炭ぐすてん
2025-01-18 08:25:20
4076文字
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六平親子+柴+薊が餃子を作る話


「あざみさん」
「ん?」
「ぎょうざつくりたいです」
 千鉱の視線を辿り、薊はテレビの方に目を向けた。テレビ画面には柴が買ってきた子供向けアニメのVHSが再生されており、今まさに主人公達が餃子を含んだ中華料理を美味しそうに頬張っていた。
 市販の餃子の皮を買ってしまえば、餃子を作るのは比較的簡単だ。だが、きっとそうではないのだろう。
「皮から作りたいの?」
「うん」
 こくりと頷いた千鉱に、薊はにこりと微笑んだ。
「それじゃあ、今度僕と柴が来る日に餃子パーティーしようか」
「ぱーてぃー……!」
 無表情ながらもくりくりとした大きな赤い瞳をキラキラ輝かせる千鉱に、薊の口元はだらしなく弛みそうになる。慌てて口端を引き締め、ぐっとサムズアップしてみせる。
 餃子ならば、いつも指を咥えて料理の完成を待つことしかできない国重と柴も強制的に参加させられる。大好きなお父さんと料理できるのは、きっと千鉱にとっても喜ばしいことだろう。
 具材はどうしようか。定番の餡の他に、チーズや海老を入れても美味しいかもしれない。キムチも美味しいけど、まだ小さい千鉱にはきっと早いだろう。
 早速頭の中で必要な材料をリストアップし始めた薊の袖が控えめに引かれる。一旦思考を打ち止め、可愛らしい妨害者に視線を向けた。
「あざみさん」
「うん?」
「ちひろのおねがい、きいてくれてありがとうございます」
 あまり表情が変わらない千鉱の珍しい笑顔に、薊は固まった。あまりの可愛さに泣いてしまいそうになるのを堪え、形の良い小さな頭を撫でる。
「どういたしまして。ちゃんとお礼言えて偉いね」
 ふくふくとしたまろい頬を綻ばせる千鉱に、今度こそ薊の涙腺が限界を迎えた。守りたい、この笑顔。

