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Ykanokawa
2025-01-21 17:32:36
4819文字
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クリテメ
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【オクトラⅡクリテメ】(イントロのみ)I wish you a happy-
イントロのみの修作です。エンディングまでクリア推奨。
謎時空エンディング後、二人旅をするクリテメ。しぶに連載予定ですが6月までに本にできたらいいなぁ。
その日のことを、忘れることはないだろう。
【I wish you a happy-】
ぱん、と破裂音が響き渡った。自然と足を止めて空を見る。帳が下り切った深い藍色の空に光の花が咲いた。澄んだ風の翠色をした花。空に閃いた光の花は一瞬のうちに散って消えてしまう。
花火、というらしい。遠く西大陸の砂漠の向こう、ク国という風土も文化も違う外国の技術だ。精霊石を砕いた粉を利用する。らしい。石を砕いた粉がどうやってあのようになるかまではわからない。製法自体は一部の職人たちによって守られているのだと聞いた。
あれだけ艶やかに咲くのに、一瞬で散ってしまうなんてもったいない。と、初めて花火を見たクリックは思った。傍らにいてクリックに花火の知識を教えた人は、フフと小さく笑った。
あの花は、一瞬で散るから美しいのだと。儚く眩く咲くものだから、民衆に愛されるのだと。そういうものなのだと、教わった。彼の外国ではそういった人心を〝わびさび〟と呼ぶのだとか。
正直なところ、クリックにはまだよくわかっていない。
クリックだって、何も知らない子どもではない。花は枯れるものだと知っているし、星の光は朝日と共に消えると理解している。そういうものだと知っていても、枯れる花にも薄れゆく星にも一抹の寂しさを感じる。感じてしまう。
あの光の花の輝きは、それらと比べても格段に短い。儚すぎて寂しい。それがよいことなのだろうか。愛されることなのだろうか。年嵩を重ねればこの考えも違ってくるものなのだろうか。
歓声と拍手が耳に届く。目の前をひらりと横切った紙吹雪に我に返った。手元に甘い芳香と湯気を放つふたつのカップがあることを思い出す。いけない。冷えてしまう前にあの人のところへ届けなければ。
湧いた疑問は頭の片隅に追いやって、クリックはそっと足を速めた。
芸術の都、メリーヒルズは眠らない町だ。
真昼はクレストランドの恵みが陳列された商店に、夜は芸人や詩人が集うウル・ステラ祭殿前の広場に、大陸中から人々が集まる。
煌々と揺らめく燈火が衣装を纏った芸術家たちと、絶え間なく手を叩く見物人を照らしている。澄んだ声を響かせる歌姫の卵。軽快にトークを繰り広げる芸人。次々とカラフルな小道具を繰り出す手品師。開放された広場で一芸を披露する彼らは千差万別。見物料もないものだから見る方だって十人十色。地元と思われる子どもから、どこか遠くから旅行に来たらしい紳士淑女まで。隔たりはなく一様に同じものを見て、聞いて、笑っている。
何とは言わないが、特別な場所だと思った。
広場を抜けて、チケットを見せ、祭殿の中に入ると途端に燈火の数が減る。外の賑やかさも一気に遠くなる。ここは所謂、劇場のようなものなのだが、舞台や客席に至るまでのエントランスや通路はどこか厳かにも感じる。それこそ歩き馴れた大聖堂や機関の廊下に似たものを。
何故だろう、と視線を動かすクリックに彼は笑って答えてくれたっけ。芸術を奉る舞台はそのまま舞踏姫シルティージを崇める芸術家たちの神殿に等しいからでしょう、と。騎士が雷剣将の聖名に勝利を誓うように、芸術家たちは自身の芸を彼の女神に捧げている。人に溢れて賑やかなのに、どこか神聖な雰囲気が漂うこの舞台は、そうした人の心が造り出したものなのだと。
