ゆうな
2025-01-26 02:28:49
6605文字
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【先手必勝】【カモフラージュ】

幼馴染が結婚したらしい。
#爆轟版深夜の真剣60分一本勝負

◆Pixiv:ログ2に格納済み
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24418260

「かかかかかっちゃん!? それなに!?!?」
「あ? ビール」
「そうじゃなくって! わかるだろ! 薬指のそれ、いつの間に結婚したの!? 僕聞いてないんだけど!」
「そりゃあ、したの昨日だかんな。今初めて人に言った」
 乾杯のビールを呷る爆豪の左手にはキラリと光るプラチナの指輪。「昨日!?」こんな適当なチェーン店の居酒屋で上がるとは思ってもみなかった話題に、緑谷はハイボールを持ち上げたままポカンと口を開ける。「ブス」爆豪の暴言に引き戻されてジョッキをドンとテーブルに置いた。
「相手誰!?」
 あの爆豪に生涯の伴侶が出来た。この歳では何らおかしく無い事であるし実際緑谷の大学時代の友人には既に何人か結婚している者も居る。しかしそれが二十年来の幼馴染となると話は別だ。いつの間に愛を育んでいたのか、そんな暇がどこにあったのか、出会いとかプロポーズとか……訊きたい事は山積みだが今は何よりその相手だ。全く想像した事も無い、爆豪が結婚したいと思うほど好きになった人物。
 気になる。気になりすぎる。鼻息荒く尋ねると爆豪は焼き鳥の串を置いてスマホを一瞥し、もう来る。と一言投げ捨てた。
「来るって……今ここに!? 急に言われても僕なにも準備してないよ!?」
 緑谷があわあわと顔を真っ赤にしながら汗を滲ませる。そんな幼馴染とは対照的に爆豪は平然と唐揚げに手を伸ばし勝手にレモンをかけ始めていた。
「ンでてめェの準備が必要なんだよ……お、着いたって」
 その言葉に凄まじいスピードで暖簾の掛かった入口を振り返る。「いらっしゃいませー」店員の声と共にガラガラと建て付けの悪い引き戸を開けた人物が背中を丸めながら入店する。狭い店内を見渡し、向かい合う二人に左手を上げた。その薬指には確かに爆豪と同じリングが輝いていた。ニコニコと花が咲くみたいに笑いかけてくるこの人は、目の前の男の言う通り会う準備なんて全く必要の無い人物だったのだ。
「悪ィ、遅れた。二人ともお疲れ」
「おービールでいいか。上着そこ掛けられる」
「あぁ、ありがとう。敵の数多かったからか警察署も混んでたんだ」
「ハッ、トロいんだよ。さっさと取っ捕まえて引き渡せばこんな時間まで掛かんなかったろうが」
「ちょっと待って、待ってよ二人とも」
 僕聞いてない!! 小さく叫ぶ緑谷。ジャケットを脱ぎながらお、と目を丸くする轟と、店員にビールを二杯注文する爆豪。どうやら高校時代ツートップと呼ばれ周囲からセットのような扱いを受けていた二人は、婚姻という法の下この長い人生に於いても二人で居る事を選んだらしい。
「えー……全く頭が追いついてないけど一旦おめでとう、だね。うん、祝杯だこれは。っていうかそもそも君達っていつから付き合ってたの?」
「その話してたのか。結婚はしたけど爆豪とは付き合ってねえぞ」
 早々に運ばれて来た一杯目で乾杯し、ポテトサラダを口に運ぶ轟の言葉にハイボールを吹き出しそうになるのをグッと堪えて喉に落とす。ケホケホと咽せる友人に大丈夫かと本気で心配してくれるヒーローはそりゃあカッコイイが今はそれどころでは無い。
「どういうこと!?」
 今度は同じくヒーローを生業としていながらも心配する様子など微塵も見せない男に話を振る。轟の乾杯をスルーし二杯目のビールを傾ける爆豪は、ツバを飛ばす緑谷に心底嫌そうな顔をしながら淡々と事実を告げた。
「交際0日婚した」
 ぶっ倒れるかと思いました。後に緑谷はそう語る。
