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ミイ
2025-01-16 21:39:05
7013文字
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とっておきの秘密基地
・静なつ前提のなつ奈緒風味のお話です。
・静留さんとあおいちゃんも出ます。
・祭りのあとの寒い日のお話です。
なつきさん、こういうところあるだろうなぁ。静留さん、首輪つけて牽制してても心配だろうなぁと思いながら書きました。なつきさんの行動はなつきさんの意思によってしか決まらないので。
もうひとつ。例えば、一人で戦うことに慣れてしまった彼女たちが、どこかに隠れてしまった時。
なつきさんはきっと、どこにいても静留さんが見つけてくれると思う。
奈緒ちゃんも、誰かに見つけてほしいなぁと思って同室の彼女に来てもらいました。
寒い日も、大切な人と一緒に、あったかく過ごしてほしいなぁと思います。
昼休みも終わり、眠気が増してくる午後。
少し角度の落ちた陽が、窓から差し込んでいる。朝の色とは違うそれを受けながら、学生の本分に精を出す生徒たち。
……
どうやら教室の中には意識が遠のいている生徒の方が多いようだが。
黒板を見つめているつもりが瞼が落ち、いつのまにか机と仲良しになってしまう者。
……
はたまた隠すつもりもなく、黒髪のツンツン頭を上下させながら、寝言を呟き堂々と昼寝をする者。
ちなみにツンツン頭の隣の赤毛はそこにはなく、空席になっている。
「んん
……
なお
……
たんとくえ
……
わたしの、えも
……
だ
……
」
寝ぼけた子猫が名前を呼んだ彼女はそんなことも露知らず。足音が鳴らないようにと抜き足差し足。廊下を軽い足取りで駆け抜けていた。
◇◇◇
退屈な午後の授業はフケるに限る。
チョロい男性教諭にちょっと可愛い声を出して、上目遣いに体調が悪いと告げればイチコロだ。
赤髪の彼女は、教室にいる男共に一切怪しまれることもなく教室を出た。なんなら「着いて行こうか?」「運んでいこうか?」なんて、下心という名の優しさのおまけつきで。
背中に向けられる女子の冷たい視線にも、もう慣れたものだ。
……
今はだいぶ、そもそもの数が減ってしまったけれど。
数ヶ月前におわりを告げた残酷な祭。そのせいで人口密度が以前よりもだいぶ減った校舎は、冷たい空気が、廊下をしんしんと包み込んでいた。
校舎の一番端まで行って、「立ち入り禁止」と書かれた黒と黄のロープを跨ぐ。
中等部の方はそれほど損壊が酷くはなかったとはいえ、こういう場所はまだいくつか残っている。
「入るな危険」
と大きく書かれた文字。それを気にすることもなく、奈緒は以前のように階段を上っていく。踊り場で、数瞬立ち止まった。息がしづらい気がする。吸い込む空気が、気管をきゅっと細くさせていくような気がした。
……
コートかマフラー、持ってきた方が良かったかも。でも今更、教室に戻る方がメンドーだし。
はあ、とぬるい息を指先に吐きかけてあっためる。気休め程度にしかならないそれ。
あーあ、と内心ため息をつきながら、階段を上がり、最上階まで辿り着く。
「つめたっ」
触れれば震えてしまうほど冷え切った内鍵に、奈緒は手をかけた。
カチャン、と小気味いい音を立てて、それは回っていく。
「
————
っ」
重たい扉を体重全部使って押し開ければ。この鳥籠みたいな学園の中で、少しだけ。
ほんの少しだけ、息がしやすい場所に辿り着いた。
……
だけど。
「
…………
さっむっ。いやムリムリムリムリ」
ガシャン!
外に出てみたはいいものの、奈緒はすぐにまたドアを開けて、校舎の中へと逆戻り。
「
…………
」
ふるりと震える体。
舐めていた、といえばそうなのだろうけれど。外気温と校舎内の温度のあまりの違いに、奈緒は深いため息をついた。
背中をドアに預けて、身体を抱きしめるようにしてさすりながら、どうしたものかとひとりごちる。
教室に戻るか、他に場所を探すか。
とりあえず、教室に戻るはナシ。授業中だし、あの熱血極教師とかメンドーなやつに会う可能性が高いから、あまり廊下を歩きたくない。あ、そういえばアイツもういないんだったっけ。
……
だからといって、この他に行く宛があるわけでもなく。
(
……
ん?)
悴んだ手の感覚がなくなってきたところで、キュッキュッと上履きが廊下を擦る音が聞こえてきた。それは、明らかに次第に大きくなってきていて。階段を上がってきているのがわかる。
(
……
めんどくさ)
最上階の踊り場。隠れるところもないし、どうせ見つかってしまう。それならこのまま、のこのこと上がってくるそいつのツラを拝んでやろう、と奈緒は決めた。
(こんな時間にこんなとこくるなんてバカなんじゃないの?)
