
※AI学習転載禁止です(こゆ)
ゴムとプリン
いらっしゃいませ、と気だるげにマニュアル通りの接客をすれば、見慣れた彼の姿がすぐに雑誌コーナーの方へ消えていく。そのすぐ後に、キャップの男も店へ入ってきた。連れなのかと思ったけれど、特に会話を交わすわけでもなく、それぞれ別の方向へと移動していく。
僕は店内に並ぶ棚越しに、入店してすぐ雑誌コーナーに立ち寄った彼をちらりと盗み見た。
何をしている人なのかはわからない。いつもサングラスで男にしては長めの明るい髪。でも似合っている。手首にはタトゥーまで掘れていて、もしかしたらファッションというやつなのかもしれない。
髪は伸びてきたら切って整えるくらいしかしてこなかった僕には、明るい髪の色も、男にしては長い髪も、それがオシャレなのかも未だによくわからない。
それでも、彼が入店すると目で追ってしまうし、彼が現れる深夜帯に積極的にシフトを入れた。
第一印象は怖そうな人、だった。
とにかく着ている服の色もスニーカーの色も髪の色も派手で、初めて深夜帯の接客を任された僕はとにかくビビッて緊張していた。前の時間帯で作業をサボっていた先輩のせいで、賞味期限切れ間近の商品をその彼が持ってきたから余計だ。モニターに表示が出たとき、僕は心の中で先輩に数多の呪いの言葉を送ってやった。
新しい商品に交換しますか、と恐るおそる聞いた僕に、けれど彼はにっと爽やかに笑ったのだ。
「ん、だいじょーぶ。どうせすぐ食うし勿体ねーじゃん」
わざわざあんがとね、と笑った彼の、その笑顔があまりにも眩しくて。別に男が好きというわけじゃない。彼のことだってそうだ。ただ、僕には持っていない何かに惹かれた。ただ憧れているのだ。僕もあんな風に、誰かを笑顔だけで元気にできるようになれたらいいなと、そう思っている。
それだけの、はずだ。
いつものようにファッション雑誌や週刊漫画を適当に捲っている彼を、僕はレジからじっと見続けていた。すみません、と不意に声を掛けられたのはそのときだ。
驚いて視線を正面へ戻せば、先ほど彼の後に続いて入店してきたキャップを深く被った男がそこに立っていた。ああそういえばもう一人客がいたんだった、と動揺に跳ねる心臓を無表情でやり過ごしながら、僕は「失礼しました」と平静を装いカウンターに並べられた商品へと手を伸ばした。
たばこの箱に似たその黒いケースには、『0.01』の文字が浮かんでいる。
コンドーム買うんだ、こいつ。
急にその手の予定ができてコンビニエンスストアに避妊具を買いにくる男なんて、ろくなヤツじゃない。この手の客を見ると僕は無性にイライラする。まあ、避妊具を使おうとしているだけ、マシといえばマシだが。わざわざ、コンビニで買わなくてもいいじゃないか。僕はどこからどう見ても暗キャで、そんな当て付けるような買い方は褒められたもんじゃないだろう。ただの八つ当たりで、男は僕のことなんてこれっぽっちも興味がないのは百も承知だが、毎回毎回この手の男にはマウントを取られている気がして腹立たしい。
男はコンドームに、缶ビールを4本、煮卵を買っていた。どういう組み合わせだよと思う。彼女とこれからよろしくやろうって男が買うには、あまりにも男くさい。それとも、一人家で飲み食いした後に、その手の女の子を家に呼ぼうとしているソロ男なのだろうか。
そんな風に頭の中で勝手に妄想を繰り広げながら、最後に端の方に置かれていたチルドのデザート商品に手を伸ばしかけて、僕は思わず動きを止めてしまった。
その見慣れた安いカラメル入りの焼きプリンは、今あそこで雑誌を立ち読みしている彼が、いつも買っていく商品だったからだ。
彼がレジに持ってくる物は様々だったけれど、その焼きプリンだけはいつもラインナップに加えられていた。それも、ふたつ。よほど好きなのか、それとも一緒に住んでいる彼女さんの好みなのか。見た目のわりにかわいいところがあるんだなと、そんなところにも惹かれていた。
「
……どうかしました?」
「あ、いえ。すみません、なんでもないです」
今、ここにはそのプリンがふたつ。そんなにこの商品は数を用意しているわけではないから、この男がこれを買ってしまったら、彼の買うプリンがなくなってしまう。
彼が「プリンねぇの?」と寂しげに表情を曇らせるのを想像してしまった。
きっとガッカリして、もうこの店に寄ってくれなくなるかもしれない。
