それに触れるとくすぐったくって

ヴェラン

 雨の降りしきる休日の朝にヴェインの幼馴染はやってきた。
 雨の日くらい読み物をするかと気まぐれに思い、分厚い本を引っ張りだしたところだったから、意外な勉強家ぶりにランスロットを驚かすのではないかと無邪気にドアを開けたものだった。
 しかし、木枠の向こうから、外套についた雨粒を払う彼に「床を貸してくれ」と言われたので、ヴェインの方が驚いてしまった。
 大した家具も置いていないヴェインの部屋では床は余っているというのに、彼の部屋の床は姿を見せなくなってしまったらしい。
 彼の部屋を今すぐ救ってやりたい気もするが、雨音は一層激しくなり、掃除向きの天気とは言えそうになかった。午後は少しでも晴れ間を見せてくれたらいいのに。
「ベッドの上は?」と一応聞けば、「あまり平らなところがない」と真面目な答えがかえってきた。
徹底していると感心するやら、不憫に思うやらで、それ以上何も言えずヴェインはランスロットに床を貸し出すことにした。
 ヴェインの部屋の床を借り受けたランスロットは、うつ伏せに両手をついて肘を曲げ伸ばしし始めた。つまり腕立て伏せだ。小さな頭が規則的に上下して、黒い髪が揺れている。
 目の前の本には全く集中できなくなってしまったヴェインは、木の椅子に腰掛けながらそのきびきびした動きを見守ることにした。しかし、どうも落ち着かない。
「それ、くすぐったくないの?」
「それって?」
 ヴェインの質問にランスロットは運動を止めた。息はちっともあがっていない。
「髪の毛」
 首をかしげるランスロットに、ヴェインは首元に手を当ててみせた。刈り上げているヴェインの首元は覆うものがなくてさっぱりとしている。
「いや、特に……もしかして、見苦しいか?」
 ランスロットは首を小さく振った後に、少しバツが悪そうに頭をかいた。たしかによく見れば襟足がいつもより伸びているので散髪をサボっているのかもしれない。
 いつもくらいの長さの方がランスロットらしい気がして好ましいが、髪が伸びているのも大人っぽくてどきどきする。でもそう伝えてしまう度胸はまだない。
「そうじゃないよ。ランちゃんの髪、ふわふわしてるから、首に当たるとくすぐったそうだろ?」
 ヴェインの言葉に、床に座り込んでいたランスロットはすくっと立ち上がった。
 鍛錬はもういいのかなとも思ったが、半分くらいヴェインの顔を見に来るための方便だろうとも知っていた。
 それから、ランスロットはヴェインの木椅子に無理やり腰掛けた。
 少し場所を譲ってやると、体をぴったりくっつけて、その頭をヴェインの肩に預けた。ばさりと黒い髪がヴェインの首や肩にかかる。
「くすぐったいか?」
 子どもみたいな、いたずらっぽい質問だった。
「うーん」
 そのふわふわした髪が好きだとか、もっと近くに来てほしいとか、どきどきしているとか、そんな気持ちを全部織り交ぜて「くすぐったいかも」とヴェインは答えた。

2018.9