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柩木
2025-01-20 23:01:01
5568文字
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崩壊:スターレイル
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丹穹|君の傍で眠らせて
穹の不在時にベッドを借りる丹恒と、依頼が終わって予定より早く帰ってきた穹が成り行きで添い寝する話。
朝食後、穹は資料室の惨状を見てめちゃくちゃ手伝った。
我に返った丹恒は資料室の惨状を見て後悔した。
床を埋め尽くす資料の塔。外へ続く動線は一応確保されているものの、資料が積み上がった塔がそこかしこに出来上がっている。そしてそれらは丹恒の布団すらも埋め尽くす程に勢いづいていた。上着を着たまま移動しようものなら長い裾に引っかかっていくつかは崩れてしまうだろう。そのくらい、資料室は物に溢れていた。
アナログベースの情報を電子化する為に作業を始めたところまでは問題なかった。しかし、関連書籍を読み返し始めてしまったのは悪手だったと言わざるを得ない。一つの資料から連鎖的に紐付けなければならない注釈や関連した情報はさてどれだろうと吟味しているうちにこの惨状を生み出していた。
布団の上に置いてしまった資料だけでも退かさないと睡眠も取れない。今からこれを戻すのか。この疲労が溜まった状態で。それに作業そのものは終わっていない。どうせまた使うものを一度の休息の為に片付けるのは非効率に感じてしまう。いっそのこと数分間の仮眠を取って、終わるまで作業してしまった方がいいような気さえしてしまう。さてどうしたものか。
――
俺がいなくてもちゃんと寝ろよ!
真っ先に睡眠を切り捨てる考えへと至った瞬間、丹恒の行動を諌める穹の声が聞こえた気がした。実際に言われたことがある台詞である。丹恒にそういい含めた本人は依頼があるからと出掛けたきり見ていない。今回は長丁場になりそうだから帰りは翌日になりそうだとも言っていた。
今頃穹は何をしているだろうか。想定外の厄介事に巻き込まれていなければ良いのだが。
――
俺のベッド、使っていいからな。
穹の事を考えたからか、芋づる式にいつぞやの会話を思い出した。どういう経緯だったかまでは思い出せなかったが、そんな事を言っていた気がする。
――
硬い床に敷いた布団に我慢できなくなったら遠慮せず使ってくれ。気持ちよく寝られるようめっちゃいい商品を選んでるから!
確かに穹のベッドは快適だった。すでに何度か使わせてもらっているので、それは身に沁みている。夢も見ずにタイマーの音で起きたことに自分でも驚いたくらいだ。
「
…………
」
ベッドの主は今日帰ってこないと聞いている。それなら今夜は丹恒がベッドを借りてしまっても困る者はいない筈だ。
借りてしまってもいいだろうか。
逡巡する時間は僅かだった。そこらの紙を引っ張り出して文字を書く。
作業中につき、立ち入り禁止。
そう張り紙をしてから丹恒は穹の部屋に向かった。
/
日付を超えてしまう前に帰ってこられるとは思っても見なかったが、帰れるのなら帰りたい。疲労感を抱えた体は若干重く感じるものの、それを無視して穹は自分の部屋まで戻って来た。列車に帰ってきたという安堵感からか、扉を開けた瞬間にすべての気力が削がれていく。
もうシャワーは後回しにしてベッドに飛び込んでしまおうか。散々走り回った為に全身が若干薄汚れているような気がするが、自分が寝るだけなのだから構わない。きっとマットレスは優しく自分を受け入れてくれるだろう。
フラフラとベッドの傍までやってきた穹は暗がりの中で上掛けが妙な形をしているのに気付いた。目を凝らすとかすかに上下している人ひとり分の膨らみ。
成る程。ベッドに先客がいる。そしているとしたら丹恒だ。
「
……
やっぱり」
上掛けに潜り込んでいる為に特徴のほとんどは隠れてしまっているが、この部屋のベッドを使うとしたら丹恒しかいない。
何も言われないのをいいことに眠る丹恒の横顔を眺める。よく眠れるよう選んだベッドは勿論自分の為でもあるが、丹恒が熟睡してくれたらとも思って揃えた。悪夢を見る隙がないくらいにしっかり眠れたら、と。夢を見ているかどうかは分からないが、少なくとも今見る限りでは穏やかな寝顔をしている。
彼がすでに寝ているなら欲望のままマットレスにダイブする訳にはいかなくなった。いっそのこと自分が丹恒の布団を借りるのはどうだろう。多分だが丹恒は怒らない。あるいはラウンジか、パーティ車両のソファを借りて寝てもいい。列車のソファは上等な品なので問題なく寝られる。実際、部屋が完成するまでの間はそうして寝ていた。穹が割とどこでも寝られる性質であると言ってしまえばそれまでだが。
