紫輝
2025-01-25 09:03:58
6930文字
Public リとヌと御仔の話
 

幸せ家族計画(本案)

リとヌと御仔の話の、はじまりの話。セスリ殿に「君と仔育てしたい」ってお願いをするヌ様の話、なんですが、突然婚約式始めて首を傾げました。幸せそうで何よりです。おめでとうございますここに聖堂を建てよう
例によってご都合主義と妄想と捏造と願望でできています。元素龍の代替わり周りの云々とか全部コウカモナ?コウダッタライイナ?です。

「君との仔が欲しい」
 「折り入って頼みたいこと」を口にすると、リオセスリの纏う空気が温度を下げた気がした。氷色ひいろの瞳が微かに鋭くなるのにやはり、と思う。彼の生い立ちを考えれば、『親』に、『家族』なる個体群に持つ印象はけして良いものではないだろう。ヌヴィレットの申し出はその肩書きを押しつけるものに他ならない。
 職務としてであれば彼相手でもそれなりに立ち回れる自信はあるが、プライベートでの彼との舌戦には勝てた例しがない。言うべきことはリオセスリが口を開く前に言い切ってしまうが吉と学んでいたヌヴィレットは、だからあらかじめ用意していた『妥協案』を唇に乗せる。
「君にとって不快なことを頼んでいるのはわかっている。仔は君には接触させないと約束しよう。君に対して事を成す以上の要求もしないと誓う。ただ、ただ、君が海に還るまで、君のつがいとして傍にいることだけはどうか許して欲しい」
 組んだ指が力を込めすぎて震えている。誠意が伝わるようにまっすぐ顔を見て言い切るだけは精一杯やり遂げたけれど、言葉を受け止めたリオセスリの表情がどんな風に変わるのかを見ていられる勇気がなくて目線をティーカップへと落とした。
 耳に痛い静寂をため息が破る。思わず跳ねてしまった肩を情けないと嗜めて恐る恐る目を上げると、彼は何故か眉を寄せていた。
「いくつか言いたいことはあるが何よりまず確認したいことがあるんだが、いいかい」
「構わない」
 是を返せば、リオセスリは一度大きく息を吸い、吐いて。
……寿命か」
……は?」
 もう一度大きく息を吸った彼の口から飛び出してきた言葉に、ヌヴィレットはらしくもなく間の抜けた疑問符を返してしまった。緊張を忘れた精神でもって見やったその精悍なおもてはどこか悲痛で、なんだか顔色も良くない、ような。
 はて、と心中首を傾げて思い出す。そういえば以前、リオセスリに自身の生い立ち、というか、元素龍の発生の仕組みについて話したことがあった。そうだ、その時に。先代の消滅が次代の発生の条件だという、話を――
あ、いや、違う、違うのだ、リオセスリ殿。私自身には何の不調もない。その点において君が心配するようなことは何もない。安心して欲しい」
 リオセスリの憂いの原因に思い至り、慌てて首を振った。確かに何の前触れもないこのような申し出は「そう」と誤解されても致し方ない。消滅の時を悟ってその準備をしている、と考えたのなら、優しい彼は心を痛めるだろう。まさに今のように。
 言葉を尽くした否定に、リオセスリはその背をソファに預けて深々とため息をつく。よかった、寿命が縮んだ、と合間から聞こえてきた言葉に再び喉が詰まった。
「それは、駄目だ、良くない。すまない、誤解を招くような言い方をしてしまった」
 このようなことで君の命数をと取り繕えもせず狼狽えれば、身を起こしたリオセスリが息をつくように笑う。
「大丈夫だ、ものの例えってやつだから。まあ血圧は多少上がったかもしれないが」
やはり一度シグウィンの診察を受けた方が良い。この話はまた後日に、」
「先送れるわけないだろ。俺にとって要塞の運営と同じくらい大事な話をされようとしてるんだから」
 大切なつがいの身が第一と畳みかけた話題は、つがいその人に再び卓の中央へと広げ置き直された。湯気の薄れたカップを軽く呷ったリオセスリが、さて、とその氷色を細める。
「一番の気がかりは解消したから、次な。俺は別に、子ども嫌いって訳じゃない。むしろ好きな部類だ。この見てくれなんで好かれはしないのが寂しいところだけどな。自分の子どもなら?って話なら、そもそも想定をしてなかった。してなかったが、他でもないヌヴィレットさんとの間の子ならヌヴィレットさんと同じくらい愛せる――いや、むしろ愛させて欲しい、くらいだな。だから「接触させない」なんて寂しいことは言わないでくれ」
 そもそも普通子どもってのは二人で育てるものだろ?