大舞台に太陽が、一段高い場所に月が、紋章のように描かれた舞台に紙吹雪が舞い落ちる。舞台中央はまだ空白だ。楽団のフルートが弾むようなリズムを奏でている。舞台裏から現れた若い踊子たちが、するすると軽やかに舞台上の柱を駆け上がる。高い塔のような柱の上で、踊子たちはフルートの音色に合わせてステップを踏んだ。はらり。ひらり。色彩鮮やかなファンベールが夜空を背景にはためいている。まるで花そのものが舞っているようだった。
感嘆と歓声に包まれる客席の合間を縫って、目的の席へと急ぐ。また紙吹雪が舞う。はらはらと落ちてくる。宙で回転した青い紙片が風に煽られ、さらりとした銀糸の髪へ絡みつく。
「テメノスさん」
青い飾りをつけたまま、銀糸の頭が揺れた。夜空の下で静かに煌めく翡翠の瞳がクリックを見る。姿を認め、ゆっくりと頭の上から足元まで視線を往復させ、ほんのわずかに頬を緩めて微笑む。ひどく柔らかく優しい笑み。どきりとする。不意打ちはよくない。心臓が五月蠅く鳴るくせのに、急に止まってしまいそうに錯覚する。
けれど、そんな優しい笑みは花火のように一瞬で。
整った柳眉がすっと吊り上がり、薄めの唇が悪戯っ子のように弧を描く。フフ、と意地悪な笑いが零れる。
「安心しました。あと少し遅れたら、迷子のお知らせを頼もうかと考えていたところです」
「や、やめてください! 恥ずかしい」
「冗談ですよ」
本当に冗談なのだろうか。実に楽しそうにクリックを揶揄う姿からは伺えない。一瞬前の、慈愛そのものを体現したような雰囲気はどこかに吹き飛んでしまった。
――
まあ、あの顔を誰にでも振り撒かれたら困るんだけど。
あんな表情を振り撒かれたら、クリックの方が持たない。この人は
――
テメノス・ミストラルという美しい男(ひと)は、自身の容姿が魅惑的なことを自覚するべきだ。魅力的というのが正しいのだけれど、魅惑的でもあるから気が抜けない。今は皆、舞台を観ているからまだいい。でも、微笑ひとつで誰かの心臓も時間も止めてしまったら? 甘く紡がれるテノールで他人を虜にしてしまったら? 駄目だ。そんなの。ちょっと許せそうにない。
口から意図しない言葉が飛び出てしまう前に、彼の胸元へカップをひとつ押し付ける。外の露店で受け取ったときは熱いくらいだったのが、すっかり温かいになってしまっている。それでも腹に入れば多少の暖にはなるはずだ。
「
……
冷えますから。早く飲んでしまいしょう」
「ありがとう。これは?」
「柑橘の果汁を白湯で薄めて蜂蜜を溶いた飲み物だそうです。アルコールは入っていませんよ」
「おや、残念」
「テメノスさん」
「フフ、でも温かいですね」
ふう、と吹きかけた息に湯気が揺れる。唇がカップの端を食んで、こくりと白い喉が上下するのを見届けた。そうしてからクリックもカップの中身を口にする。蜂蜜の優しい甘さが舌の上に広がって、追いかけてきたレモンの香りが後味をすっきりさせる。熱がほたりと胃の辺りに落ちて、思った以上に身体が冷えていたことを知る。
美味しい、と隣で声が落ちる。夜空の下にいた時間は一緒だから、彼の身体も冷えているだろう。肩も頬も。やや赤い耳も。クリックが手を伸ばして温められたらいいのに、まだその距離が許されていない。いないから、せめて不自然に思われない程度に距離を詰めて客席に腰掛けた。
じっと彼ばかりを見つめているわけにもいかないので、舞台の上へ目を遣った。しゃん、しゃん、と鈴のような音がする。柱の上で踊る娘たちの腕輪がステップを踏む度に擦れて、そんな可憐な音を奏でていた。夜空の下、控えめな燈火の照明に、金色の装飾がきらきらと輝いている。ドレスも、装飾も、靴も、汗すら美しい。
「皆さん、星のように輝いておられます」
ぽつりとそんなことを呟いたら、軽く目を見張った隣の人が小首を傾げた。君は妙なところで鋭い。褒めているのかいないのか、今ひとつ怪しい一言をかけられる。
すい、と伸ばされた細く長い指が舞台の上の柱を差した。
「あの柱、何かに似ていると思いませんか?」
「えっと
……
。あ、頭の部分が燈火台と似ているような
……
?」
