面々も何くれを世話を焼く質が多いので、猶更である。
何んとなしに流れで笹貫が隣に腰を下ろすと、彼は貰い物か買ってきてもらったものか、皿に二つ乗った水まんじゅうを勧めてきた。

「短冊どうした?」
「この通り盲目ゆえ、字は書けぬ。代わりに、短冊に想いを込めた」
「なるほど、その手があったか」

笹貫の返答に、七星剣は紅玉と瑠璃の瞳を向ける。
その球体は彼の脳裏には何も映さずとも、彼自身の微かな感情の片鱗を宿している。

「お前は書けるのだろう?」
「願い事、知られたら叶わなくなるってみちさんが言ってたからさ。バレない方法があればなって」
「ふ、成程……。そうまでして叶えたい願いが、お前にはあるのだな」

七星剣は形の良い唇の端を小さく吊り上げて笑うと、迷いのない動作で自身の傍らに置いた湯呑を手に取り、中の茶をゆっくりと啜った。

「ん~、どうだろ」
「おれには解る。お前の想いが、綺羅星となり瞬いている」
「へぇ隠しごとは出来ないってか」

笹貫のはぐらかした答えを一笑に付し、今度ははっきりとした視線をもって七星剣が見据えた。
姿形が見えているどころか、心の奥底まで見透かされるようなその眼差しに、無意識に笹貫の喉が小さく鳴る。

「さあ、星宿に願いをかけよ。強き想いがあれば、いつの日か星は応えよう」

胸の内の動揺を知ってか知らずか、七星剣はすぐにその視線を笹貫から外して再び広間の方へ向けた。そして同じ方向へ、しなやかな右手を静かに差し伸べる。なんと返答すべきか迷った挙句、笹貫は黙して皿の上の水まんじゅうを一口に頬張った。



「おい、何だこの風流のかけらもない短冊は……これは夕餉の希望を募るものじゃないんだがね!」

笹貫の口の中の水まんじゅうがすっかりなくなった頃、いつの間にか笹飾りの元へやって来ていたらしい歌仙兼定の憤慨した声が耳に飛び込んできた。笹貫がその発生源へと目を向けると、やはり歌仙兼定が緑色の短冊を手に取り、遠目にも判るほどに目を吊り上げているのが見えた。かろうじて短冊は握り潰されていないが時間の問題である。

「『夕餉は山盛り唐揚げ』――いいじゃねぇか之定!こいつぁすぐにでも叶って欲しい願いだぜ!」
「良いわけあるか!まさか貴殿じゃなかろうな?!」

短冊に書かれた願いに賛同した和泉守兼定に、歌仙兼定が掴みかからん勢いで詰め寄っている。
書いたのが誰か、笹貫は確実に分かっていた。履き物を脱ぎ広間へと向かう。

「ひっでぇなぁ、割と真剣な願いごとなんだけど」
…………笹貫、貴殿は主から何を聞いてこんな願いを書いたんだい……?」

名乗り出た笹貫の顔を見るなり、歌仙兼定の眉間の皺が更に深まる。そして、押し殺したような低い声で笹貫をなじり始めた。あまりにも予想していた通りの反応に、笹貫が思わず少しだけ吹き出すと、目と共に吊り上がった歌仙兼定の眉がひくひくと震えた。
大体貴殿は、と捲し立てようとした歌仙兼定の説教は、しかしそこで打ち切られる羽目になった。

「あはは、ここ最近夜行貝づくしだもんねぇ。せっかくの七夕なんだから今晩はリクエスト通り山盛り唐揚げにしよっか」
「いいね。ちょうど最近見つけた新しい味付けのレシピを試してみたかったんだ。そうしよう」

廊下に面した障子戸から顔を出した主と燭台切光忠が、にこやかな声で場の緊張を断ち切る。そのおかげか歌仙兼定の怒りは急速に冷めていったようで、他の男士らの歓声に包まれて目に見えて脱力していくのが判る。誰よりも無邪気に喜んでいる和泉守兼定が「でかした笹貫!」と笹貫の肩をばしばしと叩いた。

「全く……、早々に願いが叶ってよかったな笹貫」
「手っ取り早く叶えてもらえそうなやつにして正解だったな。ラッキー」

歌仙兼定が鎮火したにも関わらず、笹貫はまたしても軽率に無遠慮な一言を放つ。彼の、和泉守兼定が叩いた方とは逆の肩へと、今度は歌仙兼定の重い一撃が突き刺さった。







――――……

寝支度を整えた笹貫が自室を出て庭へ下り立つと、天の川こそさすがに見えないものの澄んだ夜空にはちかちかと星が瞬き、零れ落ちそうな満月がぽっかりと浮かんでいるのが見えた。しんとした本丸の敷地一面に青白い光が降り注ぎ、より静けさを引き立てているかのようである。その中を歩き始めると、砂地の地面を踏みしめる足音がやけに笹貫の耳に障った。

やがて母屋の黒々とした大きな影が彼の視界一面に広がる。笹貫は一直線にそちらへと向かい、昼間に腰掛けていた辺りへ辿り着くと、そっと草履を脱いで上がった。
ゆっくりとなるべく音を立てないように、笹貫は障子戸を開ける。月明かりを背負った彼の影が、がらんとした広間に伸びる。仄暗い広間にはつい数時間前の賑わいなど微塵も残っておらず、飾られた笹が妙におぞましげな陰影で佇んでいた。
忍び足の素足の裏にひやりとした畳の感触を味わいながら、笹貫は歩みを進め、笹へと向き合う。そして水墨画のような視界の中で、ぶら下がる短冊へと手を伸ばした。色の区別も濃淡程度しか判らぬ中、一つ一つ内容をあらためる。

やがて、笹貫の手が一つの短冊を手に動きを止めた。
端正かつ流れるような万年筆のインクで『本丸円満』と刻まれた願いが、あまりにもあの人らしい――笹貫は少しだけ笑った。

やがて笹貫は短冊から手を離し、袂を探って、中に潜ませていたものを取り出した。
陽の元では淡い水色であったその紙が、今は灰色に霞んでいる。
暫くそれに目を落とし、笹貫は去来する感情に身を委ねた。


……やっぱ、こういうのは他力本願じゃダメだよな」

誰も居ない空間に向かって笹貫は結論を口にする。
そして掌の上の短冊へもう一度目を落とし、握り潰す。
『あのひとをおれだけのものに』――そう書かれた文字が、紙と共にくしゃりと悲鳴を上げてひしゃげた。



やがて笹貫は踵を返し笹へと背を向けると、恐らく既に眠ってしまっているであろう想い人の寝顔に会うため、彼の部屋へと静かに足を向けた。