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溶けかけ。
2025-01-17 20:00:14
1766文字
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ほぼ日刊
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エトワールに手を伸ばす
────彼女は星に手を伸ばした。
朝が来て、日が昇る。
日が落ちて、夜になる。
幾度となく繰り返される時間の中で、たった独り、置いて行かれてしまった気分になりながら、フリーナは寝返りをうった。コンコンコン、というノックの音が伽藍堂の部屋に虚しく響く。否、室内は豪奢な調度品で溢れており、伽藍堂、と表現するには些か無理があったのだが、全てが終わり、先の見えない砂漠に置いて行かれたフリーナの胸の内は正しく伽藍堂であった。彼女は音のした方へ一瞥をくれると、再び天井へと視線を戻した。動くのも億劫で、こうして日がな一日天井を眺めては、差し込む光の具合や外の世界の喧騒を聞きながら、時間の経過を感じていた。
コンコンコン、三回で一セットのノックの音は中にいるフリーナの安否を確認するために一日に何度も繰り返される。
それが疲労を訴える身体には煩わしく、逃れるように毛布を頭から被ると耳を両手で塞いだ。
耳を塞いでも誰かが自分を呼ぶ声が遠くから漏れ聞こえて来る。耳を通り抜け、頭にまで響く雑音に脳が揺すられるようだった。
────ああ、煩い。放っておいてくれ。
ノックの音は毎日規則正しく四回鳴る。朝、昼、夜の食事時と三時のお茶の時間だ。以前のフリーナならばノックの音を心待ちにしていたことだろう。
偽りの神には豪華な食事も、芳しい紅茶の香りも、何もかも分不相応に感じて縮こまる。限界まで背中を丸め、膝を抱えて外敵から身を守る。
しばらくして、やっと静かになった部屋の中でフリーナはゆっくりと毛布から顔を出した。扉の向こうから僅かに漂ってくるバターと小麦の香りが鼻腔を擽る。
「うっ
……
」
気持ち悪さを感じて再び毛布に閉じこもる。相応しくないのだ、何もかも。
バターがたっぷり使われたクロワッサンもフリーナを守ってくれている肌触りのいい毛布も。全ては水神のために用意された最高級品。つまりは、フリーナであって
フリーナではない者
フォカロルス
のために用意されたもの。
もう一度、毛布から顔を出す。贅を尽くした部屋の中の調度品たちがフリーナを睨みつけていた。
「う、うわあああ!」
毛布を投げ出し、当てもなく室内を半狂乱になって走り出す。フリーナが逃げ込んだのは白い石畳が眩しいバルコニーだった。
「はぁ
……
はぁ
……
」
いつの間にか、空には星々が浮かぶ時間になっていた。稜線は夕日の名残で桃色に染まり、上の方へ行くほど夜空の紺色と混ざりあい、得も言われぬ色合いを作り出していた。
頬を撫でる涼風にフリーナは冷静さを取り戻していく。冷たい石造りのバルコニーに座り込み、空を彩る星々を見つめる。
「綺麗
……
」
思えば、星を見上げるなどいつ以来だろう、と考えながら指先で星と星とを線で繋ぐ。
今すぐにも手を伸ばせば届きそうな瞬きにフリーナはそっと手を伸ばした。自身の星座である頌歌者座。その中でも最も明るく輝く一等星に。
「あと少し
……
」
低いバルコニーの手すりに乗り上げ、更に手を伸ばす。あと少し、あと少し、と夢中になっているフリーナには危機管理能力が欠如していた。
「あっ
……
」
がくん、と世界が反転する。フリーナの視界に映るのは満天の星空ではなく、見慣れたフォンテーヌ廷の石畳だった。
────ここで終わるのか。随分と呆気ないものだな。
フリーナはゆっくりと目を閉じる。
数百年の終わりがスイートルームからの落下死とは罪人には相応しい最期だと思った。
「フリーナ!」
聞き慣れた声に思わず目を開く。フリーナと同じようにスイートルームのバルコニーから飛び降りたらしいヌヴィレットはぐんぐんと距離を縮めると危なげなく彼女を受け止めて、上へ上へと登っていった。
「なぜ、こんな真似をした?」
エルトン海溝より低い声でヌヴィレットが問いかける。フリーナはガラス玉のような瞳で彼を見返した。
「星が欲しかったんだ」
「星が?」
「うん。
……
手を伸ばせば届きそうだなって」
フリーナの瞳はヌヴィレットを通り越して、空に輝く星々を見ていた。その様子にぞわりと肌が粟立った。
「
……
フリーナ殿、君は正気を失っている。今日はもう休むといい」
手を翳し、フリーナを眠らせる。華奢を通り越した身体は羽のように軽く、どこもかしこも骨張っていた。
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