「墓穴に納まる」
公開日:20××年 ×月
総合評価 ★★★★☆
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「不和と狂気と仮初と、歪な男の妄想劇」
ユーザー名 @×××
評価 ★★★☆☆
一言でこの作品を言い表すとすると難しい。語り手は夫側の一方的な視点のみであり、彼の擦り切れた精神状態があのような魅惑的で狂気的な女性を作り上げてしまったのかもしれない。役者らの作品を見たのは初めてだったが、演技力は未熟な部分もあったが醸し出す雰囲気は周りを圧倒していた。
設定が甘く導線が繋がっていない部分もあり、時代的に違和感を覚える箇所もあった。例えば舞台が1980年代のメキシコだとすると、数年前に起きた地震や債務危機 問題が取りざたされており、旅行で訪れるようなきらびやかな観光地ではなかったはずだ。ほかにも……
深夜、2時。
映画レビューサイトを徘徊していた時に見つけた書き込みだ。
趣味といえるほどのものではないが、映画館に足を運ぶことは好きだ。
しかし、映画というのは金のかかる娯楽だ。
高い金を払うのであれば相当かそれ以上の対価を得たいと思うのは当然だろう。
日課ともいえる、顔や年齢、性別すらも知らない誰かがかいた素人の感想を流し見している最中、いくつかあるレビュー内の文章内の一文が目に留まったのだ。
「箱の行方を、教えてください」
ユーザー名 @×××
評価 ★★★★★
たった、その一文のみだった。
評価を★5もつけているのであればどこが気に入ったかくらい書いてもいいものだが、本文はない。
気になってユーザーページをクリックしても、投稿しているレビューはこれ一件しか見当たらない。
別の投稿を数件見ても「箱」とやらに言及している書き込みはない。もしかすると作品を間違えているか、単なる冷やかしかもしれない。
作品内で出てくる小道具のことを指しているのだろうか。それとも劇中のセリフの考察を求めているのだろうか。いずれにせよ答えは出ない。
興味が燻られ、職場近くの映画館のWEBサイトを開きナイトショーのチケットを1枚購入した。時計を見ると3時を回っていた。
結論として、作品内に「箱」は存在しなかった。
確かに箱状のものはいくつかあったが、それらが映るシーンは小道具の一部だろうと思えるものだった。
あれから数度映画館に足を運び、台詞の中にそれを示唆するような言葉があったのか気になったものは書き留めていたがしっくりくる答えは出ない。
誰かに言われたでもなく自分の好奇心のみで散財していた現状、途方に暮れていた。
藁にも縋る思いで再び例のレビューサイトの投稿を確認すると、本文が一文増えている。
投稿者が編集したのだろうか。
「箱の行方を、教えてください」
ユーザー名 @×××
評価 ★★★★★
箱の中には、何が入っていましたか?
画面をスクロールしていたマウスの手に力が入った。ドキリと、何者かに心臓を握られたような感触がしたからだ。
この文章はこちらに問いかけている。その確信があった。
見られている。モニターから誰かの視線を感じる。
箱を見つけなくては、箱を、開けなければ。
駅の時計をみると午後9時を指している。
職場から2駅の各駅停車が止まる駅。歩いて5分ほどで複合型のショッピングモール内3階の映画館にたどり着く。
券売機へ2枚紙幣を流し、チケットを手に取る。スクリーンナンバー4番。座席はF-10。隣どころか前後にも人はいない。
劇場の丁度中央の位置の椅子へと向かう。
いつもの定位置に腰を下ろし変化のない広告を流し見る。作品の上映から時間が経ち、時間も遅いこともあって閑散としているどころか客は1人だった。
照明が落とされ、チープで音質の悪い80年代のJ-POPが流れる。
スクリーンには荒野を走る一台の赤い光沢が美しいカマロが映り、次第に車内へとズームアップしていく。
助手席の男がルームミラー越しに運転中の「女」と目が合う。小さな鏡に映る「女」は見目麗しい風貌をしており、目が合うとニコリと微笑む。
「女」のさくらんぼ色の唇が動き、このセリフが続く。面白みのない道ね、寝ててもいいのよ。
男はその言葉を聞いて目を伏せた。
一呼吸おいた後にボソリと小さく、きちんとお返事がしたいので、と感情のこもらない声で続け「女」はその言葉にクスクスと笑う。
流れる音楽とは裏腹に車内の空気は淀んでおり、男の表情は言葉ひとつとっても重苦しい。その状況が楽しいのか、もしくは男の心情を知ってか知らずか「女」は笑みを絶やさない。
後に続くシーンもセリフも頭に入っている。主人公は宿泊先のホテルへと向かい、部屋で一段落した後
……
些細な違和感。
ボタンを一つ欠け間違えているような。
冷蔵庫の中身の配置が変わっているような。
朝いつもの電車の乗降位置が違うような。
降りる駅が違うような。
出会う人間が、声が、言葉が、文字が、感情が、何かが、異なっているような。
たった一つ、踏み出す足が違っただけで
差し出す腕が異なっただけで
見つめる瞳が交わらなかっただけで
触れた唇が血に濡れていなかっただけで。
淡々と無機質に流れ続ける映像の違和感は徐々に渦となって脳内をかき乱す。副音声のように、耳元で見知らぬ「女」が映像の「女」のセリフを囁き続けている。