 ここまでずっと口が開きっぱなしだがこれ以上の衝撃は来ないだろうと油断していた脳にそれはクリティカルヒットした。あの爆豪が。あの轟が。出会ってからの出来事がぐるぐると走馬灯のように流れていく。付き合いで言えば十年にもなる二人だ、もう互いの事など分かり尽くした上での結論なのだろう。ずっと一緒にいた二人がそんな関係になるとは。
 この数分間で聞かされた話を脳内整理のためにブツブツと声に出せばいつも通り爆豪が目を吊り上げる。しかしすぐにふうと息を整えた緑谷が全てを受け入れた仏のような表情で並んだ二人の顔を眺めた。それにはさすがの爆豪もギョッとした顔を見せる。
「二人は強くてかっこ良くてお似合いだと思う。幸せになってね。あ、もう幸せか。アハハ……あぁごめん仕事の電話だ。出てくるね」
 目尻にキラリと光るものが見えたのは気のせいだろうか。スマホを片手に席を立った緑谷がず、と鼻をすすりながら外に出て行ったから気のせいでは無いかもしれない。
 残されたのは新婚ほやほやであるはずの二人。ただそこに甘い雰囲気は一切無く、背中を見送った爆豪が肩をふるふる震わせ始める。そして堪え切れないというように机に突っ伏してヒーヒーと腹を抱えて笑い出した。そんな爆豪を横目に轟はバツの悪そうな顔をしながらちびちびとビールを舐めている。
「っはー……なあ見たか? 出久のあの反応」
「アイツ完全にキャパオーバーしてただろ。つうか、やっぱ緑谷に嘘つくの俺の心臓が持たねえよ」
 ここ最近で一番の笑顔を見せる爆豪は、雑ァ魚と楽しげに目を細めて枝豆を口に放り込む。
「俺ァ笑い堪えるのに必死だったわ。嘘の中にある程度真実を織り交ぜるとより本当っぽく聞こえるっつーけどその通りじゃねえか」
「交際0日ってとこだけを『ある程度』と呼ぶならな」
「まあこれで証明できたろ、付き合いの長い出久だって信じんだ。世間なんてもっと簡単に騙せんだよ」
 その言葉に轟がそっと周りに目を向ける。目立つ風貌のプロヒーローをチラチラと覗き見る者、二人並んでいる姿に友人同士盛り上がる者。いくら有名人とはいえ爆豪も轟も所謂地域密着型のヒーローだ、普段から街でよく見かける両者に対してこんなにソワソワとした雰囲気で見てくる者は少ない。
 一体何があったというのか。理由は簡単、この二人が丸一日SNSを大いに賑わせているトピックの中心にいる人物だからである。
「ねえダイナマイトとショート、やっぱ同じ指輪してない?」
「絶対同じ! さっきデクとも話してて結婚どうこう聞こえたから間違いないって! トレンド全部それだったじゃん、本当だったんだよ」
 きゃあきゃあと浮き足立つ女性らの話を聞きながら爆豪が更に声を潜める。
「な、噂が回んのは週刊誌よりはえーってこと。昼間にSNS見たら俺たちの写真なんて指輪のアップばっかりアホみてーに拡散されてた」
「想像以上にすげえんだな……緑谷には後でちゃんと話しておくとして、これで明日のはどうにかなるか」
「記事が出回るまで時間がねえ。やれる事は全部やんぞ」
 椅子を寄せて轟の方に少し詰める。それだけで再び上がる小さな悲鳴に爆豪はニヤリと口角を上げた。
 
 爆豪が頭を抱えたのは昨日の夕方の事だった。出版社から事務所宛に今週発売の週刊誌に掲載されるという熱愛報道の記事が送られてきたことが発端だ。先日護衛した女優との写真が撮られていたらしいそれはキスをしているように見えなくもない角度で誌面いっぱいに印刷されていて思わず「うげえ」と声に出てしまうほどだった。
 恋人のようにしていてくれと依頼されていた仕事だったから、むしろこれはその役目を果たせていたのではと自画自賛できるくらいには良い雰囲気であるし、畏まらず普段着で、と指定されたのが余計にそれっぽく映ってしまい、お忍びデートと書かれてもその通りとしか言いようが無いほどの仕上がりである。
 だがこうしていくら良いところを挙げてみたところで非常にマズい状況であることに変わりは無い。相手方も否定してくれれば良いものを、その女優の事務所は特にコメントは出さないらしい。そんなの肯定と同義ではないかと爆豪は溜息を吐く。
