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雪洞
2025-01-18 12:01:52
5096文字
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【マレ監♀】星空クーベルチュール
ツノ誕SSだけど時系列は6章後(2月下旬ごろ想定)。マレウスの誕生日を知った監が遅めのお祝いをしようと頑張る話。お互いまだ恋愛感情は無自覚。
「でもさ、手作りって重くね?」
客がざわめくミステリーショップの中にいてなお偶然拾ってしまったその言葉がちくりと胸を刺す。食品コーナーの後方で駄弁っている二人の生徒はそんなエミリのことなど知らず、そのまま会話を続ける。
「彼女のもんなら何でも褒めねえとへそ曲げるしよ」
「ひでー彼氏だなぁ。まあでも既製品買ったほうがお互い気負わずに済むとこあるよな」
そんな軽口を叩いて、彼らは流れるように別の棚の前へ移っていった。
――
そんなことない。無碍に扱うひとじゃない。
聞こえてしまった言葉を振り払い、エミリはチョコレートと生クリームを籠に放り込んだ。
きっかけは数日前の晩のこと。ツノ太郎
――
先のVDCにてやっと名前が分かったマレウスと会っていたときだった。
オンボロ寮の修復兼リフォームが行われている間、エミリとグリムはポムフィオーレ寮に身を寄せているが、マレウスとは相変わらず度々夜空の下で会う関係が続いていた。エミリたちの不在を知らぬまま庭を訪れているのではないかと思い来てみたところ、案の定彼の姿があり、外壁のガーゴイルは無事なこと、業者にもそのままにするよう頼んだことを伝えた話の流れで、学園内のガーゴイル巡りに付き合うことになったのだ。そうして時には道端で、時には屋根の上で、ガーゴイルを見つつ互いのことを話す時間が増えていき
――
そしてある日、中庭のベンチに腰掛けているときにふと訪ねた。
「ツノ太郎って誕生日いつ?」
「僕は先月の十八日に迎えたところだ」
その答えに思わず声を上げてしまった。まさか十二もある月のうち、マネージャー業でグリムとあたふたしていた頃に彼がその日を迎えていようとは。そうなんだ、おめでとう
――
そう言うものの少し気落ちしたトーンを察したか、彼は静かに問いを返す。
「何か不都合でもあるのか」
「不都合というか
……
友達や知ってる先輩の誕生日は少しでもお祝いしてたから、ツノ太郎にもって思って
……
」
今までにもささやかながらエース、ジャック、そして先輩のトレイとケイトに祝いの気持ちを贈っていた。やっと名前を知った彼にも誕生日の折には色々なお礼も込めてプレゼントをあげたいと思っていたのだ。もうひと月は過ぎてしまったけれど、その気持ちはまだ諦められない。
「ねえ、今からでも何かさせてほしいの。
……
だめ?」
暗がりの中で、マレウスはそのライムグリーンの目を少し丸くした。
「構わないが
……
過ぎてしまったものだぞ。なぜそこまで?」
「だって、友達の誕生日だもん」
この世界に来て、やっと出来た存在。長らく本名を知らずとも、一国の王子様でも
――
マレウスのこともそうだと思っているから。
迷いなく言い切ると、彼はその目を瞬かせ、そしてそのたおやかな唇に笑みを乗せた。
「
……
そうか。嬉しいことを言ってくれるな」
では、楽しみにしている。
その言葉に、エミリもまた笑顔で頷いた。
さて、遅れてのお祝いは何にしよう。今まで祝った面々にはそれぞれハートや狼といったトレードマークの刺繍をしたタオルハンカチをあげたが、マレウスにもそうしようか。だが、せっかくなのだからもう一つ何か加えたいところ。果たして何が良いか
……
そうしてグリムの助言もあり決めたのが、手作りのお菓子だった。
レシピ通りに材料を買い揃え、ミステリーショップを後にすると、その足で真っすぐ鏡舎に向かう。絶対に失敗できないお菓子作りにあたり、その道に通ずる者に指導を請い、そして調理室の一角を借りるべくトレイに約束を取り付けておいたのだ。
誰にあげるか尋ねられ「ツノ太郎に!」と即答し次いでマレウスのことだと名を挙げたときは、さすがにトレイの眼鏡もずり落ちるところだった。似た反応をされるのはもう慣れっこだが、そんなに珍しいものなのだろうか、マレウス・ドラコニアと接点を持つというのは。