心中には異なる男の感情が波のように寄せては引き、そのたびに体は硬直し汗が吹き出す。
口の中は乾き引き攣れ、干上がった陸の魚の如く唇を震わせ呼吸を懸命に行う。
何かが違う。
この映画に妻である「女」は登場しなかった。
この作品で「女」は、伴侶を失った男の頭の中でしか示唆されない。
「女」は男の思い出の中にしか生きることができず、存在は我々には知覚すらできなかったはずだ。この映画に、女優は存在しない。
困惑はよそに作品は冷酷にただ事実を述べるのみだ。ぼんやりと虚ろに揺らめく視界はとあるワンシーンを収めていた。
映された映像は一人称視点で見知らぬ土地の、見慣れない店の、知らない色の扉を開いている。
扉の先は、閑散とした寂れたウッド調のカフェのような店内で、窓際の一番奥の席に猩猩緋の髪を揺蕩わせた女がこちら側に背を向けて座っている。陽光に照らされ、髪の一本まで輝いて見えた。
薄く安っぽい靴の足音が床を軋ませる。
女の座る机の上にはアンティークなティーセットが並んでいた。それを視界に入れた視点の人物は厨房で湯を沸かし、紅茶を一杯女に差し出す。
女は手前に置かれた、薄いカップに注がれた水面を──いや、水面に映る彼女自身を見つめている。
その間に言葉は一つも交わされない。食器が重なる音、水が注がれる音、椅子が軋む音。ゆっくりと女が見上げ妖艶に微笑む。息を飲む音。
スクリーンに映る、向かい側に座る女がこちらを見ている。
こちらを、見ているのだ。
俺はこの女を知らない。
鼻筋の通った、人形のような丸く大きな瞳。
陶器のような滑らかな白い肌。ほっそりとした首筋と、華奢な肩。
淡い色のシフォンワンピース。そこから伸びたスラリとした腕。
首に縄が括られ、ゆっくりと、じわじわと、締まっていくような感覚。
かすれた声が、己の喉から搾り出るように発された。
その声に反応するように、女の薄く色づき潤んだ唇が開く。
「私達はね、刹那の恋に縋る永劫の呪いをかけられているの」
「会者定離の習いといって、出会った人とは必ず別れが訪れる宿命なのだけど」
「同じ夜を何千、何万と繰り返し続けてきた過ごした私達だもの。ほんの瞬きの間に、また会えるわよ」
「貴方にとっての永遠が一瞬であるように、私にとっての一瞬が永遠であるように......」
──盲亀浮木の習いのように、幾千の回帰の奈落の果てで
深い契りを交わしたあなたとは、必ず出会えるでしょう。
「......驚いた。貴方、まだ覚えていたの?」
「そうね。健やかなるときも、病めるときも。喜びのときも、悲しみのときも......」
この命ある限り、真心を尽くすことを。
あなたを愛し続けることを──
「誓いましょう。死が二人を分かつまで。......ああ、そうだ」
「よく似合ってるわ、その指輪」
体を揺すられている感覚で起こされる。
肩を揺すっていたのは見知らぬ男で、制服を着ていることからこの映画館の店員だろうことが伺えた。
もう劇場を閉めるというのにいつまでも寝こけている客がいればそのような態度になるだろう、というため息混じりの言葉に、寝ぼけた頭で平謝りしてその場を去った。
終電は丁度数分前に出たようだ。息を切らしてたどり着いた駅でタクシーを拾う気力がなく、駅前のネットカフェで一夜を過ごした。
翌日、あまり頭の回っていない体で出社する。
朝だというのにぐったりと疲れていて、早く家のベッドで眠りたかった。
変わらない職場、つまらない景色。
重い足取りで扉を開けると何故か職員らが浮足立ったようにそわついていた。
緊張が走っていたとも言える、どこかよそよそしい空気が漂っていた。
近くの同僚に話を聞くとどうやら新しい役員が挨拶に来るらしい。
聞いてないと困惑すると 急遽決まったそうだ、そういう要望が効く立場の人間かもしれない、とのことだった。
無茶振りばかり、こちらの都合も知らないでと同僚とボヤいていると部長が顔色を変えて扉の方へと駆けてゆく。
別の上司に座ってないで立ちなさいと慌ててこずかれてしまい顔をしかめたまま入口を見ると、一人の小柄な女が立っていた。
女は部長と数言交わしていたが、ふと視線が交差した。
手提げのカバンから何かを取り出し、こちらへと歩み寄ってくる。周囲の人間は驚いたようにさっと身を引き道を開け、彼女と自分との間に一本の歪な線が結ばれた。
踏み込んだ右足から軽いヒールの足音を響かせて、柔らかな細い緋色の髪を揺らしながら、高価なアクセサリーを耳元や首元でゆらしていた。
差し出された左腕は、質の良いスーツから華奢な白い手首が伸びていて、美しく整った爪の小さなラインストーンが輝いていた
こちらをじっと見つめる2つの瞳は、人形のように長い睫毛と愛らしい丸みを帯びていたが、はめ込まれた眼球は光を一切反射していなかった。
艶やかな桃色の唇はたおやかな弧を描き、こちらに微笑みかけている。
視線を下にすると、真紅のベルベット製のジュエリーケースが胸元に差し出されていた。
「箱の行方は、わかった?中には何が、入っていたの?」
「答えたくなったら開けなさい」
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