 仕方ないなぁとでも言いたげな微笑みで首を傾げられるのに、またひとりで突っ走って、という幻聴が聞こえて、羞恥とそれを遙かに凌ぐ歓喜でこころがふるえた。
 覚悟はしていた。自信もあった。水龍たる己であれば一人で仔を育てることくらいはできるだろうと。
 けれど彼の紡ぐ『二人で』に覚えたあたたかさと安堵に本当にそれが成せただろうかと自問して、無理だったかもしれない、とひっそり浅慮を恥じる。脳裏のフリーナが「キミは頭は良いのにバカなんだから」と年下を見る目で笑うのに今だけは返す言葉もないと返じた。
「君の心情を決めつけて話を運んでしまってすまなかった」
「構わないさ。それで? いきなり子どもが欲しいなんて言い出した理由はなんだい?」
 ヌヴィレットの謝罪をからりと笑って受け止めたリオセスリが重ねてきた問いに、そういえばそれすらまだ話していなかったと自らの必死さを笑う。きっと受け入れてはくれない彼を、どうやって説得しようか――そんなことばかり考えていたのを自覚させられて。
「うむ君も知っての通り、私は元素龍は、一体ひとりで生まれ、生き、消滅する。それが自然の摂理で、それを寂しいだとか、悲しいだとか、思ったことはなかった。だが私は君と出逢って、君から『愛』を教わった。それを与え与えられる事が、とても心地よく、あたたかく、幸福であるのだと学んだ。だから次代を担う水龍にも、その思いを注ぎたいと思ったのだ。実のところ私一人でも次代を生むことはできるのだが、君との仔であればより愛し、慈しめると思ったし、私が強くそうしたいと思った。これが理由だ」
 家族の真似事、という、元素龍の在り方を考えれば全く必要のない、悪く言えば無駄な行為をしようとしているヌヴィレットを、もしかしたら『次代』が嗤うかもしれないけれど。
 「そう」したくなってしまったのだ。龍らしい傲慢と受け入れて欲しいと思う。
 ヌヴィレットの言葉を聞き終え、そうかい、と穏やかにうなずいたリオセスリは、表情を改めて言った。「条件がある」と。
「聞こう」
「子どもの成長を、俺にも見守らせて欲しい」
 提示された『条件』に目を見開く。それが先までの接触云々の事ではないと、ヌヴィレットは正しく理解していた。
それは」
「先に言っておくが毎年墓の前で報告会とかは認めないからな」
……
 目を伏せる。案とすら言えない、唯一の妥協策を先んじて拒否されてしまえばヌヴィレットに言えることはもうない。けれど己の我が侭に彼を付き合わせ、挙げ句その命数を歪めるなど――
「飲めないって事であれば、すまんが俺が死ぬまで待ってくれ。その後は髪だろうが血だろうが、好きにしてくれて構わないよ」
「そんなことはしない。絶対に」
 とんでもないことを言い出すつがいの言葉に、入りかけた思考の海から慌てて浮上する。眉を寄せて首を振れば、ヌヴィレットさんは優しいな、と、テノールが落ちた。それから彼は席を立ち、テーブルを回り込み、肩の触れる場所に腰を下ろす。大きな手で包み込むように頬を撫でて、リオセスリは瞳を細めて笑った。
「俺を人間の時間から外したくないってヌヴィレットさんの考えが、俺のことを物凄く考えてくれてるからだってのはよくわかってる。あんたは優しいひとだから。それは素直にめちゃくちゃ嬉しいし、光栄だ。けど俺は。許されるならあんたに着いていきたいと、そう思ってるよ。ずっと」
 それはあまりにも甘美な誘惑で、初めて囁かれた愛の言葉の次に喜ばしい言葉だった。これはよくない。このような表情かおで、声で言われてしまっては、今この場でその命数を歪めたくなってしまう。思わずううと唸ると、「お、もう一押しか?」なんて、戯けたように彼が言う。
 反対側の頬も柔らかく捉えられて、視界がリオセスリでいっぱいになって。
 揺蕩う彼の氷色の中に、随分と物欲しげな顔をした自分が映っている。彼は聡いから、ヌヴィレットが押し込めようとしている本心になどとっくに気づいているのだろう。気づいていて、けれど口に出すまでは気づいていないふりをしてくれる。時々言わせようとしてくるのはいかがなものかと思うが、彼がそうするということはそれだけヌヴィレットが『それ』を強く望んでいるのだと彼が判じたからであり、その判断が今のところ誤りだったことがない。ので。