刻んだチョコレートと生クリームを混ぜ合わせ、ガナッシュを作る。熱したクリームが冷えるのをしばし待つ間、エミリは次の用意をしながらぽつりと零した。
「
……
トレイ先輩」
「ん?」
「手作りって、重たいですか?」
こんなことを聞かれてもトレイは困るだろう。けれど、ふとしたときに先ほどの生徒の言葉を思い出して、またちくちくと引っかかりが生まれてしまう。料理は下手ではないつもり。少しでも喜んでもらいたいから、精いっぱいのことをしたい。それでも、もしその通りだったらと
――
そんな恐れが込み上げる。
トレイはううんと唸り、少しの間を置き、口を開いた。
「俺は、そういう感覚はよく分からないけど
……
何にせよ料理は人の手が入っているわけだし、作ってくれる相手のそれを重いっていうのは、やり方がどうこうじゃなくて関係構築の仕方によるんじゃないかな」
もらう側の意見じゃなくて悪いな、と苦笑と共に眼鏡の奥の目が細められる。
「食べた相手がどんな顔をしてくれるか、ハラハラする気持ちは分かる。けど、そこで尻込みする必要はないさ。エミリはこうしてクオリティを上げるために俺を頼っているし、自分で作ったものをマレウスへの贈り物にしたいんだろ?」
「
……
はい」
「なら、続きの工程も頑張っていこう」
はい、と再び首肯した声に覇気が戻る。それをトレイも感じたか、頷きを返してくれる。
「それに、俺は特別親しいわけじゃないけど
……
あいつは、そういう気持ちを粗末にしないやつだと思うから」
――
そうだといいな。ううん、そう信じてる。
そうして無事に贈り物を完成させ
――
エミリはマレウスへ招待状を出した。当初はディアソムニアまで渡しに行くつもりだったが、学園内でリリアに会った際にお願いしたところ、快く届けると言ってくれた。
――
「明日の夜、オンボロ寮の庭まで来てください」
約束の夜、お菓子のおこぼれを貰ったグリム、そして何も聞かずニコニコと微笑むルークに見送られ、エミリはオンボロ寮の庭へと駆けた。
いつもよりも鼓動が跳ねて心が逸る。もういるかな。まだ来てないかな。どっちでも浮き足立ってしまいそう。
きょろきょろと辺りを見回す。「ツノ太郎」と、ふと呼びかけたそのときだった。
宵闇に光の粒が舞い、目の前に主賓が現れる。その手には、贈った招待状がしっかりと持たれている。
「ふふ
……
再びお前から招待を受けるとは」
そうして彼は「感謝する」と目を細めて笑った。ようこそいらっしゃませ、と返せば唇が愉しそうに弧を描く。
「それで、どのように僕をもてなしてくれるんだ?」
「あっ、ちょっと待って。今敷くね」
敷く、と呟いたマレウスの傍ら、エミリは持参したトートバッグからレジャーシートを取り出した。そばの木の前に、ふわりと黄緑色のギンガムチェックが広がる。
「これは
……
」
「本当はカフェテラスみたいな感じだったらよかったんだけど、ほら、ここはオンボロ寮なので
……
」
それで思いついたのが、レジャーシートを敷いてのピクニック形式でのお茶会だった。ピクニック、と慣れぬ言葉のようにマレウスが呟く。
「さあ、どうぞ座って。お茶を出すね」
ローファーを脱いでシートに上がり、エミリはランプとバスケットをそばに置くと、ティーポットとカップを取り出した。茶葉は事前にポムフィオーレで入れ、保温魔法をエペルにかけてもらったのだ。
「ツノ太郎ー?」
いそいそと準備を進めるものの、まだマレウスは傍らで立ち尽くしている。
「ここ、靴脱いで座ってね。クッションもあるよ」
ぽんぽんと隣を叩くと、「座ればいいのか」と零しながら、マレウスは片足ずつ靴を脱いでシートに上がり、そしてどうしようか一瞬迷ったような末に、実に長い脚を抱えて体育座りをした。
その様子があまりにも普段とのギャップを生んで、思わず笑みが零れてしまう。マレウスの体育座り
――
体力育成のときにする機会でもなければ、見たことのある生徒はいないのではないだろうか。
「ふふっ
……
もう、それじゃ飲みにくいでしょ? あぐらかいちゃっていいよ」
「ん
……
そうか」
そういえばそうだ
……
と言わんばかりの目をして、マレウスは体勢を変える。これまた長い脚が横に広がったところで、エミリはティーカップを差し出した。
「さあ、どうぞ」
