2025-01-20 20:45:02
3048文字
Public 龍如
 

酔いの勢い(ハンイチ)

※酔った勢いで付き合う話。何でも許せる人向け。

閉め損ねたカーテンの隙間から差し込む朝日が顔を照らす。浅い眠りに浸っていた春日は瞼越しでも分かる程の強い光に嫌々目を開いた。
昨夜は遅くまで仲間たちと酒を飲んだからか、少し頭が痛む。サバイバーの二階で寝てしまったと思っていたが、見慣れた天井の汚れが視界に入った。随分と酔っていた筈だが、自宅のアパートまでは帰って来られたようだ。どうやって帰って来たか、は全く覚えていないが。
一先ず起きなければ、と腕を頭上に投げ出して怠い身体で伸びをする。脱力すると、気持ちとは裏腹に眠気が蘇ってきた。どうせ今日は休日だ。もう少しだけ寝ても良いだろう。堕落的な思考に身を委ねて日差しを避けるように毛布を被り直すと、隣から含み笑いが聞こえた。
誰も、居ない筈なのに。驚いた所為ですっかり眠気が退いた春日は慌てて身を起こし、声の主へと向き直る。
「おはようございます、春日さん。もう少し眠っていても良かったんですよ?」
「え、ぁ、おおはよう、ハン・ジュンギ」
さして広くもないベッドに横たわり、ハンは俳優のように澄ました顔でこちらを眺めている。髪を下ろしている所為で、一瞬誰か分からなかった。
……いや、あんた何で隣に寝てんだ!?」
サバイバーの二階を借りて仲間の皆で雑魚寝していた頃ならともかく、この色男はわざわざ同じベッドで眠ったのだろうか。時折アパートへ泊まりに来るナンバでさえ、ソファで寝るというのに。
「おや、春日さんが『一緒に寝ても良い』と仰ったのではありませんか」
え?そうなの?」
生憎、春日は飲み会を終えてから起きるまでの記憶が曖昧になっている。たまり場を出る際に、ハンが肩を貸してくれた事だけは何となく思い出してきたが、それだけだ。
「いやでも、本当に寝る事ねぇだろ!ベッド狭いんだし!」
泊まるのは一向に構わないが、酔った自分の発言を真に受ける必要は無い。持ち前の真面目さを妙なところでも発揮する友人に、春日は困惑しながらベッドの上で出来る限り距離を取る。
「フフ、安心して下さい。まだ手は出してませんから」
「え?は?手?つーか『まだ』って事はこれから!?」
手を出す、とは暴力行為を意味するのだろうが、何故友人に殴られなければならないのか。自分は昨夜、殴りたくなる程に迷惑を掛けてしまったのだろうか。よく見ればハンはいつものモッズコートを纏っていなかった。仲間内で寝る時さえ、あの上着を脱ぐ事など無かったのに、今は均整の取れた上半身が剥き出しになっている。まさか自分は人様の衣服に嘔吐でもしてしまったのだろうか。頭を押さえて春日が記憶を辿っていると、ハンが身体を起こす。
「春日さん」
暴力が待っている割には甘ったるい声に、却って恐ろしくなった春日は身体を強ばらせる。説明は欲しいが、どうやら望めそうにない。春日はキツく目を閉じると衝撃に備えて歯を食いしばった。
シーツの擦れる音とハンの気配が近付く。少し体温の低い両手が頬を押さえ、額に柔らかな物が触れてリップ音が響いた。
……ん?」
違和感に春日は恐る恐る瞼を開ける。まさか今のはキス、だろうか。アルコールを摂取し過ぎた頭では理解が追い付かない。愛おしい相手を見るかのようなハンの表情に、返す言葉が見付からなかった。
口にしてしまうと抑えが効かなくなりそうなので止めておきます」
「く、口に!?抑えって何の!?」
「すみません。恋人になれた事が嬉しくて昨日から気持ちが浮ついているんです」
「答えになってねぇよ!というか恋人、って……あ」
なった覚えはない、と言いかけたところで脳の奥深くに眠っていた記憶が蘇る。


