amarey
2025-01-22 20:13:37
4908文字
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夜を纏って眠りたい

シャツを掴んで離さなかったり勝手に着たりする博と、尻尾等をタオルドライしてるびちょの叔父さん。
昨晩はお楽しみしてたらしいけどお楽しみできてなかったかもしれない状況も添えて。
#付き合ってる軸

 平素交わし合う問答もなく、熱に浮かされた声もなく、愛の囁きもない。
 どちらかと言えば水底に沈み込んだ小石を拾うような行為だった。
 背中に回された腕、ずり落ちそうになり爪を立てる指。乱れる呼吸と暗闇を見上げる瞳は熱に浮かされ蕩けている様を表すが、抱き締めたひとが悦を得られているか甚だ疑わしい。
 そうして事の終わりにベッドシーツに力無く放り出された手。細い腕と指。それに重なるように自らの手で覆い、握り締めた。

 +++

――――

 何度か名前を呼ばれた気がする。

……――――?」

 その後に今度は呆れた声で『ドクター』と呼ばれた、気がした。
 しかし泥濘に沈んだ意識と重すぎる瞼は残念ながらそれらに反応ができず、声の主がため息を吐いたところまでは耳が拾っていた気がする。
 そんなことを思いながら、耳に届いたシャワーの音に私は目を開いた。
 そこがどこなのか、なかなか頭が理解する前に手で握り締めているものに気が付いた。

 シャツだ。深い夜のような、ネイビーブルーのワイシャツ。

 握りしめていた、そして恐らくそのまま身体に寄せて眠っていたらしいシャツは残念ながらひどく皺だらけになってしまっている。
 頭が覚醒していなくても、それが誰のものかなんて明白だ。

「ああ、なるほど……

 さっき呼ばれた気がする、その声の主はおそらくこれを取り返したかったのだろう。
 そうか、ならば。

「着ておこうか」

 寝ぼけてぼんやりとした思考のままのっそりと身体を起き上げ、碌に何も身に纏っていないまま徐にそのシャツに腕を通した。

「うわ、なんだこれ。でか……

 片腕を通しただけでサイズが違いすぎる様子のおかしさに笑ってしまった。もう片方の腕も通したが、服に着られている、どころではない。
 捲らなければ指先からでろんとシャツの袖口は垂れ下がり、立ち上がっていないから確実ではないが丈は恐らく臀部をまるっと包み込むくらいに長い。例えればそれはケルシーが着ているスカートくらいの長さだろうか。

「ははっ、おもろ」

 そう呟いて、そのままベッドへ横倒しになった。ぼすんと倒れ込んで枕を手繰り寄せる。
 その際に軽く捲ったシャツの袖が鼻を掠める。さっきまでベッドに共に居たクランタ、その男の普段から香る――抱き締められるとより強く感じるもの。
 ぎゅうと心臓が握られるかのように胸が苦しくなるときもあれば、劣情を促すときもあれば、ただただ安心感だけを得るときもある。
 それら全てを与えられているようで、とろりと感嘆が口からこぼれ落ちた。

……すきだなぁ」

 いつの間にかシャワーの音が止み、男が扉一枚向こうへ立っていることなど気がつく前に、意識は再びゆったりとした温もりに呑み込まれていった。

 +++

「■■■……?」

 シャワー室の外から声が聞こえたように思え、耳が震えた。ムリナールはそちらへ呼び掛けるように思わず名前を呼んでいた。
 身体と頭髪、尾のタオルドライもそこそこにシャワー室を出ると耳を震わせた声など気のせいだったのか、相変わらず部屋の主はベッドに横たわり眠っていた。
 ただし、先ほどは着ていなかった――眠ったまま握り締めていた濃紺に包まれている。手癖なのかボタンを数個留めて前を閉め、しかし裾から大腿部がこれでもかと言いたげに飛び出している。その無防備な脚も、軽く捲り上げた袖から伸びる細腕も、シャツ色のせいか肌の色の薄さが際立って見える。
 ぱた、と雫が床に落ちる音が聞こえ同時に、つ、と自らの眉間に皺が深めに走ることをムリナールは自覚した。
…………
 更に雫が滴りそうな尾を改めてバスタオルで拭きながら、ムリナールは部屋の主が眠るベッドへと寄った。片腕をベッドサイドに付けて体重を掛けると、聞き慣れた軋む音が響く。
 どのように。一体何を。
 口にしてやろうか。
 ムリナールは少しだけ考え、そして呼んだ。

