シノハラ
2025-01-24 12:50:59
1606文字
Public スクシオ
 

冬の装い

機体に発熱機能が搭載されているスの話(スクシオ)

 研究室で無茶な演算を自分でして、室内をぽかぽかと暖める一因になる無機生命体の学生が時々いる。程度によっては何のために研究室の予算でサーバ室を用意しているのかと説教する羽目になるが、彼らからすれば内部でやった方が色々と都合が良いらしくなかなか響かない事が多い。
 ホテルの一室に入った途端頬に触れてきたスクリューガムの指先の温度をきっかけに、レイシオはそんなことを思い出していた。金属の硬さを隠すために手袋で覆われているその手が、今日は温かく感じたからだ。
 錯覚かと思って自分から彼の手の甲を自分の手の平で覆って固定してから頬をすり寄せてみたが、手袋に発熱素材が使用されているなんてことはないらしい。スクリューガムも外部演算装置をいくらでも持っている癖に自身のメモリを使って演算をしたがるタイプではあるものの、こんな所まで発熱するのは異常事態だろう。
 それほどの処理をする程の事態が起きていたとしたら、そもそもレイシオと街を散策している場合ではなかったはずだ。けれど、スクリューガムは一度も同行者であるレイシオを急かさず、部屋で食べる地元の焼き菓子をじっくりと吟味していたのだ。
 であれば、この熱は何かしらの副産物ではないと考えるべきだろう。
「以前から手には発熱機能を搭載していました。無機生命体との交流の経験が浅い相手にとって触れる場所が温かいことが思いの他重要です」
 レイシオが答えを出すのを待っていたように、スクリューガムが手を発熱させている理由を教えてくれた。見知らぬ相手と握手をするときに自身と同じような温度を感じる事が、ある種の親近感に繋がるのだろう。なるほど、外交を円滑に進める上で重要な機能というわけだ。
「僕への認識を改めたと?」
 今更ながらに不要な気遣いをされてしまって少々心外だったが、たしかに最近は自分達の関係を良いことに好奇心のままに知人程度では訊けないことをあれこれ尋ね過ぎていたかもしれないと思う。ある種の意趣返しではあるまいかと反省しかけた直前に、スクリューガムが頭を振ってレイシオの思考に制止をかける。
「否定:今日は寒いですから」
 彼の言う通り、今日の逢瀬に選んだ星は冬の入りの気候であるらしい。一応は備えてきたものの予報よりも幾分か冷え込んだせいで、レイシオはインナーを一枚買い足す羽目になった。
 散策も終えてホテルにようやく着いた頃合いであれば、スクリューガムの指先はひやりどころか肌をつきりとさせるくらいに冷たくなっていてもおかしくはなかったのだ。どうやらこの男は恋人にそんな冷やっこさを感じさせたくなかったらしい。
 なんと殊勝な男なのだろう、とレイシオは思う。星一つを所有している相手からの気遣いに、妙な自尊心が刺激されないと言うとさすがに嘘になってしまう。ただ、彼でなければこれほど気持ちを擽られることもなかったのも事実なのだ。
……君は初対面の相手にハグも許すのか」
「お相手の文化風習に委ねています」
 浮ついた気分のまま彼の腕の内に入り込んで胴に身を寄せると、手よりも高い温度に迎えられてレイシオは少々身を丸めて距離を取った。純粋な驚きで口走ったあとのスクリューガムからの肯定に、ようやく嫉妬染みた感情が滲み出てくる。
 挨拶程度でばかばかしいと自身に呆れて押さえ込みながらも、そういう愚かさも恋なのだろうと思う。少なくとも、世に過剰供給され続けているエンターテインメントはレイシオにそう教え込んでいた。
 スクリューガムの二つの体温を知る人はレイシオが予想するよりもきっと多いに違いない。それでもぴったりと体を沿わせるためにレイシオを引き寄せる瞬間の腕の重さを知る者は自分以外にいるまいと、自身の内にある子供のような心を宥める。そうしてその重みと相応の力を持つ腕の温かさに目を細めながら、レイシオは冬の恋人の腕に収まることにした。