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ムラタ
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ヴェラン
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メトロステーション、夜の終わり(現パロ)
ヴェラン
※現パロ ↓の続き
白くてすべすべした頬を、古ぼけた白熱灯のオレンジ色が照らしている。
ヴェインは本当に小さな小さな溜息をついた。
今夜、自分たちは一体どうなってしまうんだろうか。
*
初めて来た街だった。
ひとりで昼食を取るならいっそ一番大きな通りに行ってみよう。そんな思いつきで、バスに乗って辿り着いた街の中心地。嘘みたいに人が多かった。空を囲むようにビルがそびえて、おもちゃみたいなビルボードがあちこちでぴかぴかしている。何もかもが目まぐるしい、明るくて楽しい街だ。
ちょっと通りを歩くだけで、街の喧騒が大いに好奇心を満たしてくれたが、それだけじゃ肝心の腹はふくれてこない。わざわざバスに乗ってまで足を運んだのだ、歩いて終わりにしてしまうのは勿体ない。
この通りを渡った先で適当な店に入ってしまおうとヴェインは決心した。けれども、立ち並ぶ店を確認するために顔を上げると、その決心などたちまち頭から吹き飛んでしまった。
黒い髪の人だった。行き交う人々の間から跳ねた襟足が見える。
その人は物慣れたようすで人ごみを縫うように進み、さっさとビルの角へと消えていく。
その後姿は、記憶するすべての知り合いの誰とも似ても似つかなかったのだが、思わずヴェインは大股で一歩踏み出していた。
しかし、人でごった返す通りをやっと渡りきり、お目当てのビルの下まで辿り着いたとき、その後ろ姿はもうどこにも見当たらなくなっていた。
ひどい焦燥が胸を満ちる。
ヴェインは幼いころに時折感じた漠然とした不安を思い出した。それは宇宙にひとり投げ出されたような途方もないさみしさだ。
臆病な子どもだったころは、さみしさに怯えて泣いたこともある。それを両親や祖母たちが心配するから、長らく忘れるように努めていたが、いつだって埋めがたい孤独が胸の底にあった気がする。
急に思い出した孤独に、胸を押さえる。
あの人はどこかの店に入ったのだろうか、ここで待っていればまた通り過ぎるだろうか。そもそも後姿を一目見ただけなのに、もう一度見つけることなんてできるのだろうか。
往来で棒立ちするヴェインに通り過ぎる人が不思議そうな顔をした。きっと今、道に迷った子どものような顔をしているのだろう。いい大人が情けなく思って、人気の少ない方に足を向けると、ビルの影に「それ」を見つけた。赤銅色の外階段だった。
奇妙な予感に従い、どきどきしながらステップを昇っていく。人に埋め尽くされた地上からほんの少し離れ、空が近くなっていくと心が軽くなった。
やっぱり青空の下にその人はいた。
同性の気安さで話しかけるとブルーの瞳は二、三度瞬いて、まっすぐヴェインを見た。それがひどく嬉しかった。おまけに彼の口から聞こえてきたのは、とても親切な提案だった。
言われるまま、二人でまた階段を下っていく。
「ちょっと街から外れるけどいいか?」
後に続くヴェインが階段から降りきると、彼は振り返ってそう訊ねた。
相変わらず、街は華やかで楽しそうに賑やいでいるけれど、何の心残りも感じなかった。
ヴェインが二つ返事で答えると、彼はやっとほほ笑んだ。
街の喧騒から少しだけ離れたところに緑の区画はあり、その穏やかな丘のような公園のほんの入り口に、小さなカフェはあった。
「俺ひとりじゃ一生辿り着けなかったなあ」
「ここの道は分かりやすいんだけどな、無理に覚える必要もないが」
道案内が終わってもランスロットはヴェインと同じテーブルに付いて、チーズケーキを注文した。テラスで昼食を摂っていたランスロットがすぐに帰ってしまうことを危惧していたヴェインはほっとする。
ヴェインは標準的なランチメニューを頼んだが、味はおろか何を食べたかさえあまり覚えていなかった。向かいの席でランスロットが綺麗に作られたケーキを崩して口に運ぶのに意識を取られていたからだ。ただし、ヴェインのそんな視線に気が付いたランスロットが、分け与えてくれたチーズケーキの濃い甘い味は鮮明に思い出せる。
どうにかまた会いたいと願って「ここにはよく来るの?」と平凡な質問をしてみた。しかしランスロットは「初めて来た」とさっぱりと答えた。
その返事には随分がっかりさせられたが、食事を終えるころには今晩また会う約束を自然に取り付けていた。
午後はランスロットのことだけ考えて過ごした。他のことは一切考えられなかったという方が正しい。
ヴェインは自分の身の内に沸き起こった感情に戸惑っていた。まるで激しい恋に一瞬にして落ちてしまったようだ。しかし、それは荒々しい激情ではなかった。
ランスロットに対して感じるのは、お気に入りのシャツに腕を通した時のような、実家の庭に咲く小バラを見た時のような、好きな歌の一節のような、そんな無限の慕わしい気持ちだ。