「『ドクター』……

 眠っているならば起きるかもしれない、寝たフリならば何かしら反応も返すかもしれない。そんなことを考え、そう呼び掛けるも、ただただ穏やかに眠っている呼吸だけが返る。
 返して欲しいワイシャツも奪われ、上裸のままムリナールはベッドサイドへと腰掛けて引き続き尾をタオルで拭う。

「先ほども言ったが、あなたがそう ﹅﹅なら……クローゼットを好きなように漁っても問題はないんだな?」

 私物を置いていけばと言われ、預けたシャツが一枚と尾の手入れ道具があったはず。それがどこにあるのかはわからないが少なくともシャツはクローゼットにはあるだろう。
 声を掛けても返るのは心地良さそうな寝息のみで、ドクターは相変わらず眠ったまま。
 ムリナールのシャツを着た理由は不明だが、意味もなく『そこにあったから着た』だけの可能性もある。
 普段、指揮官としては無意味なものはあり得ないとばかりに指示を飛ばす癖に、ことプライベート時は意味のない行動も多々ある。
 それは過酷な戦場のみならず、日々こなす業務や過剰なストレスに耐える、解消するための"余分な行動"なのかもしれない。
 ……だとしたら。
 そう考え、ムリナールはベッドで眠るドクターを再び見た。濃紺のシャツに包まれ眠るドクターの僅かに緩んだ横顔を。
 
 +++

 小さく呻くように仰向けへと寝返りをうち、そしてドクターはゆっくりと瞼を開いた。
 ぱちぱちと数度またたきをするその様は、疑いようもないほどに寝起きだった。
 ぼんやりとした顔のまま、ベッドサイドに座るムリナールの髪が濡れていること、尻尾を拭いていることを目にして口を開いた。

「シャワー浴びたの?」
……ああ」
「良いなぁ……あ、尻尾拭かせてぇ」
「まだ夜明け前だ。そのまま寝ていろ」
「んー……。ねぇ、ムリナール……

 尻尾を拭くタオルに伸ばしたドクターの手を退け、ムリナールは背中を向けたままそう告げた。その背中を眺めながら、ドクターは一度小さく欠伸をして、口を開いた。

「なんかした?」
……告げるべきことは何も」

 一瞬の間を開けて、ムリナールはそう返した。そしてその言葉にドクターは目を見開いた。

「ほんとに? なになに? 何をしたの?」
「起き上がるな。寝ろと言っただろう」
「あ、ちゅーでもした? ……ふふ、かわいいね」

 顔を見ずとも、ムリナールの片耳が困ったように下がっている様からドクターは確信を持ってそう口にした。

……いい加減に」

 ムリナールは振り返ると、喧しく喚くドクターの顎をがしりと掴むと上半身のみ覆い被さり睨み付けた。

「しろ」
「ひゃら」

 しかしドクターはにたりと唇を引き、瞳はゆるりと弧を描く。くすくすと隠し切れずに笑ってしまった。

「じゃあちゃんと、もう一回言ってよ」
「聞いていたなら改めて言う必要はない」
「へぇ、"何か"言ってもくれたんだ。何だろうなぁ」
…………

 ドクターの言葉にムリナールは眉間に皺を刻み、瞳を細める。そう言った素直な反応にさえドクターは口端が緩んでしまう。

「それを返せと言っただけだ」
「それ?」

 揶揄われていることを理解してか、ムリナールは眉根を寄せてそう告げ、ドクターの胸元を指差した。

「あなたが寝巻きにしてるそれだ」
「どうして? きみはもうシャツを着てるじゃないか」
「ああ、いまの私には不要だ」
「なら返さない。これを着ると……とてもよく眠れるんだ」

