qsnisq
2025-01-20 02:42:14
2333文字
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あいわなびーのネタバレがある

暗い!  部屋が

キィ、と扉の金具の擦れる音が部屋に響く。
窓からはようやく月明かりで足元を見れるほどの灯りのみが差し込んでいる。
都会の夜空は外灯の光に潰され美しくはない。そして今この状況に関しては、窓の向こうはただの風景の一部に過ぎない。

一歩、また一歩と音を殺して歩みを進める。
板張りの床からわずかに重みで軋む些細な音が、普段なら気にもとめないような僅かな物音が 嫌にこの部屋の中全体に響き渡っているような気さえする。
自身の胸に手を当てずともわかる、鼓動が早く脈打ち、酷く息苦しさを感じる。
肩で息をしながらなお、その息を殺すように一息に飲み込んだ。
喉がカラカラに乾き、手先が震える。震えを殺すように掌を強く握りしめた。

そうして、たどり着いた先。
寝具に大柄の男が一人肩まで薄い布切れを被って横たわっている。
この男はまるで死んだように眠るのだ。かろうじて小さく肩を上下に動かしていることから、息をしていることはわかる。
こちら側には背を向けていることから、表情は伺えない。
その肩に触れ、耳元に顔を寄せて小声で起きているか声をかける。反応はない
本当に寝ているのか、もしくは自身の身に危険が及んだ時即座に対応できるよう狸寝入りしているのか。
まあ、どちらでもいい。

ふう、と耳朶に息を吹きかける。男はピクリと体が動かしたような気がした。
その反応には気にもとめず、男の横たわる寝具へと腰を下ろし体重を乗せるとスプリングがギシリと音を立てる。
肩を掴み、男を仰向けにさせる。

見慣れた顔だ。目に焼き尽くすように四六時中眺め、顔のパーツはおろか日々の小さな体調の変化さえ即座に気づくことができる程眺め倒した顔がそこにはあった。
何度も何度も、男の寝室へと足を運び、数時間ただ扉の前で立ち尽くして朝を待つ夜を重ねた毎日に比べると今のこの状況は当時の自分が喉から手がでるほど羨ましく耽美で甘美な褒美であると言わざるを得ない状況である。

そんな男の顔をじっと覗き込む。次第に、体全体が一つの心臓になってしまったかのような錯覚を覚える。
ドクドクと全身を使って鼓動し生を謳歌している様を自身へとまざまざと見せつけるようだった

耐えきれない。これ以上はいけない。約束を違えてしまう
頭では理解しているが言葉の意味が上手く飲み込めない。してはいけない。でも、この人はきっとまた。

熱い吐息が自分の口から漏れ出ているのを抑えることが出来ない。
獲物を目の前にぶら下げられた飢えた獣は、理性の枷に収まっていることはできるのだろうか

男の腰の上に跨り、首元に顔を埋める。
小さく息を吸い込み数秒、これで最後と律して数十分。
微睡みに溺れるような惚けた思考で、ゆるりと体をようやく起こす。
頭がぼやける、部屋がやけに熱く感じる。
汗をかいているのか首筋や額に髪が引っ付いているのに不快感を覚える。

たまらない。とめどなく感情が溢れ出てくる。彼の匂いが、呼吸が、目を閉じて眠る様が、睫毛が、薄い唇が、白い肌が、あと少しの距離で肌に触れられそうだ、好きだ、好きだ、好き、好き、大好き、この首筋に口づけを落としてみたい、舌で味わいたい、喰んでみたい、歯を立ててみたい、どうしてこの気持ちを抑える必要があるの? 薄い皮膚が破れ、血管のぶつりと千切れる感触がする、口いっぱいに鉄臭さが広がる、蛇口の壊れた水道のように絶え間なく血潮が溢れ出す、この気持ちは相手にきちんと伝えなきゃ。吹き出た血液は枕をシーツを床を赤く染め上げる、もったいない、一滴残らず、私が。

ふと、思考が冷える。
窓が少し開いていたのか、隙間風が顔を擽っていた。不愉快だ。
男の髪も、わずかに揺らめき瞼をピクリと痙攣させた。

ぐっしょりと濡れたような全身が気だるく感じる。
頭を項垂れ、髪の隙間から男の顔をみやる。

そうして、禁忌を破り男の首へと両手を持っていく。
ドクン、ドクンと血管が脈打つ感触が肌から伝わる。男は生きている。肉が脈動している生々しささえ感じる。

ぬくもりにふれた瞬間、ふつふつと茹だった鍋底から現れる水疱のような、小さな小さな不快感がやがてグラグラと鍋を揺らすほどの熱量と化す。
自身がこの男に絞殺されそうになったあの日が脳裏に浮かぶ、もがけども苦しさからは逃れることができず、圧倒的な力の差で文字通り屈服させられた。自身のこの体が、生まれ持った性が恨めしい。どうあがこうが覆すことの出来ない屈辱が体中を支配していた。意識が次第に遠のく中、自分の中に芽生えた感情は愛情でも慈しみでもなく、生存欲から起因する恐怖だった。情けなく頭を垂れ許しを請う事さえ選択肢にはあった。恨めしい。憎らしい。片手で自身の首を掴み持ち上げた男が、惨めたらしく屈服させられる様が、そんな状況でも死にたくないと願ってしまった生き汚さが。それでも今なおそんな男に好意を寄せる都合のいい欲望に塗れたこの体が、穢らわしい。

ぼんやりとした薄く鈍い月明かりに照らされ、ギラギラと火照った肉欲の塊が一人の男の上で人間の生を実感していた。
指に力を込めることはできない。すべからく自分はまた、この男に力で組み抑えられてしまうだろうから。
そうして、体中の力を抜き、手を離す。男を起こさないよう肺に溜め込んでいた息を細く吐く。私はいまどんな表情をしているんだろうか。

行き場のなくなった感情を押し潰すように、自身の腕に深く爪を立てる。
唇を噛み、ふと自分の口元が濡れていることにようやく気づく。

扉からベッドまでの数メートル程の距離の床には、女の口からダラダラと溢れ出し垂れ流したままの唾液が点々と残っていた。