名物に美味いものなし

うっすらヴェラン

 宿屋の前でグラン達は人を待っていた。
 石畳を照らす夕日は燃えるように赤い。つまり、そろそろ夕食の頃合いということだ。隣に立つルリアは期待に鳴きはじめたお腹をさすっている。そのしぐさに思わず笑みが零れたが、これ以上待たせるのは少し可哀想でもある。
「そう簡単に捕まらないよね」
 この場にいない顔ぶれを思って呟けば、ヴェインとランスロットも同意を示して頷いた。
 私服の二人は鎧の時とは見違えるように街に溶け込んでいるが、女性が必ず振り返るので段々居心地が悪くなってくる。
 この広い空で豪華絢爛の都も、鄙びた村も一通り見てきたが、今回立ち寄った街は騎空艇が発着する港としては普通くらいの規模だった。居並ぶ商家こそ古めかしいが、騎空士相手にたくましく商売をしようとする活気がある。
 なにしろ宿屋も食事処もたくさんあって困ることがない。宿や食事の確保に苦心しないというのは旅の上で素晴らしいことだ。
 そして、この街に屈指の名物料理があるのだと言ったのは、待ち合わせの場に未だ顔を見せないジークフリートその人だった。
 買い出し先で、店の女将に教わったらしい。丁寧にも食堂の場所が分かる詳しい地図まで手渡されている。ひときわ親切な女将さんだったのかもしれないが、きっとそれだけじゃないだろう。
 しかし、肝心の彼は「少し出てくる」とパーシヴァルに地図を託したきりいなくなってしまった。止めきれなかったパーシヴァルはその後を追って行った。それを見送った後にヴェインやランスロット達と合流して今に至るというわけだ。

「二人ともすぐに来ますよ、そしたらすぐにお店に向かいましょう!」
 この場で食事を一番楽しみにしているのはルリアだが、健気にいつまでもパーシヴァル達を待つつもりらしい。
「名物って魚のぶつ切りスープだろ?どんなもんだろ」
 不安そうな声をあげたのは、二番目に楽しみにしているであろうヴェインだった。
「アウギュステで食べたのは美味かっただろ」
「でも、ここは海が近くないからなあ」
 ヴェインの心配事はグランにもよく分かる。海辺の新鮮な魚料理は格別だから、比べてしまうとがっかりしてしまうかもしれない。
「あんまり期待すんなよ。名物に美味いものなしって言うだろ」
 グランの頭の上でくたびれていたビィがいつもの口の悪さを発揮した。
「大丈夫だよ、必ず美味しいスープにありつけるさ」
 あからさまに顔色を悪くしたヴェインとルリアを、にこにこと慰めたのはランスロットだった。
 美味しいスープと言い切ったのがただの気休めの言葉には聞こえなかったので、グランは思わず聞き返してしまったのだ。でも、それは余計な質問だった。
「ランスロットも料理のこと何か聞いたの?」
「いや、俺は聞いてないけど……
「けど?」
「ヴェインと一緒に食べて美味くなかったものはないからな」
 ランスロットは何でもないことのように、けれども自信満々に言った。対するヴェインも照れるでもなく呆れるでもなく笑顔で同意している。
 多分ランスロットは、身近な人間と囲む食事は美味しいものだと、こう言っているのだ。旅の中で幾度となく団員達と食事を囲んできたグランには、それが本当のことであると知っている。知っているけれども……
「揃いも揃って、どうしてこうなんだ」
「あ、おかえり」
 かけるべき言葉を探しているグランの隣から、どっと疲れた声が聞こえた。その声はジークフリートの捕獲に失敗したらしいパーシヴァルのものだった。
 ジークフリートが簡単に捕まらないのは分かりきったことなので、先ほどのやり取りが彼を疲労させたのだろう。
「お前らには付き合いきれん、食事に行くぞ」
 その証拠に、ルリアとグランだけを促してさっさと食堂の方向へ歩き出してしまった。くるりと振り返るとヴェインとランスロットは二人でまだ何か話をしている。
 ルリアに目配せすると、その丸い瞳が「お邪魔しちゃいけないですから」と言った気がした。グランはひとつ頷いてもう何も言わなかった。



 それは豪快な魚の切り身のスープだった。皿の底には貝や海老が沈み、すこし不格好に香草が散らされている。漁師風と言えるのかもしれない。
 見た目は洗練されているとはとても言い難いが、その黄金色のスープは街の名物を背負って立つだけの味がある。
 そんなスープを一口さらうごとに三人と一匹は顔色を変えた。スープが美味しければ美味しいだけ、この場にいない三人のことが気に掛かってくるのだ。
「ランスロットさん達、今頃どうしてるでしょうか」
 スプーンを構えながら、ルリアがしおしおと言った。食事を前にして元気のないルリアは見ていられない。
「ジークフリートとランスロットには店の場所も分かるはずだ。来たければ来るだろう」
 そう言いながら、パーシヴァルも食事の手を止め、何事か考えはじめてしまった。
 そうして、すっかり暗くなってしまったテーブルを打破するべくグランが声を上げようとしたその時、彼はやってきたのだった。
「遅くなってすまなかった」
 少しだけ食堂内をざわめかせながら、ジークフリートは現れた。
 珍しく私服だったけれど、いつもの大剣を携えていたので道すがらそれなりに何かがあったのかもしれない。
 いきさつを聞き出してやりたい気もしたが、今はそれどころではない。グランはさっさと席を立ち、ジークフリートに譲ろうとした。
「じゃあ、僕はランスロットとヴェインを探しに行ってくるよ! デザートまでには帰るから!」
「ランスロット達を探しているのか?」
「うん、もしかして途中で見かけた?」
「ああ、通りで二人を見かけたが、」
 グランの質問にジークフリートは少しだけ口ごもったが、とても些細な変化なのでグランはそのことに気が付かなかったのだ。
「声は掛けなかったの?」
……あまりにも幸福そうだったから、声は掛けなかったんだ」
 ジークフリートが困ったように笑うのを、グランらは茫然と見つめていた。

2018.6