Parade

はじめて書いたヴェラン

 城下の石畳を子どもたちが駆け抜けて、その笑い声が天高い空へと響く。
 子どもだけではない。老いも若きも男も女も関係なく、皆が浮かれ笑い往来を行き交い、広場を賑わせる。家々や商店に飾り付けられた色とりどりの旗が揺らめいて、楽団はさぞ愉快に音を鳴らす。甘い芳香は出店で売られている焼き菓子からするのだろうか。
 フェードラッヘの王都を、こんなにも賑やかせていたのは観兵式(パレード)だった。
 人も物資も潤沢で、権勢ある王都の華やかさとは比べるべくもないのだが、ランスロットは故郷の村で行われた祭りを思い出して目を細めた。それから、相棒を探しにさらにもう一歩石畳を蹴りだした。



 イザベラによって動乱に陥れられた国家は、人々の地道な積み重ねによって漸くの安寧を得た。此度の観兵式は、近隣国への牽制や国民の理解を得るために行われる重要行事だ。そんな中、城下を一人で気楽にふらりと立ち歩く己に、ランスロットは奇妙な気持ちがしていた。
 なにせ観兵式のすべての責任者たるランスロットは、何か月もの間この準備に掛かりきりだった。それでも、当日を迎えてしまえばあっという間で、閲兵や騎士たちの剣舞などの主要の行事は昨日の内につつがなく済んでしまった。
 明日には御前において若い騎士たちによる騎馬試合が行われる。ランスロットは王の隣に控え、若い騎士たちに訓示を行う重要な役目もある。しかし、そちらの準備も優秀な部下たちが午前中の間に済ませてしまったので、束の間の休息を得たというわけだ。

 忙しさにかまけて食事もおろそかにしていたランスロットに、気の利いた従騎士がサンドイッチを包んでくれた。素朴なそれは、よく顔を知った古株のキッチンメイドが作ってくれたのだと言う。
 彼は年若く溌剌としているのに、こうした細やかな気遣いがどこか家庭的で誰かを彷彿とさせた。数年もすれば、きっといい騎士になる。そして、いい男に成長するだろう。
 苦い記憶から晩餐会でもろくに飲食をしていなかったのが祟って、美味しそうなサンドイッチを前に腹の虫がうずきだした。かごに載ったサンドイッチはたっぷり二人分ある。気の利く若い従騎士の彼はにっこり笑ってこう言った。
「副団長は団員の家族に挨拶してくると城下に降りられたようです」
 なにせあの幼馴染は体格に見合ってよく食べるというのに、副団長という肩書からランスロット同じくらい食事も片手間になるくらいには忙殺されていた。ならば、今度は己が気を利かせる番だろう。

 そうして大きなバスケットを手に城下に降りたのだが、市井を自由に歩くにはランスロットは少し目立ちすぎてしまうようだった。昨日は閲兵の先頭を騎行してまわったのだから無理もない話だ。
 気休め程度に鎧を脱いでローブを掛けてきたが、人々からちらりちらりとひっきりなしに視線を送られる。昔から良くも悪くも衆目を集めるのに慣れていたランスロットだが、すこし息が詰まり、そっと街の路地裏に身を隠した。
 そうして入った路地裏には人々の喧騒にうんざりした猫たちがまどろんでいた。猫たちは闖入者であるランスロットを揃って一瞥したが、すぐに興味を失ったようにそっぽを向いてしまった。猫のつれない態度が今ばかりは心地がよい。
「なあ、ヴェインを見てないか? そんなに遠くには行ってないと思うのだけど」
 ランスロットの問いに猫は返事をくれはしない。しっぽも垂れ下がったままだ。そのかわり、ランスロットの耳は別のものを捉えた。密やかに聞こえるのは誰かが会話を交わす声だ。声の持ち主は間違いなくランスロットの探し人だった。
 その聞きなれた快活な声のする方向へ、そのまま歩みを進める。大通りから路地裏を抜けると、小さな通りにつながっている。裏通りと言えここは王都なのだから商店もいくつか揃っているが、祭りに華やいでいる大通りと比べると寂しいものだ。彼はこんなところで何をしているのだろうか。もっとも彼はいつもランスロットの想像もつかない場所にいる。昔からそうなのだ。
 そうして、建物の影と影の間を抜けたところでランスロットは思いがけないものを見た。やはり探し人はそこにいて、それから、彼は女性と親密そうに会話を交わしていた。
 たっぷりとしたブルネットの長い髪を腰まで垂らした美しい人だった。痩身のその人は、ヴェインよりも幼く見える。王都で積極的にランスロットに声をかけてくる女性たちよりも、楚々とした雰囲気でヴェインによく似合っているような気もする。
 確かにランスロットはヴェインを探していたが、こんな風に秘密を暴くつもりはなかった。すぐにこの場から引き返すのが礼儀だとも思ったが、縫い付けられたように体は動かない。親友の秘めごとに雷を浴びたような衝撃があった。それから、子どもみたいな寂しい気持ちが滲んできたが、同時にこんな裏通りで密かに女性と語り合う幼馴染が哀れにも思えた。副団長という肩書があっては大っぴらに女性と交際もできないのだろう。
 ヴェインが何も言ってこないのであれば、今見たことはすべて忘れよう。そう心に決めて、元来た道を戻ろうとやっと踵を返したその刹那。よく通る明るい声がいつものように「ランちゃん」と呼ぶのだった。

