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ゑ/圓堂
2022-12-28 00:19:36
4427文字
Public
管理NO3250本丸
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【刀剣乱舞】センチメンタルトリップ【創作男審神者×一文字則宗】
さにごぜおセンチドライブデート
「則宗殿、」
「ん?」
秋晴れの高い空から降り注ぐ陽光の下、板張りの廊下をぺたぺたと歩いていた一文字則宗は、背後の声に首をぐるりと回転させた。
声音と口調から察しはついていたが、一文字則宗を呼び止めたのはこの本丸の近侍である蜂須賀虎徹であった。彼と一文字則宗はつい先ほど本日の任務の確認で会話したばかりだ。
本日の一文字則宗は所謂非番で、有事の際には出陣することになるが基本的には休暇のようなものである。本丸から離れさえしなければいいのだ。
そんな一文字則宗に対して蜂須賀虎徹が後を追ってきたという事は、何か変更でもあったのか。しかし内容を聞くまでは早計と、一文字則宗は取り敢えず気安い笑みを彼に向けた。
「すまない、主から言伝を頼まれていたのを忘れていてね」
「言伝?」
穏やかな表情から一変して一文字則宗は眉間に皺を寄せ、心底不可解と言わんばかりの表情を作った。
一文字則宗の脳裏に、くたびれた開襟シャツと無精髭の男の姿がよぎる。つい昨日も顔を合わせた筈の。
「いや、昨夜遅くに聞いたから則宗殿がお休みになられてからの事だと思うんだけどね。今日は一応のところ非番扱いなんだけれど、朝食が済んだら戦装束で部屋に来て欲しいそうだよ」
「なんだそりゃあ
…
」
一文字則宗の眉間の皺は益々陰影を濃くする。
「僕も主から伝えてくれと言われただけで詳細は分からないんだ。主の事だから何か理由があっての事だとは思うんだけど」
蜂須賀虎徹も、普段の柔和な笑みに困惑を混じらせ、顎に片手を添えて首を傾げてみせる。
表情からして、真実主の言伝の意味については知らないらしい。
なら、実際に相対せぬ事には何一つ解らぬ。
一文字則宗は溜息一つ吐いたのち、一先ず従ってみようと蜂須賀虎徹に告げて、自室へと足を向けた。
(あの男、時々何を考えているか分からん)
部屋に戻り、気楽な内番着からやや堅苦しい戦装束に着替えながら、一文字則宗は心の内で呟いた。
この本丸に来て、一年は疾うに経っている。
政府からの指令で監査官として遣わされ、調査任務ののちに一振りの刀剣男士として本丸の一員となってからの今日までを振り返ると、思えばあっという間だったと一文字則宗には感じられた。
刀として過ごした悠久の歳月よりもずっと色濃く、鮮やかで狂おしい記憶の数々。
その記憶の映像の中には、必ず一人の男の姿があった。
創作物の中でしか確かな主を持つ事が無かった一文字則宗にとって、初めて己を所有する『主』となった男。
人の身を得て、初めて恋慕の情を抱くに至った男。
ある意味では近侍の蜂須賀虎徹よりも主に近い存在となった一文字則宗は、恐らくこの本丸においては、新参でありながらも誰よりも主を深く識っているといえる。
寝顔の幼さも、首から背中にかけてのほくろの数も、存外に鍛えられた肢体も、色欲に駆られた瞳の色も、或いは他にも。
とはいえ、主と一文字則宗は同一の個体ではない。ましてや人間と刀である。
互いに全てを解り合う事など、一文字則宗が人間だったとて叶わぬ。
そんな事は一文字則宗とて理解はしているものの、やはり自身の理解の及ばぬ言動を取られるのは些か不安定な心持になる。
