キンキンに冷えたビール缶のプルタブを上げれば、カシュッと景気のいい音が鳴る。仕事帰りに寄ったスーパーで購入した値引シールが貼られた惣菜をレンチンし、温めている間に缶に口を付けつつタブレット端末を用意する。
温め終わりを知らせる電子音に機嫌良く返事し、手を翳して温まり具合を雑に確認する。うん、大丈夫そうだ。
軽い足取りでテーブルの元まで戻り、時間を確認してタブレット端末でSNSを開く。アナウンス通り――といっても開始十分前でのアナウンスだったが――ライブ配信が開始したようで、意気揚々とタップした。
「こんばんはー。柴やでー」
「やあ、こんばんは。薊です」
「お、これめちゃくちゃ美味い!」
柴さんのアナウンスに書いてあったけど、本当にあの六平国重が配信に出てる!?
あまりの衝撃に開いた口が塞がらず、何度か目を擦って現実か確かめる。何度確かめても、六平さんが美味しそうにご飯食べてる。てかご飯美味しそうだな。私が用意した売れ残りの惣菜とは雲泥の差だ。
……一周回って冷静になってきた。六平さんだけ挨拶もせずに目の前の料理に舌鼓を打っている。柴さんも薊さんも慣れてるのか、その辺はスルーだ。
もう既に呑んでいるようで、柴さんと六平さんの顔がほんのり赤い。薊さんは変わっていないようだが、先程から手酌で日本酒を水のように呑んでいる。酒強え。
ちらりと同接人数を確認する。突然のアナウンスだったというのに、普段の配信より人が多い気がする。頻繁とは言わずともそれなりに供給してくれる柴さんと薊さんとは違い、六平さんのSNSはほぼ動かない。おそらく、六平さんファンが新鮮な六平国重を求めて視聴しているのだろう。
三人が集まっているのは六平さんの家だろうか。柴さん曰く家事全般がてんで駄目な六平さんの自宅にしては随分綺麗に整っているように思える。
「ん、誰の家ですか? 六平ん家や」
「宅飲みは大抵六平の家でやってるよ。一番広いし」
「一軒家ええよなぁ」
「お前らも買えるだろ?」
「そういう問題ちゃうねん」
「いっそのこと六平家に住みたいよね。ご飯美味しいし、快適だし」
やっぱりそのご飯美味しいのか。めちゃくちゃオシャレだし。何処のお店のデリだろうか。
コメント欄に文字を打ち、ぺいっと送信する。拾われると嬉しいが、いつもより同接数が多いからきっと無理だろうな。
画面の向こうに映る唐揚げとは違い、少ししなっとした値引唐揚げを頬張る。それなりに美味しいけど、どう見たってあっちの方が美味しいだろう。見ただけでも分かるくらいには衣がカリカリしてるし。
「何処の店のデリですか、だって。確かに勘違いしちゃうよね」
「テイクアウトちゃうよ。六平の息子くん手製の愛情たっぷりご飯や!」
「俺、チ……息子の料理が一番好きなんだよなぁ。マジ美味い!」
あ、コメント拾われた。嬉しー。へえ、六平さんの息子くんの料理なんだ。……息子くんの料理!?
息子くんっていくつだっけ。何かのバラエティー番組で中学生とか言ってたような……。え、中学生でこのクオリティ!? しかも父の友人の分も含めて作ったの!?
