バラ庭の舞踏会で騎士が振る舞うことには

パージク
共和国に関する設定をまちがって記憶したまま書いたのでおかしいところがあります
気に入っているのでそのまま掲載します

 踊る人たちの熱気であたりは蒸し暑かった。屋外だから風は通るが、喉がいやに渇く。あちこちに設置された明り取りの燭台のせいかもしれない。
 バラ庭の端に設けられた露台に腰かけて、ジークフリートはひとりグラスを傾けた。
 夜会ははじまったばかりだ。真っ先にこんなはずれへ来る者はいないのであたりは無人であったが、もう少し経てば涼みに来る者もいるだろう。それまでのひとときをここで過ごそう。ジークフリートはそう心に決めた。
 楽団が奏でる穏やかな調べが、遠くに聞こえてくるのが心地よかった。

 白いバラの生垣は、砂糖をまぶした菓子のように見える。そのクリーム色の向こうでは、月光と燭台の薄明りを浴びて人々がくるくると踊っている。
 今夜は、任期を終えて国元に帰る老大使を見送るために催された舞踏会だった。
 当の大使は、貴人用の天幕の中でカール王の隣に腰かけて満足そうに談笑している。
 主君を戴かない大使の国では、舞踏会が催されることはこれまでもこれからもないのだという。舞踏会と言えば、フェードラッヘにおいても先々代の御世まではさかんに行われたらしいが、段々儀礼めいたものに落ち着いて、イザベラの動乱以後はほとんど開催されなかったはずだ。
 長年の任務に対する表敬と退任のお祝いに贈り物を提案すると、かの大使は孫娘へのお土産話にと大げさすぎない舞踏会を望んだのだった。
 とつぜん開かれることになった非日常的なこの催しに人々は浮かれ喜んだ。
 参席者はせっかくの機会に奥方やその子女を伴ってやってくる。バラ庭が色とりどりのドレスを身に着けた婦人で溢れるのは自然なことであった。

 ジークフリートが騎士団長と呼ばれていた頃にもこのような夜会が執り行われたことがある。やはり婦人が多くて、ジークフリート本人も、彼のふたりの副団長たちも取り囲まれて身動きもできなかった。おまけにホールの中だったからもっと窮屈で息苦しかった。
 今夜もランスロット達は娘たちに取り囲まれていることだろう。貴人の天幕の近くで明るい色をした布がひらひらと重なっているのが遠くからもよく見えた。ランスロットはその中心でもみくちゃにされているに違いない。
 見かねた陛下のお声が掛かり、何とか解放されるところまで想像がついた。ヴェインが副団長として夜会に顔を出すようになったから、ランスロットも随分助かっているはずだ。それでも、ジークフリートがさっさと行方をくらましたことに気が付いたら恨むだろうか。
 ジークフリートは愉快そうに笑って、そしてグラスの中身をすっかり干してしまう。
 強い酒であるはずもなかったが、喉を通り過ぎるとくらりとした高揚があった。そして、その一瞬の高揚の中で思い出す。
 白バラの生垣のほんの向こうで、パーシヴァルも娘たちに囲まれていた。
 何人かは果敢に話しかけているようだったが、殆どの者が少し遠巻きに彼の様子を伺っていた。それでも、威厳たっぷりと翻したマントには憧憬の念がこもった無数の瞳が向けられていた。
 この後のことは考えなくても分かった。
 もう少し経てばダンスの曲目がより親密なものへ変わる。娘たちは躍起になるだろう。
 そして、この露台にもいよいよ誰かがやってくるだろう。
 そのときにはジークフリートの舞踏会は終わる。涼みに来た者か、ダンスに疲れた者か、どちらにしろ席を譲ってやるべきだからだ。
 しかし、生垣の向こうから現れたのはパーシヴァルだった。

