炭ぐすてん
2025-01-19 20:58:11
3273文字
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星見する六平親子の話


 家中の明かりを消し、柴さんから貰った星座早見盤と薊さんから貰った星座の図鑑、光源として懐中電灯を抱えて庭先に出る。
 父さんはレジャーシートの上に寝転がっており、ぼんやり空を眺めていた。懐中電灯の明かりで俺が来たことに気付いたのか、上体を起こしてくるりと振り向いた。
「蚊取り線香焚きなよ。刺されるよ」
「お、確かに」
 用意しておいた蚊取り線香にマッチで火を着け、俺も父さんの隣に腰を下ろす。
 日中の茹だるような暑さは鳴りを顰め、夜らしい涼しい風が肌を撫でた。元気に合唱していた蝉の声は聞こえず、今はまた別の虫の音が聴こえる。あまり虫に興味無いから何の虫の音かは分からないけれど。
 星座盤を回して日付と時刻の目盛を合わせる。東側を手前にして持ち、空に掲げる。あまり意識して見ることはなかったが、よく見れば一つ一つ星の明るさが違っている。
「えっと……あ、あれだ」
「ん?」
 星座早見盤と空を見比べ、三つの明るい星を繋ぐように指でなぞる。あの特に明るい星は一等星と言うんだっけ。
 その中で最も明るい青白い星を指差し、柴さんと薊さんが与えてくれた教科書と図鑑の内容を思い出しながら言葉にする。
「あの一番明るい星がある場所がこと座。七夕伝説の織姫にあたる星らしいよ」
「どの辺が琴なんだ?」
「ほら、あの星……確かベガだっけ? の下に小さい星が平行四辺形に並んでるでしょ。あれが竪琴に見えるらしいよ。空の条件が良くないとあの星見えないみたいだから、今日は運が良いね」
「竪琴ォ? ……全くその形に見えないな!」
 うん、俺も竪琴の形には見えない。どうやら、昔の人は想像力が豊からしい。
 ベガから指を移動させ、今度は二番目に明るい一等星を指差す。名前は確か……アルタイル。
「あれがわし座、彦星だって。一等星のアルタイルと合わせて三つの星が一直線に並んでるのが特徴みたいだね」
「鷲ィ……?」
「あ、ベガとアルタイルの間には天の川が流れてる。七夕伝説の通りだ」
「全然鷲に見えない」
 星座がその形に見える人の方が稀だと思う。
 アルタイルから再び指を動かし、最後にデネブを指差す。教科書や図鑑で見た通り、星が綺麗な十字型で並んでいる。
「天の川に重なってる一等星がデネブ、はくちょう座だね。デネブがある位置が白鳥の尾で、オレンジっぽく見える二等星が嘴。嘴の星は肉眼だと一つに見えるけど、望遠鏡で見たらオレンジと青色の星が二つあるらしい」
「白鳥? 鷲でもよくないか?」
「確かに。どっちも翼を広げた姿だもんね」
「あ、でも鷲はあんなに首長くないか!」
 納得したのかうんうん頷く父さんを横目で見つつ、デネブからベガ、アルタイル、そしてデネブに戻って三角形を指で結ぶ。
「三つの星を結ぶと夏の大三角ができる」
「ほぉ、よく学んでるなチヒロ」
 「偉いぞ〜」の声と共に、父さんにガシガシと頭を撫でられる。もうそんな風にされる年齢じゃないから、少し恥ずかしい。
 照れ隠しに図鑑を手に取り、夏の大三角のページを開く。懐中電灯で照らして文字を追い、もう一度空を見上げる。
「アルタイルは“飛ぶ鷲”、ベガは“落ちる鷲”という意味があるんだって。この二つの星はペアになってるみたい」
「織姫と彦星にピッタリだなぁ」
 星座早見盤を回し、今度は南の空を見上げる。赤色の一等星を見つめる。俺と父さんの眼と同じ色だ。
「あの赤い一等星がアンタレス。さそり座の心臓部だって」
「目立ってて格好良いな! 名前も強そうだ!」
「アンタレスは“火星に対抗するもの”って意味らしいよ」
「ほー、惑星と張り合うなんて凄いなぁ」
 夏の星座のさそり座が上ってくると、逃げるように冬の星座のオリオン座が沈んでいく。ギリシャ神話の狩人オリオンと蠍の関係を上手く表していると思う。
 スプーンのように配置された六つの星――南斗六星を見つける。ということはこれがいて座だ。南斗六星はいて座の腕や弓部分にあたるらしい。
「さそり座の心臓を狙っているのがいて座。いて座とさそり座の間は天の川の幅が広くなっていて、今日は条件が良いから天の川が綺麗に見えると思う」
「お、本当だ! 凄え〜」
 いて座がアンタレスを狙っている図を図鑑で見て、ほんの少しだけぞわりとした。俺達のことじゃないのに。
 その図から目を逸らし、天の川を実際に観測してみる。双眼鏡があればもっと綺麗に見えるんだろうけど、肉眼でも十分綺麗だ。
 柴さんか薊さんに頼んだら双眼鏡を買ってきてくれるだろうか。……天体望遠鏡まで買ってくるような気がするから言わないでおこう。あの二人は俺にお金を遣い過ぎる節がある。
「今度は柴さんと薊さんとも天体観測してみたいね」
「柴と薊ィ? 星空に感動する情緒は無いだろ。特に柴!」
「父さんが感動できてるから、きっと大丈夫だよ」
……それもそうか?」

