二十余通のラブレター

ひよこ班とうっすらヴェラン

「お使いに行ったらいっぱい渡されちゃってさ~」
 幼馴染が呑気な声を上げて机の上に広げたのは、数枚の手紙だった。ひいふうみい、数えてみると七通あった。
 高級なレースのような純白の封筒に、少女趣味全開の淡い桃色の封筒、何とも言えない美しい空色をした封筒もある。どれも香水が炊き込められているらしくすごい芳香だ。きっと一枚一枚嗅いでみればいい匂いなのだろうけれど、残念ながらアーサーの手元で混ざってしまって台無しになってしまっている。
 共通しているのは、それらの封蝋にどれもこれも厳かな紋章が押されていることだった。見る人が見れば、どういった由緒があるかも分かるのだろう。それは貴族のお嬢様たちがしたためたラブレターに違いなかった。何でこんなものをと訝しんでいると、モルドレッドの幼馴染はにぱっと笑った。
「びっくりした? ぜーんぶ団長宛て!」
「はあ?」
「なー、騎士団長ってめちゃめちゃモテるんだな」
「なんでそんなに呑気なんだ? これどうするんだよ」
「どうするってランスロット団長にお届けすればいいだろ」
「お前やっぱり聞いてなかったんだな! キリがないから団長への手紙や贈り物は受け取ったらダメなんだよ!」
「えー! そうだったの?」
 モルドレッドがきっぱり教えてやると、やや大げさな仕草でアーサーが頭を抱えた。頭を抱えたいのはこっちだ。騎士団の大体の通達は朝一番に行われる。あの時のアーサーはやはり半分夢の中だったらしい。
 幼馴染の不始末をどうつけるかモルドレッドが考え始めると、机の上に小さい手と普通くらいの手がにゅっと伸びてきた。それはよく見なくても手紙の束を握っていて、合わせて十三通あった。そのうちの十通を小さい手がなんとか掴んでいる。
「奇遇だねアーサー」
 手を差し出してきたのは、もしかしなくてもトネリロとクルスだった。二人は稽古上がりみたいにボロボロになって、疲れ果てた顔をしていた。彼らは、稽古どころか衛兵の仕事を見学するために街に降りていたはずだ。不審に思いながら事情を聞いてみる。
「お前らまで話聞いてなかったのか」
「僕たちは決まりのことをちゃんと知ってたよ」
 トネリロがいつになく憤るように言った。
「知ってたなら何で?」
「知ってたけど、街の娘さんたちが無理やり持たせたんだよ」
 言い切るとトネリロはわっと泣き伏せてしまった。団長に手紙を渡したい娘さんたちにもみくちゃにされたらしい。滅多なことに動じないクルスが青い顔で教えてくれた。

 今回の件でよく分かったのは、女の子は概ね情報通だということだ。貴族のお嬢さんも街の娘さんも、きっと騎士団がランスロット団長に手紙も贈り物も取り次いでくれないことをよく知っていて、何も知らなそうな新入りや気弱そうな新入りに目を付けたのだろう。
 『成功を収めるのは先知なり』『名将は敵の守りが手薄なところを知っている』全て教本に書いてあることだった。
「どうしたお前らこんなところに集まって? いたずらでも考えてるのか?」
 手紙の束を囲むように四人でうなだれていると、開け放たれているドアからよく知った声が聞こえてきた。「ほどほどにしとけよ~」という天の助けにも聞こえる明るい声が通り過ぎていく。それを絶対に逃がしたくなくて、全員でドアに向かって走り出す。
「ヴェイン副団長~!」
「おっ? どうしたどうした?」
 アーサーの渾身の体当たりを軽く受け止めて、半泣きのトネリロを足に巻き付けたままヴェイン副団長は立ち止まってくれたので、モルドレッドとクルスもそれに続いて腰にしがみいた。