 ヌヴィレットは今回も、その優しさに甘えるための幻想の手を差し出すのだ。
「複雑に見える問題こそシンプルに考えるのが大事だ」
「シンプルに
「俺はあんたとなら悠久とやらを生きていいと思ってるし、生きられる。子どもがいるなら尚更な。してやりたいことが山ほどあるから、それくらい時間がないと困るくらいだ。ヌヴィレットさんは? 子どもや俺と、何がしたい?」
 恭しく幻想の手を引くリオセスリの言葉が胸の内に沁みていく。喉が詰まる。頬を包む現実の彼の手に重ねた己のそれは小さく震えていた。
「ほ、本当、は」
 ぽつりと、言葉が落ちる。降り出した雨のように。うん、と応じてくれる声が優しくて、雨粒を迎える水面みなものようだと思った。
「君と二人で、仔を慈しめたらいいと、思っている」
「うん」
「街で見る親子のように、思い出を作りたい」
「うん」
「仔が育つまでにはきっと長い時が必要だろう。仔が水龍の裔として自らの足で立てるまで、いや、立てるようになっても、君と共に居たい」
「うん。じゃあ一緒に居よう」
 ヌヴィレットの雨垂れ本心を穏やかに受け止めたリオセスリが、雲間から覗く太陽のように笑う。額にくちづけをくれてから頬を包んでいた手を離したリオセスリは、その手でまだ震えの残るヌヴィレットのそれを掬い上げた。
 指先にキスが落ちて。
 金環を宿す瞳がしんと輝いてヌヴィレットを見つめる。
「ヌヴィレットさん。俺に、あんたの時間の果てまで隣にいる権利をくれないか」
 そうして空気を揺らした言葉を三番目の喜ばしい言葉として胸の内に書き留めて、預けた手で彼のそれを握り返した。
「私も、君に頼みたい。リオセスリ殿。どうか私の時の果てまで、共に来てくれないだろうか」
 喜んで、と紡いだ声が重なって、同時に笑みがこぼれる。
「指輪は少し待ってくれ。あんたにぴったりのものを用立てるよ」
 薬指へ唇を落としたリオセスリがそのフロスティブルーを細めるのに、ヌヴィレットもリオセスリの薬指へ唇を寄せる。
「私も、君に似合いの物を用意してみせるので待っていて欲しい」
 楽しみにしてるよ、と囁いたリオセスリにさらりと髪を梳かれる感覚に身を任せていてふと、今でなくてもいいのかもしれないが大切なことに思い至った。
「リオセスリ殿」
「ん?」
「その、誓いの口づけはせぬで良いのか?」
 ぱち、と、氷色がまたたき、精悍なおもてがとろりと笑う。
「そうだった。俺としたことがこんな大切な事を忘れてたなんてな」
 取られた両手に軽く力を込められて、こちらだけを見つめる金環がゆっくりと距離を詰めてくるのに目を伏せた。
「一先ず婚約の誓いとして受け取ってくれ」
 あたたかくてあまい口づけをほどいたリオセスリが額を重ねて紡ぐテノールが、背筋と心を振るわせる。
「急いで指輪を作らなければ」
「前のめりだなぁ」
 早く結婚の誓いがしたいと口にすれば、可愛いひとだなと笑ったリオセスリに強く抱きしめられた。



 ――懐かしい夢を見た。
 ヌヴィレットはゆっくりと目蓋を上げる。カーテンを透かした陽の光が穏やかに室内を照らしていた。誓いの証を視界に入れたくてゆっくりと持ち上げた手が、横合いから伸びてきた一回り大きな手に包まれる。同じ場所に収まった銀の輪が触れ合ってちりりと歌うのに、溢れこぼれてしまうのではと考えてしまうほどの幸福を覚えて思わず笑みが零れた。
「おはよう、ヌヴィレットさん」
おはよう、リオセスリ殿」
 天鵞絨のようになめらかに耳を撫でる声に名を呼ばれ首を動かせば先の声音をそっくり映したようなあたたかな笑みを浮かべる伴侶がいて、今にも湯になってしまいそうな心持ちのまま返した言葉はふわふわと揺蕩う。ついでに重なった手を引き寄せてすり寄ると、リオセスリは瞳をやわらかく細めて肩を揺らした。
「気分はどうだい?」
「とてもよく寝た」
「それは何より」