ああ、癪だ、と小さく声に出して、すっかりと支度を整えた一文字則宗は、他の刀剣男士達
――
特に日光一文字
――
に悟られまいと速やかに自室を後にした。
「おい、入るぞ。用事があるなら昨日のうちに、」
無遠慮に執務室の障子戸を開けながら主へと不満の籠った声を投げ付けた一文字則宗であったが、目の前の光景に思わず次の句を喉へ詰まらせた。
「ああ、来たか。じゃあ出るか」
昨日までよれよれの開襟シャツに擦り切れたスラックスを履いていた筈の主は、今日は見た事のない黒の背広をきちんと着ていた。
普段から背が高く瘦せ型の主が、今日はより一層すらりと長身に見える。襟元の少し詰まったような上着の下には、昨日とは打って変わって糊のきいた白いシャツと、細身の黒いネクタイが覗いている。
「、何だ、葬式でもあるのか?」
「はは、あんたでもこれが喪服に見えるか。一応一張羅なんだけどな」
主の右手の中で金属の触れ合う音が鳴る。
どうやら鍵束らしい。
「じゃあ何だ、政府に用事か」
なら僕は必要ないだろう、と一文字則宗は続けようとしたが、主の台詞が遮った。
「いや、現世でいうところの『デート』ってやつだ」
「はぁ?」
主の不可思議な言葉に、一文字則宗は理解が及ばぬと言わんばかりに目をしばたかせた。
一文字則宗の反応を既に察していたのか、それとも端から気にするつもりもなかったのか、主は行くぞと言って一文字則宗の横をすり抜けた。
想像していた以上に訳の解らぬ展開に、一文字則宗はかける言葉もなく、腑に落ちぬ顔で主の後を追う。
視界の中で歩調に合わせて揺れる、普段と変わらぬ主の無造作に束ねた後ろ髪が少し伸びたなと、少しだけ気を逸らしながら。
「車なんか持っていたんだな」
「ああ、俺が持つ唯一の不動産だ」
恐らく現世の音楽と思われる騒々しい調べが、車中の空気をぴりぴりと揺らしている。
それに重なる耳障りな機械の駆動音と、身体に伝わる不規則な揺れが、一文字則宗に政府に居た頃の感覚を思い出させる。幾度となく乗ったという訳でもないが、その数少ない記憶でさえ彼にとっては決していい思い出とはいえない。
政府の施設内でも本丸内でも機械の世話になる事はあるが、一文字則宗には未だに馴染めぬ未知の文明としか思えぬ。多少不便であっても、見知った物を使う方が性に合っている。
そういう処がじじぃなのだな、と一文字則宗は小さく自嘲する。
「しかし、何故僕はこの格好じゃなきゃいけなかったんだ?」
「そりゃあ、軽装で来いって言ったら察しがついちまうだろ」
「成程、サプライズというやつだな」
前あんたにやられたからな、と返す主の声は、普段よりも少しばかり明朗である。
一文字則宗は如何ともし難い表情のまま腕を組み、フロントガラスに顔を向けたまま、瞳だけを運転席へ向ける。
慣れた様子で運転しながら懐から煙草を取り出し、これまた慣れた様子で火を点ける主を、器用だと思いながら眺める。
「どこへ向かっている?」
「特に決めちゃいねぇ、行きたい所があれば
…
とは言っても行ける範囲は限られてるけどな」
煙を外へ逃がすために薄く開けた窓がごうごうと騒がしい音を立て、主が少し声を張り上げた。逃げ損ねた紫煙が一文字則宗の鼻先を掠める。すっかり嗅ぎ慣れてしまった匂いだが、それが今の一文字則宗には少々気に食わない。
本丸の外の世界については、暫く政府に身を置いていた一文字則宗であってもあまり深くは知らない。特に説明される事もなければ、自ら政府の人間に問う事もしなかった。彼らが一文字則宗に与えたのは、人の身の扱いについてと、刀剣男士として、そして監査官としての身の振り方のみである。