ヤバ、良い子すぎない? 絶対良い子じゃん。えーヤバ、お小遣いあげたい。スパチャできない設定なのが残念だ。
「僕が彼に料理教えたんだけど、今じゃもうあの子には敵わないよ。あ、この生春巻き美味しい」
「ブルスケッタとかピンチョスとか作る中学生って凄ない? 今日いつもより気合い入っとらん?」
「柴と薊が遊びに来るの久々だったからだろうな。作ってる時楽しそうだったし!」
「えーナニソレ、かいらし!」
「わー、後でお小遣いあげよ〜」
「薊が会うたびに渡そうとするからアイツ困ってるぞ」
その後はスルスル出るわ出るわ、息子くんの話。酒が潤滑剤にでもなっているのだろう。
柴さんも薊さんも最早実の息子の如く可愛がっているようで、息子くんが小さい頃は家事全般がダメダメな六平さんに代わって色々お世話していたらしい。忙しい人達なのによく時間が割けたものだ。
今は家事全般を息子くんが一手に引き受けており、柴さんも薊さんもお世話するどころかされる側になりかけているようだ。介護されるには三人共まだまだ若いと思う。
「六平なんてあの子が三歳の時点で甘やかされてるしね」
「甘やかされ卒業早過ぎるよなァ」
「あの子用にお土産いっぱい持ってったら、買い過ぎ言われて逆に怒られたしなぁ」
「うちの息子はマジでしっかり者。その辺は全く俺に似てない!」
ヤバ、スーパー中学生じゃん。その上、勉強も運動もトップクラスで出来るらしい。神童ってやつ?
「アカン、あの子のこと話し過ぎたわ」
「一般人だから詮索はしないでね」
その後は息子くんの話はせず、コメント拾ったり、酒飲んだり、料理に舌鼓打ったり、コメント読みながら舌鼓打ったりしていた。合いの手みたいに六平さんの「うまっ」が入ってくる。舌鼓連打してるじゃん。クソゥ、本当に美味しそうだな。
画面の向こうの三人が駄弁っていると、コンコンと軽やかなノック音が聞こえる。三人は気付いていないのか、気にせず駄弁り続けている。
「父さん」
男の子の声だ。しかも“父さん”呼びってことは、噂の息子くん!?
一瞬の沈黙の後、コメント欄が一気に騒つく。三人は息子くんに気を取られて私達視聴者の騒めきには気付いていないようだ。ギリギリ画角には入っておらず、姿は確認できない。
「まだ足りないよね。何か作るよ。柴さんと薊さんも、何かリクエストあれば言ってください」
「お、アザス! あれ、あの、一昨日食った蓮根のやつ!」
「はさみ揚げ?」
「そうそれ!」
声だけで分かる。この子絶対良い子だ。そりゃ、柴さんも薊さんの我が子のように可愛がるわけだ。六平さんに続いて柴さんも薊さんも声を弾ませながらリクエストし、息子くんは二つ返事で快諾した。
どうやら息子くんは配信に気付いていないらしい。有名俳優三人と自然体で話せる中学生がこの世に存在しているとは。いやまあ、身内だから当然なのだろうけど。
「空いたお皿下げちゃいますね」
「ほんま面倒見ええなぁ」
「その辺、本当に六平と似てないよね」
「父さんが二人も居たら大変でしょ」
「確かになァ」
六平さんが同意するんかい。
少し遠かった声が徐々に近付いてくる。……待って、これ息子くん映り込むんじゃ?
