溶けかけ。
2025-01-22 22:03:04
1475文字
Public ほぼ日刊
 

血濡れの逆鱗

おぼろさんにタイトルを考えて貰いました。(他力本願)
⚠残酷な描写を含みます。

「ヌヴィレットは僕のものだ……!」
 フリーナがヌヴィレットに手を伸ばす。彼はフリーナに一瞥もくれずに背を向けたまま、歩みを進める。隣には、フリーナの知らない女性を連れて。
「────とらないで……
 消え入りそうなほど小さな声は誰にも届かず消えていく。フリーナがその場に膝を着けば、彼女の気持ちを汲んだかのように、空がポロポロと涙を零し始めた。

「フリーナ! しっかりして……!」
「フリーナ、悪夢になんて負けるな!」
「ううっ……! うぐぁっ……!」
 ベッドの上で暴れ出したフリーナをパイモンと旅人が押さえつける。そうでもしなければ、彼女はその長い爪で自身を傷付けてしまうのだ。
「ヌヴィレット! フリーナを押さえて!」
 部屋の隅で、驚きに目を見開いたまま凍りつくヌヴィレットに旅人の指示が飛ぶ。
 旅人の言葉に我に返ったヌヴィレットは彼女の眠るベッドへ近づくと彼/彼女の指示を待った。
「腕を押さえていて」
 病衣から伸びる白い腕を掴めば、ヌヴィレットの記憶より細く、枯れ枝のようであった。
「──ヌヴィレット、危ない!」
 パイモンの声にハッとした時には既に遅く、ヌヴィレットの頬を鋭いものが通り過ぎて行った。
「だ、大丈夫か?」
……問題はない」
 ヌヴィレットが赤い筋を指で拭えば、そこには初めから何もなかったかのように元の白色を取り戻していた。
……彼女はいつもこうなのか?」
「あ、ああ。どんな夢を見てるかは知らないけど、こうやって暴れるんだ」
 パイモンの返しにヌヴィレットは考え込む素振りを見せた。
「って、おい、ヌヴィレット……? どうかしたか……?」
 その後、彼がパイモンの問いかけに応えることはなかった。

「フリーナ……?」
 その日の夜。
 旅人に代わってフリーナの部屋に泊まり込むことにしたヌヴィレットは人の動く気配を感じて読んでいた本から顔を上げる。
(目が覚めたのか……? いや、目が覚めたというより、これは……)
 フリーナの青い瞳は昏く濁り、ベッドサイドランプの光を受け、底なし沼のように鈍い光を放つ。
「ヌヴィ…………げて…………
「────────すまない、今、何と?」
 ヌヴィレットがフリーナの言葉を聞き取ろうと一歩を踏み出した、その時────。
…………これは何の真似だ、フリーナ殿」
 ヌヴィレットが険しい目つきでフリーナを睨め付ける。果物ナイフを受け止めた彼の右手からは、ぽたぽたと血が滴っていた。
「に……げて……ヌヴィ……レット……
 次ははっきりと聞こえた言葉にヌヴィレットは瞠目する。ナイフを取り戻したフリーナは色違いの双眸から大粒の涙を零しながら柄を両手で掴むと彼へと凶刃を向けて突進をする。
「────え……?」
 フリーナの手から伝わる柔らかな肉を突き刺す触感。ぐちゃり、という音と共に彼の黒衣がどす黒い色を帯びる。
「あ……ヌヴィ……ごめ……
 震えるフリーナをヌヴィレットが抱きしめる。「もうおやすみ」という揺籃の如き声がフリーナの耳を震わせた。
 力を失った二人の体が床へと落ちる。ヌヴィレットはフリーナを強く抱きしめたまま、眠りへと誘う。
 ────眠れ、眠れ、夢を見ないほど深く。
 眠ったフリーナをベッドへと横たえ、毛布を掛ける。赤く染まった指先を握れば、べったりと自身の血が付着した。
 ヌヴィレットは彼女の指先へと口付ける。唇が離れると同時にフリーナの指先の赤がヌヴィレットへと戻っていく。
「さあ……行こうか。────裁きの時間だ」