炭ぐすてん
2025-01-18 00:42:11
3825文字
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チヒロくんが家事を覚えるまでのあれやこれ

チヒロくんが大きくなるまで柴さんと薊さんが頑張ってそうの妄想の焼き増し
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 六平家に入った瞬間、柴は固まった。先週、薊と共に掃除をしに訪れて整えたばかりだというのに、家の中が酷く荒れていた。
 敵襲? 結界に異変など無かったはずやけど、見逃した?
 ドッドッとやけに煩い心臓に急かされ、柴は靴も脱がずに足を踏み入れた。
「六平無事か!?」
「お、柴ァ! 来る時は連絡しろって言ってんだろ」
 素早く視線を動かし、現状を把握する。
 家主である国重もまだ赤子の千鉱も外傷無しで、千鉱は赤子らしく熟睡。洗い物ならギリできると豪語した通り、物が散らかっている居間に比べて台所は比較的綺麗で、洗濯物も皴が寄っているものの庭先の物干し竿でしっかり干されている。ゴミは溜まっているが赤子との二人暮らしのため、まだ取り返しがつくレベルだ。
 安堵から力が抜け、柴はしゃがみ込んだ。無事やったからええけどさァ……
「あ! 柴お前土足じゃねえか!」
「うっさいわボケ! チヒロ君居んねんから、もう少し掃除せえや!」
 柴の怒号にすやすや眠っていた千鉱が目を覚まし、ほにゃほにゃと泣き始め、国重と柴は掃除の前に千鉱のご機嫌取りに奔走した。

 柴は荒れた六平家を目撃した日以降、薊と協力して六平家へ頻繁に通うようになった。
 荒れ放題だった家の中は柴と薊が文字通り国重の尻を叩いて改善させ、綺麗とは言い難いものの生活に支障が無い程度には整えさせている。任務に、六平家の維持に、任務に、書類仕事にと様々なことに追われて忙しくしているうちに、千鉱はおしゃべりも補助無しの歩行もできるようになった。
 柴が国重の尻を叩きながら掃除をしていると、おもちゃで遊んでいた千鉱はそれを箱に片付け、柴に近付いてきた。千鉱に合わせて人一倍大きな体躯を屈め、柴はにこにこと笑みを浮かべた。
「どうしたんチヒロ君。おもちゃ飽きた?」
「ううん、ちひろもおてつだいする」
 その発言に柴は固まり、固まった柴を見て千鉱は不思議そうに小首を傾げた。はわぁと気の抜けた声を漏らし、目から滲みそうになる涙を堪えるためにギュッと眉間を指で押さえた。
「しば?」
「チヒロ君ほんまええ子やなぁ! ほんならあのテーブルの上お片付けできる?」
「うん」
 こくりと頷き、千鉱は物で溢れかえったテーブルの上を片付け始めた。フォローできるように千鉱のことを注視しつつ、柴はゴミを纏める。千鉱の手慣れた様子に柴は目を瞠り、掃除機をかけながら調子の外れた鼻歌を歌う国重を掃除機に負けない声量で呼びつけた。
 なんだなんだと駆けつけた国重に、柴は千鉱の方を見たまま問いかける。
「チヒロ君、もしかして普段からやっとんの?」
「ああ、片付け? なんなら俺より上手だぞ」
 凄いよな~と暢気に笑う国重に、今度は違う意味で眉間を押さえた。
「お前、まだ三歳の子に甘やかされとんのか……
「俺チヒロに甘やかされてんの!?」
「無自覚かい。これは薊に報告案件やな」
「えー! 絶対ェ怒られんじゃん!」
 嘆く国重を尻目に、テキパキ片付け終えた千鉱を全力で褒める。普段からやっているというのは本当のようで、散乱していた物が定位置に戻っている。
「チヒロ君は神童や……!」
「しんどー?」
 だろぉ?と自慢げに笑う国重に、柴は「お前はちゃんとせえ!」と怒号を飛ばした。