 §

 柴と薊は溜まりに溜まった有給を使い、不必要な連絡が来ないように仕事用の携帯電話の電源を落とした。今日の餃子パーティー千鉱からのお願いに水を差されるわけにはいかないのだ。
 薊が事前にリストアップした材料を購入し、それを抱えて六平家に到着した。柴が得意の大声で挨拶すれば、中から可愛らしい足音が近付いてくるのが分かった。
 カラカラと静かに引き戸が開かれ、二人は同時にしゃがみ込んだ。出迎えた千鉱はぱちくり目を瞬かせ、普段は見上げているはずの二人の顔が近いことに驚きを隠せなかった。
「わ、びっくりした」
「チヒロ君、先週ぶりやなぁ!」
「こんにちは、チヒロ君」
「はい、こんにちは」
 嬉しそうに目を細める千鉱の尊さから心臓を痛めつつ、柴と薊は勝手知ったる六平家に足を踏み入れる。家事がてんで駄目な国重に代わって千鉱主導で整えられている六平家は綺麗な状態が保たれており、柴と薊は関心の溜息をつく。神童やで。神童だね。
 ダイニングに入ると、口を尖らせながら真剣な表情で薄力粉と強力粉を量る国重が出迎えた。柴と薊の方を一瞥することなく電子秤と睨めっこし、量りとれたところで肩の力を抜く。……と同時に二人の訪問に気付き、びくりと大袈裟に体を震わせた。
「うおっ!」
「とうさん、こぼれる」
「危ね! チヒロ、教えてくれてアザス。柴も薊も、休みの日に悪いなァ」
 落としそうになったボウルをダイニングテーブルの中央に置き、国重は粉だらけになった手を洗う。不得手ながらに頑張っていたようで、その証拠にテーブルと床が粉まみれになっていた。
 作刀に関しては繊細な男が、料理となるとどうしてこうも不器用になるのか。学生時代からの付き合いだというのに、柴も薊も国重の不器用さが理解できなかった。
 千鉱はいそいそと胸元に黒猫がプリントされたエプロンを身に付け、小器用にくるくると腕捲りして手を洗う。柴は買ってきた材料を冷蔵庫に片付け、薊は手を洗い、チヒロと共に量りとられた粉に向かい合った。
「よし、それじゃ皮を作っていこう」
「ごしどう、よろしくおねがいします」
「難しい言葉知ってるね。六平、熱湯の準備はできてる?」
「バッチリです!」
 国重が用意した薄力粉と強力粉に塩を入れ、そこに熱湯を加え、生地がボロボロになるまで菜箸で混ぜる。混ぜる工程は千鉱に任せたが、まだ小さいというのに箸の扱いが上手だ。
 ボロボロになった生地をひとまとめにして捏ね、表面がつるっとしてきたところでラップをして一次発酵させる。
「見て、生地が膨らんできたでしょ?」
「ほんとうだ」
 寝かした生地を今度は千鉱が捏ね、表面が更につるっとして弾力が出てきたところで再びラップをし、二次発酵させる。
 その間に餃子の餡を作る。リビングで呑気に茶をしばいていた国重と柴を呼びつけ、今度は二人に作業させる。
「柴は白菜みじん切りにして。終わったら塩入れて、少し置いてから水気取って。ニラも細かく切ってね」
「とうさんはひきにくにちょうみりょういれて、こねこねして」
「「ハイ」」
 料理下手の二人は料理が出来る二人に従い、調理を進めていく。柴の手によってズタズタになっていく野菜を可哀想な目で見つつ、薊は手早く生姜をすりおろしていく。
 国重が捏ねた肉ダネに水気を切った白菜、ニラ、生姜、チューブのにんにくを加え、野菜が均一になるように混ぜる。完成した餡の四分の一を別のボウルに移し、そこに桜海老を投入。それもよく混ぜ、皮が完成するまで冷蔵庫に寝かした。
「よし。生地もいい感じだし、皮作っていこうか」
「うちこします」
「ウチコって何だ?」
「生地がくっつかないように粉を振るうんだ」
 薊が手頃な大きさで棒状にした生地を一口大の大きさで切り、千鉱が打ち粉し、国重と柴が麺棒で丸く伸ばしていく。
 生地を分け終えた後は、千鉱と薊も生地を伸ばす作業に移った。柴と国重とは異なり、千鉱は初めてながらも器用に丸く伸ばしていく。
「チヒロ君、上手だね」
「ほんまや! 柴さんの見てや。何か四角くなんねん」
「チヒロォ、父さんも無理そうです! めっちゃ破れる!」
「がんばって」
 千鉱の応援で熱が入ったのか、二人は下手なりに作業スピードを上げ、餃子の皮の生産を終えた。
 完成した皮の上に平らに餡を乗せ、皮の淵に水を塗り、端からひだを作りながら包んでいく。
「ひだは別に無くてもいいらしいんだけどね」
「あったほうがおいしそうです」
「確かに見た目って大事だよね」
 千鉱は一度見ただけで学習したのか、小さな手で小器用に餃子を包んでいく。本当に器用な子だ。
「見ろ柴ァ! 皮二枚使ったら中身溢れないぞ!」
「アホか、それは逃げや! 見とけ、俺が完璧で究極な餃子作ったる……ア゙ー! 皮破れた!」
 それに引きかえ、国重と柴は騒ぎながら不恰好な餃子を生み出していく。そんな二人を横目で見つつ、千鉱と薊は綺麗な形の餃子を量産した。
 ホットプレートにサラダ油を馴染ませてから餃子を並べ、小さな音が聞こえてから少ししたところで熱湯を注いで蓋をして蒸し焼きにする。
「とうさん、ゆかとてーぶるそうじするよ」
「ウッス!」
 しっかり者の息子に連れられ、粉で汚れたダイニングを掃除する親子を見つめる。どちらが親なのかたまに分からなくなりそうだ。そんな親子の姿を微笑ましく思いつつ、柴と薊も洗い物を手早く済ませる。
 蓋を外して水分を飛ばし、パチパチと弾ける音に変わったところでサラダ油と少量のごま油を淵から回し入れる。ごま油の香りで食欲が掻き立てられ、どこからともなく腹の虫が合唱した。
「うわっ、めっちゃ美味そうな匂いするなぁ!」
「まだ食ったら駄目ですかァ!」
「お前らね……。チヒロ君が行儀良く待ってるのに騒ぐなよ」
「あざみさん、きれいにやけてます」
「お、本当だ。それじゃ、食べようか」
 皿に取り分け、酢醤油を付けて口に放り込む。皮から手作りということもあってか、もちもちとしていて、餡もたっぷり入っていて美味しい。
 じゅわりと口一杯に広がる肉の油と、それをしつこく感じさせないシャキシャキとした歯応えの白菜と生姜の香り。味変で酢胡椒にも潜らせ、こちらも中々美味しい。
「あ゙ー、ビール飲みたい」
「まだ真っ昼間やぞ」
「でも分かるな! これ絶対酒のアテ!」
「さけのあて?」
「アカンアカン、チヒロ君には数億年早い!」
「それは言い過ぎだろ」
 こてんと首を傾げつつ、千鉱はまた一つ頬張った。その瞬間、目を見開いた。
「ちーずだ……!」
「ふふ、こっそり入れてみたんだ。美味しい?」
「おいしい!」
 頬をぽっぽと赤らめつつ、全身を使って美味しさを表現する千鉱に三人は相好を崩した。
「美味いかチヒロォ! 良かったな!」
「あのね、えびのもおいしい」
「アカン、チヒロ君ごっつかいらしいなぁ! 笑顔が天才や!」
「今度は絶品お取り寄せグルメ持ってくるね。チヒロ君のためなら全財産叩いても痛くないよ……!」
「薊、俺はチヒロで破産するお前は見たくねえぞ。柴もだぞ」
「「えー!」」

 §

「チーズで羽付きにした餃子。大葉とチーズの巻き餃子。キムチ餃子。こっちは手羽餃子です」
 千鉱は大人三人の酒盛り用にアテとして四種類の餃子を用意し、目の前に置いていく。視覚と嗅覚から刺激され、反射で口一杯に唾液が溢れ、ごくりと唾を飲み込む。
 餌を目の前にした獣の目をした大人達に呆れた目を向けつつ「どうぞ」と食べるよう勧めると、我先にと言わんばかりに三方から箸が伸びた。
「うまっ! やっぱりチヒロのご飯が一番美味い!」
「それは言い過ぎでしょ」
「そんなことないで! 毎日食っとる六平が羨ましいわ!」
「また腕上げたでしょ。僕もう敵わないんだけど」
 パクパクと食べ進めつつグビグビ酒を飲んでいく三人に目を細めつつ、飲みすぎないよう注意する。注意したところでどうせ翌朝は大惨事になっているのだろうけど。
 酒を飲みつつ、餃子に舌鼓を打つ姿に千鉱は密かに夢を抱いた。

 二十歳になったら俺も仲間入りしたいな――なんて。