qsnisq
2025-01-20 02:29:28
3571文字
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オルダブ ❌️ネタバレ SSもどき

シナリオ後の 探偵の眠れない夜

目が覚めると、見覚えのない場所で横たわっていた。
身体は芯からすっかり冷えてガチガチと歯がなっている。口の中から鉄の味がした、寒さで唇が切れたのかと鏡を見ると、殴られた跡の残る己の顔が写る。じわじわとようやく追いつく痛みに怯えながら確認すると身体の節々に青い痣が浮きあがあっていた。手元を見れば、爪と指の間に肉片だか泥だか分からない気色の悪いものが詰まっている。


物が頻繁に配置を変え、失せ物をすることが多くなった。私はその度に周りの人間を疑った。うんざりとした顔で人を無闇に疑うなと怒るくせに自己責任だと言われる。そんなに周りの気を引きたいのかと詰られたこともある。身に覚えもない謝罪をする気はまったくなかったし、誰一人としてそんな主張を聞き入れることもなかった。


穢れに触れると身体がじわりと汚されていく。その汚れを餌に悍ましい虫が無数に背筋を伝い皮膚の上を這い回る。虫は皮膚を食い破り脳へとたどり着くと糊付けされた薄い紙のような自我が眠るたびに一枚、また一枚と身体から剥がされてゆく。


手荒れが酷いので、と常に手袋をはめるようになった。
人に物を触れさせないようにしたし、自分も人のものを触れようとしなくなった。
周囲の人間らは、大変だねとだけ言われそれ以上は関わってこなかった。
こちらを慮ったような上っ面の裏では軽蔑と侮蔑、下衆な笑いが響いている。奴らの呪詛じみた言葉が現状に拍車をかけているようにも思えた。


何も見なくていいように、目を閉じ、耳を塞ぎ
尾を垂れ情けなく逃げることが精一杯の抵抗だった。





その夜、私は雑木林の中を一人駆けていた。
日はとうに沈んでいるというのに足元には己の影が黒々と照らされている。頭上には随分と立派な丸い月が浮かんでいるのかもしれない。
何かから逃れるように走る、いや、他に目的があったような気もする。私は逃げているんじゃない、目的を求めて探し回っているのだ。

不意に視界が晴れる。月だと思っていた光源は、裸電球が吊り下がっていただけだった。ここは閉鎖的で息苦しく、四方を囲む灰色の壁は無限の高さにも思えた。部屋の中央には黒いずた袋に集い生ゴミを漁る烏の群れがある。

私が近づくと、烏らはひと鳴きして威嚇するように鋭いクチバシで突く。烏は賢く、人の顔をよく覚えており、いじめた人間は目玉を抉って報復すると子供の頃に聞いた覚えがある。未だ縄張りを荒らす外敵に立ち向かわんとする勇敢な気高き烏達をどうにか追い払おうと腕を振り回すと手には斧が握られていたことに気がつく。

手始めに一匹の烏の首をつかみ上げるとぎゅう、と気管の潰れる音がした。横一文字に刃先を振るう。獲物は悲鳴を上げる間もなく足元に赤黒い液体が広がる。それはどんどんと量を増していき、次第に足首が浸かるほどになる。いまだ断面からぴゅうぴゅうと生ぬるく粘り気のある体液を吹き出しており、顔に掛かって不愉快だった。

黒のゴミ袋だと思っていたそれは男の長い毛髪で、生ゴミだとおもっていたそれは人の腹の中に本来詰まっているはずの臓器で、不思議なことにひとりでに脈打っていた。
髪の根本をたどると生首が転がっており、生気をとうの昔に手放している。
私と目が合うと、生首の男はみるみるうちに表情が恐怖の一色で染め上げられていく。薄くひび割れた唇から絶叫が上がる、悲鳴と嘆願の声が上がる、うめき声が、すすり泣く声が、怒号が、狂ったような笑い声が、言葉にならない音が、私の名を呼ぶ声が。

私は、私のおかしくなってしまった頭をどうにかしたくて、私の名を呼ぶ声が煩わしくて、手を伸ばした。

この息苦しく日の差さない冷たい牢獄から、身体に付き刺さる白い目から開放されたい。蛆虫が頭の中を這い回り、その虫の一匹一匹が謂れのない罵倒を浴びせ続ける。ならば、目の前の硬い頭蓋を割ればいい。同物同治の教えを守ればいい。
中に薄桃色のてらてらと輝くゼリーの肉が詰まっているはずだ。邪魔な長い頭髪を鷲掴みにして引きちぎる、ぶちぶちと音を立て屠殺場の鶏のようだった。刃を、爪を、歯を突き立てる。ヒビの入った頭蓋の中から吹き出す脳汁を啜ると、甘ったるく蕩けるような味がした。極上の舌触りの繊維は口の中に入れるだけでほろほろと崩れ、飲み込んでしまうのも惜しい、早く、早く、早く!噛めばぷりぷりとした皮から肉汁が弾け、あたたかい、頭が、ぷちんと、赤が、流れて、広がって、血潮が視界いっぱいに―――





