ゑ/圓堂
2023-10-22 13:43:07
5422文字
Public 月詠サーバー(満月本丸)
 

【刀剣乱舞】カレイドスコープの日々を、君と【笹貫×創作男審神者】

笹貫×46歳人たらしおじさん審神者みちさんの刀さに♂。主を亡くしたり、問題起こして追い出されたり、先天性の異常を抱えて顕現した刀剣男士を引き取ってる満月本丸《みちづきほんまる》という本丸のお話です。今年の2/12の笹貫の刀帳デーに書いたお話『本日は寄り道日和につき』のアフター&アンサーストーリー。笹ぴって自分と同じ刀剣男士に対して嫉妬心やら独占欲とか感じることはなさそうだけど、自分以外の『物』に対してはその気が強そうだよねなどと思い、みちさんの周りを自分の存在が付与された物で固めていくのって良いよねと考えながら書きました。10/15のイベントにて頒布した『蒼に落つ』とそこそこ話がリンクしているので、お迎えいただいた方はそちらと併せて読んでいただけると私が楽しい気持ちになります。

「んん~~

暫く同じ姿勢を保っていた上体を椅子の上で伸ばすと、凝り固まっていた関節が鳴らす小気味良い音と共に自然と喉の奥から声が漏れた。それはしんとした書斎の中ではやたらと大袈裟に聞こえる。
机の上の置時計を見ると、そろそろ夕食の支度に取り掛かるべき頃合いの時間であった。普段であればもう少し早い時間にお茶の誘いなどが入ったりするが、今日はその手の面々は皆出払っているらしい。

「らしい、って、采配しているのは僕なんだけれど」

誰にともなく、僕は口に出した。そして傍らの湯呑に手を伸ばし、すっかり冷めきったお茶を飲み干す。本当はコーヒーが飲みたいところであったが、何となく水に近しいものにした方がいいかと淹れた煎茶である。コーヒーは素人よりはそこそここだわって淹れられる自信があるが、お茶に関しては玄人の真似事すら怪しい。色と味がついていれば上出来といった体たらくである。そろそろ鶯丸に弟子入りすべきだろうかと思ったが、彼の作法は全てが自己流の粋を極めたようなものなので、僕にそれがそっくり受け継がれるとは到底思えなかった。
水分不足を気に掛けてはいるものの、水そのものを飲むのが僕は苦手だ。どうしても味のついた飲み物でないと気分が悪くなってしまうのだ。そういえば以前熱を出した時に燭台切光忠がレモン水を作ってくれたことを思い出す。あれなら酸味が苦手な僕も美味しく飲むことが出来たし、健康にもいいかもしれない。一日分なら作り置きしても良さそうだ。歳の割には健康体だという自負はあるが、やはり疎かには出来ない年齢でもある。
掛けっぱなしの老眼鏡を外して鈍く痛む目頭を抓むと、鼻当ての跡がくっきりと残っているのが判る。審神者となる少し前から掛けるようになったが、数年経った今でもまだ体の一部とまではいかないようであった。まだ掛けずともどうにかなる程度の老眼ではあるが、いくらこの世界の時間の流れが遅いとはいっても肉体は否応なしに衰えていくのだ。一気に老化現象に支配されてからじたばたするよりもある程度備えておく方が精神衛生上良いような気がしていた。

今日は審神者の仕事というよりはほぼ趣味のようなもので、本丸の刀剣男士達の来歴や逸話に関する情報を独自にまとめる作業に、僕は午前中から没頭していた。教員時代に日本史を教えていたとはいえ、僕が持ち合わせているのは教科書に載っている内容にほんの少し色が付いた程度の知識ばかり。それに加えて自身でも色々と勉強したりはしたが、それも精々一般人以上専門家未満といったところだ。それでは彼らを指揮する者として些か心許ないと感じている。おまけに気が付けば随分と本丸の刀剣男士も増えて、まだ仔細をよく知らないものもいる。そういった理由で僕はたまに仕事の合間を縫って自習しているという訳だ。
元々和洋問わず歴史は好きな方ではあるし、勉強も苦にならない。本丸の敷地内の蔵を改造したこの書斎の、壁一面をぐるりと取り囲むように並んだ専門書のおかげで大抵の知識は手に入る。本丸に来てから買い足したものもあるが、殆どが大学生の頃から蒐集していた書籍だ。教師を辞めた後も役に立つとは思わなかったなと、伸びのついでにぐるりと周囲を見回して僕は思う。



今日のところはここまで、と思い机の上を片付けようとして、先程まで握っていた万年筆に目が留まる。青みがかった緑を基調としたグラデーションの中に、鉱物のように白磁の斑模様が散ったデザインのペン軸の、やや細身の万年筆だ。自分ではなかなか選ばないデザインではあるが、とても美しい色合いで気に入っている。

