本日最後の授業を終えて、学生の質問に答えている間にポケットに入れていたスマートフォンが微かに振動していた。講義室から研究室に戻ってからようやく通知を確認すると、もはや見慣れてしまった相手からのメッセージが届いていた。
スクリューガムから連絡が来たということは、十中八九階差宇宙の話だろう。可能性として上がるのは日程調整と事前資料の連携、またはトピック的な論文の共有が上がる。
論文は当然階差宇宙に有用かもしれない内容だと言い切りたいが、全く関係しないものの個人的に興味深かったためにシェアされているだけの場合もあった。これが十中八九に当てはまらない可能性である。
では、今画面に表示されているのはどれかというと、そのいずれにも当てはまらなかった。今から少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか。
そう表示されている画面に首を傾げながら、彼が機を見計らってメッセージを送ってきているのは間違いなかろうと考える。レイシオの授業の予定は調べようと思えば簡単に分かるものなので、確実に捕まえたいと思うならレイシオだってこの時間帯を選んだだろう。
少しなら、と返せば少しもしないうちに着信のバイブレーションが始まったので目を丸めてしまう。どうやらわざわざレイシオの返信を待っていたらしい。
「階差宇宙にトラブルでも?」
中途半端にしか関わっていないレイシオに何ができるわけでもなかろうが、早いうちに口頭で会話してしまいたい案件などそれくらいしか思い当たらない。応答してスクリューガムが挨拶をする前に尋ねると、彼はレイシオの問いかけを無視する格好でレイシオの時間を急遽奪った非礼を詫びてきた。どちらが不躾なのかは判断に迷うところである。
「階差宇宙自体にはトラブルはありません。ですが、遅延が発生する可能性が高く、少なくとも直近の学術交流は延期とさせてください」
「趣味にかまけている場合ではなくなってしまったか?」
どれだけ熱中してしまっていても、趣味である限りはスクリューガムとて優先度を下げる必要がある瞬間があって当然だ。しかも人間喜劇が店じまいの段階に入っている今、正直なところスキップしてしまっても問題ないくらいである。
「見えない星を探すよう、ヘルタさんに依頼されてしまいました」
メッセージで済ませても問題ないだろう内容をわざわざ音声で伝えようというのだから、趣味を妥協してしまって不服な思いでもあるのだろう。ちょっと突けば情報を引き出せるのではないかと思って問いかけると、すぐに答えが返ってきて思わず笑ってしまった。その躊躇いのなさに加えて、某天才からの依頼内容がくすくすと震える横隔膜の痙攣を長引かせる。
「それはそれは、天才には随分とロマンチックな仕事があるようで」
大の大人が二人関わっているのだからその手の遊びでない事くらいは承知しているが、随分とかわいらしいことをしているように聞こえる。幼い頃、父親から買い与えられたちゃちな望遠鏡を覗き込んで夜空の合間にあるはずの星を探していたのを思い出してしまった。
「レイシオさんはオンパロスという星に心当たりはありますか?」
そんなレイシオのからかいは気にしない事にしたらしく、スクリューガムが星の名前を唱えた。なんとなく馴染みのある響きではあるが、記憶を掘り返してもそんな星の名前は見つからない。素直に否と答えれば、スクリューガムはおろかヘルタも知らない星だったと教えてくれた。
それはガーデン・オブ・リコレクションのみが認識できる星らしい。故に、その星の名は燭炭学派はもちろん、連絡のつく天才クラブのどのメンバーも知らなかった。
ヘルタはその星に興味を持ったのか、模擬宇宙のデータを検索したものの容易には絞り込めないと判断したようだった。そのため全宇宙を設計したのはスクリューガムだと案件を押しつけて、彼女は別の手段を準備しようとしているとのことである。
「その星神の力に頼らなければ観測も叶わない星が君が作った宇宙にあるかもしれないと?」
「肯定:宇宙の全てを設計していることと、出力の全てを予測可能な制御下においていることは別事象です。そうでなければ、そもそも模擬宇宙や階差宇宙を行う意味がありません。ですから、私達が認識できていないデータが反映されている可能性も否めないでしょう」
愚痴を聞くことになるとばかり思っていたのだが、大分雲行きが怪しくなってきた。彼自身自分が作り上げた庭に何かが潜んでいると知って、放っておけるような気質の持ち主ではあるまい。ヘルタに情報をもたらされた時点で、ひょっとしたら依頼されるまでもなかったのではないだろうか。
「そのオンパロスとやらを見つけたとして、それが正しく再現されているかを判定するための情報はどこから見繕う?」
「現時点ではありません。しかし、星穹列車のナナシビト達がオンパロスに関心を示しているようです。記憶と開拓の力を合わせれば、オンパロスに到達できる可能性があります。そこから彼らが無事帰還できれば、答え合わせが可能です」
随分と厄介な場所に行くものだと感想を抱いてから、レイシオは自身の考えを否定した。ナナシビトは開拓を行うことで力を蓄えると聞く。であれば、ピノコニーのような整えられた星は彼らにとって旨みは少ないのだろう。彼らは厄介な場所だからこそオンパロスを目的地の候補に選んでいるのであって、門外漢のレイシオがどうこう言うべきことではない。
「どうでしょう、もしよろしければレイシオさんもロマンを追ってみませんか?」
レイシオにもそれなりに交流がある相手に気を取られているうちに、聞き捨てならない提案があってレイシオは思わず微かに眉を顰めてしまう。どうやら彼はレイシオがより一層階差宇宙に関わることを未だに望んでいるらしい。一挙両得をしようとするなと内心で毒づきながら、その創造主ですら知らぬ複製の星に興味がないと言えなくなってしまっているのが恨めしい。
「そんなことだろうとは思ったが……」
長い長い沈黙。それでも彼はこちらの気が引けていると確信しているのか、スクリューガムはレイシオの沈黙でもって回答としてくれるつもりはないようだった。
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