自室で眠れないなら、やはりシャワーを浴びる必要がある。正直、入浴を心底面倒に感じるくらい疲れていた。清潔さを取り戻す以外でメリットがなければ、床で寝てしまえば効率的なのではと考えるくらいには。
丹恒の寝顔を眺めながら一人葛藤していると、次第に自分も一緒になってこのベッドで眠れば良いのではと考えるようになった。ここは自分の部屋で、ベッドの持ち主だって自分なのだ。であれば思うまま振る舞うのを咎められる理由はない。唯一騒音を立てて丹恒を起こしてしまう懸念はあったが、そのまま二度寝をしてもらえばいい。
思いついたらそれが途端に良い考えのように思えてきて、風呂をキャンセルしようとしていた自分がどこかに消えてしまった。そうと決まればさっさと寝支度を整えてしまおう。まずは着替えを用意するところからだ。
シャワーを浴び、ラフな服装に着替え、髪を乾かして戻って来た穹はベッドの横まで移動すると、恐る恐る丹恒の顔を覗き込んだ。なるべく静かにする事を心掛けていたが、気配に聡い彼がどこかのタイミングで目を覚ます可能性は大いにある。
予想に反して丹恒はまだ眠っていた
――
のだが、さぁ添い寝させてもらおうと上掛けに手をかけた瞬間、ほぼ同時に彼の瞼が開いた。
「ん、穹
……
?」
「うん、ただいま。起こしてごめん。
……
スペースちょっと開けてくれ」
丹恒のことだ。部屋の主が帰ってきたとなれば律儀に部屋を出ていってしまうかもしれない。穹としてはこのまま添い寝でも全然構わないので、そんな寂しい展開にならなければいいと願いながらスペースだけ開けて欲しいと伝えた。ここで自室、もとい資料室に戻ると言われたら寝技にもつれ込んだとしても全力で阻止するつもりである。
さすがの丹恒も寝起きとあってぼんやりしている。だが、緩慢とした動きでベッドの中心から端へ移動したかと思えば、上掛けを大きく持ち上げた。
「おいで」
薄く微笑んだ丹恒は、随分と当たり前のように穹を招いた。
「お、おう
……
」
この部屋の主は自分なのに、まるで俺の部屋だと言わんばかりに振る舞う丹恒はなんだか面白い。
丹恒が開けたスペースに体を滑り込ませれば、ふわりと上掛けが降りてきて体を包んだ。そして丹恒の腕が肩を抱いて来たかと思えば、鼻先が彼の胸板に触れるくらい引き寄せられる。
成る程。抱き枕とはこういう気持ちなのかも知れない。とは言え、抱き枕に感情はないので持ち主に何をされても平然と出来るだろう。だが、生憎と穹には感情がある。シャワーを浴びて多少体温が上がってるとは言え、顔に集まる熱はきっとそれだけが理由ではない。
これ以上の触れ合いなど何度も経験してきているのに、今のような何気ない軽い触れ合いの方がよっぽど恥ずかしい。嫌ではないのだ。だが慣れないなぁと一人眉間にシワを寄せた。
「おやすみ」
「おや、すみ」
改めて頭上から聞こえてくるのは規則的な呼吸音で、丹恒が再び眠りについた事を教えてくれた。あまりにも流れるような入眠だったので、よっぽど疲れているのだろう。穹が帰ってくるまでの間に一体何をしていたのか気になるが、尋ねるのは起きた時でいい。
丹恒の体温と規則的な鼓動の音が心地良く、疲労感もあって穹の瞼も次第に重くなってきた。
/
「
――
穹」
呼ばれている。ふっと浮上した意識は呼び声に導かれるように覚醒へと至ったが、それでも眠いものは眠い。一度は目を開けたものの、直ぐ様目を閉じて目の前の体に額を押し付けた。勿論丹恒の胸板へ、である。
「こら。今起きただろう。朝食に遅れたらパムが怒る」
「んー
……
。もうそんな時間
……
か」
軽く体を揺さぶられて二度寝を阻止された穹は、丹恒を解放して仰向けになるとしばし天井を眺める。視界の端では丹恒が上半身を起こしたところで、サイドボードのスマホを手に取っていた。
「おはよ」
「ああ、おはよう。いつ帰ってきたんだ?」
「日付が変わるちょっと前くらい。思ったよりずっと早く依頼が終わって
……
あれ? 丹恒一度起きたよな。寝る前に俺と話したぞ?」
抱きしめられてたまらない気持ちになり、眠るまでの間に一人悶絶したのだ。絶対に夢や記憶違いなどではない。
しかし丹恒はきょとんとした顔で穹を見る。視線を上に向けて暫し考える様子を見せたが、どうやらピンとは来なかったらしい。
「そう、だったか?」
「優しい声でおいでって言ってくれた」
「
……
記憶にない」
「自分から俺を招いて抱き枕にしておいて? 俺を抱きしめておやすみって言ってくれた事も覚えてない?」
「いや、その