 最近はヒーローチャートを上げるため犯罪検挙だけで無く様々なイベント事やそれこそこういったSPみたいな仕事まで幅広く行っていて、まさかそれが仇となるとは夢にも思わなかった。この記事が出されてしまえばチャートにも影響を及ぼす事は確実だろう。否定をしたとて一度出てしまった報道を世間は簡単に信じてしまうしそれは今後も付き纏う事になる。
「どうすっか……
 恋人、いや、結婚でもしておけば良かった。そうして仲睦まじいシーンでも見せておけば擁護の声も大きくなりある程度は防げたかもしれない。どうにかこの記事が出るまでに自分と結婚の真似事でもしてくれる者は現れないだろうか、なんてそんなイカレた考えにまで飛躍してしまう始末だ。会見までは難しいかもしれないがSNS上で拡散されれば今の時代週刊誌なんかよりよっぽど話題になるだろう。
 こういった厄介事にも理解があり、茶化さず執着もせずある程度人間性も知った上で冷静に役割をこなす事の出来る賢明な結婚相手。男の方が後腐れ無く賛同してくれそうではあるか……いや、我ながら注文が多い。
 わざわざ手を挙げる奴など存在しないだろうと自嘲したところで、ふと先日の任務の待機時間を思い出す。建物の裏口で敵を待ち構える際に轟と一緒になったのだ。そういえばアイツも同時期に同じような仕事を引き受けたと話していたような気がする。勿論内容までは聞いていないが、もしかして。
 爆豪の頭に過ったある提案。同じ悩みを抱え今すぐ結婚の真似事でも何だってしてくれそうな、後腐れの無い男。爆豪はしばらくウロウロと歩き回って、それから意を決して事務所の電話を手に取った。
……今はそれが最善か」
 腹を括れ爆豪勝己。もし同じようなメールが向こうの事務所にも送られて来ているとしたら、アイツだって今頃困り果てているに違いない。別に記事も出なければ困ってもいないと言うようだったら電話を切れば良いだけ。とりあえず訊くだけでも。そう自身に言い聞かせ轟の事務所に連絡をする。予感的中。やはり向こうも同じ状況でしっかり途方に暮れているらしい。それならばもう言ったもん勝ちだと思った。
「記事が出て噂ンなる前に、俺と結婚しろ」
 口から出たのは何もかもすっ飛ばしたまるでプロポーズのような台詞だった。轟が息を呑む気配が電話越しに伝わる。「いや、違くて、」と続けようとするも、二人の間に全く心地良くない無言の空気が流れ言葉が詰まった。とりあえずでも何かしらの言葉を返す奴が黙り込んでしまうというのは想像以上にキツい。人生で初めてこの男に謝罪の言葉を述べようかと思うくらいの時間が過ぎ、轟との距離感についてまでも考え始めた時。
 沈黙を破ったのはひどく冷静な「頭大丈夫か?」の一言だった。相変わらずの態度にブチ切れるなどして一悶着あったりしたものの、そこからは爆豪が一人悶々としていた時間は無駄だったのではと思うくらいとんとん拍子に事が進んで行った。
「──って事だけど、おまえこんな結婚ごっこ、俺が言うのもなんだがマジで良いんか」
「むしろそうしてもらった方が助かる。まあ爆豪となら楽しそうでもあるしな。でもそれで本当にみんな誤魔化されてくれるのか?」
「そう言うと思って今ヒーローネットワークに登録させてる出久のスケジュール確認してる。アイツが信じたらおまえも納得すんだろ……ん、今日明日と発目んとこ行ってんな、明日夜誘っとくから轟も要請来ねえように死ぬ気で仕事片付けろ」
「まあそこはいつも通りやるけどよ」
「それから後で契約書送っとくからちゃんと読んで捺印しとけ」
「やっぱその辺ちゃんとしてるよな爆豪」
 アホみたいな提案になぜか同意した轟も実は頭の中は冷静では無かったのかもしれないと寝る前にようやく気付いてしまったが、もう後戻りは出来ない。
 その日のうちに耐個性のペアリング(特定されると面倒なのでツテを頼って作らせた一点物だ)を用意し、翌日の市街地での戦闘時にはしっかりと指輪を嵌めている事を確認。周りで写真を撮りまくっている一般人に見せつけるようにと念を押したからか左の個性をよく使っているようにも見える。それでも移動時に氷を出せばその煌めきと一緒に自分と同じリングが轟の指で光っている事実になぜだか少し優越感が湧いた。あれだけ変な感情を持たない相手をと考えていたのに自分がこのザマじゃあどうしようもない。わかってはいるけれど、なぜか。