「こんなところにいたのか、ジークフリート」
「あ、ああ」
 先ほど遠くに見えたマントが隣に着地して、呆けた声が漏れた。それをパーシヴァルは違うように解釈したらしい。
「今更、お前がいなくなったことに物言いに来たわけではない」
 言葉通り険のある言い方ではなかった。
「せめて抜け出すなら俺に伝えてからしろ、いつもそう言っているだろう」
 むしろ穏やかな声色ですらある。その穏やかさがいつもの小言よりも、奇妙な緊張感をジークフリートに与えた。
「お前こそこんなところにいて良いのか」
 喉を震わすのはいつもこんな言葉ばかりだ。差し出された気持ちを断ち切るような言葉に胸も痛む。けれど、次にパーシヴァルがどんな顔をするか予想が付いて、安堵もする。
「なに?」
……みな、お前に声を掛けられるのを待っていたはずだ」
 そこまで口にすると、やはり彼の赤い瞳が熱く燃えた。
 彼の怒りが熱となってジークフリートの頬を炙る。
 こうなることを望んでいたはずなのに、心臓が絞られたような思いがするのはどうしてだろうか。
「ジークフリート」
 パーシヴァルが呼ぶ。手甲に包まれていないその手がジークフリートの肩を掴んだ。



 パーシヴァルの手元にはふたつのグラスがあった。細身のグラスの中では麦わら色の酒が小さな泡を立てている。あまり悠長にしていればぬるくなってしまうというのに、探し人はまだ見つからない。
 言い合いとも呼べないやりとりのあと、パーシヴァルは反則技でジークフリートを黙らせた。
 きちんと抗議するつもりだった。惚れている立場であるけれど、パーシヴァルの気持ちを知りながらわざと突き放すようなことを言う彼に、いい加減覚悟を決めろとそう告げるはずだった。
 しかし、そうはならなかった。
 パーシヴァルは、ジークフリートの肩を掴み強引な口づけをした。
 ややしてから顔と顔とが離れると、ジークフリートは目をしばたたかせていた。パーシヴァルのこの振る舞いに流石に驚いたようだ。琥珀色の瞳がもの言いたげにパーシヴァルに向けられる。けれども、それからジークフリートが何か言うことはなかった。
 すっかり黙り込んでしまったジークフリートの横顔に、パーシヴァルは「新しい飲み物を持って来よう」と言った。「ここを動くな」とは言わなかった。
 そして、パーシヴァルが戻ってくると、予想通り露台には既に誰の姿もなかった。
 バラ庭の中で、再びジークフリートを見つけ出すことは難しいことではなかった。庭は限られているし、顔も名前も知られているジークフリートは人の目に留まりやすい。だけど、ジークフリートはさっぱり見つからなくなってしまった。
 さすれば、考えられるのはたったひとつだ。パーシヴァルは、バラ庭の隅からランスロットが詰めているだろうもっとも華やかな場所へ足を向けた。

「パーさん、それどこでもらったの?」
 人垣の中から明るい通る声が響いた。ふざけた呼び名を口にする者はひとりしかいない。
「貴様に聞きたいことがある」
 ヴェインの顔を見るなり、パーシヴァルは特に低い声で訊ねた。
「へっ? なんだよ?」
……いや、なんでもない」
「なんか変だな。まあいいけどさ、パーさんもランちゃんのとこに顔出してあげてよ」
「ランスロットは向こうの天幕か?」
 騎士団長であるランスロットの元には貴人や要人、そして婦人方がひっきりなしに顔を出しているのだろう。誰かが適当に助け船をだしてやらないとちっとも休めないが、ヴェインばかりがしょっちゅう声を掛けるわけにもいかない。
 事情はよく分かる。それに聞きたいこともある。
「さっきジークフリートさんが陛下のとこに退出のあいさつにきたんだ。だからさ、ランちゃんも寂しがってると思うんだよ」
 だけど、パーシヴァルが知りたかったことはヴェインがあっさりと教えてくれた。
……その前に飲まないか」
 少しぬるくなってしまったグラスをパーシヴァルはヴェインに差し出した。何も無駄にすることもなかろう。しかし、思いもよらぬ勧めにヴェインは驚いたようで、グラスとパーシヴァルの顔を交互に見るばかりだ。
「えっ」
「要らないなら、いい」
「いやいや、いただきますって!」
 差し出した手を引っ込める前に、ヴェインはグラスを掴むと一思いに傾けた。
「うん、美味いなあ! 今夜は暑いからさ喉が渇いて、酒が進むよな」
 そういったヴェインの頬は少し赤らんでいた。
「副団長ともあろうものが、酒に酔って無様な姿を晒すなよ」
「なんだよ、ジークフリートさんが言ってたんだぜ」
「ジークフリートが?」
「今日みたいな日は酒が進むけど、今夜は良いことがあったから、酔っぱらちまう前に退散したいんだって」
 ふたつめのグラスをヴェインに押し付けると、パーシヴァルはマントを翻した。