「ランちゃん!もしかして俺を探しに来てくれたのか?」
「ヴェイン、人前でランちゃんはやめてくれと……いや、そちらの方と話し中だったのだろう。俺は失礼する」
「いやいや、ランちゃんが来てくれて丁度よかったよ」
 話しかけられては今更無視することもできない。気まずい思いをしながらもヴェインの傍らの女性にも、ランスロットが会釈をする。すると女性は飛び跳ねて、ヴェインの影へと回った。随分仲のいいことだと感心するのと、見知らぬ男がやってきて怯えさせてしまったかと申し訳なく思うのと半々の気持ちでいると、やがて女性はか細い声をあげた。
「お、お久しぶりです」
 それはランスロットにとって予想外の言葉だった。しかし、それだけを言うと、女性はランスロットの返事も待たずに、彼が今やって来た道へとスカートを翻して消えていくではないか。
「おー、相変わらずだな」
「追わなくていいのか」
 呆気に取られていたが、若い女性を一人にさせてしまったことに気づき、慌てて隣の幼馴染を振り返ると何とも呑気な返事が返ってきた。
「大丈夫だって、向こうは大通りだろ。それよりランちゃん昼飯食べた?」
 腹をさする幼馴染に、ランスロットは手にもつサンドイッチのかごを半ば反射的に差し出した。聞きたいことはたくさんあったのだが、歓声を上げたヴェインがランスロットの手を引いて歩きだしてしまったのでうまくいかなかった。



 結局ヴェインの顔なじみだというカフェの一角を借りて、二人は遅い昼食にありついた。持ち込んだサンドイッチの他にもいろいろ注文すれば店主は嫌な顔一つしなかった。式の最中、目立ちすぎる二人のためにパーテーションで目隠しまで作ってくれたサービスの良さだ。また来たいと思うほどには淹れたてのコーヒーは香り高く美味い。