車窓から見るに、遠征先の風景とさほど変わらない。ありふれた人里だ。だが、建っている茅葺屋根の家々からは生活の匂いは感じられない。田畑も季節感のある色合いにはなっているが、どこか白々しい。恐らく、万屋なんかのように人工的に造られた風景なのだろう。
この機械仕掛けの鉄の塊が何処へ辿り着こうと、在るのはきっと身勝手に生み出された場所でしかない。
「よく運転するのか?」
「よくってほどじゃない、仕事がさほど溜まっていない時に気が向けばって程度だ」
「その割には慣れているな」
「かれこれ五年くらいは乗ってるんじゃねぇかな。流石に慣れもするさ」
普段の気怠い物言いとは打って変わって、微かな笑みさえ含んでいるかのような主の声は、一文字則宗の項の辺りをやけにむず痒くさせる。
車中の音楽はざらついた声の男が何やら喚きたてており、その後ろで楽器らしき金属質の音が雑然と駆け抜けてゆく。一文字則宗には何が何やらさっぱり解らなかったが、主にとっては心地好い音らしい。旋律に合わせて、長い指がハンドルの上で軽快に踊っている。
恐らく、これが主の本来の様なのだ。
だがその様が、一文字則宗の双眸にはどこか遠い存在のように映った。
「こういう事でもしていないと現世の感覚を忘れそうなんだよな
…
急に、ハイじゃあ明日から現世での生活に戻ってください、なんて政府に言われるとも限らねぇし」
一文字則宗の憂いに気付きもせずに、何気なく零した主の言葉は、一文字則宗の胸に滲んだ薄墨を更に広げる。
こんな事なら、いっそのこと伝言など忘れた振りをすればよかったのではなかったか、と一文字則宗は自責する。
「
…
審神者を辞める可能性があるかもしれないと?」
口に出してから、一文字則宗は盛大に後悔した。まるで鉛を飲まされたように胸の奥が重苦しい。
何故自分ばかりがこのような気持ちを抱かなくてはいけないのか、もっと素直にこの非日常を楽しめないのか、とうんざりした心持で車窓の景色を見送る。
「それを言うなら辞めさせられる可能性だな。ま、審神者始めてすぐの頃は辞めるってのも考えなかったと言えば嘘になるけどな」
相変わらず、主の声には愉快気な響きがある。
一文字則宗は、思わず零れそうになった溜息が喉元に至っていたが、主の次の台詞によってそれは思いもかけず飲み下された。
「
…
ま、それは今までの、建前ってやつだ」
「建前?」
「別に、もう現世の感覚なんて忘れたって構やしねぇんだ。審神者ももうテメェから辞める気なんざねぇし、政府がとやかく言ってきたって本丸から出て行く気はねぇ」
「あんたが居るんだからな」
――
…
(嗚呼、全く、何と都合のいい心なのだ)
一文字則宗は喉の奥で苦笑を噛み殺す。
先程まで一文字則宗の胸の内を支配していた仄暗い憂いは、主の一言だけで、可笑しくなるほどにあっさりと何処かへ消え失せてしまった。
「何て不純な動機だ」
「そんなもんさ、人の心なんてものは」
明らかに声の調子が変わった自身に呆れながらも、一文字則宗は、成程やはり人というのは面白い、と普段の調子で応えた。
「ようし、主よ。海でも行くか」
「海なんてあるのか?まぁ、探してみるか」
「車ででーと、といえば海か夜景だと加州のくそ坊主が言っていたのを思い出してな。まさか実践する事になるとは思わなかったが」
「あんたら一体どんな会話してんだ」
互いに弾んだ声の応酬が、賑やかなメロディーに乗る。
悪くない、と先程までの全てを棚に上げて、一文字則宗はやっと心の底から笑った。
ゆったりと朝が過ぎゆく景色の中を、車は軽やかに駆け抜けてゆく。
在るのかも判らぬ、はりぼての海を目指して。
【了】
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