恋人たちの肖像

ヴェラン
※モブ視点
※モブがめちゃくちゃ出てくる

 角のパン屋で珍しい人を見たんだ。ラフな格好をしていてもその後姿を見れば、ひとかどの人物だというのがわかる。
 すらっと背筋が伸びて、まったく軽い足取りでその人は店から出てきた。白竜騎士団の若き騎士団長だった。
 俺みたいな末端に属する人間は積極的に声をかけようなんて思いもしないけど、目が合えば挨拶くらいはしようと思っていたんだ。
 でも、すぐに別の人影がやってきて、ランスロット団長と合流したから、その機会は失われてしまった。
 その人影はヴェイン副団長で、別にこれは意外でもなんでもなかった。団長の存在に気がついたその時、俺は同時にこの副団長の姿も自然に探してしまったくらいだ。
 同郷の幼馴染だというこのふたりは誰がどう見たって仲がいい。
 すぐにふたりは仲良く声を掛け合って、隣に並ぶ。団長が手元に持っていた焼き菓子のようなものをちぎると、半分を副団長の口の中に放り込み、もう半分を自分の口の中に収めてしまった。パン屋の女将は若者にご馳走するのが大好きだからおまけでももらったんだろう。
 副団長は「焼き立てだなぁ」と嬉しそうに声をあげた。団長は「そうだな」と同調しながら、副団長の口元についたパンくずを優しく摘まみ取るのだった。眉は優しく下がり、口元は幸福そうに弧を描く。真正面の金髪の男を見つめるその瞳は慈愛に満ちていた。嬉しいとか愛しいとか、そういった気持ちがふたりを取り巻いていた。

 いたたまれない。
 もちろん、騎士団を統率する団長と副団長が恋愛関係にあることが、ではない。そんなのは個人の自由だし、トップの仲が悪いよりは良好な方がいいに決まっている。

 思い出すのは俺の親友のカルミネのことだった。
 そうだ、補給隊のカルミネだ。
 あいつはいいやつなんだ。仕事っぷりはなかなか繊細だが、おおらかで気前が良くて、嘘をつかない。肌は浅黒く、背も高いので、女性から気に入られることも多かったはずだ。
 ただし、カルミネは病的に面食いだったのだ。
 美しければ男も女も基本的には関係ないようで、前団長のファンでもあったようだけど、ランスロット団長に対しては完璧に陶酔していた。
 とはいえ、貴族の出身でもなければ、腕っぷしも凡人の域を出ない俺たちにとって、騎士団の団長といえば雲の上の存在だった。
 だけど、カルミネは健気でもあった。機会があれば遠くから団長を見つめるようにしていたし、前線の人間に会えば団長の活躍を聞きたがった。みんなは揃って「ほどほどにしておけよ」なんて彼に言った。
 もう一度言うが、カルミネはいいやつなんだ。
 多少高嶺の花だって、みんなが彼の恋路を応援したがっただろう。だけど、相手が悪かった。
 カルミネだってバカじゃない。本人もそれがよく分かっていたので、だからひたすら見つめていたんだ。

 このことを当のランスロット団長が知っていたかと言えば、多分答えはノーだろう。
 だけど、ヴェイン副団長は気付いていたはずだ。単純に、副団長の方が補給隊と接する機会が多かったというのもあるが、俺自身が副団長とこんな会話をしたことがある。
 ある日の俺は「どうもカルミネのやつがすみません」と言った。その頃のカルミネはいよいよ恋の病が回りに回って、副団長の前でもお構いなく、団長に懸想する様子を見せていた。
 それでも副団長は他の団員と分け隔てなくカルミネに声を掛けていた。俺ははてに申し訳なくなって、一団員としてもカルミネの親友としても出過ぎたことを口にしまったという訳だ。
 副団長は「カルミネもお前も毎日頑張ってるのに、謝ることなんか何もないだろ」と笑い飛ばした。
 俺は副団長がこのようなことを言ってくれると見越していたんだと思う。副団長が器のでかい男であることは、日々の生活の中で実感を持って知っていた。ましてや、相手はあのランスロット団長だ。カルミネのような信奉者は国中に掃いて捨てるほどいるはずだ。保身を考えたわけじゃないが、笑い飛ばしてくれることを期待していた。大げさに言うと贖罪をしたかったんだと思う。
 俺の予想通り、ヴェイン副団長は笑って許してくれた。だけど、ほんの少しだけ困ったような顔をしていた。
 俺は自身のこの馬鹿な行いをいまだに悔やんでいる。
 副団長の顔を曇らせたそれが嫉妬なのか、また別の感情なのか分からないけれど、目の前にいる生身の男がひとりを愛しているんだということをやっと分かったのだ。そのことにもっと早くに気が付いていれば、他の男が恋人を懸想しているのを許せなんて言えやしなかっただろう。

 このことが、ランスロット団長を見かけると俺の胸の内をセンチメンタルにさせるという訳である。

 団長と副団長が仲睦まじく連れたってパン屋を離れていくと、俺の待ち合わせ相手であるカルミネがひょっこりと顔を出した。隣には知らない顔を連れている。
「待ち合わせ、遅刻だぞ」
「なあ、見たか?」
 俺が文句を言うと、カルミネはあさっての返事をした。
「なにをだよ」
 俺は何のことだか分かっていたが、わざとそう答えた。のぞき見していたと思われたら堪らない。
「ランスロット団長と副団長! あいかわらずだよな」
 彼はにやにやと含みを持った言い方をした。そして、彼は傍らの女性の肩をぎゅっと抱き寄せた。面食いのカルミネらしくなかなかの美人だ。
「俺たちも負けてらんないよなあ」
 そんな軽口に女性はころころと笑って、いかにも嬉しそうにカルミネを見つめる。ちょっと前に同じ種類のものを見た気がする。
 世の恋人たちは幸せそうである。それはもう十分思い知らされた。
「いいから、はやくお前の嫁さんになる人を紹介してくれよ」
 俺はこれ以上見届ける気にもなれず、カルミネにそう言った。

2019.8.3