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ギャビィ
2025-01-19 22:18:01
4275文字
Public
クロセル
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誓い
クロアチアとセルビア 2度目の同居開始直後 お酒飲んでる
「あ、」
「げ、」
面倒なものを見た。クロアチアは直感的にそう思った。寝る前にリビングの前の廊下を通りがかり時にたまたまソファに座って晩酌をするセルビアの姿が見えた。しかもしっかりと目が合ってしまっているから、無視するわけにもいかない。おやすみ。とでも言えば良いのか。一緒に住んでるわけだし。そうだ、それが良いかもしれない。セルビア相手に愛想振り撒くのは勿体無い気がしたけれど、クロアチアはそんなことよりも早くこの場から立ち去るべきだと瞬時に判断した。なんとなく嫌な予感がしたのだ。クロアチアが友好的で穏やかな寝る前の挨拶を言おうとした時、セルビアがふうんとしたり顔で笑った。腰抜け野郎。そう言ってるような、勝ち誇った表情で。
「
……
酔っ払いめ」
口から出たのは考えていたのとは全く反対の、非友好的にも程がある悪態だった。しまった、と内心舌打ちをしたが、セルビアは何を思ったかますます笑みを深めた。やっぱり嫌な予感がする、途轍もなく。普段は煩すぎるほど賑やかなセルビアが何も言わずににっこり笑ったまま手招きをする。クロアチアは笑みを引きつらせてその場から動かないことで軽く意思表示をしたつもりだった。
「来なさいよ」
セルビアが今度ははっきりと、誘いの言葉を投げかける。誘いと言うには少し強すぎる圧を感じて、クロアチアは小さく溜息を吐いた。厄介なことになった。
小さなショットグラスにとぷとぷと音を立ててラキアが注がれる。なみなみとグラスの縁で波打つそれを、クロアチアはジッと見つめた。
「私の注いだお酒が飲めないって言うのっ」
ソファで隣に腰かけたセルビアは、既に悪酔いしてるのかけらけら笑いながら自分の手元のグラスにも同じように並々にラキアを注いで、一気に煽った。クロアチアも自身の目の前のグラスを手に取り口元に近づける。ほんのりとプラムの良い香りがする。どっしりと頑丈な瓶に入れられていたそのお酒は、おそらく手製のものだろうが、なかなか味も良かった。元来酒に弱いわけでもない。ただ一緒に飲む相手が悪いのだ。何が楽しくて此奴とサシで飲まないといけないんだ。段々と怒りを覚えながらクロアチアはパッとグラスを煽った。三杯目より後は数えてないから、もうどれほど飲んだか分からない。喉が焼けるように熱い。燃えるように美味い酒だった。セルビアが囃し立てるようにきゃあきゃあと笑いながら背中をバシバシと叩いてくる。クロアチアは薙ぎ払うように手を翳す。碌に会話もせずにただひたすら酒を注いで飲んでの繰り返しは、流石に短時間で飲み過ぎたのか頭がくらりとする。セルビアがまた何度目ともしれない酒をそれぞれのグラスに注いで、チラリとクロアチアの顔を窺う。酔ってるはずのセルビアは、時折クロアチアに鋭く刺すような眼を向ける。本当は酔っていないのか。しかし演技が出来るほど器用な奴ではないだろう
……
。そうクロアチアは思っている。思いながらも、だからこそ、絶対に此処で引いてはいけない気がしている。セルビアが先にグラスを煽る。呑んだくれが!クロアチアはいよいよぼうっとしてきた頭の中でキレながら背凭れから上体を起こし手を伸ばしてグラスを取った。そのまま一気に煽ってガツンとテーブルの上に置く。これでどうだ、とセルビアを見ると、セルビアはニヤっと笑みを浮かべたまま同じように睨み返してくる。そもそも友好的に、なんて考えが馬鹿だったのだ。クロアチアが思うところがあるように、セルビアも考えがあるのだろう。けれどもそれでも自分たちは、またこうして一緒に暮らすことに決めたのだ。クロアチアは相当に苛々してきた。セルビアに対してというよりも、そうせざるを得なかった自分自身と周りの全てに対してだ。それは向こうも同じだろう。
「あら、無くなっちゃったわねえ」
再び酒瓶を手に持ったセルビアが、場違いにのんびりと呟いて瓶を軽く振って中の酒をとろりと混ぜる。場違いも何も側から見るとただ愉しげに深夜にサシ飲みしてるだけの二人かもしれない。クロアチアはちらりと思ってまた独り毒づいた。何が愉しげだ、こっちは命懸けだ! 自分で考えて自分で突っ込む程度には酔いは回っていたけれど、まだ欠片ほどの冷静さは残っていた。セルビアがしょうがない、と残り全てを半分ずつグラスに注ぐとちょうどそれぞれ八分目くらいになった。これでようやく終わりか。クロアチアは苛々が少し薄まってホッと息を緩ませた。セルビアが軽くグラスを持ち上げて、クロアチアの顔を見る。
「乾杯を」
声をかけられて、クロアチアもしょうがなく付き合って、同じようにグラスを軽く持ち上げる。グラスとグラスが触れて音を立てるちょうどその時、セルビアは神妙な響きで言葉を続けた。
「--それから誓いなさい。もう二度と裏切らないと」