慌ててコメントを連投するも、三人はカメラに背中を向けているせいで気付かない。そりゃどさくさに紛れて息子くん見れたらラッキーかもとは思ってたけど、一般人の、しかも中学生が不可抗力でネットに晒されるのは駄目だ。
「うわ、空き瓶と空き缶もいっぱいですね。薊さん、いくら強いからって飲み過ぎないでくださいよ。明日に響きますから」
「明日は休みだから平気だよ」
「俺、明日部活なので皆の看病できないんですよ」
あ、間に合わなかった。
まだ幼さを残す輪郭に、精緻な作りのパーツが寸分の狂いも無く完璧に配置されている。六平さんと同じ特徴的な赤い瞳は六平さんの物と比べて大きく、長く濃い睫毛に縁取られ、怜悧な印象を覚える。
率直に言って美少年である。六平さんと違って大きく表情が変わらないから、更にその美貌が引き立っている。
まずい、不可抗力でこの美貌が汚えインターネットの海に流れるのは駄目だ。頼むから気付いてくれ。うわ、イケメン。違う違う、頼むから誰か気付いて。
息子くんがぱちりと目を瞬かせ、ジッとこちらを見下ろした。うわ、助かる。違う、お願いだから気付いて。
「珍しい。何か動画でも見てるんですか?」
「動画なんて見てな……柴! まずいチヒッ、映ってる! 手で塞げ!」
薊さんがサッと顔色を変え、鋭く指示を飛ばした。アルコールで緩い表情になっていた柴さんも、一気に酔いから醒めたようで俊敏に動き、配信画面が真っ暗になった。
コメント欄は「イケメン」やら「まって」やら似たような単語で埋め尽くされている。正直分かる。とんでもない美貌だったし。語彙力溶けるわこれ。
「あ、チ「アーーー!」の玉子焼きも食いたい!」
「? 柴さん、急に大声出してどうしたんですか。お酒の飲み過ぎですか?」
「何でもあらへんよー! 楽しみに待っとるでぇ!」
流石俳優。さらっと何も無かったことにした。
ドアの開閉音が微かに聞こえ、どうやら息子くんは部屋から出て行ったらしい。真っ暗だった画面が再び三人を映した。
六平さんだけが先程の事故に気付いていないようで、また一口頬張っている。柴さんと薊さんはしっかり頭抱えてる。
「何だお前ら、酔い回ったのか?」
「ちゃうわ。チ……お前の息子が全世界に晒されてもうた」
「あの子の魅力が世間にバレちゃったんだよ」
「ん? ……あ、配信中か! 息子が来たの嬉しくてすっかり忘れてた!」
忘れとったんかい。親子が仲良しで助かる。
ふむ、と思案顔になった六平さんはちらりとこちらを見遣り、パンッと勢いよく手を合わせた。
「息子はまだ中学生だし、なるべく穏やかに過ごさせたいし、騒がないでやってくれると助かる。勉強も部活も頑張ってるし」
そりゃそうだ。私でさえ、あんな良い子には心穏やかに過ごしてほしいと思うんだし。
「何か色々事故ったし、今日はこれで終わりや。ほなな」
「あの子が映った写真と動画の投稿および拡散はやめてね」
しっかり釘を刺され、そのまま配信は終了した。事故はあったが、総じて実りのある配信だった。六平さん親子に沼りそうだ。
トレンドを見れば、やはり息子くんのことが話題になっている。ネットリテラシーが死んでるクズ共が息子くんの写真と動画を投稿するも、リロードすれば秒で消されている。どうやら謎の力がすでに働いているらしい。
数分後、珍しく六平さんのSNSが動いた。『息子の玉子焼き!』の一言と共に添えられためちゃくちゃ美味しそうなツヤピカな玉子焼きの写真。うわ、私も食べたい。
§
『新仮面ライダー、キャスト決定! 主人公を演じるのは六平千鉱』
偶然目にしたネットニュースの見出しに、口がガバリと開く。
あの配信事故から早数年経ち、世間のほとんどが息子くん――千鉱君のことを話題にしなくなった。というか忘れている……と思っていたが、あの配信を見ていた人の多くは覚えていたらしい。
ざっとTLを眺めると、「更にかっこよくなってる!」だとか「可愛らしさが抜けて、かっこよさが際立ってる」だとか色々散見できる。古参アピールしたい気持ちはまあ分かる。
あの配信以降、私は本格的に六平さん親子に沼った。沼ったものの六平さんのSNSは滅多に動かないし、千鉱君は一般人だったため情報も手に入らない。ほぼ霞を食べてここ数年生きてきた。突然の供給で胃もたれしそうだ。
息を荒げつつ、そのネットニュースをタップする。ざっと読み、千鉱君の簡単なプロフィールに目が止まり、そして私は絶命した。
『尊敬している人:六平国重』
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