姿も見えない誰かを心の中で罵っていれば、階段の踊り場に蒼髪を風に靡かせた、見知った姿が目に入った。
「なんだ、アンタか」
「なんだとはなんだ。おまえ、こんなとこでなにしてるんだ。授業中だぞ」
「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。バーカ」
「んなっ!? バカとはなんだ!」
キュッキュッと高らかに音を立てて近づいてきた生徒は、奈緒に向かって憤慨したような顔を向ける。それに怯むこともなく、奈緒はなつきの少し濃い翠をぎ、と睨みつけてふんっと鼻を鳴らした。
数秒間の攻防の末、結局、先に目を逸らしたのは蒼髪の方だった。
「バカバカしい」
ため息をついたなつきはドアの方を見つめ、一歩踏み出す。
「
……
さっさと行けば?」
「言われなくてもそうするさ」
ジャケットの袖に隠れたなつきの手が、ドアノブを掴んだ。
きっとおもしろいものが見れる。そう、きっと、なつきが普段は見せないような表情が。
ドアが開いて、冷たい風が入り込んでくる。次いで、なつきの姿が消えた。その三秒後。
「いや無理だろこれ。寒すぎる
……
」
「あっははは! バッカじゃないのアンタ!」
目を丸くして、口をきゅっと引き結んで。ガタガタと震えながら戻ってきたなつきを指差しながらこれでもかと奈緒は笑った。
その姿にかちんときて、どう罵ってやろうかと、寒さで凍りつきそうな脳みそをフル回転させていたなつき。口から嫌味が飛び出るより先に、口元は穏やかな笑みを浮かべていた。先程まで思い詰めたような顔をしていた奈緒が、心底楽しそうに笑っていたから。
「
……
ぁ、おまえ、知ってたな!? だからここにいたのか。それで私があっちに行くのを
……
おまえ、ほんといい性格してるな」
「えーえー、おかげさまで。アタシこう見えてもユートーセーなんで」
ジトリとした視線に棒読みで返せば、なつきはまた、子供のように無邪気な笑みを浮かべる。
「ははっ。そうだったな。
……
この寒さじゃもう屋上は無理だな。ほら、行くぞ」
「
……
は?」
「この季節はとっておきの場所があるんだ」
まるで、友達に自分だけの秘密基地を教える子供のように、なつきは声をひそめて笑う。たまに見せるこの顔が、きっと彼女の素なのだろうと奈緒は思う。自分を守るために作り上げた自分ではなく、何も知らずに、誰かに守ってもらえた頃の。
「
……
なんでアタシも一緒に行くことになってるわけ?」
「だっておまえ、授業サボってるんだろ? ここは寒いしすぐバレてしまうからな。私に任せろ。これでも私はお前より先輩なんだぞ。こーいう時に過ごせる場所はいくつか知ってる」
「はんっ。胸張って言えることじゃないでしょーが」
そっぽを向いて悪態をついていれば、一歩距離を縮めてきたなつきの手が、奈緒の手を掴む。
「うわっ、冷たっ!? おまえこんなに冷えて
……
バカだなぁ。ほら、行くぞ」
「あ、ちょっ、玖我っ!」
……
熱い。さっきまで寒かったはずなのに、体が全部、燃えるように熱い。なんでコイツ、こんなこと恥ずかしげもなくできるわけ? やっぱバカなんじゃないの?!
