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樟
2024-02-10 15:22:25
1898文字
Public
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卵ムースチョコレートソースがけ(要冷蔵)
同人誌(在庫なし)のおまけ冊子に収録した小品の一部です
ハッピーバレンタイン!
英雄庁の廊下でばったりアポロニオと行き遭ったディアーネは、反射で飛び退ろうとした己の足を意志の力で完璧に押しとどめた。
「やあ、アルテミスⅧ。いいところで会った」
今日も元気だ推しが尊い。それはそれとして不意打ちのエンカウントと親しげな笑みのコンボは威力が高すぎますありがとうございますちょっと心拍数がヤバい。
そもそも、ディアーネは推しに認識されることをあまり望まない。どちらかというと、影からそっと拝見してため息をついていたい。さらに言えば、そこに誰かがいると思われたくもない(推しの安らぎを視線で邪魔したくない)ので、街路樹とか室内の調度品とか壁とか、そういうありふれた、気にも留められない立場でありたい。
しかし、何の因果かディアーネは、いろいろあってアポロンⅥから親しげに話しかけられる立場である。おかげで心臓は毎度どったんばったん大騒ぎ。なにこれ夢?と何度思ったかしれない。現実である。
今日も今日とて暴れる鼓動を何とかおさめて、背すじをのばして咳払いする。アポロンⅥ様のファンたるもの、挙動不審で彼の笑顔を曇らせることなどあってはならない。絶対にだ。
「おや、汝は今ごろ、プレゼントの対応で右往左往しておるものと思っておったわ」
すると、アポロニオは照れたように笑った。ひゅ、と喉が妙な音をたてるのをおさえつけつつ、ディアーネはその表情にくぎ付けになる。
年始からテルマエでの一件の以来、なんかこう、ちょっと表情柔らかめっていうか親しみが増してません?
「君は何でもお見通しなのだな」
「何?」
「危険物チェックが終わらず、私の手元に届くまでしばらくかかるそうでな。先に本部に行ってこいと、フォースを追い出されてしまったよ」
アポロンフォースのプレゼント対応は、日常的に大量に届くファンからの手紙やプレゼントと、それにまぎれた危険物(犯罪組織がらみであったり怨恨であったり、出どころは様々)を峻別するため、高度にシステム化されていると聞く。それでも捌ききれない量が届いているらしい。
「ふん、ファン対応で業務に影響が出るなど、本末転倒とはこのことよ」
自分も匿名でチョコレートを贈った手前(もちろん常識的かつ健全な品だ)、申し訳なさが募るディアーネである。そのわずかな憂いの表情を別の意味で解釈したらしく、アポロニオは一つ神妙にうなづいた。
「うむ、その通りだな。システムの見直しも検討すべきだろう。
……
とはいえ、今日のところは、今こちらに来られてよかった」
君に会えたからな、と言いながら、アポロニオは手に提げた保冷バックから、小さな袋を取り出した。まばゆい黄色に白と金のリボン飾り、その包装に見覚えがある。
「これは
……
」
(ポイボス百貨店店頭限定販売フォース公認アポロンⅥイメージ商品“太陽の甘露”バレンタイン・エディション!)
ちなみにディアーネは発売日に購入済みである。すぐに食べる用と賞味期限ぎりぎりまで鑑賞する用に2つ。本当は永久保存用も買いたかったが、いかに甘く保存性が高いとはいえ食品の永久保存は不可能と知って泣く泣く諦めた。
そう、お味の方はとにかく甘々々々々々々だった。食べるまでは爽やかなオリーブと香ばしいカカオの香りがヒーローとしての凛々しく頼りがいのあるアポロンⅥを彷彿とさせ、一口食べると甘くふんわりとした甘い卵のムースがすべてを甘く包み込む太陽のように甘くとろける。解釈一致ですありがとうございます。開発担当者と語り合いたい。
そんなイメージ商品を、推し本人が、こちらへ差し出している。
「せっかく君と改めてライバルになれたのだ、今までの感謝もこめて、何か贈り物をしたいと思ってな。昨今は、そういった相手にもバレンタインを贈ってもいいと
――
強敵
とも
チョコというのだったか、そう聞いたので用意してみたんだ」
ちょっと何が起こってるのかわからない。
「受け取ってくれるだろうか?」
なにこれ夢?
「
……
施しは受けぬ、と言いたいところだが
……
そこまで言われて袖にするのも、心が痛む。受け取ってやろうかの」
「ありがとう。
……
おっとすまない、フォースからの呼び出しだ。また今度、感想を聞かせてくれ。おいしいお菓子なんだ、君の口にも合うと嬉しい」
着信を受けながら、小さく手をふって去っていったアポロニオの背が、廊下の角を曲がって足音が完全に消えたところで。
「
…………
無理
…………
」
膝から崩れ落ちたディアーネは、受け取った紙袋を死守したまま真っ白な灰になった。
その表情は、近年まれに見る最高の笑顔であったという。
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