 §

 薊は諦めた。鍛冶仕事は一級でも、家事仕事はてんで駄目な男に家の運営を期待するだけ無駄だと悟った。薊は早々に見切りをつけ、次の手段に移ることにした。
 セラミック包丁と子供用のエプロン、踏み台を購入し、食料品と日用品と共にそれを携え、人里離れた場所に位置する六平家に訪れた。出迎えてくれた親子に笑みを向け、千鉱の目線に合わせて膝をつき、購入してきた物を見せつけるように持ち上げた。
「チヒロ君、お料理に興味はある?」
「おりょうり?」
 千鉱は薊の言葉を繰り返し、ぱちくりと目を瞬かせた。
 柴から聞いた通り、手を貸さなければ荒れ放題だった六平家は見る影も無く、快適に過ごせる程度に整っていた。おそらく千鉱主導で掃除をしているのだろう。
 家事仕事は炊事・掃除・洗濯の三つに大きく分けられる。他にも細々としたものはあるが、今はその三つを充実させることが先決だ。
 掃除は情けないことにまだ三歳の千鉱主導で動いてくれており、洗濯は国重がギリギリ担っている。将来的には洗濯するその立場も奪われそうだが、言わぬが花だろう。
 本来であれば父親である国重に仕込みたいところだが、国重の料理スキルの低さは学生時代からの付き合いで十分把握している。国重にそれを任せると、流血沙汰どころか最悪火災事故の危険性が高まる。結界で厳重に護られているこの家に消防車が駆けつけることなど不可能のため、その選択肢は思い浮かんだ瞬間に速攻で没にした。
「お米は炊けるんだっけ?」
「うん、しばにおしえてもらった」
 こくりと頷く千鉱に薊はうんうんと頷き返した。三歳という年齢で炊飯ができるというのは嬉しい情報だ。
 千鉱は賢く、そして器用だ。一度教えればスポンジのようにすぐ吸収し、一度見ればすぐに実行できる。国重に教えるよりは手間は少なく、確実に覚えてくれるだろう。
「今日は僕とご飯を作ってみよう。お父さんも喜ぶと思うよ」
「教えるの早くないか?」
「六平ができるなら口出ししないよ」
 国重はグッと黙り込み、薊は再び千鉱に視線を向けた。
「おとうさん、ちひろのごはんうれしい?」
「めちゃくちゃ嬉しい! けどなぁ……
 国重の言うことも分かる。就学年齢ならともかく、千鉱はまだ未就学児の年齢だ。だが現状を顧みるに、今のうちに教えなければ将来的に親子の健康状態に悪影響だ。
 言い淀む国重から薊の方に視線を向け、しっかり頷いた。
「あざみ、おしえて」
「勿論。美味しいご飯作ろうね」

「今日はホットケーキを作ろう。包丁も買ってきたんだけど、これはまた今度ね」
「うん」
 胸元に黒猫がプリントされたエプロンを千鉱に着せ、携帯電話の付属カメラで写真を撮る。素早く柴に写メを送り、即座に返ってきたメールを確認せずポケットにしまう。
 手を洗い、くるくると袖を捲る。買ってきた踏み台の上に千鉱を立たせ、必要な材料をワークトップに並べる。ホットケーキミックス、卵、牛乳、そして絹豆腐。
「豆腐は無くてもいいんだけど、あったらふわふわになるんだ」
「ふわふわ」
 ビニール袋に豆腐を入れて揉み、そこに卵を割り入れて更に揉みこむ。初めて卵を割ったにしては殻が入らなかったのは才能がある。 ビニール袋の中身をボウルに出し、そこに牛乳を投入して混ぜ、ホットケーキミックスを加える。
 薊は千鉱から泡立て器を受け取り、大きく混ぜていく。泡立て器の中に入り込んだ生地を落とし、更に混ぜる作業を十回程繰り返す。
「混ぜすぎるとふわふわにならないんだ」
「なんで?」
「ふわふわにするための空気が無くなっちゃうんだ」
 フライパンを熱し、濡れ布巾の上で少し冷ます。再びコンロの上に置き、千鉱が生地を落としていく。
「お、まんまるだ。チヒロ君上手だね」
 薊に褒められ、千鉱は嬉しそうに目を細めた。うわ、チヒロ君可愛い。
「穴があいてきたらひっくり返す。最初は僕がやるね」
……すごい」
 二枚目以降は千鉱に任せ、薊はサポートに徹した。薊の見立て通り千鉱はすぐに覚え、三枚目には薊の補助無しで作れるようになった。
 完成したホットケーキを盛り付け、蜂蜜をかけ、バターを載せる。薊はしまった携帯電話を取り出し、千鉱に完成したホットケーキの皿を持ってもらい、写真を撮った。先程の返信にその写真を載せて送り返し、食卓でそわそわと待っていた国重の元へホットケーキとカトラリーを運んだ。
「凄えふわふわ! 美味そう!」
「おとうさんたべて」
「いいんですかァ! それじゃ、いただきます!」
 ふわふわしたホットケーキにナイフを入れ、大きく口を開けてホットケーキを放り込む。もぐもぐと咀嚼し、国重は目を見開いた。美味しいのか上半身を揺らし、嚥下してから満面の笑みを浮かべた。
「美味いぞチヒロォ! チヒロ、ほらあーん」
「あ」
 パカリと開いた口に小さく切ったホットケーキが入る。初めて自分が作った物を食べた満足感からか、千鉱は分かりやすく笑みを浮かべた。
「おいしいね」
「だな。チヒロは凄いなぁ」
 わしわしと頭を撫でる国重の手から逃れ、千鉱は親子の会話を邪魔しないように黙っていた薊の手を握った。
「あざみ、またおりょうりおしえて」
「勿論だよ。あ、僕も食べていい? 柴より先にチヒロ君の手作りを食べる優越感が欲しい」
「ゆーえ……? うん、どーぞ」
 薊は千鉱の手自らホットケーキを食べ、幸せを噛み締めた。

 §

 千鉱の家事能力は開花した。
 炊事、掃除、洗濯、その他諸々の家事を熟し、家事能力に恵まれなかった父を支え、時折訪れる柴と薊を料理でもてなし、二人の舌を唸らせた。
「チヒロ君はほんまに神童やな」
「この人参飾り切りだ。手が込んでるな」
「チヒロ凄えよなぁ。いつも美味い!」
 国重からプレゼントされた包丁を研いでいた千鉱は手を止め、食卓で寛ぐ大人を見つめる。ふっと目元を緩ませ、小さく微笑む。
「おかわりいりますか?」
「「「お願いしまァす!」」」