だから、同性ということを差し引いても恋愛感情とは違うように思える。生き別れの兄弟とでも言われた方がしっくりくる。田舎の両親の顔を思い出してみるが、心当たりはまるでない。はっきりしているのは、とにかくまた会いたいと熱望していることだけで、オフィスの壁掛け時計がいやに目についた。
夜が更けて、数時間ぶりに再会した彼が連れていってくれたのは、ちょっと古い店構えの普通のレストランだった。平日にしてはえらく盛況だった。ヴェイン達が席に着いたすぐあとに、テーブルは満席になった。
提供された料理の味は悪くないが、メニューは少ない。この通りにも裏の通りにもびっしりと店が並んでいる中で、どうしてここだけ賑わっているのだろうか。けれども、ヴェインにとって、繁盛の秘密などは些細なことだった。
メニューを聞きに来たウェイトレスがランスロットを一目見て、その頬をピンク色に染め上げた。繁盛の秘密より、ランスロットが普段どのくらいモテるかの方が気になってくる。
「この店は有名な映画の舞台になった店なんだ」
しかし、ランスロットは穏やかな顔でそう教えてくれた。
「だからこんなに賑わってるんだ」
彼が口にしたのは古いけれど、誰でも知っているようなタイトルだった。そう言われたならば、店の顔と思えるタイル張りの壁などはとても印象的な気がする。
いまいち有難味がないのはヴェインがそのタイトルを見たことがないからだ。見る機会はあったはずだ。だから、ランスロットの厚意に対して、少しばかり申し訳なく思う。
「俺がこの街に来たばかりの時も、職場の人が連れてきてくれたんだ
……
けど、俺はその映画は見たことがなくて。結局今日まで見もしなかったな」
「実はさ、俺も見てない」
お互いに白状し合った後は、顔を見合わせて笑った。
「これ食べたら移動するか」
ランスロットが愉快そうに言った。店にますます人は増えている。この席は価値の分かる人に譲った方が良さそうだ。だから、ヴェインは「うん」と短く賛成を唱えた。
腕時計をそっと見る。あと幾らもしないで日付が変わってしまう。もうすぐこの夜は終わってしまうだろう。
レストランから出た後は、手近なところで次の店に入った。ふたりで決めた平凡なバーだった。客の入りはまあまあだったが、テーブルがゆったり配置されているせいで閑散とした雰囲気すらあった。
ヴェインが時計を気にするようになったのは、そんな店から更に人の気配が減っていったからだ。すでに近くのテーブルには誰も腰かけていなかった。
ヴェインの宿泊地はここから一駅分、歩いても問題ない距離だ。
ランスロットはバスを使うと言っていたから、彼の住んでいる場所もそう遠くないのだろう。その証拠にランスロットは時間を気にするそぶりもなく、ヴェインの話をとにかく聞きたがっている。
あとどのくらいの猶予がある?彼はいつまでそこにいてくれるつもりだろうか。もしも、夜通し付き合ってくれるつもりだったら?
通りにモーテルの看板が出ていたことを思い出して、頬がぱっと熱くなる。
兄弟みたいな親しみを覚えているのは嘘ではないけれど、一緒にいればいるほど、二人の距離がもどかしくなって、もっと近づきたくなってしまう。
黒い髪に指を通してその感触を確かめてみたい。シャツの下の肌の匂いを嗅いでみたい。浅はかな考えは止まらない。
「ヴェイン、大丈夫か?」
ぼんやりし始めたヴェインの顔色を、ランスロットが覗き込んだ。
「酔っちまったか?」
「いいや、大丈夫だけど」
知られたくないようことを考えていたヴェインはぎょっとする。
「ヴェイン、出よう。送っていくよ」
ランスロットはそんな薄っぺらい返事は耳に入ってないようだ。今にでも立ち上がりそうだ。
「えっ、いいってば、俺本当に大丈夫だし、そんなことしてたらランちゃんが帰れなくなっちゃうよ」
「帰れなくなるって、ああ、そうだな
……
ここはでかい街だろ。メトロもバスも朝まで動いているんだ」
だから、何も心配するなよとランスロットが言うのを、ヴェインは目を丸くして聞いた。
「
……
そっか、ははは、そうだよな」
都会の都合を失念していたようだ。ふわふわと甘い幻想を持ち始めたところから、一気に酔いがさめた心地がする。
「あのさ、ヴェイン」
ランスロットはおもむろにヴェインの名前を呼んだ。
だけど、その薄い唇は戦慄くだけで、二の句はなかなか聞こえてこなかった。
「
……
ヴェインは、しばらくこっちにいるんだろ?」
たっぷりふた呼吸分あけて彼はそう訊ねた。自信の無さそうな言い方が、彼が次に何を言いたいのかは伝えてくる。
声に出さなければ息もできないような苦しさが喉に詰まって、彼が言い出すのを待つこともできず、ヴェインが先に口を開いた。
「俺、明日もランちゃんに会いたい」
「明日もって、
……
本当に?」
ヴェインがこくこくと必死に頷くと、ランスロットの表情がみるみる変わった。眉が切なそうに寄せられて、優しい声が「明日も会えるんだな」と言う。
気が付けば机の上に置かれた白い手にヴェインは自分のものを重ねていた。はじめて触れた肌は、予想していた通り少しひんやりとしていた。
2019.2.5
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