昨夜、ハンに送ってもらいながら春日は上機嫌で仲間たちを賞賛していた。ナンバは、足立さんは、と続ける内にぽつりとハンが零したのだ。
私は?」
少し悔しそうな、拗ねたような表情が可愛らしくて、春日は勢いのまま答えた。
「ハン・ジュンギは頭が切れてイケメンで頼りになって可愛いとこもあるすげぇ良い男だぜ!付き合いてぇくらいだ!」
安直にならぬようなるべく具体的に、ついでに冗談も交えて春日はハンに伝えた。最後の言葉だけは要らない、と笑われる事を予想していると、ハンはピタリと足を止めた。肩を借りていた春日は思わず躓きそうになる。
「ぅおっと!……ハ、ハン・ジュンギ?どうした?大丈夫か!?」
俯きながら口元を抑えるハンに春日は狼狽える。春日程ではないとはいえ、ハンもかなりの量の酒を飲んだ筈だ。急に気分が悪くなったとしても不思議では無い。もしや自分の不用意な発言が引き金になってしまったのではないか、と罪悪感を抱きながら春日は肩に乗せていた腕を下ろす。こんな状況でハンに体重を預ける訳にはいかない。
「ま、待ってろ!今、水買ってきてやるから!」
最寄りのコンビニまでは走ればそう時間は掛からない筈だ。一言告げて、駆け出そうとした春日はハンに腕を掴まれた。驚き振り返ると、顔を耳まで赤く染めたハンが蚊の鳴くような声で春日に静止を促す。
その、……先程の言葉は本当、ですか?」
「え、ぁ、ああ。近くのコンビニで水を──」
「そちらでは無くて!」
少し声を張り上げてからハンは再び小声で尋ねる。普段の余裕ある態度とはかけ離れていた。
……つ、付き合いたいぐらい、とかの辺りなんですが
え?」
「嘘でなければ、とても嬉しいです」
……なんだよ〜!そういう事か〜!」
しどろもどろに伝えられ、春日は早合点をした。ハンは褒められた嬉しさで照れていたのだ、と。正確にはそれも間違いでは無いが、ハンが確認したかったのは褒め言葉の最後についてだった。そうとは知らない春日は可愛い奴だ、と思いながらハンの肩を抱く。
「嘘な訳ねぇだろ?全部本心だよ」
「で、では私と、お付き合いして頂けますか?」
「おう!勿論良いぜ!」


──そうだ、確かにそう返した。
昨夜の出来事を完全に思い出した春日は凍りつく。冗談の応酬だとばかり思っていたのに、どうやら目の前の男は本気だったらしい。
春日さん?」
硬直した春日の顔を、ハンは不思議そうに覗き込む。喜んでいる元友人に、自分は何と言えば良いのだろう。いつもよく回る舌が今日に限って動かない。整った顔に見詰められ、春日は誤魔化すように後頭部を掻いた。
「あー、えっとハン・ジュンギ?」
「はい」
付き合う気は無かった。あれは冗談だ。どれを言っても傷付ける気しかしない。しかし、今しか誤解を解くチャンスは無いだろう。早目に伝えなければハンは勘違いしたまま、余計に拗れてズルズルと関係だけが続いてしまう。
……れ、冷蔵庫に何もねぇけど、朝飯どうするかなー、って
違う、そんな話がしたいんじゃない。そう内心で思いながら春日は苦笑いを浮かべる。浮ついている、と話した時の嬉しそうな表情が脳裏から離れず、喜びを打ち壊すような言葉が言えなかった。
ハンは一瞬キョトンとした顔を見せると、周囲に花が咲いたような笑顔を春日へと向けた。
「ではどこかに食べに行きませんか?」
「あ、ああそう、だな
「フフ、初デートですね」
反論しかけて、この年下の仲間に弱い春日は口篭る。どう見ても仮面を忘れてきたような砕けた表情が正直可愛くて仕方無い。どうせ直ぐに別れ話が持ち上がるだろう、と高を括りながら、恋人となった美男を眺めていた。