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千代里
2025-01-16 14:15:55
13109文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その31
異端者を匂わせる痕跡に気がついた、その翌日。
どこか落ち着かない気持ちで、一行はチョコボを走らせていた。
曇り空ではあるが、雪に慣れたチョコボの足に迷いはなく順調に予定の道を踏破していた
――
その途中で、彼らは急停止を余儀なくされた。
「イレーナさん? 何かあったのですか」
先頭を走っていたイレーナが、停止の手信号を後方へと送ったからだ。それを見て、ノエはチョコボの手綱を引き、減速を促す。
これまで、このメンバーの中では比較的重装備のノエが先頭を走っていたが、今日は不測の事態が起きた時に瞬時に対応できるようにとイレーナが先頭を走っていたのだ。
彼女はチョコボを完全に停止させると、耳にかけているリンクパールに指をあてている。ノエたちとやり取りをするためのものではく、彼女と本隊を繋ぐ通信具の方だ。
現在、ノエたちと連絡を取るためのリンクパールと、本隊用のリンクパールの二つをそれぞれの耳にかけている。ノエたちはすぐそばにいるので、本隊から連絡があったのだろう。
「
……
はい。今は街道の
……
予定通り、その座標付近にいます」
周囲を確認しながら、イレーナは返事を口にする。
緊張の混じった声。いつものきびきびとした物言いとは異なる、礼節を感じさせる言葉選びから察するに、相手は目上の者か。
返事の後、暫くイレーナの応答が消える。代わりに、沈黙の途中でみるみるうちに彼女の顔が曇っていくのが見てとれた。やがて、それは不安から驚きへと変じる。
「なぜですか、隊長! 我々の部隊は、直に隊長の座標に到着します。ならば、我々も隊長の支援に参加します!!」
イレーナが勢いよく申し出た内容は、救援。
裏返せば、彼女の隊長
――
ピヌヌが、何らかの窮地に陥っていることを示している。恐らくは、これからノエたちが向かう先に、ピヌヌたちもいるのだろう。
しかし、隊長はイレーナの支援を拒んだ。
何故、と問うのは、イレーナの話を聞いた今となっては愚問だ。答えは、すぐにイレーナ自身も口にする。
「確かに、彼らは傭兵です。ですが、彼らは背中を預けるに足るほどの、良き心を持つ者でもあります。私は此度の任務で、彼らに何度も助けられました。どうか、私の言葉を信じていただけないでしょうか」
「もし、主だった支援を受け入れがたいのなら、露払いでも構いません。人手が足りないなら、イレーナさんの指示に従い、僕らも手を貸します」
どうやら差し迫った状況であるようなので、ノエも支援を手伝いたいと横から口を挟む。
背後を振り返ればヤルマルもルーシャンも、深く頷いてくれた。イレーナの様子が気になるのか、オデットは不安げな顔を見せていたが、ノエの無言の確認にはしっかりと一つ頷いてみせた。
「我々は側面から向かいます。隊長、どうか許可を
――
……
隊長?」
今まで順調に進んでいたらしき会話が、不意に途切れる。次いで、イレーナが発したのは疑念と動揺の声。
「隊長、どうしたのですか。隊長、聞こえますか!? 隊長!!」
何度もリンクパール越しに声を送っているのに、返事がないのだろうか。
暫し応答を求めてみるも、状況は変わらなかったらしい。小さな舌打ちと共にイレーナはリンクパールに当てていた指を外した。
「イレーナさん、隊長さんは何とおっしゃっていたのですか。先ほどの様子ですと、支援が必要な状況ではあるようでしたが」
ノエの質問に、イレーナは焦燥を隠しきれぬ顔で一行へと向き直る。
「
……
そうだな。本来なら順を追って説明するべきだが時間がない。端的に説明する」
イレーナは言葉通り、急くような呼吸を一つ挟み、
「隊長とその部隊が、異端者と思しき一団に襲撃された。通常の巡回任務に出ていた時のことだそうだ。騎士を相手にここまで戦闘を続けられていると言えことは、それなりに相手も人数がいるのだろう」