「ええ、その通り。大昔はバックダンサーの踊り場ではなく、あの柱も燈火台として使われていたそうですよ。太陽と月の周りを巡る、星々の輝きを表わすためにね」
柱から目線を落とせば太陽の大舞台と、一段高い主役が舞う月の踊り場が目に映る。舞台の頭上に屋根はなく、藍色の天蓋が広がっている。なるほど。太陽と月。周囲を舞い踊るのが輝かしい星々。
太古は炎が灯されていた舞台に、今は踊子の卵たちが立っている。星のように。燈火に劣らない尊い魂を燃やし、強く輝きを放っている。
「
……
彼女たちは、皆、〝スター〟なのですね」
「些か理想主義(ロマンチック)な言い回しですが、そうですね。実際にスーパースターが生まれた舞台ですし。もしかしたら、彼女たちの中に次のスターがいるかもしれませんよ?」
翡翠の目を細め、銀糸の睫毛をそっと伏せ、懐かしむように口にする。かつて共に旅をした〝スーパースター〟の彼女を思い出しているに違いない。小さく胸の裡が焦げる。
彼の隣にいると自分の心の狭さを突きつけられる。別に彼女とテメノスとの間に親愛以外の何があるわけでもないのに。ただ、クリックの知らないテメノスの顔もあると考えるだけで、ちりちりと心の中で熾火が燃え出す。いや、理不尽で厄介で馬鹿げている。まったく始末に負えなくてどうしようもない。
それくらいに振り回されている。彼にも、そして自分にも。この感情はそういうものだ。彼に出会って初めて知った。
「テメノスさん」
翡翠の瞳が瞬く。ああ、ここにも星のようなものがある。いいや、星よりもずっと綺麗だ。星よりも、柱上の踊子よりも、近くにあるけれど、触れるには多くの勇気が要る。
「今日は、どんな一日でしたか?」
ふ、と吐息を漏らしてテメノスが笑った。整った眉根が下がる。カップを持つ手の指が何度も陶器の素地を擦る。困ったような、どこか嬉しそうな、ひどく複雑そうな顔をする。いつもはするすると正論と方便を紡ぐ唇が薄く開き、また閉じるを繰り返す。
間を開けて、ほんのり色づいた唇が、すう、と冷たい夜の空気を吸い込んで。
しゃん、と一際、大きく踊子の腕輪が澄んだ音を立てた。同じポーズをした踊子たちが柱の上で優雅に一礼する。楽団の一角からシンバルの音が鳴った。太陽と月、そして星々があしらわれた垂れ幕が一斉に棚引き、一層勢いを増した紙吹雪が降らされる。
フルートの音色が転調する。他の管楽器が力強くメロディラインを追い、ピアノが荘厳な和音を客席中に聞こえるよう響かせる。鼓膜だけではなく、全身を内側から揺さぶってくるような音だった。
その音を合図にして、空っぽだった太陽と月の演台へ主役の演者が靴音高く躍り出た。威風堂々たるその姿に客席が歓声と熱気に包まれる。
掻き鳴らされる音楽。音楽と物語を綴るように動き出す舞台上。そして演者の名前をコールする観客たち。
テメノスは吸った息を吐き出して、始まりますよ、と言った。クリックは曖昧に笑って、そうですね、と返した。
メリーヒルズの夜は眠らない。少なくとも、始まったばかりの舞台を観終わるまでは、一日が終わったとは言えない。一日がどうだったかなんて、聞くにはまだ早い時間だ。そう結論付けて軽く頭を振る。
隣に腰かけた美しい人が、クリックから受け取ったカップを抱いている。光溢れる華々しい舞台のあちらこちらを忙しく目で追っている。控えめに、しかし楽しそうに笑っている。ただ、ただ、楽しそうに。時折、興味深そうに。
とても。とても楽しそうに、笑ってくれている。
これはたぶん、クリック自身も楽しまなければ損をする。宿屋に帰った後に感想を訊かれて、ずっとあなたを見ていました、なんて言ったらきっと怒られてしまう。君という子羊くんは、と。元からクリックには割と容赦がない人なのだ。きちんと前を向いて舞台に集中しなくてはいけない。
――
でも、その前に。
クリックは銀糸の髪に絡んでいた青い紙吹雪をこっそりと指で払い除けた。誂えられた花びらのようで似合ってはいたけれど、それは自分が飾ったものではないので。今度、髪に飾る青い何かを贈ろうと思った。
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