 ネックレスにしたペアリングを握り締め、わざと見えるように外に出し爆豪もその戦闘に加わる。派手な爆破や氷塊はいつも以上に人を集め、ある一人のファンが二人の指と胸元に輝く指輪の写真をアップしたことから瞬く間に今日一日の話題を掻っ攫って行ったのだった。

「おまえがこんな簡単に乗ってくるとは思ってもみなかったけどな」
「簡単じゃねえよ。でも俺だってそういう……好きでもない人との噂は、困るから」
 フライドポテトをつまみながら、だよなァと呟く爆豪の手がピタリと止まる。……好きでもない人との噂は困る。けど、轟がこの話を受けたということは爆豪と噂になるのは構わないということだ。
 ア? それって。
「おい轟、今の状況わかって……
 真意を確かめようとしたところに先程の女二人組が未だにこちらをヒソヒソと話題にしているのが見えて、口を噤む。
 今はとにかく時間が無いことを思い出した。記事が出るまでにもう少し薪を足しておいた方が良いかもしれない。なんせ轟にサインをさせた契約書の中には、多少の身体接触も許容とする内容が記されているのだ。
 爆豪が机に置かれた轟の手にそっと手のひらを重ねる。ぅお、と声を出す轟の後ろからそれ以上の声が上がって、ちゃんとカメラを構えておけよと念を送った。真新しい指輪を撫でてからするりと指を絡ませる。固まっている轟の顔を見ると、見開かれたオッドアイが思ったより揺れていて思わず息を呑んだ。なんつー顔してんだ、と思いながらそのまま距離を詰める。
 周りの客が全員こちらを見ているのを確認し、少し傾けた顔を更に寄せた。仕事終わりだというのに不思議と爽やかな匂いを纏う男がバサバサと睫毛を上下させるのを認めて目を閉じる。そして、唇を近付けた。
 カシャカシャと聞こえるシャッター音をそのままに、撮れたか? 撮ったよな? 拡散しろ、今すぐに。と再び気合を入れて念を飛ばす。
「こんくらいやっときゃ良いだ、ろ、」
 キッカリ二秒数えて爆豪がパッと顔を離す。目蓋を持ち上げ目の前の男を見た瞬間。頭をガツンと殴られたような衝撃に襲われる。
「びっくり、した」
 こんな事まですんのか、と大きな体に似合わぬ細い声できゅっと口を結ぶ男は、アルコールにはめっぽう強い。酔った時に楽しくなってよく笑うようにはなるがそれが顔に出る事など一度も無かった。だから、その髪の色のように首までも真っ赤に染まる原因がたった一杯のビールのせいで無い事は明らかだったのだ。
 あまりにも初すぎる反応に心臓がドキリと跳ねる。轟がこういった触れ合いに慣れていないのだと思うと正直悪い気はしなかった。しかも自分の行動でこんなにも動揺している姿を見せられたら尚更だ。
 あんま見んな。本人も熱さに気付いているのか、顔を隠そうと上がる手にキラリと指輪が光る。即席で作らせたただのペアリングが、今だけはひどくときめく存在となる。腕を伸ばし、同じデザインのそれを轟の左手に重ねた。
「ちょっと二人とも! 昨日からネット見れてなかったけど君たちの写真とんでもない量がアップされててビックリし……ああ今もリアルタイムで! 、って、轟くんどうしたのその顔!」
……緑谷、おかえり」
 ──重ねるはずだった手は空を切ってそのままの勢いでジョッキを呷る。戻って来た出久の言葉が遠くに聞こえるくらい、轟のツラに見惚れていたとは絶対に言えなかった。
 あぁもう、ちょっと酔っ払ったかもしれねえ。

 爆豪が轟にキスをしているように見える画像にSNSでは激震が走る。これは本当にしているのか、他の角度は無いのか。やっぱりペアリングじゃないか、などと明くる日も明くる日もネットの海を漂い続け、同じ構図であるはずの週刊誌のモノクロ写真なんてサラリと流されてしまったのだ。
「ねえこの写真、かっちゃん本当にしたの?」
 その答えは、世界中で二人のみが知っていた。