「俺知ってますよ! 副団長は団長の書類を何でも代筆できるんですよね!」
「よく知ってるな~と褒めたいところだが、ラブレターの返事なんて代筆できるわけないだろ!」
「そんなぁ」
「そもそもランちゃんはそんなことで怒ったりしないっての
……けどまあ、お前らが悪いと思ってるなら付き合ってもらおうかな。誰か紙持ってないか?」
「ヴェイン副団長、これを」
「さっすがクルス! ありがとな~」
 クルスが差し出したメモ用の小さな紙片に、ヴェイン副団長がやや大ぶりな字でさらさらと書きつけたのはたった三行の手紙だった。
「じゃあ、モルドレッドはこれをランちゃんのところに持っていってくれ。あとの三人は俺と食堂な」
 ラブレターを持ち込んでいないモルドレッドはランスロット団長と顔を合わせても気まずくないから、お使いに選ばれたのは納得がいく。しかし、あとの三人が食堂へ向かうのはどういう訳だろう。首をかしげていると、「今日は俺が食事当番なんだ」と答えが返って来た。
 団長と副団長が同じ邸に暮らしているのは騎士団のみんなが知っていることだ。だけど、あのランスロット団長が食事当番になる日なんて本当にあるのだろうか。モルドレッドがアーサーに目配せすると、アーサーは二、三度瞬きを返した。確かにモルドレッドが団長になっても、アーサーが団長になっても、家の中ではふたりは対等でないとおかしな気がした。

✉ 

「そうそう、野菜は細かく刻んで。口当たりがよくなるからな~塩と砂糖を間違えた? わはは、洗えば大丈夫だって!」
 モルドレッドがお使いから戻ると、ヴェイン副団長とアーサーたちは一生懸命何かを刻んだり、何かを煮たりしていた。
「悪いけど、モルドレッドはこっち手伝ってくれ」
 そうして手渡されたのは六人分の食器とカトラリー。すべてピカピカに磨かれていた。

 それから八時のきっかり五分前にランスロット団長は現れた。右手には小さな紙片を丁寧に四つ折りしたものをつまんでいた。
「ヴェイン、何事だこれは」
 困惑気味の団長の質問に、副団長は答えなかった。代わりにできたてのものを一匙すくうと、ふうふうと冷ましてからランスロット団長の口へと運ぶ。
「美味しい?」
……美味い」
 テーブルにはモルドレッドが見たことも聞いたこともない料理が並んでいたが、ランスロット団長は料理の名前を尋ねたりしなかった。きっとヴェイン副団長が前にもつくって食べさせたんだろう。
「みんなでランちゃんのために用意したんだよ」
「そうか? うーん、なら食べながら聞こうか」
 そして、テーブルに着くと団長は細い体に似合わずぺろりと平らげて、「よく食べないと背が伸びないぞ」なんて至極普通っぽいことを言っていた。団長も副団長も背が高いから信ぴょう性はある。だから、みんなして皿の上のものを一生懸命口に運ぶ。何せ味は特別にうまいから、いくらでもお腹に入りそうだ。
「手紙か、大方無理やり渡されたんだろう。……迷惑をかけて悪かったな」
 食事が落ち着いたところで、受け取ってしまったラブレターのことを正直に白状すると、怒られないどころか同情されてしまった。手紙の束をすんなり受け取って、今回は特別に返事を出すとまで言ってくれた。騎士見習いが女の子の勢いに負けてしまったことを怒られると信じ込んでいたトネリロが、そっと胸をなでおろしたところをモルドレッドは見てしまった。お咎めなしとなると却ってばつが悪くなるものだ。四人で皿洗いを申し出ると、団長と副団長はそれを了承して執務室に戻っていった。
「返事はぜんぶお断りなんだろうな」
「そうなの?」
「だって、どの手紙の女の子が一番かわいかったなんて聞きもしなかっただろ」
「怖くて顔なんてわからなかったよね?」
「頭のいい人は手紙の文面で人柄を判断するんじゃないか?」
「あっ! 俺、グランサイファーの団長さんから聞いたよ!」
「何を?」
「ランスロット団長のタイプ! ……えーっとね、綺麗好きで料理上手で明るくて優しい子だって!」
「ふーん」
 どこにでもいそうで、どこにもいなそうなタイプだなと思った。それに何故か引っかかり覚えながら、スポンジを泡立てる。
 食堂の窓から見える夜の空にはよく磨かれた白い皿みたいな月が浮かんでいた。


2018/2/25(何かの無配)
十年目のイレブンシスと対で書いたけど、特に内容的なつながりはなかった