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ムラタ
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ヴェラン
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兄の言い分
うっすらヴェラン
航行中の騎空艇に招かざる客は珍しくない。
運悪く魔物の住処に鼻を突っ込むこともあるし、風に乗って闖入者が紛れ込むこともある。
例にならって、今日も十数匹の小さな群れがグランサイファーの甲板を占領していた。
群れには指揮をとる頭領がいるらしく、獰猛で大きな魔物が前衛を担い、後衛は回復魔法や足止めの魔法を使って、なかなか小賢しく立ち回っている。
パーシヴァルとヴェインが一番大きなワイバーンを倒すと、ランスロットがその大きな躯を飛び越えて前に出た。司令塔となる魔物を倒すためだ。
すると、今までどこに隠れていたのか、灰色のかたまりが突如現れてランスロットの進路を塞いだ。鋭い牙を剥き出しに威嚇の咆哮をあげるそれは四足の魔物だった。
パーシヴァルはその奇妙さにすぐに気が付いた。三人の前に躍り出た灰色の四足は、平原を住処にするものだ。その証拠に空を往く翼は生えていない。
パーシヴァルは向かってくる鳥型の魔物を薙ぎ払いながら考え直した。
あれは擬態する魔物ではないだろうか。めずらしいが、全く見かけない手合いではない。
力の弱い精霊が、獰猛な魔物の姿を借りているだけだ。本物のように強靭な顎も鋭い牙も持ち合せていない。つまり全ては見掛け倒しだ。
四足はそれらしく地面を前足で掻いて見せると、ランスロットに飛びかかる。立ち上がればランスロットよりも背丈が高くなるはずだ。見掛け倒しでもその巨躯に並みの者なら逃げ出したくなるだろう。けれども、熟練の者には的が大きく見えるだけだ。
その後の顛末をパーシヴァルは目にしていない。残りの魔物の始末に専念したからだ。
そのうちに「あっ」という声が響いて、振り返れば声の主であるヴェインが灰色の魔物の足を逆さまに掴まえて、船の外にぶん投げていた。
ランスロットはその隣で痛みを散らすように右手を振っている。パーシヴァルは訝しむように二人を見た。
投げ飛ばされた魔物がとうとう戻ってくることはなかった。
ランスロットの手甲の下は赤黒く内出血していた。魔物に食いつかれて手甲も微かに変形している。魔物が本物の牙を持っていたなら骨ごと砕けていただろう。
ヴェインはすかさずヒールの術を使える者を呼んでこようと言い出したが、名誉の負傷と言えないランスロットはそれを差し止めた。パーシヴァルも同じ立場なら、そうするだろう。
ならば、せめてよく効く湿布をもらってくると言い残したヴェインは、勢いよく船室に下って行った。薬師たちの部屋を訪ねるつもりだろう。
残されたランスロットはその後姿をすっかり見送ってしまうと、明後日の方を見ながらぽつりと話し始めた。
周りを見渡さなくとも、この広い空の下にはパーシヴァルと魔物の屍しかいない。
「子どもの時、本物の方にヴェインが襲われたんだ」
「
……
噛まれたのか?」
出し抜けに何を言い出すかと思ったが、子どもの柔い肌にあの鋭い牙が突き刺さったのであればむごたらしいことだ。パーシヴァルは微かに眉根を寄せた。
「いや、引きずり倒されて膝を擦っていたな。そのあと追っ払ったが俺がついていたのに怖い思いさせちまった」
曰く、幼いランスロットが持っていた松明で横っ腹を殴りつけると、魔物はキャウンと情けない声を上げて逃げていったらしい。それから、偽物はキャウンとは鳴かないんだなと益もないことをぼんやりと言った。
ランスロットたちのよく言えば牧歌的な、ありのままに言えば粗野な思い出話はパーシヴァルの持つものとあまりにも違う。パーシヴァルの眉間に刻まれたしわが深くなる。
「しばらくヴェインもあの魔物は苦手にしていたみたいなんだが」
「だが、先ほど駄犬はしっかり掴んで投げ飛ばしていたぞ
……
待て、あいつ完全にジークフリートに影響されているな」
魔物をそのまま掴みにいくような非常識な真似はどうなんだと言おうとしたところで、その直感的な動きに見覚えがあることに気がついた。
「そりゃそうだろ、あんなもん怖がったりしないさ」
しかし、ランスロットは気のない返事をするばかりだった。
「つまり、お前が苦手にしているという話か」
パーシヴァルが呆れて言うと、ランスロットは力なく首を横に振った。
「あの時のヴェインの泣き顔が忘れられないんだよなあ」
はあ、とランスロットがわざとらしく溜息をついた。
その時だ。パーシヴァルの身に空恐ろしいことが起きた。脳裏に何故だか兄たちの顔がよぎったのだった。
「上の者はいつまで昔のことを持ち出すつもりなんだ」
パーシヴァルにしては語尾のはっきりしない言葉が漏れ出た。思わず顎に手を添える。本意の言葉ではなかったからだ。ランスロットの感傷にひきずられたのかと思うと、胸のあたりがぞわぞわする。
「今何か言ったか?」
けれども、はっきりとしない声は吹きさらす風のせいでランスロットの耳には届かなかったらしい。二人の間でほこりっぽい風がむなしく通り抜けていく。
その空疎な一瞬の間にパーシヴァルは想像した。湿布の束を掴んだヴェインが、犬のようにばたばたと駆け寄って来る姿だ。その甲斐甲斐しさをほんの少しでも不憫に思ってしまったのは気の迷いとしか言いようがなかった。
その気の迷いから生まれた言葉を、今度こそパーシヴァルははっきり告げた。
「そんなくだらないことは、はやく忘れろと言ったんだ」
しかし、甲板に響き出した足音に気を取られたランスロットは、パーシヴァルの忠告についに返事をしないのだった。
2018.6
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