「ああ。頂こう」
今夜は雲もなく、見事な星月夜が広がる。コートを着ているとはいえ冬の肌寒さがしみる中、紅茶が体内から温めてくれてありがたい。
「ピクニックとは、こうして軽食を取るものなのか?」
「うん。例えばたくさんお花が咲いていたり自然が多い場所で、お弁当やおやつとか持ってね。それでね、今日は
……
」
トリュフとベイクドショコラ
――
この日のために作った菓子を、そっとマレウスに差し出す。
「これ、作ってきたの」
「チョコレートの菓子か。お前が全て?」
「えっと、トレイ先輩に監修してもらいながらだけど
……
うん、わたしがやったよ」
「そうか。それは
……
」
そうしてマレウスは容器に入ったトリュフを一粒つまみ、彼の手には実に小さいそれを口に含んだ。
――
ああ、どうだろう。何て言うだろう。
その喉が嚥下を示すまで、短くも長い長い時の中、エミリはじっと彼から目を離せずにいた。
そして、彼の唇が「美味いな」と形づくったとき
――
ほっと肩の力が抜けると共に喜びが込み上げる。
「本当?」
「ああ。よく出来ている。甘さが口に合うし、金箔がまぶしてあるのも夜空のようでいい」
「うん
……
ふふっ」
その言葉が上辺だけのものではないと分かるから、エミリは安堵を胸に抱きながらそっと微笑んだ。
「ほら、エミリも食べないか。ピクニックとは、一人だけで食事をするものではないだろう?」
「うん、いただきます。ベイクドショコラのほうも食べて。紅茶のお代わりもあるからね」
「ああ」
おもてなしをしているのは自分なのに、マレウスが言葉をくれてから、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。それこそ、気が緩むと泣いてしまいそうなほどに。
――
だって、友達に
……
喜んでもらえたんだもん
……
。
頑張ってよかった。自分とこのひとを信じてよかった。もうそれだけで、胸がいっぱい。
「過ぎちゃったけど、改めてお誕生日おめでとう」
そろそろお開きの時間、最後に贈るのは、とっておきのプレゼント。
「これは
……
」
食い入るように見つめるその目が、お菓子をあげたときよりも輝いているのが現金で正直で、年上なのになんだか可愛らしかった。自分の中でいつしか誕生日プレゼントのお決まりとなった、ミステリーショップで買ったタオルハンカチに施す刺繍。彼に選んだモチーフは、学園内にあるガーゴイルのひとつだ。
「どう? 似てるかな?」
「
……
ああ。陰影を、糸の色を変えて表現しているんだな。きちんと水も吐いている」
ちゃんとこの前連れていってもらったときに撮った写真を参考にしたんだよと告げれば、マレウスはようやっと顔を上げて
「ああ! これは世に二つとない
――
紛うことない、僕宛の贈り物だ」
彼の言葉に倣うなら、その子供に返ったような笑顔もエミリに向けられたもので。そうだよ、そうなんだよと心中で繰り返し繰り返し思いながら、エミリはそっと笑みを返した。
「本当に感謝する」
「うん。わたしもお祝いできてよかったよ」
零時の鐘が鳴る前に帰ることが二人のいつもの暗黙の了解。後片付けを済ませた後、今日は鏡舎の前までマレウスが荷物を持ってくれたのがありがたかった。
「それじゃ、また学校でね。おやすみ」
「ああ。また
……
」
そう告げて振り向きかけたその瞬間
「エミリ」
ふいの呼び声が足を止めた。なあに、と尋ねる前に、彼が一歩、距離を詰める。
「お前は、いつの生まれだ」
見上げるライムグリーンが、少し急くような色をしているのは、気のせいだろうか。
「わたし
……
わたしはね、三月だよ。三月二十日。うお座の最後の日」
「そうか
……
まだ来ていないのだな」
僅かに安堵を滲ませて、そして瞬いたその色は、その事実をしっかりと刻み込んでいるようだった。
「分かった。ありがとう」
「うん」
知って、どうしてくれるの?なんて。今は聞かない。それを知りたい時はもう決まっているから。
「おやすみ」
だから今はその言葉が、チョコより甘い、少し早い贈り物。
月が巡ったそのときは、どうかわたしに教えてね。あなたからの想いなら、きっと何でも嬉しいから。
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