 そんな会話を交わす、なんのことはない距離が無性に寂しくて身体を起こそうと身じろぐのをやんわりと止められた不満を口にする前に、失礼と一言告げベッドへ乗り上げてきたリオセスリが上半身をそっと抱え起こし寄り添ってくれる。人の形をしていてよかった。そうでなければ鼻くらい鳴らしてしまっていたかもしれない、などと思いつつ、腹の前に落ち着いたリオセスリの手を両手で握る。うっかり漏れてしまった「よし」なる呟きにはありありと満足感が表れていて彼に笑われてしまったので、どちらにせよ、だったかもしれないけれど。
「卵は?」
「揺籠でお利口にしてるよ。ヌヴィレットさんに似て大人しい良い仔だ」
「君に似て思慮深いのだろう」
 揃って目をやった先は、この家で一番穏やかな陽の光を浴びられる場所だ。水元素で編まれた蒼い揺籠の中では、海の見せる青を全て内包したような、不思議で、複雑で、美しい色の卵が一つ、ゆったりと揺蕩っている。
「あの仔に会う前に力を取り戻さなければな」
 たくさん構ってやりたい。瞳を細めて呟けば、待っててくれるだろ、とリオセスリは笑う。俺の仔ならヌヴィレットさんを第一に考えるはずだからなと。
そうとは言い切れない。私の仔であれば、一日でも早く君に会いたいだろうからな」
 はた、と瞬いたリオセスリがふいと顔を逸らす。その頬が仄かに色づいているのに気づいて、勝った、なんて思ってしまった。
「俺も水元素を扱えればよかったんだが」
 羞恥を振り払うように息をついたリオセスリがぽつりと口にする。彼自身の手のひらに落ちているその視線を取り戻すべく、逞しい首筋に額を押し付けた。
「元素は世界に満ちているもの。そしてこの地は水元素に恵まれた地。そも私の回復に今必要なのは元素そのものではなく安寧だ。君が傍にいて、何くれと世話まで焼いてくれるこの環境は、私の迅速な回復に最適と言える。それにその、ここまでになるのは想定外だった。君との仔を君と育てられるのが嬉しくて張り切り過ぎてしまったので自業自得だ。君が気に病む必要はない」
 本来元素龍は、元素に還るその時に、自らを形作っていた元素で次代をす。擬似的にそれと同じ状況を作るために、ヌヴィレットも身の内の元素で卵を成した。受け取ったリオセスリの一部と共に。言うなれば自身を構成する元素を短時間で大量に失う行動をしたわけで、まあ一日二日寝込むくらいはするかもしれないと見積もってはいたしリオセスリにもそう伝えていたわけだが、蓋を開けてみればうっかり暴走して突っ走ってこの為体だ。現状に「聞いていた話と違う」と迷惑そうな色も、面倒そうな色も滲ませず四日目に突入している療養期間の間むしろ楽しそうに世話を焼いてくれている伴侶の存在は慣れぬことをして実は少しばかり疲弊しているヌヴィレットの精神の安定を保つために不可欠で、もう少しくらいベッドの住人でいてもいいかもしれない、なんて、こっそり考えている。
 療養期間が長引いている理由をそういえば初めて聞かされた(自分ももしかしてと思ったのがついさっきなのもあるけれど)リオセスリは、ぽかんとしたあとふは、と吹き出した。
「あんたのそういうところ、凄く可愛いし愛おしいなと思うよ」
 張り切ってくれたヌヴィレットさんのために、俺も張り切って具沢山のスープでも作るとするかな。
 くしゃくしゃと頭を撫でてくれてからベッドを降りようとする背中を、名を呼んで止める。
「これで私は君の『家族』になれただろうか」
 次代に彼から教わった愛を注いでみたくなったのは紛れもない本心だ。けれどそれと同じくらい、リオセスリと『家族』になりたかったのだと気づいた。気づいたのが今で良かった。逆であったら仔が『手段』になってしまうところだ。
 ぽそりと口にした問いに、フロスティブルーが煌めき、融ける。
子どもがいてもいなくても、俺はあんたを『家族』だと思ってるよ」
 あんたが俺の薬指にその口づけ誓いをくれたあの日から。
 するりと銀の輪を撫で、ヌヴィレットの唇に愛を落として、何かあったらすぐに呼んでくれと言い残したリオセスリが部屋を出ていく。そのきわに卵を撫でていくのも忘れない出来た『父親』の姿に、きゅうと縮んで温まる胸にそっと手を当てた。
すまないが、今しばらく良い仔にしていて欲しい。あと少しだけ独り占めさせておくれ」
 卵の中で眠る我が仔に向けてそっと口にした我が侭に、返事でもするように揺籠の水がちゃぷんと揺れた。