戦闘のための装備に身を包んだ騎士は、野盗が少しばかり徒党を組んだところで太刀打ちできる相手ではない。だというのに苦戦を強いられているということは、相手が武装の優劣を退けるほどの物量
――
すなわち、人数差でこちらを凌いでいる証拠だ。
「我々の巡回日程を覚えていた部隊の通信員が、私に連絡をしてきたのだ。私が通常通りの日程で進んでいれば、彼らが今戦闘をしている地点に到着する。それを見越して、彼は私に支援を求めるつもりだったようだが
……
」
「隊長さんがそれを嫌がったってことか」
ヤルマルが、イレーナの言葉の後を継ぐ。
イレーナから事情を聞いていた他の二人も、彼らから予め事情をかいつまんで教えてもらっていた他の面々も、ピヌヌが何を警戒しているかがすぐに分かった。
通信員は、イレーナが傭兵と行動を共にしていると知らなかったのだろう。だが、ピヌヌはノエたちに任務を課した当事者である。
信用ならない傭兵を自分たちの戦いに混ぜることで、再びかつての悪夢が再来したら。
ピヌヌは最悪の事態を二度と引き起こさないために、不確定要素であるノエたちそのものを取り除こうと、イレーナの支援を拒んだのだ。
「ノエ殿の声は、隊長にも聞こえていたようだ。隊長も悩んでいたようだったが、私たちに合流してくれとは言わなかった」
「自分たちが危機的状況に置かれていると分かっていても、か
……
」
オランローの言葉は、言動の確認というよりかは批難めいたものが混ざっていた。
ヤルマルからピヌヌが傭兵を信じない理由を教えてもらってはいるものの、彼の表情にはノエやヤルマルのような同情の気配はなかった。
「通信が途中で切れたようだったが、何があったか、あんたの耳は何か拾わなかったか」
「正確なところは私にも不明だ。だが、後方から『魔物が』という声が聞こえた」
話しつつ、イレーナは自分が騎乗していたチョコボの手綱を握る。すでに説明は終わりに差し掛かっている。出発の準備をしろという合図だ。
「つまり、ピヌヌ隊長は会話の途中に魔物の襲撃を受け、通信を切らざるを得なくなったということですね」
イレーナに倣い、ノエもチョコボに出発の指示を出すため手綱を取る。
「おそらくはそうだろう。異端者は、大体が徒党を組んだ暴徒と同じだ。だが、時に彼らは魔物を率いて姿を見せる。自分自身を竜に変化させて襲いかかる者もいる」
「つまり、単なる暴徒鎮圧よりは手強いってことか。厄介だね。運悪く魔物が同時に姿を見せただけならいいんだけど」
「この前のドラゴンフライの群れの件もある。竜が背後にいる可能性は、視野に入れておくべきだ。魔物の増援が作為的なものである可能性は高い」
ヤルマルの状況整理の説明。それに、オランローの冷静な分析が加わる。
イレーナも彼らの発言に首肯を返しつつ、
「だからこそ、先に伝えておかねばならないことがある。ゲルダ殿、ならびにミラベル殿。あなた方を連れて部隊の戦闘地点に向かうわけにはいかない。幸い、隊長が教えてくれた座標は町から遠くない。貴殿らは、そのまま町に向かってもらえるか」
イレーナの意見は、民を守る騎士として最も無難なものだ。しかし、ゲルダはイレーナの提案が終わり切る前から、すでに首を横に振っていた。
「私、その異端者がいるっていう場所に一緒に行きたい」
「ゲルダ。でも、そこは危険なんですよ」
オデットがやんわりと嗜めるが、ゲルダは毅然とした面持ちで続ける。
「だって、そこに異端者たちがいて、竜に操られた魔物がいるかもしれないんでしょ。それなら、私も行きたい」
「ゲルダ殿、異端者たちの鎮圧は魔物の討伐とは訳が違う。奴らは人間だ。彼らが非戦闘員を見つけたら、率先して害を危害を加えようとする。貴殿自身が危険な目に遭う可能性が高いのだ」
彼女から見れば、ゲルダはオデットの友人であり、ノエたちが一時的に保護している子供にすぎない。
しかし、ゲルダの気持ちもオデットには痛いほど分かる。