 機嫌良くそう軽口を返すと、覆い被さっている男が更に身を寄せた。

……私が、ここにいるのに?」

 低く囁く声が間近で響いた。
 その言葉は先ほど、まだ眠る中で薄く聞こえた、気がした。どきりと心臓が飛び跳ね、シャツを返さない幼い理由も見通されてるようだった。
 声音の割にムリナールの眉間に皺はなく、ドクターが見上げた角度の問題かもしれないがほんの少し眉は下がって見える。
 まっすぐに向けられたその視線は、少し居心地が悪かった。
 逃げるように視線を外したドクターの口から悪態がこぼれる。

「昨晩の醜態 ﹅﹅を詫びようか? きみはそんな気なかったのに付き合わせたし、全く面白くない相手だったろう。……詫びが、必要だろ?」

 シャツ一枚のみに覆われた片脚をするりと上げ、覆い被さる男の背中にすり寄せた。しかし、のっそりと、普段よりも幾分重さの増した尻尾がバスタオルを纏ったまま、不本意そうにベッドのシーツを擦る音が聞こえた。
 見ればムリナールは先ほどよりも瞳を細め、唇の両端も下げている。

「回りくどい。こんなときくらい、もっとわかりやすく言えないのか」
…………

 より鋭さを増した琥珀色にたじろぎ、ドクターは目線を改めてムリナールから外した。気不味さから自室の天井から備え付けの机へと流し、それでもなお往生際悪く口にした。

「『すけべしよう?』」
「それが本当にあなたが求めるものであれば如何様にでも」
「全く"如何様にでも"って顔をしてないけどな、ムリナールさんやい」

 そんなに怒らなくても良いじゃないか、と。口から滑り落ちそうになる言葉を呑み込み、ドクターは小さく息を吐いた。
 目の前のクランタの男はここまで来るとどうにも誤魔化されてくれない。それは理解しているし、そうさせたのはドクター自身の態度が原因であることも理解はしている。
 毛布を引っ張り、ドクターは顔を半分隠しながら口を開いた。

……もうちょっとだけ、眠りたい」
「ああ」
「でも……ムリナールの尻尾、トリートメントしたい」
「それは眠ることと両立しない、諦めろ」
「ん……そっか、うん……
……それで全てか?」

 もにょもにょと唇を歪ませながら、ドクターは何処に視線を向ければ良いかわからずにいた。しかし少しずつこぼれ出した要望に目の前のクランタはなかなか納得しないのか、ドクターへ次を促してくる。

……ムリナールは、このあと尻尾整える、でしょ」
「尻尾を整えたらあなたが起きるまで鍛錬に行くことも考えた」
「そか、じゃあ――
「だが普段は饒舌なくせ、いまは酷く言葉に詰まるあなたを放っておく気にもなれない。尻尾の手入れもままならない程度には」

 そんなに? と思い、ちらりとムリナールを見れば、少し姿勢を戻してはいるもののドクターの顔を覗き込んだままだった。
 口元を毛布で隠しながらドクターは何度か口を開いては閉じ、そして消え入りそうな声でどうにか呟いた。

「少しだけ、横になって、欲しい。くっつきたい……

 ベッドが重量を得た音を響かせる。真上から覗かれた時とはまた違う近さ、ドクターの顔の隣にムリナールの頭が置かれた。
 横たわるクランタへドクターはもじもじと身体を寄せ、胸元に顔を埋める。同じ色を身に纏っていることが、今更ながら気恥ずかしくなってきた。しかし――

……このシャツももう少し、貸して欲しい」
「仕方がない」
「好きなんだ……きみのシャツ着て寝るのも、くっつくのも」
――……他には?」

 優しく響く声がドクターの耳を撫でる。途端に心臓が苦しくなるようで、同時にどうしようもなく安らぎを得て深く息を吐く。

「いまだけ、そばにいて……ぎゅうって……

 言葉が終わる前に背中に回された腕が柔く身体を包み込み、そしてドクターもまたムリナールの背中に腕を回した。
 腕の中、ムリナールを見上げて「もしもなんだけど」と困った声を出した。

「こっちが、そういう ﹅﹅﹅﹅気分になっちゃったとしても……止めてもらって、いいかな」

 眠気も混じりながら、ドクターはどうにかそう呟いた。見上げたムリナールはほんの少し考えて、そして淡々と返した。

「それについては……状況に寄る。承服しかねる」