「本当にあの女性を一人にしてよかったのか?」
「うん、すぐそこに旦那もいたからな」
 かの女性は人妻だったらしい。分からないことだらけだが、どうやら自分は少しだけ恥ずかしい勘違いをしていたらしい。ランスロットが眉根を寄せると、ヴェインが小さく笑った。
「ランちゃん、さっきの子が誰だか分からないんだろう?」
……見覚えがあるような気もしてきたが」
 ランスロットが記憶を必死に手繰り寄せると、あの豊かなブルネットをどこかで見たように思えてきた。諸国遊学の際にはたくさんの人との出会いがあったし、白竜騎士団団長として日々多くの人と顔を合わせて仕事をしている。物覚えは悪い方ではないという自負があるが、先ほどの女性の心当たりにこれといった確信は持てなかった。ヴェインはにこにこしながら、すぐに答えを教えてくれた。
「村の三姉妹の末っ子だよ。大きな丸窓の家、覚えてるだろ?」
 正解はランスロットの記憶の中でも古いところにあったらしい。
……なるほど、言われていれば昔のおかみさんにそっくりだ」
「あーあー可哀想に。すっかり忘れていたな。三姉妹揃ってランちゃんのファンだったって言うのに」
「そうだったか?」
 一番上の姉さんはランスロットより幾分年上で優しくしてくれた覚えもあるが、すぐによその村に嫁いで行ったので馴染みは薄かった。真ん中の姉さんはランスロットの一つ年上で聡明な女の子だった。村での評判も良かったが、とにかく大人しくて口を聞いたのは数える程度だ。末っ子である先ほどの彼女はヴェインより年下だというのは知っているが、それ以外のことは覚えが薄い。何せランスロットが村を出たときには彼女はまだほんの小さな子どもだった。髪もやっとおさげに結えるくらいの短さだった。
「そうだよ。今回もランちゃんを一目見たいってわざわざ王都まで来たってさ」
「いや、でも、お前さっき旦那がいるって」
「そうそう、部隊に隣村出身のやつがいるだろ?あいつの嫁さんになったんだよ」
 確かにヴェインの隊には故郷の近い者がいて、直属ではないが親近感からランスロットも何度か会話をしたことがある。付き合いの長い恋人と結婚したと彼は確かに話していたことを思い出して、ようやくランスロットの中で話と話がおぼろげながらに繋がった。
 『俺達、先を越されちゃったなー』などと冗談めかして笑うヴェインの顔を、ランスロットはまじまじと見つめた。女の子の髪があんなに伸びるほどに時間がたったのだ。つむじが見えていたふわふわ頭は変わらないが、気づけばすこしだけ見上げる位置になった。子犬みたいに可愛かった幼馴染はこんなに立派になって、凛々しい大人の男の顔を見せてている。
「お前が女だったら、俺達とっくに所帯持ってたな」
 それからぽつりと零れでた呟きは、何でもない独り言のようなものだった。
「はあ?俺、男なんですけど?」
 それなのに、ヴェインは耳まで真っ赤にして反論したので、ランスロットはおやと思った。
「だから女だったらって言っただろ」
「いや、仮に俺が女だったとしても、それは俺だろ?ランちゃんは俺と結婚する気なのかよ」
「じゃあ、ヴェインは俺じゃなくて別の男を選ぶつもりなのか?それこそちょっと酷いだろ」
 少しだけ意地悪な言葉が口を出る。ヴェインの言葉に不思議と反感を覚えたのだ。
「いや、絶対そんなことはないだろうけどははは、俺が女だったら国中のご婦人方に妬まれていたわけだ」
「どうして?」
「幼馴染だからってそんなにあっさりと白竜騎士団の団長様を捕まえるなんて」
「別に幼馴染だから結婚する訳じゃないだろ。ヴェインがいい奴でずっと一緒にいたいから結婚するんだろ」
 自分の言葉にランスロットの中ですとんと何かが胸に落ちた。晴れやかな気持ちで隣の幼馴染を見ると、複雑そうな表情を浮かべている。
「ランちゃんは?ランちゃんが女の子だったら俺と結婚してくれるのか」
……部屋の片づけも碌に出来ない女とお前は結婚したいか」
「俺はランちゃんが好きだから、……好きだから結婚したいよ」
 ヴェインの優しい蒼い目がまっすぐとランスロットを捉えると、今度はランスロットの頬が赤く染まる番だった。
「妙な話になってしまったな」
「ランちゃんが言い出したんだろう、そんなに赤くなるのは反則だぜ」
……そろそろ城に戻るか、長居し過ぎた」
「明日の準備は終わったんだろ」
「そうだ、明日の御前試合の訓示はお前に頼んだぞ」
「えー 気の利いたこと言うの苦手なんだけどなぁ」
 嘘つきめ。未だ頬の熱が収まらないランスロットは心の中だけでそう呟いた。

2017.8