自分が探している母親が、もしかしたらまだ異端者たちのそばにいるのかもしれない。人間たちに騙されて、望まぬ形で従わされているかもしれない。
そうでなかったとしても、単純に会いたいと願う友人の気持ちをオデットは無視できなかった。
「イレーナさん。実は
……
ゲルダのお母さんは、異端者たちの起こした騒動に巻き込まれて、それ以来、離れ離れになっているんです」
イレーナの意見を覆すには、もはや理屈ではなく情に訴えるしかない。されど、正直に竜に育てられたなどと言ってしまったら、ゲルダが異端者として糾弾されかねない。
故に、オデットは咄嗟に開示できる最低限の情報を見せることにした。
嘘は言っていない。しかし、事実を全て話してもいない。そんな微妙な綱渡りの会話術に、果たしてイレーナは厳しい面持ちを隠さないまま、
「
……
そのような事情を加味しても、貴殿が赴いた先に母親がいる保証はない。危険の方がはるかに大きいと言わざるを得ない。それでも行くというのなら
……
貴殿の安全について、私は責任を持つことができない」
「それでいいよ。どのみち、イレーナが駄目って言っても勝手に行くつもりだったから」
許可など必要ないと、ゲルダは言ってのける。オデットが小声で嗜めても、今のゲルダは己の決意を崩す様子はなかった。
「ゲルダさんに便乗するような形となって申し訳ないのですが、私も同道させてもらえますか」
「ミラベル司祭。あなたまでそのようなことを言うのか」
「私が探している子供は、街の外に出ていった父親に連れて行かれた可能性がある。
……
考えたくはありませんが、彼の不審な出入りが異端者の活動によるものとも考えられます」
そうでなければいいと願ってはいるが、可能性がある以上、ミラベルも無視はできない。
それでも渋面を作ってみせるイレーナに、ミラベルは外套を軽く払い、腰に吊るした細身の剣を示してみせる。
「私は、最低限自分の身を守れるぐらいの武芸は身につけています。たとえ負傷したとしても、その責任は騎士団には問わないと約束しましょう」
「気遣いいただき、痛み入る。だが、危険と判断したならばいつでも離脱してくれ。その時は、リンクパールに連絡してくれれば後ほど迎えに行く。ゲルダ殿、あなたもだ」
ゲルダは不満げに唇を引き結んでいるだけだったら、ミラベルは首肯を返して見せた。
「そして、ノエ殿。それに他の皆も。
……
私は、支援の戦力として貴殿らの力を借りたい。手を貸していただけると思ってよいだろうか」
「もちろんです。魔物の討伐は、元々の任務に含まれていたことです。断る理由はありません」
「右に同じ。ちゃんと仕事しないと、こわーい部隊長様に叱られちゃうからねえ」
だから、そのように肩肘はって申し訳なさそうに頭を下げなくていい。そのような意味も込めて、ノエは笑顔をみせる。
「急ぎましょう。到着次第、僕らは魔物の掃討に入ります。案内は任せていいですか、イレーナさん」
「ああ。先頭は私が受け持つ。ノエ殿とサルヒ殿はその後を頼む!」
早速チョコボを走らせるイレーナ。その背中を、すぐさまノエたちが後を追う。
ぱっと立ち上がった雪煙が消えていく空の向こう。鈍色の雪雲からは、ひらひらと雪片が舞い散り始めていた。
***
異端者の鎮圧は、イシュガルドの騎士となった以上、避けられない任務の一つだ。
盗賊や強盗のような悪党とは異なる、異端者だけの最大の特徴
――
それは、彼らは時に竜と手を組むという点がまず一つ。
そして、『異端』という名の信仰で結びつき、組織的な活動を広範囲にて行う点だ。
竜から血を得た異端者は、自らを竜と変えて騎士たちに文字通り牙を剥く。暴徒とは一線を画する強大な存在となった異端者は、数多の騎士を屠る凶悪な敵だ。
そして、たとえ血を飲まずとも、組織的な活動の成果として武具や防具を得た異端者たちは、小規模な武装組織となり、連携をとりつつ人々に襲いかかる。
竜に姿を変えていなくても、彼らの狂信から生まれた殺意に晒されて、全く怯まない騎士はいないだろう。
(この二点だけでも、異端者という連中は十分に厄介だと言うのに!)
