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まきわ
2025-01-23 21:29:54
3496文字
Public
クロリン
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トキメキのハジマリ
学院時代クロリンです
先輩Ⅶ組編入後、まだ敬語期です!
「はぁ
…
」
どさり、と彼にしてはやや乱暴に腰を下ろしてリィンはため息をついた。
旧校舎の前は常からそうであるように人の気配もなく静かだ。
入口の扉前の石段に腰を下ろしたリィンの耳にも聞こえてくるのは鳥の囀りくらいで、学院内の喧騒は遠い。
それを確かめてようやく肩から力を抜いてリィンは抱えた両膝に顔を埋めた。
額を膝に擦り付けて重いため息を吐くと先ほど耳にした会話が自然と思い出されてきた。
『なぁあのⅦ組のリーダーっぽいやつ知ってるか?』
『知らないわけないだろ。シュバルツァー家の』
『そうそう、でも養子だって知ってたか?』
『知ってる。一部じゃ有名だよ。当時はかなり話題だったらしいぜ、隠し子じゃないかとか。男爵が真面目そうなタイプだから意外だって』
『でも貴族じゃ言うほど醜聞でもないだろ。妾腹の子なんてよくあることだし、大きくて古い家ほど後継ぎ残す為にあちこちで子供作ってるなんてよく聞くし』
『まぁそうだが、皇族ゆかりの鳳翼館のあるユミルの領主だしやっかみもあったんだろ。まぁ実際妾の子なんじゃないのかね、男爵は噂がたった後社交界から逃げたらしいし』
『でもだとしたら大成功だよな、あそこ確か男児はⅦ組のあいつだけだろ』
『ははっ、言えてるな』
きり、と奥歯を噛み締める。
当然直接聞かされることなんてなかったけれど、リィンはなんとなく義父を責め立てたその噂を知っていた。
自分を拾ったりしたせいで。
(父さんは逃げたわけじゃない
…
嫌気が差したんだ、あんな風に好き勝手に噂されることに)
食ってかかりたかったけれど、そんなことにはなんの意味もないこともわかっていたからなんとか耐えた。
妾の子などではないことはなんとなくわかっている、自分とテオには血の繋がりはないだろうことも。
かといって、ではどこの誰なのかと聞かれてもリィンは答えを知らなかった。
テオはなんとなく真実を知っているのだろうと思っていたが、聞くつもりは今のところなかった。
そういう事をあんな風に口さがない噂話をする者達に説明したところで何が伝わるとも思えない。
だからどこにも吐き出せないもやもやとした想いが心の中にどんよりと溜まるだけだった。
(こんなとこ
…
皆には見せたくない)
そう思ったから寮に戻るのではなく人の居なさそうなここを選んだ。
対等な仲間であると思っているからこそこんな弱さは見せたくないし、心配もかけたくなかった。
悩んでいるなら相談するが、これは答えが出るようなことでもないのだ。
元々こういう時誰かに甘えられる性分でもない。
(ユーシスなんかもっと色々言われてるだろうし
…
俺なんか、たいしたことない方だと思うのに)
なんとか自分を納得させようと懸命に頭の中で言い聞かせる。
けれど吐き出す場所の見つからない、誰を責めることも難しいもやもやはどうやっても晴れてくれない。
(いやだな
…
寮に戻るまでに立て直さないと
…
)
ぐっと唇を噛み締めて強く膝を抱き寄せた時、すぐ傍で足音が聞こえた。
誰かが来たのに気付かなかったのかと慌てて顔を上げると、その人影は既にリィンの目の前に立っていて、そして流れるようにリィンの隣に腰を下ろした。
「えっ
…
クロウ、先輩
…
?」
「おう」
つい先ごろから同級生になった元?先輩でもあるクロウ。
事情を聞かれたらどうしよう、どう取り繕おうと慌てた一瞬の内にクロウは手に持っていたものをリィンの頬に押し当てる勢いで突き出してきた。
「ほれ」
「えっ
…
これ
…
」
ひんやりとした冷たさが肌に心地よいそれは、トリスタの雑貨店で売っている瓶のサイダーだった。
更に押し付けられて、リィンはおずおずとそれを受け取る。
するとクロウは満足そうに頷いて、自分の分の蓋を開けて一気に煽った。
「ふーっ、まだ暑いからサイダーが美味いな」
「
………
」
クロウの行動に虚を衝かれつつも、リィンは彼を真似るように蓋を開けてこくりとサイダーを喉に流し込んだ。
(
…
あ
…
なんだかさっぱりして
…
ほんとに美味しい、な)
しゅわしゅわとした感覚が喉を流れていって、清涼感が胸を満たしていく。
溜まっていたもやもやが少し一緒に流れていった気がした。
すぅっと肩から力が抜けていく感覚を不思議に思っていると、隣のクロウはそのままばさりと地面に横になってしまった。
「え、あの、先輩?」
「ねみーから寝るわ。お前が行く時起こして」
「え、ええ
…
?」
クロウは自らの両腕を枕にすると本当に目を閉じてしまった。
リィンの様子に何も気付かないほど鈍い人ではない。
だからきっと何も聞かないで、けれど傍にいてくれるのだと気付いた。
「
…
お前もどうせまた四六時中駆け回ってんだろ。疲れてんなら寝ちまえよ」
片目だけ開けてにやりと笑ったクロウにそう言われて、リィンは目を瞠った後ほとんど反射的に顔を緩めた。
(あぁもう、本当にこの人は
…
!)