……
まったく
……
」
「嘘ぉ。じゃあ起きた時俺がいてどう思ったんだ?」
「また潜り込んできたのか
……
と」
「濡れ衣だ! 今回は丹恒から許可もらってる!」
腹筋の力を使って上半身を勢いよく持ち上げた穹は、その勢いのまま丹恒に詰め寄った。しかし丹恒は視線を穹に合わせることなく彷徨わせている。随分珍しい反応だ。普段であればまっすぐに穹を見つめて落ち着けと言うところなのに目を逸らすなんて。
「許可がどうこうという話ではない気がするが
……
そんなことよりも、だ。帰らないと聞いていたからベッドを借りていた。結果としてお前のベッドを奪ってしまったな。すまない」
「予定が変わったのは俺の方だし、添い寝で癒やされたから気にしないでいい。
……
てか今話そらした?」
「そらしてない」
「いやそらしたよ。なんか顔も赤いし、大丈夫か?」
距離を詰めなければ分からない些細な顔色の変化だ。近くで見てやっと丹恒の頬が微かに赤く染まっているのに気付ける程度の。
なんとはなしに手を伸ばした穹が頬に触れるのを丹恒は止めなかった。ただ眉を潜めて口元を引き結び、何か考えているように見える。唇を動かして、止めて。言葉に詰まって。そうしてからやっと意味のある声を出した。
「具合が悪い訳じゃない。無意識だった部分に気付いたんだ」
「無意識? どんな?」
「
……
思った以上に、俺はお前に気を許してる。お前が帰ってきた事に気付かないばかりか、寝ぼけた姿を見せる程に」
丹恒は気配に聡い。それは彼が列車の護衛を担っていることからも分かる。彼はその役目をとても大切にしており、武器の手入れや訓練を欠かさないなど、普段から警戒を怠らない。列車でも、降り立った星の開拓でも。不測の事態が起これば真っ先に槍を構えるのだ。穹自身もその鋭さに救われた。
それは列車に乗る前からの習慣でもあると聞いた気もするが、深く尋ねたことはない。なんとなくだが、あまり語りたくない事なのだろう。
指先で丹恒の頬を軽く突いて肌の感触を楽しんでいたのだが、不意にその手を掴まれた。やり過ぎて不快にさせただろうかと一瞬思ったのだが、丹恒の両手で包み込まれてしまった右手と彼の表情を見て違う事が分かった。
「
――
あの時、咄嗟にお前を俺の一部と表現したが、こんな形で実感するとはな」
まだほんのりと色が残る顔で柔らかく微笑んだかと思えば、視線を合わせてきた。その表情はあまりにも幸せそうで、澄んだ翠に甘さが含まれているような気さえする。そんな眼差しが穹を捉えた瞬間に胸中が跳ねた。
嬉しいような、恥ずかしいような。昨夜眠る直前に感じていたものと同じ、暴れ出したいような感情の波が穹の背中を押した。目の前の丹恒に抱きつき、その首筋に額をグリグリとこすりつける。昨夜は一人悶々とするしかなかった感情の爆発を彼はしっかりと受け止めてくれた。
「
――
……
そっか。そっかー。あー」
「急にどうした」
「いやぁ
……
。なんとなく丹恒が吸いたくなって」
「なんだそれは」
丹恒の首筋に顔を埋めて。穹の背中には丹恒が腕を回して。改めてその体温を感じ取る。
「やっぱ好きだなぁって思ったんだよ」
「
……
そうか。俺もだ」
気持ちがいい温かさに暴れだしそうだった感情が凪いでいくのと同時に、眠気も少し戻って来たようだった。話している途中だと言うのにくあ、と大きく欠伸が出る。まだ完全回復したとは言い難いようだ。
朝食を食べ終えてまだ眠気が勝るようなら、今日はこのまま完全オフの日にしてしまっても良いかもしれない。ただゆっくり時間が過ぎていくだけの一日があっても良い筈だ。そして隣には丹恒がいて欲しい。
「
……
このまま寝たい」
「それは困る。作業がまだ残ってるんだ」
「んー
……
。じゃあ、手伝うから、早く終わらせてゆっくりしよう。イチャイチャしたい。丹恒は?」
「
……
どちらにせよまずは朝食だ。早く準備するぞ」
もう少しだけ寝ていたかったのだが、半ば丹恒に引きずられるようにして起こされ、身だしなみを整えてこいとそのままバスルームに押し込まれた。だが、大人しく従うというのも面白くないだろう。
丹恒が離れていく直前、隙を見て彼のこめかみへ唇を押し当てる。一瞬の出来事に何をされたのか分からなかったらしい丹恒は疑問符を浮かべて穹を見つめた。その鳩が豆鉄砲を食らったような表情が可笑しくもあり、愛おしくもあり。ようやく満足して起きようという気持ちになれたのだった。
この後、朝食を終えて資料室の惨状を見た穹は、気軽に手伝うなどと言ってしまったことを後悔するのだが、それはまた別の話である。
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