内心で人前に出せないような悪態を二、三度ついてから、ピヌヌは振り下ろされた魔物の爪を掻い潜る。
異端者たちの姿は、今は彼女の視界には入っていない。けれども、彼女の長い耳は雪風に流されて聞こえる剣戟を幾度も耳にしている。残してきた部隊の者は、異端者たちに苦戦しているようだ。
「隊長、無事ですか!」
「僕は平気です。それより、他の者は」
「肩に負傷したため、一度下がらせています。魔道士はそちらの治療を優先させました」
「では、今は僕たちだけ、ということですね」
眼前に並び立つのは、三体のドレイクだ。
蜥蜴に似た姿を持つ四つ足の魔物だが、牙や爪は人の体を容易く切り裂く鋭さを持っている。おまけに、その口からは炎を吐くこともある。
ごつごつした棘に似た鱗は容易に刃を通さず、できるならば魔道士の強烈な一撃を与えて仕留めたいところだ。
一方、空中には街道ではしばしば見かけるドラゴンフライが、雪に紛れてこちらを見下ろしている。名前にフライ(羽虫)とあれど、当然ながらその体は小柄なララフェル族のピヌヌと同じくらいの大きさはある。
高度こそ低いものの、空を飛ぶ敵は厄介だ。思いがけない形で不意を討たれないように、常に気を張っておかないといけない。だというのに、上空に視線を逸らせば、ドレイクたちが今か今かとこちらの隙を伺ってもいる。
「
――
来ます」
ピヌヌは一言だけ言い置いてから、地面を蹴って片手に構えていた盾ごと前へと飛び出す。
小柄なララフェル族であれど、そのひと蹴りは鉄砲玉のように彼女を射出させるだけの勢いがあった。
前へと踏み出してきたドレイクは、予想外の先制攻撃に一瞬たじろぐ。その鼻っ柱に文字通り激突したピヌヌ。反動で、体が一瞬宙をはねる。
「せめて、ここなら
……
っ!」
弾き飛ばされた勢いを利用し、空中で反転。剣先に溜めたエーテルから白い雷が走り、ドレイクの喉へと突き刺さる。
響く、ドレイクの呻き声。雷に気圧されて、魔物の影が後ろへと倒れ込む。仕留め切れてはいないだろうが、牽制代わりにはなったはずだ。
「隊長、上は私が!!」
部下の警告。頭上のドラゴンフライの耳障りな羽ばたきの音。吹き飛んだドレイクの代わりに、今度は別の個体が着地したばかりのピヌヌに迫る。
部下が振るった槍が、頭上を飛び交うドラゴンフライを穿ち、上空の危険を一時だけとはいえ抑えてくれる。だが、仕留められたのは一体で、他の個体の十分な牽制にはならない。
「ああ、まったく
……
なんて連中だ!」
魔物たちではなく、ここにはいない異端者に向けて、ピヌヌは何度目になるか分からない舌打ちを打つ。
町周辺の巡回を行なっていた騎士団目掛けて、こんな昼日中にわざわざ襲いかかるなど、なんと愚かな異端者たちか。そう思った三十分ほど前の自分を引っ叩きたい。
最初こそ、襲撃した側にも拘らず、異端者たちはすぐに敗走の姿勢を見せた。
騎士団の任務の中には、異端者の捕縛や尋問も含まれている。ならば、自ら姿を見せた異端者たちを捨て置くわけにはいかない。少数の異端者ならば、すぐに諦めて投降するだろうと踏んで、追撃したのが間違いだった。