まさか、客に対して『買わないでください』とも言えない。けれど、バーコードを読み込んだ瞬間、モニターに表示された文字を見て、僕は奇跡だと目を輝かせた。
「あの、すみません
……こちらの不手際で申し訳ないのですが、こちら賞味期限が切れた商品でして」
申し訳ありません、という顔を作るのは得意だ。
困ったというように眉尻を下げ、悲しげな表情を相手にたっぷりと見せてから、腰を折って深く頭を下げる。僕の素朴な見た目も相まってそれだけで大抵の人間は「いいですよ」と許してくれる。この男もその手のタイプだろう。きちんとまともな大人な雰囲気がする。もしかしたら妻帯者かもしれない。
案の定、「そうですか」と承諾ともとれるセリフが頭の上から降ってきた。けれど、顔を上げた瞬間、告げられた言葉に僕はまた動揺してしまう。
「どうせすぐ食べるんで」
「あ、いえ
……でも、」
「構わないです」
いや構うし、そこは諦めろよ!なんて、言い返すわけにもいかない。
妙案が浮かばないまま僕がしどろもどろになっていると、「なに揉めてンの」と男の後ろから不意に声が聞こえた。
顔を覗かせたのは、彼だ。相変わらずのサングラス姿で、こちらの様子を窺っている。僕が慌てたのは言うまでもない。変なところを見られたと、恥ずかしくなる。それになにより、プリンの存在に彼はきっと気付く。せっかく、こっそり元に戻そうと思ったのに。
彼はあろうことがその男の肩にぐいっと顎を乗せて台を覗き込む。
「揉めてねーって。プリンの期限が切れてるっていうから、別にいいって言っただけだ。シャチすぐ食うだろ?」
「うん。でもペンギン目細めて怖い顔してたじゃん」
「してねーよ」
「そ? なんか怒りのオーラを感じたんだけど。あ、おれこのプリン好き」
「知ってる」
「でもペンギンの作るプリンの方が好き」
「そりゃどーも」
目の前で繰り広げられる会話と、ふたりの距離の近さに今度は僕が目を瞬かせる番だった。
さっきまで一言も会話をせず、ばらばらに行動していたのに、どうやらこのふたりは知り合いらしい。
つまりこのプリンは、いつもふたり食べていた物だったと、そういうわけだ。
「
…………」
僕が見たことのない、気の知れた者に向ける、屈託のない笑み。僕の知らない、相手に甘えるような言動。全部、全部僕の知らない、この人だ。
シャチさんって言うんだ。
プリンを袋に詰めながら、僕はなぜか惨めな気持ちになっていた。俯き、口をへの字に歪める。それから、静かに深く、息を吐いた。顔を上げたときに、いつも通りの無表情をそこに貼り付けるためだ。
考えても仕方がないことをつい考えてしまう。せめて名前くらいは自分で聞きたかった。
「プリンはほんとすぐ食べるから気にすんなよ」
向けられた笑み。彼が男の後ろでにっと笑った。初めてあったときと同じ笑い方だ。僕はそれを見たことがある。
「あ、いえ。こちらこそすみません。いつもありがとうございます」
僕がぺこりと頭を下げて袋を差し出した。彼がそれを受け取る、その笑った顔にどこか物足りないと思ってしまった。その理由は知りたくないなと、なんとなく思った。
「ほら、ペンギンがいつまでも怖ぇ顔してるからじゃん」
「してねーって。本当に気にしないで。
…これはおれがすぐ食べるんで」
そう言って、ぐいって彼の荷物ごと手を引っ張った。
その姿をみて、落ち込んだところでどうしようもないことだ。ふたりはがさごそと騒がしく揺れるビニール袋の音と共に外へ出ていった。
随分と仲がいいんだな、と僕は溜息を零す。自動ドア越しに見つめる二人は、何やら楽しげに会話を繰り広げていた。男は無表情なように見えたが、彼は男の方を見てまた笑っている。
男が不貞腐れたような顔でいるような気がした。それでも彼が差し出す手を取って、ふたりで歩いていくのを見た。夜は深いが人目がないわけではないのに絡みあった指を見てしまった。
ふと、僕は袋の中に紛れ込ませたコンドームの存在を思い出す。
『おれがすぐ食べるんで』
男の言ったセリフと、本人は否定していたが鋭く睨みつけるような視線。
「あ、」
一人残された店内で、僕は盛大に溜息を吐き出した。人のそういった事情を想像するなんて下世話過ぎるが、二人はたぶん、そういう仲なのだろう。
これだから嫌いだ、コンビニでコンドームを買う男は。
【了】
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