全身がぐっしょりと自身の汗に濡れていた。よく知る天井が視界に写る、そこが見慣れぬ場所ではなく己が意識を手放す最後に居た寝床であることに安堵した。シーツが脂汗を吸ってじっとりとして不快だった。こんなにも汗をかいているというのに身体は冷え切っていて、指先が震えていた。

窓の外は月も出ていないのか部屋は暗く、日の出の時間にはまだ遠いようだった。
体全体に襲う疲労感を振り払って、立ち上がりキッチンの方へと向かう。冷蔵庫の中から水を取り出しコップに注いで一気に呷る。冷たさが喉を通って少しだけ目が冴えた。

「先生……

暗がりから声がかかる。声色が暗く、不安げに言葉尻が滲んでいた。
物音で起こしてしまったのか、こちらの様子を伺っている人影がある。部屋の電気は付けていないため、冷蔵庫を閉じると辺りは闇に沈む。

「夢見が悪かった」
「嫌な夢見ちゃった?」
「ああ、……

窓から雲に隠れていた月明かりが差し込み、唯一の光源として互いの顔を照らし出す。こちらを心配そうに見る彼の顔はやはりどこかやつれたような影を帯びており、首元に赤い線が何本か走っていた。

「夜は嫌いだ。月の光は人を狂わせるんだ」
「えぇ?そうかなぁ

彼の元へと近づき指の関節が盛り上がり骨ばった厚みのある手を取る。硬い皮膚は温かくて私の指先の冷たさを移してしまいそうだった。
息を飲む音がした、私ではない誰かが。

「こうなる前に俺を呼べ。傷口から菌が入ったらどうする」
……、あ」
「ウーファ、聞いてるのか。叩き起こして俺を呼べって言ってる」

数秒の後にコクリとうなずいたのを確認する。視線を彼の手元にやると爪の先には血が滲み、皮膚を引っ掻いたような形跡があった。
何故か今この手を離してしまってはいけないような気がして、もしくは伝った体温が寒さ故か離し難くて、掌を重ねるとすこし汗ばんだ手でゆるりと握り返される。
彼の手はこんなにも温かいものだったのか、どうして今まで知らなかったのかと思い返すと布越しではない人の肌に触れるのは随分と久しぶりだった。

その事実に気が付き口を開く前に、こめかみあたりに熱を感じた。
顔をあげると、彼のもう一方の手が私の顔に垂れた横髪を耳にかけようとしている。
相手の心意は全く分からなかった。確かめようと彼の顔をじっと見つめると、月の光を帯びた瞳は煌々と輝き眩く反射していて、すっかり目を奪われてしまっていたからだ。

直接触れられているはずもないのに、まるで髪の毛の一本一本が神経になってしまったかのような過敏さをもってしまっていた。優しく撫でられているようなくすぐったさを感じ、彼の手の熱が伝播したように思えてくらりとした。指が耳に当たり、びくりと肩が揺れる。彼の手は少し震えていた。

「先生の髪って、俺と全然違う……

彼はぽつりと独り言のように呟いた。当たり前だ、風呂上がりにはきちんと乾かして、なんて下らない言葉を返すより先に触れられていた部分に手を伸ばしてしまう。じわりと、まだ暖かさが残っているような気がした。
その熱に胸の奥がぎゅうと締め付けられる、思わず繋がれている手から逃れようとすると、つよく握られ心臓が跳ねる。先程よりも更に相手の体温が感じられ、熱で溶けてしまうんじゃないかと錯覚した。

自分は一体、今どのような顔をしているのか想像もつかなかった。目もくらむような光の眩しさに当てられ、目の前に映し出された己の表情は彼にとってどのように映ったのだろう。

「俺はさ、夜はきらいじゃないぜ。だって太陽は見てたら目潰れちまうけど、月はそんなことはないし……それに」

彼はカラリと笑う。伝った熱が思考を鈍らせる。

「夜の深さを知らない限り、陽射しの有り難さって分かんないからな」

言葉は返せず、繋がれた指を絡めた。

この手を振り払うことのできない私には逃げ場というものは既に無く
盲目なる冷たい夜闇の中で、一度手を伸ばし与えられた温もりを忘れられずに太陽の暖かさが僅かに土に残った熱を求め
地面に頬を擦り付け恋焦れては決して得ることは許されず囚われ続ける事になるのだろう。