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ムラタ
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ヴェラン
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世界の果て、ランチタイム(現パロ)
ヴェラン
※現パロ
今日もせっせと革靴の底をすり減らしながら、ランスロットは通りを歩いていた。
キュッキュッと悲鳴のような音が鳴り始めたらいよいよ取り換えなくてはならないが、繁華街の雑音はけたたましく、きっとその断末魔は耳には届かないだろう。ランスロットが今渡っているのは、ちっとやそっとの繁華街ではなかった。誰もが名前を知っている世界都市の中心地だ。
さまざまな人種が職を求め、観光に訪れ、おびただしい数の人間がいつもそこには集まっていた。人垣の間からけばけばしい色のタクシーが見えたときに、そこに車道があるのだとやっと分かるくらいだ。車も人と同じく列をなしてちんたらと進み、好き勝手にエンジン音と排気ガスをまき散らしている。
観光客が多いからしつこい客引きもそこら中にいるが、いかにも現地の勤め人らしいランスロットに声をかける者はいない。
縫うように喧騒を通り過ぎ、いつもの角をまがった。お目当ては、ビルの脇に設けられた赤銅色の外階段だった。
昼食と飲み物で両手が塞がったランスロットは階段の手すりを使うことなく、軽快にステップを踏んでいく。脚を上げるたびにアルミ製の階段はカタンカタンと音を立てた。
そうして階段を登り切った先には、ランスロットの目的地であるテラスが広がっていた。
ビルから少しだけ突き出して造られているそこは、誰でも使うことができる公共のスペースなのにいつも閑散としている。階段を登らねばならないのがネックなのだろうか。
今日も昼飯時だと言うのに、先客は一組しかいなかった。パラソルの下で観光客のカップルが身を寄せ合って、何をするでもなく幸福そうに笑っている。
ランスロットが腰かけたのは、パラソルがついているような気が利いた席ではなく、通りに面したベンチだった。テーブルも備えついていないから、観光客が巨大な交差点を見下ろすためだけに作られたのだろう。そこに座れば、何の障壁もなく人の往来が一望できた。
少し顔を上げれば、交差点を大写しにした巨大な液晶がビルの外壁に掲げられていて、人探しにはこれ以上の場所はないように思わせた。
行きかう人々を見下ろしながら、ランスロットはようやく昼食に取り掛かった。
ビルボードとネオンでピカピカに装飾されたビルがぐるりと囲んだ区画の中を、さざめく人波が自由気ままに往くのがよく見える。
同僚に、よくもあんな猥雑でほこりっぽい場所に腰かけて、食事をしようなどと思うものだと言われたこともある。会社から少し歩けば緑の多い気持ちのいい公園もあるのに、そこでもっとましなものを腹に入れろ、と彼らは言うのだ。
ランスロットが手にする白い紙のトレーには近くの店で買ったピザが1ピース乗っていた。薄い生地にトマトソースとペパロニが乗ったそれは味が濃くて腹を満たしてくれる。皆は口を揃えて炭水化物と塩分と油分の塊を悪く言うけれど、隣の席がぽっかりと空いていれば何を食べたってそんなに違いはない。それがランスロットの考えだった。
機械的に手と口を動かして、質素なピザを半分くらい咀嚼した頃合いだった。液晶のモニターにふわふわした金色が通り過ぎていくのが映し出されたのを、ランスロットは見逃さなかった。
映像は一瞬で入れ替わりすぐに見失ってしまったが、その影は行きかう人々の中で頭一つ背が高いようにも見えた。
期待に心臓が大きく跳ねる。
ランスロットは慌てて立ち上がり、身を乗り出して往来を覗いた。端から端まで目を凝らして、人ごみの中をするどく観察する。
後ろのカップルたちもランスロットの異変に気が付くと、通りの様子を気にし始めた。しかし、通りは平凡に人に溢れかえっているだけで、彼らの期待するような事件や催しは何もなかった。きっとがっかりしたことだろう。
そして、ようやく見つけ出した柔らかな金色の持ち主は、父親に負ぶわれている子どもだった。ふわふわと揺れる後ろ髪は、まるでぬいぐるみのようだ。ランスロットの探し人とはあまりにも異なっていた。
自分の間違いに気が付いたランスロットは、溜息を漏らす代わりに傍らの紙コップを手に取ってそれに口を付けた。中身は甘いコーヒーだったが、それもすっかりぬるくなっていた。
この手の小さな失望にはすっかり慣れきってしまっていた。胸が痛む感覚を忘れた代わりに、重苦しい疲労がどんどん溜まっていく。
彼がこの街に立ち寄ると言う保証はどこにもない。かといって、暇を見つけては訪ね歩いた先々で彼の手掛かりとなるようなものを見つけられたためしもない。
果てしない空に浮かぶたったひとつの星を、どうやって見つければいいのだろうか。
おまけに高いビルに四方を囲まれた狭い空はスモッグに曇っていて、あの時見えていた空とはあまりにも違った。
こんな甲斐のない昼食は今日かぎりにした方が良いのかもしれない。
さっさと食事を終えて引き上げようと振り返ると、ちょうど誰かが階段を登ってくるところだった。
そして太い腕で手すりを掴んで現れたのは若い男だった。ランスロットと同じくらいか少し若いくらいに見える。
「ねえ」
そして、聞き馴染みのある声でランスロットに話しかけた。それがあんまり気安い様子だから、遠い昔のことを、ランスロットのことを彼も覚えているのだとそう思ったのだ。
「それ、どこの店で買ったの?」
しかし、彼が指さしたのはランスロットの傍らに放っておかれた白いトレーだった。
声だけではなく、その指先までがランスロットの記憶の中にある姿かたちと少しも違わないのに、久しぶりの再会に彼は気づかないらしい。
「俺、昼飯の場所探してるんだけど」
何も言葉を返さないランスロットに、彼はますます人懐こそうな笑みを深めた。それを見つめているだけで泣き出してしまいたい気分になる。
「なんだ、人を待っていたのね」と人の良さそうな声が後ろから聞こえてきた。カップルの女性の方らしかった。待っていたなんてとんでもない、ずっと探して求めていたんだ。
「昼飯ならもっと良いところがあるんだ」
ランスロットは、初めてあの公園を目指そうという気持ちになった。「案内するよ」と短く誘えば、快活な礼が返って来た。
まるで古くからの知り合いのように二人は連れ立ってアルミの階段をくだっていく。
二人分の足音がカタンカタンと心地よく騒がしい街に響いていった。
2018.9
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