リィンはふぅっと大きく息を吐き出すと、クロウに倣って地面に横になった。
…
クロウの腹を枕にして。
「
……
おいこら」
「あ、意外とちょうどいい硬さだ」
「
…
お前な
…
。
…
ったく、甘ったれめ」
クロウのどこか優しさを含んだ呟きにリィンは目を瞠った。
甘ったれなんて初めて言われた。
甘ちゃんだ、というようなことは年齢的にも言われるが、そういうこととは違う気がした。
(
…
でも
…
なんか嫌じゃないな。むしろあったかくて
…
優しくて
…
)
クロウのほどよい腹筋の硬さと、それが呼吸で上下する緩やかな感覚が頭に伝わってくる。
暖かな陽気と体温も相まって、リィンの意識はとろとろと次第に沈んでいった。
ふ、と意識が浮上してリィンはぼんやりと薄目を開けた。
(
…
あれ
…
俺
…
)
自分がどういう状況にあるのかぼぉっとしていて一瞬掴み損ねる。
次に感じたのは額の辺りを撫でる優しい感触だった。
(なんだろう
…
あったかくて
…
大きくて
…
気持ちいいな
…
)
ずっとこうしていてほしい、そう思った瞬間辺りに響いたカラスの声が耳に入った。
「え」
意識が急浮上し、視界の端にオレンジ色の空が見える。
夕暮れだ、と察した瞬間リィンは跳ね起きた。
「う、うわぁ!?」
「うお?!いきなり起きんなよびっくりすんだろ」
リィンは慌てて、驚きの声をあげて上半身を起こしかけているクロウを振り返った。
「す、すみません寝ちゃってました。しかもこんな時間まで
…
」
あたりはすっかりオレンジ色に染まっている。
ひぐらしとカラスの声が唱和して、すっかり夕暮れの様相だ。
「別にオレも寝てたしかまわんぜ」
ぽすっとリィンの頭に手を乗せてクロウが立ち上がる。
その手の感触にふとリィンの脳裏に先ほどの感覚が蘇った。
(さっきの
…
もしかして
…
)
額に感じていた優しい感触。
それは今頭に乗せられたクロウの手の感覚と全く同じものだった。
(もしかして
…
ずっと撫でてくれてたのか
…
?)
そう思った瞬間、ぎゅうっと何かが胸を締め付けてリィンは思わず自身の胸元を押さえた。
(なんだろう、なんか苦しい)
甘くてじんわりと痺れるようで、それでいてため息をつくほど苦しくてイタい。
(なんだろう、なんでこんな
…
)
「さーて、そろそろ戻ろうぜ」
戸惑っていると伸びをしたクロウに声を掛けられた。
視線を向けるといつも通りの笑みを浮かべたクロウと目が合う。
「
……
っ!」
かぁっと頬が熱くなるような感覚と共にまた胸が痛くなる。
「どうした?」
「い、いえ」
誤魔化すように視線を逸らして立ち上がる。
「か、帰りましょう。シャロンさんが夕食作ってくれてますし」
「おう、そうだな。いやー今日の飯はなんだろなぁ」
弾む声で言うクロウを横目で見つつ、リィンは再び確かめるように自身の胸に触れてみた。
先程のような強い苦しさは感じないけれど、こうして隣にいるとどきどきとずっと小さく疼くような感覚がある気がする。
かといってクロウから離れてしまいたいとは思わなかったし、どちらかというとこうして隣にいることが嬉しい。
(まぁ
…
いいか。嫌な感じじゃないし)
むしろ先程までのもやもやよりもずっと心地いい。
(そういえば
…
すっかり晴れちゃったな)
心にあったあんなに重たくて消し方のわからない嫌なもやもやが綺麗に払われていることに驚いて、リィンはふと頬を緩めた。
(
…
同じ気持ちになったら
…
また傍にいてくれないかな)
でももしかしたら次は自分から傍に行ってしまうかもしれない。
そんな「甘ったれ」な自分がいたことに驚きながらリィンは微笑んで夕空を見上げた。
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