……
あー、もう。これ、絶対顔赤くなってる。
コイツのこーいうとこがほんっとにヤになる。思いつきで誰にでも手を差し伸べて、優しくして。それがその先どーなるか、相手に、そして周りにどんな影響を与えるかまでは全く考えられてない。
飼い主のあの最狂女に首輪をつけられているだろうに、このバカ犬は祭りが終わってから丸くなったというかなんというか。あっちにわんわんこっちにわんわん。困ってる後輩がいたら助けちゃうし、プレゼントだって突っ返してたのにもらったりもしてるし。ほんと、自分の行動がどんな結果を招くか、少しは考えてから動いて欲しいんだけど。
……
バカだし、期待するだけ無駄かも。
きゅっと繋がれた手は、自分のよりも少し大きくて、あったかい。
急激な体温の上昇は少し落ち着いて、心地よいぬくもりが、奈緒を包み込んでいた。
別に絆されたってわけじゃない。急に手なんて繋がれたら、誰だってびっくりするわよ。
でも、勘違いされたらメンドーだし。
「
……
アンタ、絶対振り向かないでよ」
赤くなっているだろう顔を見られたくなくて、低い声で唸るようにして言えば「はいはい、わかったよ」って軽い返事が返ってきた。
◇◇◇
「
……
図書室?」
天然ヘタレタラシに手を引かれたまま、誰にも出会うことがなかったのは不幸中の幸いというものだろう。廊下を見つからないように歩いて、辿り着いたのは、入学してからほとんどは行ったことのない場所だった。
「ああ。この時間は誰も来ないし、奥の方なら見つかることもない。それに
……
」
「最っ高。ここ暖房入ってんじゃん」
「だろ? ここなら落ち着いて時間が潰せる」
ふふん、と得意げななつきの方は見向きもせず、奈緒は本棚に目をやった。
「礼の一つくらいあってもいいんじゃないか?」と思わず言いたくなったが、自分のより少し薄い翠に、楽しそうな色が浮かんでいるのが見えて、渋々飲み込む。
「
……
ふぅん、いいの揃ってんじゃん」
「おまえ、本が好きなのか?」
「悪い?」
「
……
いや、ちょっと意外だっただけだ」
(あ、これ)
奈緒は最近話題になっていた小説を見つけて手に取る。パラパラとめくれば、もうその視線はページの上から動かない。吸い込まれるようにして、後ろ歩きで奥のソファへと辿り着き、ぼすりと座り込む。もぞもぞと体勢を変え、落ち着く位置を見つけたのか、動きを止めると翠の瞳はせわしなく文字を追いかけた。
(へえ、ほんとに本が好きなんだな、アイツ)
文学少女なんて柄じゃないだろうと思ったが、その見込みは違っていたようだ。
ここには昼寝をするために来たようなものだが、奈緒がそうなのであればと、なつきは棚に並べられていた科学雑誌を手に取り、ソファに腰掛けた。
元々それほど人が来ない図書室に、ソファは一つしかない。つまりなつきは今、小説に夢中な奈緒の横に陣取ってページを開き始めたのである。
「
……
狭いんだけど」
「仕方ないだろ。ソファこれしかないんだから」
「
……
ったく」
奈緒は少し隙間を開けるようにしてズレるが、いかんせんソファは狭くて肘と肘が当たってしまう。
コイツとくっついてるのはソファが狭くて寒いから、だし。くっついてるとこが熱いのは気のせいのはずだ。
涼しげな見た目をしてるくせに、体温だけは高いのか、ぽかぽかとした温もりが隣から奈緒に伝わってくる。
久しぶりに隣に感じる誰かの体温が心地よくて。
本が手の中から滑り落ちてしまったことも気付かぬまま、奈緒は眠りに落ちていった。
◇◇◇
「きゃー! かわいい〜!」
「ほんにかいらしおすなぁ。二人ともよう寝てはるわ」
(
…………
なに?)
微睡から意識が浮上していく。なにやらきゃいきゃい聞こえているのは幻聴ではないらしい。前の方から聞き覚えのある誰かの声がする。
……
ここならだれにもみつからないっていってたのに。くがのやつ、とっちめてやんなきゃ。
(
……
教師じゃなさそうだし、だれ
……
?)
訝しげに眉を潜めながら、奈緒はゆっくりと瞼をあげていく。その瞳に一番に映ったのは。
「
……
は? あおい?」
「あ、奈緒ちゃん起きたー? もー。ダメでしょ授業サボっちゃー」
目の前で携帯を構え(おそらく寝顔を撮られたので後で消す)キラキラした瞳で奈緒を見つめていたのは、ルームメイトのあおいだった。ここが見つかってしまったことに内心驚きながら、奈緒はため息をつく。
「だって退屈なんだもん、あれ」
「退屈でも、教室にいることに意味があるんだよー」
「そうそう。勉強は学生の本分どすえ?」
「げ、藤乃」
「おはようさん、結城さん。えらい気持ちよさそうに寝てはりましたけど、いい夢見れました?」
「
……
オカゲサマデ?」
……
にこにこしてるような顔してるけど、藤乃が背負うオーラがヤバい。
奈緒は背中に冷たいものが伝っていくのを感じていた。
