マエバ・セイボスキー
2025-01-16 22:45:13
1645文字
Public パーバソ
 

まろく、やさしく、凪いだ夜、 

2025/1/12インテの無配です。
『高く、広く、晴れた日に、』と一緒に読んで頂けたらと思います。

 振り返ると、恋人が静かに涙していた。

「パーシヴァル、泣いてる」
「ああ、そうだね、うん」

 ぐすん、と鼻をならす。バーソロミューは彼の泣き顔をみるのは初めてだった。
セックスの最中に生理的に目を潤ませる所はみたことがあるけれど、こんな風に涙を流しているのは初めて見る。
白い頬を、とうとうと涙が流れていく様は、まるで映画のワンシーンのようだ。とても美しい。

「泣かないで」

 そっと手を伸ばし、頬を撫でる。指を濡らす雨は暖かい。

「どうしたんだい、そんなに今の映画が悲しかった?」

 二人は土曜の夜を過ごしていた。
夕食を終え、暖炉に火を入れて、柔らかなブランケットに包まる。
恋人の胸に寄りかかり、二時間弱の映画を見終えた所だった。
ブランデーに沈んだような部屋の中には、ぱちぱちと薪の弾ける音と、
スピーカーから流れてくる緩やかな曲だけが満ちている。
黒い画面には、白い文字のスタッフロールが流れていた。
 恋愛ものの映画だった。少し前に公開され映画配信サイトに最近出てきたばかりの新作だ。
バーソロミューは、ハッピーエンドだったと思う。
皮肉屋の主人公が愛に出会い、やがてその愛とは死別してしまうけれど、出会いが主人公の人生を一変させるはなし。
物語の最後には亡くなった恋人が迎えに来てくれる。幸福な最後だ。
きっと主人公の人生はその瞬間に全てが報われたことだろう。 
 だから、悲しいとは思わなかった。やりきった、生き抜いた、出来ることをして、精一杯生きた。
閉じた瞼の下から、真珠のような雫が次々と滴ってくる。

「亡くなった彼が、どんなに悔しかっただろうか、と」

 パーシヴァルは、頬の手に手を添え、熱い息を吐く。

「愛していこうと、恋人の幸せをきっとこの手で」

 濡れた睫が持ち上がる。雨上がりの青空がバーソロミューを見つめている。

「この手で守り抜こうとそう、誓っていたはずです」

 映画の視点は主人公サイドだった。恋人の心情は殆ど語られていない。
パーシヴァルの指が、バーソロミューの薬指を撫でる。
そこには、つい最近幸福な契約の証がはめられたばかりだ。

「さぞや、心残りだったことだろうね」

 バーソロミューは、濡れた頬をやわやわと撫でた。額を寄せ、じっとその青を見つめる。
そうしていると、パーシヴァルの青空に、自分の青が溶け出して混ざっていくような気がした。

「自分勝手だとは思うけれど、どうしても置いて行かざるを得なかった者の気持ちを考えてしまう」

 濡れた頬にちゅっと口づける。しょっぱい海のような味がした。

「彼らが不幸だったと思うかい?」

 行儀が悪いかなと思いつつ、袖を伸ばして頬を拭ってやる。近くにティッシュがなかったのだから仕方が無い。

「それは」

 瞳が瞼に隠れる。ゆっくりと瞬きをしたパーシヴァルは、正面からバーソロミューを見つめた。

「いいえ、彼らはけして不幸ではなかった」

 夜空のような煌めきをともした青空が、涙を振り切ってバーソロミューを見つめる。

「幸福な恋人同士だった、恋を知り愛を捧げられることの幸福を彼らは知っているから」

 そうだとも。
バーソロミューは微笑む。彼らは不幸ではなかった。
多くの人が求め、けれど手に入れられないものを彼らは持っていたのだ。そこに、過ごした長さは関係がない。
彼らは確かに、幸福であった。

「さあ、泣き止んでくれ。君の涙に私は勝てないよ」

 ねえ、ともう一度頬にキスをする。まるで、夜が恐いと泣く子供をあやすように。

「ホットバタードラムカウをいれてあげよう、君のためにはちみつとラムをうんといれるよ、
私は君のテディベアにはなれないかもしれないが、抱き心地もそう悪くないはずだ。
私はどこへも行かないし、君もどこへも行かないだろう、寒い冬の夜だ、抱き合って眠ろう」

 まろく、やさしく、凪いだ夜、二人は暖かなベッドで抱き合って眠った。