 §

「この前、父さんと天体観測したんです」
「お、どうやった?」
「家の明かりを全部消したら凄く綺麗に見えました」
 冷えた麦茶を三人分用意し、テーブルに並べる。柴さんのお土産の金魚鉢を象った錦玉をお茶請けに出し、柴さんの向かいに腰を下ろす。
 黒文字で一口分切って口に入れる。練り切りと比べると甘さが軽くて食べやすい。本当は緑茶の方がいいのだろうけど、俺達はともかく暑い外から来た柴さんに熱いお茶は酷だろう。
「そりゃ綺麗やろうな。山奥やし、この家以外に明かりとか一切無いし」
「そんなに違いますか?」
「全然ちゃうよ。真夜中でもめっちゃ明るいから、明るい星以外はほとんど見えん」
「勿体無えよなァ」
 父さんがそう言うと、柴さんは意外そうに目を見開いた。
「六平に夜空の美しさを愛でる心があったんか!」
「失礼だぞ柴ァ! ま、チヒロと見るまでは全く興味無かったけど!」
「間違うてないやん!」
 ギャンギャン言い合いを始めた二人を眺め、麦茶を飲む。舌に残っていた錦玉の甘さが流されて少しホッとする。
 そういえばと思い出し、言い合いから何か別の話に発展している二人の会話に割り込む。
「柴さん、今度は薊さんも含めて四人で天体観測したいです。きっと四人で見ても綺麗だし、楽しいから」
 俺の勉強面をサポートしてくれている柴さんと薊さんは、きっと俺より星や星座の話に詳しい。知らなかったとしても、図鑑の解説を読んで、皆で話すのも楽しいだろう。
 そう思って柴さんを見つめると、柴さんはわなわなと震えていた。反射的に耳を塞ぐ。
「ホンマええ子や!」
 相変わらず声が大きい。父さんは突然の大声に体をビクリと大きく揺らした。
 柴さんは素早い動作で携帯電話を取り出し、カコカコと素早く指を動かしてボタンを操作し、スピーカー部分を耳に充てる。コール音が二回鳴り、名乗りもせずに口を開いた。
「薊! 明日絶対定時で帰るでェ!」
「は、急に何?」
「チヒ」
「分かった帰るぞ柴!」
 電話口の薊さんから素早く了承の返事が飛んできた。用件、何も伝わってないのに。
 パチパチと目を瞬かせると、満足げな顔をした柴さんがぐっと親指を立てた。柴さんと薊さんって頼りになるけど、俺のことになると少し箍が外れてしまうところがあるよな。すぐ甘やかそうとするし。
「いえ、余裕ある日でいいんですけど」
「何言うてんねん! 善は急げ、思い立ったが吉日、鉄は熱いうちに打て、や!」
「チヒロォ、柴も薊もこういう奴だから諦めろ。知ってるだろ?」
……そうだね。それじゃあ明日、楽しみにしてます」
 そう言って少し口角を上げると、柴さんは嬉しそうに笑った。どうやらこの返答で正解だったらしい。
 明日のために星座図鑑を見ておこう。明日も太陽剥き出しの晴天らしいから、きっと綺麗に見えるだろう。明日の夜ご飯はどうしようか。俺のお願いを叶えてくれるのだから、二人の好物がいいかもしれない。
「あ、天体望遠鏡買うてこようか!?」
「それはいらないです」