目の前ではんなりと品よく微笑んで見せている女は、自分の隣にいる女のためなら、平気で神や閻魔でも敵に回すような女だ。
肩のあたりが少し重たい。ちらりと視線を右にやれば、なつきがすうすうと穏やかな寝息を立てながら、奈緒の肩にもたれかかっていた。
……
コレか。
奈緒はため息をつき、隣で呑気に寝ているなつきの鼻を摘む。
一秒、二秒、三秒。
「ぶわっ!? な、なんだ!?」
「ふんっ、いいザマ」
「ん、あれ? なんで静留が」
「なつきんこと迎えにいったら教室におらんかったさかい、探してたんよ。そしたら瀬能さんに会うてなぁ」
「そうそう。奈緒ちゃん探してきてって担任の先生に頼まれたから探してたんだよ〜」
「ちっ、余計なことを」
「ぎょうさん探し回ってやっと見つけたと思たんやけど
……
結城さんと二人でお昼寝やなんて。うちも誘ってくれはったらよかったんに」
静留はちょっと拗ねている風に見せているが、だいぶ黒いものが出ている気がする。それは隣のやつも感じているようで、丸まっていた背中がびしり、と伸びた。
「い、いや
……
おまえは、ほら、授業、受けた方が
……
」
「なつき、出席日数、足りてはるん?」
「ごめんなさい
……
」
小さくなっちゃって。ほんとバカよねぇ、コイツも。
「結城さんおおきにな。『うちの』なつき、よお眠れたみたいやわ」
「別に、アンタの玖我のためには何にもしてないけど。あー
……
ポンコツアンドロイドからメール来てる。めんどくさ
……
」
奈緒は手元でかちかちと音を立てながら立ち上がり、すれ違いざま、静留の耳に顔を寄せる。
「見え透いた牽制、アンタらしくもないじゃない。ま、アイツは気づいてないみたいだけど」
「
……
いけずやなぁ、結城さん。堪忍。うち、余裕ないみたいや」
「え!? 奈緒ちゃんって
……
えっ!? もしかして修羅場!? これは千絵ちゃんたちに教えないと!」
「あおい、めんどくさくなるから黙ってて」
きゃーきゃーと一人勘違いして盛り上がってるこっちのバカを、ぺしりと手刀で黙らせる。
……
いや、「ひどいよ奈緒ちゃーん!」なんて喋り続けているから黙りはしなかったけれど。
「し、静留
……
サボってたの、怒ってるか?」
「
…………
なつきは今度、うちと個人レッスン、しましょな」
「あ、ああ」
しょぼん、と子犬のように尻尾と耳を垂れさせた玖我は、飼い主に甘えるように上目遣いをしている。それを艶やかな紅で受け止め、静留はにまりと口元にたおやかな笑みを浮かべた。
静留が言った「個人レッスン」に含める言葉の意味は、玖我には全く伝わっていないのだろう、と思い、奈緒は心の中で静留に手を合わせた。
あーあ、見てらんない。
「アタシ、帰る」
「待ってよ奈緒ちゃーん」
きゅっと腕に絡みつくあおいを、奈緒は鬱陶しそうな顔で見やるも、そのままにしていた。渡り廊下に繋がるドアを開ければ、冷たい風が吹き込んでくる。
寝起きで暗闇に慣れていた瞳に夕日が差し込み、奈緒は目を細めた。
「あ、奈緒」
「
……
なに?」
まるで襟足をくん、と引かれたように奈緒は振り向く。どうやらあちらのお説教が一通り終わったらしい。なつきは奈緒をまっすぐに見つめて、穏やかに言葉を紡いだ。
「おまえ、薄着でちょろちょろして風邪引くなよ。母さんが心配するぞ」
「
……
よけーなお世話よ、バーカ」
べ、と舌を出してみせれば玖我はムッとしたような顔をして、そして楽しそうに笑った。
「奈緒ちゃん、いつのまに玖我さんたちと仲良くなったの?」
「はぁ? どこみたら仲良くなんて見えるのよ。アンタやっぱバカね」
「あー! 人にバカって言っちゃダメなんだよ。奈緒ちゃん、メッ!」
「子供扱いすんなっての」
ぺしり、と奈緒の額を叩いた手のひら、ぐいとを押し除ける。その手は気が付けば、あたたかい手に包み込まれていた。
「帰ろ、奈緒ちゃん」
「はいはい。わかったから引っ張んないで。てか、誰かに呼んでこいって言われたんじゃないの?」
「あははっ。あたしの心配してくれてるの? 奈緒ちゃんやっさしー」
「
……
バカにしてんの?」
「してないよ。ほんとはね、部屋に帰った時、奈緒ちゃんがいてくれたらいいなって思って迎えにきたの。だからほら」
一緒に帰ろ?
「
————
っ」
パパがいなくなって、ママが入院して、目覚めなくなって。一人ぼっちになってから、誰かが自分を迎えにきてくれることがあるなんて、思ってもみなかった。そしてそれが、こんなにも嬉しいんだって。
(こんなんで泣きそうになるなんて、バッカみたい)
前を歩くあおいに気づかれないよう、ぐし、と拳で目元を拭う。夕日が赤々と照らす中を、奈緒は歩いた。
自分を迎えにきてくれた大切な友人と、しっかりと手を繋ぎながら。
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