自分ではなかなか選ばない、と言った通り、これは貰い物だ。
何でもない日に、何でもないような風で、僕に贈ってくれた。

僕は再び万年筆を手に取り、目を閉じて贈り主の姿を双眸の瞼の裏に浮かべる。
彼本体が纏う拵えの如き濡れたような艶を帯びる黒髪。その中の一筋の蒼。
澄んではいるが深く底知れぬ海のような碧眼。
健やかさに満ちた、しなやかながら頑健な肢体。
僕の名を甘やかに呼ぶ、低くどこか妖しさの滲む声————



————隙あり」
「ひゃ!」

項に感じた粘膜の感触と思い描いていた声そのものが耳の裏側を震わせて、僕は反射的にあられもない悲鳴を上げてしまった。どうにも僕は耳の裏側の皮膚が外的刺激に敏感で、ほんの少し吐息が当たっただけでも背筋を甘い疼痛が駆け抜けるような心地になる。それを知っていて犯人——いや犯刃だ、彼は人間ではなく刀剣男士なのだから——はわざとそうしたことを僕は見抜いている。
ぞわぞわと浮足立つ耳元を反射的に押さえて回転椅子ごと振り返ると、果たしてそこには予想通り戦装束姿の笹貫がいた。今日は午前の演練の後、すぐに遠征へと向かっていた筈だ。恐らく今しがた帰ってきたのだろう。

「っ、もう……!!何で君はいつもそう……
「ハハッ、ごめんごめん。ただいま」

屈託のない笑い声と、上辺にも程がある吹けば飛ぶほど軽い謝罪。そこへ帰宅の挨拶を重ねながら笹貫は僕の手首を掴み起立を促した。恐らくまだ眉間の皺が解けていないであろう僕はそれでも大人しく立ち上がると、一切の遠慮なく抱きつく笹貫の身体を渋々受け止めた。何となくこうなることは予想がついていたが、いざその通りになっても僕の心が簡単に凪ぐ訳ではない。

「はいはい、おかえり」

僕も大概におざなりな出迎えの挨拶でもって、笹貫の見た目以上に広々とした背に手を回した。少し前かがみに僕を抱き締める彼の肩口に鼻先が乗る格好になって、もうすっかり馴染んでしまった彼の匂いと、その中にほんの少しばかり潮を感じる香りがした。

……今日の遠征、海の近くだったの?」
「ん。……何で?」
「少しだけ潮の匂いがする気がして」

僕がそう言うと、笹貫はやにわに身を引いて自身の腕や胸の辺りに鼻を寄せ始めた。そして首を傾げる。それを繰り返す。その動作がどうにも幼く拙く、可愛らしくて僕は笑った。格好つけているようで何処までも素直な彼の一挙手一投足は目まぐるしく、振り回されることも多々あるが、それらも含めて僕は愛おしいと、そう思っている。口にはとても出せないが。

「あ、」
「どうしたの?」
「使ってくれてんだ、それ」

思ったそばから早々に次の物事に目移りしているのを、笑壷の余韻を引き摺る心の奥で可笑しく想いながら、僕は笹貫の視線の先を辿った。彼が見下ろす鼈甲色の蛇腹机の上、そこには彼が僕に贈ってくれた万年筆がいた。



確か初めて買い出しに行かせた日のことだったか、この本丸の近侍である歌仙兼定と二振りでサーバー内の繁華街へと赴いた笹貫は、僕が頼んだ品物の中にそれを密かに紛れ込ませていたのだ。明らかにプレゼント用に飾り付けられたその箱を、僕は最初彼らのどちらかが別の用途で購入したものだと思った。二振りには買い物ついでに何か欲しいものがあれば買ってくると良い、と言っていたし、まさか僕宛に買ってくるなど想像もしていなかったからだ。しかし、箱をしげしげと眺めているうちに何となく――思えば箱に何かしら霊力のようなものを込めていたのかもしれない、彼ならそういうことをやりかねない気がする――開けてもいいもののような気がして、包みを開けた。片開きの化粧箱の中、布張りの台座に横たわったその姿を見て僕は笹貫がこれを買ってきたのだということを確信した。後から聞いてみれば僕のイメージに合わせて買ってきたのだと彼は言っていたが、僕はどちらかといえば笹貫に似ている――そう思わずにはいられないデザインであった。

笹貫がこの本丸にやって来た当時を思えば随分と人間らしさを身に付けたように思うが、それでも未だに何処か彼には感情のいくつかが欠落しているような雰囲気がある。あの頃はまだその色が顕著で、だから僕は彼の情緒を育ませるためにも出先で色々なものを見て感じて欲しいと思って、街へと送り出した。元来物であるところの彼が、金銭を対価に物を手に入れる買い物という行為をどう思っているのか――自身の風雅センサーに触れたものをほいほいと買ってくる歌仙兼定を見ているせいで、ついそのような思考自体疎かになりがちではあるが――人間である僕には想像することさえ難しい。もしかしたら彼にとって人間と同じ振る舞いは時として納得し難い複雑な想いを生んでいるのやもしれない。それは否定出来ない。しかしそれでも僕は、僕が人間として生きてきた中で見て感じてきたものを全て、彼と共有したい。そう思わずにはいられなかった。だから自身の心が欲しいと思ったものは好きに買っておいで、と伝えていた。押し付けがましい感情であったかもしれないが、心の琴線に触れたものを手元に迎えて愛用することの嬉しさや楽しさを、彼にも知って欲しかったのだ。