ハッとしてセルビアの顔を見る。アルコールのせいで頬は僅かに上気していたけれど、酔った勢いや悪ふざけにしてはセルビアの目はしっかりとクロアチアを見返してくる。とうとう先ほどまでの笑みはすっかりと消してしまって、睨むでもなく試すでもなく、淡々とした無表情でクロアチアを見つめるその瞳に、クロアチアは何の感情も読み取れずにただ肺を押し潰すような息苦しさを感じた。全てがのしかかってくる。セルビアが、というよりも自分自身とこれまでとこれからの全てがのしかかってくるような心地だ。それでも自分たちは、こうしてまた一緒に暮らしていくのだ。例えグラスを持つ指先が痺れようとも。クロアチアは息苦しさを押し退けるように口を開いた。
「お前の方こそ、今度は俺を失望させるなよ」
セルビアが静かに口を釣り上げて、「上等じゃない」と呟いた。目は愉しげに細められて笑っている。グラスが鳴る。
「ユーゴスラビアに」
そうセルビアは呟く。
「友愛と統一に」
クロアチアは返した。セルビアがニッと笑みを深める。それからお互いに乾杯と声をかけた。ジヴェリ。ジヴィェリ。セルビアが態とらしく伸ばした調子で言い直す。ジヴィェリ。にやにやと見つめるセルビアに、クロアチアはフンと鼻で笑ってグラスを煽った。熱い。燃えるように美味い酒だ。同じようにセルビアも隣で最後のグラスを飲み干した。
「美味い」
「でしょう」
「お前が作ったのか」
「うん。昔、村で教えてもらったのよ。今度また作りに行かないと」
ようやく交わした幾らか友好的な、短い会話の後に、セルビアはふうっと欠伸をした。もう寝るつもりらしい。クロアチアは、立ち上がろうとしたセルビアの手を引いて止めた。セルビアが途端に不審げな目を向ける。クロアチアはニッと口の端を釣り上げる。薫り豊かなプラムのラキアは、胸に炎を灯してしまった。クロアチアはもう暫く眠れそうにない。
「これで終わりなんて無いよな」
「
……
面白いわね」
セルビアが答えるのを聞いて、クロアチアはニッコリと笑う。それからおもむろに立ち上がって、壁際のガラス張りの棚の扉に手を掛けた。--次はワインが良い。左端のボトルを手に取って、一番上の棚からワイングラスを2つ絡め取った。夜はまだまだ終わりそうにない。
「何だこれは!」
朝からベオグラード郊外の屋敷では、怒声が響いていた。
「あーもう煩いわねえ。ちょっと頭痛いんだから叫ばないで!」
「煩いじゃないだろ、何なんだよこの状況は!」
リビングのテーブルの上を指差すスロベニアに、セルビアは頭を抑えながら答えた。
「いやあ、派手にやったなあ
……
」
ボスニアが呆れたような感心してるような、よく分からない感想を漏らす。クロアチアはソファに座ったまま項垂れていた。
「フルバツカまでこんなになっちゃうの珍しいね」
心配してるのか貶してるのか、クロアチアの顔を窺うようにしゃがむマケドニアの声は、最近背が伸びたとはいえまだ無邪気な子どもらしさを残していて、それが二日酔いの頭にガンガンと響く。クロアチアは「水をくれ」とだけ呟いて、重たい頭を少し持ち上げてチラリとテーブルの上を見た。すっかり空になったセルビアのお手製ラキアの大瓶をはじめとして、ワインやラキアの瓶が何本も並べられている。「とっておきのワインまで開けやがって!」隣ではソファに寄りかかってるセルビアにスロベニアが詰問している。どうやら自分の大事にしていたワインを勝手に開けられたのが腹が立ってるらしい。スロベニアが指差す先のボトルの紫色のラベルに、クロアチアは見覚えがあったけれど口に出すのはやめておいた。
「はい、水」
「助かるよ、マケドニア」
「セルビアも!水飲むでしょ!」
「飲む」
無理やり流し込んだ水は胸焼けを収める程ではない。「大体お前まで一緒になって
……
」スロベニアの怒りの矛先が今度は自分に向けられているのを聞き流して、クロアチアはぐったりとしたまま重い身体で立ち上がった。
「悪い、あとで聞くから」
とりあえず自室のベッドで横になろうと、心配や困惑で見つめる面々に軽く手を上げてクロアチアは歩き出した。リビングを出る間際、目が合ったセルビアは、口を尖らせて拗ねたように小さく睨んでいた。照れ隠しなのかもしれない。クロアチアは自分でも馬鹿げてると思いながら、そんなことを考えた。廊下に出るとちょうど起きてきたらしいモンテネグロと鉢合って、顔を見るなり「うわ、」と引いた表情で冷たい視線を向けられたけれど、クロアチアはあまりにキツかったので無視を決め込んだ。気力があれば文句や反論もしたかった。お前の姉のせいだ、と。
「フルバツカ、待てよ」
「あ? 何だよ」
わざわざ廊下まで追いかけて肩に手を掛けて引き止めたスロベニアに、クロアチアはしょうがなく目を向けた。妙に真剣な表情だ。
「だからお前のワインを勝手に開けたのは悪かったって」
「ワインはどうでも良い。それよりお前、セルビアと何かあったか」
「別に
……
、何もねえよ」
「なら良いけど」
引き止めて悪かったな、ゆっくり休めよ。スロベニアがそう言い残して肩から手を離す。心配かけたな。クロアチアは手を振って自室へと向かった。セルビアと何かあったか。スロベニアの言葉に昨晩のことを思い出す。自室の中に入ってベッドに倒れ込んだ。身体は重たいけれど妙に頭は冴えていた。暫くクロアチアは眠れずに、ずっと自室の白い天井をぼうっと見ていた。自分はもしかすると、大変な誓いを立ててしまったのではないだろうかと考え始めていた。
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