結果として笹貫は僕への贈り物を買ってきた訳だが、それはそれで喜ばしいことであった。思えば以前、僕に似合うと遠征先で花を摘んできたこともあった。そういったことが好きな性分なのかもしれない。それはそれで彼の新たな一面を発見することが出来て嬉しく思う。大切にすると誓った僕の言葉に大層満足気に頷いた彼の顔を僕は今でもよく覚えている。



「うん、勿論。なかなかいいお買い物だよ。新品にしては手に馴染むのが早かったし筆運びもスムーズだし、何より軸のデザインがいいよね。使ってて楽しいというか。君、僕よりずっとセンスあると思う」
「お、やったね」

僕はありのままに感じていたことを包み隠さず伝えた。それに対して笹貫は弾んだ声と共に何処で覚えたのか小さくガッツポーズをする。いちいち仕草が若いものだから、僕が生を授かるよりも遥か昔からこの国にある、今は重要文化財にもなっている刀剣が彼の本来の姿であるということを僕は時々忘れそうになる。くるくると様変わりする表情や感情などはまるで年端もいかぬ子供だ。見た目も若い青年の姿であるから、時々僕は彼が自分の教え子であるように錯覚してしまうこともある。

——ね、みちさん」
「ん?」

彼の呼びかける声に、先程までとは違う色が滲む。
僕の胸の奥、深いところの水面に漣が立つ。

「ずっと使ってやってよ」

オレも、こいつも。
そう呟く笹貫の微笑を、僕はいつかの日も見たことがあった。

思い出すのは、彼がこの本丸に来て間もない頃のこと。あまりにも目まぐるしく駆け抜けた初夏と夏の入り。人と物の狭間で揺れる不安定な彼の、迷い子のような拙く脆い笑み。その中に嵌め込まれた土国石の双眸。まるで昨日のことのように、その情景は今も鮮明だ。
あれから僕達には更に色々なことがあり、気が付けば僕の人生で最も僕自身に近い存在となった笹貫は、しかしやはり僕とは違う存在なのだ——それをまざまざと見せつけられたような心境だった。何よりも近くて、誰よりも遠い。その現実を識る度に僕は、心臓を抉り取られるかのような不安に駆られる。今も。

「!」
……『使う』とか、言わないで」

僕は再び、今度は自ら笹貫の胸へと縋りついた。羞恥などひとかけらもなかった。
ただ、彼に触れていないとどんどん見えない何かが僕達の間を埋めていくような気がして、それだけが厭だった。

「君がくれたものも、君自身も、ずっと僕の傍に『居て』もらうよ。ずっと。僕が此処に居る限り」

どうしようもないほどエゴにまみれた言葉を胸の奥から吐き出す。いつから僕はこんなにも執着心の強い生き物になったのだろうか。あまつさえそんな自分を自覚し、受け入れることが、いつから出来るようになったのだろうか。気が付かぬうちにどんどん彼に侵食されている。そして、その事実にすら、僕は安らぎだったり愛おしみだったりを感じている始末だ。どうしようもない。
しかし僕はもう解ってしまっている。僕がそのような人間になればなるほど、笹貫の僕に対する愛情はより強固に、色濃くなるのだ。今も、きっと。

僕は俯けていた顔を上げる。
想像していた通りの、笹貫のぞっとするほど蕩けるような艶笑とかち合う。

わかった。ずっと『居る』」
「君、そんなこと言って初めから僕のこと離す気なんてないんでしょ?」
「あ、バレた?」

笹貫の笑顔が刹那のうちにからりと健康的なものに変わる。心の底から愉快気に笑う彼の表情に、波立っていた僕の胸の内もすうと凪いでゆく。笹貫と共にいると、すっかり僕の心もつられて目まぐるしく変化するようになってしまった。大きな感情の起伏など疲弊するだけだと現世に居た頃は思っていたが、今となってはそれもまた心地好いとさえ思っている。重症だ。

……ねぇ、いつかふたりで海へ行こうか」
「ん、いいね」

在りし日に思い浮かべた海辺の光景を瞼の裏に描く。青空と紺碧の海原、白くたなびく砂浜に、笹貫の立ち姿を嵌め込む。あの日は想像するに留まったその景色を、この目で見たいと、今は想う。

そうやって、沢山の思い出を作って、僕だけの君の物語を紡いでいこう——
僕は心中で呟きながら、机の上できらりと光り自身の存在を主張する万年筆の縁を撫でた。それからコーヒーを淹れるために笹貫を伴い、午後の柔らかな空気に包まれた書斎を後にした。