彼らは逃げ込んだ先で他の異端者たちと合流しただけではなく、魔物まで引き連れて騎士たちの前に立ち塞がったのだ。
罠だと気がついたときは、すでにピヌヌたちは異端者の集団に囲まれていた。
(
……
この辺りで捕縛した異端者たちのほとんどが、野盗崩れの大した連中ではなかった。その先入観に目を曇らせてしまった、僕の驕りもあったのは認めます)
迫ってきたドレイクの爪を掻い潜り、再び距離をとる。
異端者たちだけならば、たとえ人数が多くとも騎士の技量で圧倒することもできたかもしれない。だが、魔物の乱入のせいで、ピヌヌは部隊を二分させられてしまった。おかげで、今は本隊の面々に指示を出す余裕もない。
幸いなのは、ドレイクによって分断された自分たちの方が人数が少ないことだ。
異端者たちの集団と戦闘を続けている面々の方が、リーダーを一時的に失ってしまったものの、人数としては多い。人と人の戦いにおいて、有象無象の異端者たちより騎士団の団員は精鋭が揃っている。彼らの被害は、少なく済むだろう。
「あなたはドラゴンフライを引き続き食い止めていてください。僕は、ドレイクの相手をします!」
「隊長、しかしそれは!」
分かっている。分断された自分たちは四人しか手勢がいない。
一人は、先ほどドレイクの爪に抉られて、前線から弾き飛ばされた。今は、魔道士がその治療を行っている。
残った二人で三体のドレイクと、数えるのも嫌になる量のドラゴンフライたちの相手をするなど、無謀がすぎる。しかし、それは永遠にこの人数差が覆らない場合の話だ。
「治療が終われば、彼らも前線に復帰します。異端者たちの相手が済めば、別れた部隊も合流するでしょう」
援軍を待てば、いずれこちらが勝てる。あとは、我慢くらべと綱渡りをどれだけ続けられるかだ。
(もし、イレーナの部隊を合流させれば
……
もっと早く、この窮地を乗り切れただろうか)
一瞬、胸によぎった考えを、ピヌヌは甘えとして切り捨てる。
イレーナ一人ならば、まだ戦力として数えてもよかった。だが、周りにいる傭兵たちに頼るのは危険だ。過去、自分が傭兵たちに頼った結果何が起こったか、ピヌヌは今もはっきりと覚えている。
背中を安心して預けられない味方ほど、邪魔なものはない。敵よりも、もっと厄介とすら言える。
「牽制だけで構いません! 孤立しないよう、それだけは注意するように!」
部下に指示を出し、ピヌヌは様子見を終えて躍り掛かってきたドレイクへと再び立ち向かう。
雪を蹴り、ドレイクに肉薄。片手に握った剣を勢いよく振り下ろすと同時に、剣から迸った白い雷がドレイクを焼く。
(まずは一体)
魔道士の魔法には遠く及ばない、見かけ倒しの一撃だ。それでも、鱗を貫いて体を焼く一撃にドレイクがたじろいでくれた。
間髪入れず噛みついてきたもう一体のドレイクの牙を、小柄な体躯を活かして身を転がすようにして回避。お返しに、盾を使ってその首を思い切り叩いてやる。
(もう一体、あとは
――
)
「隊長、正面です!」
てっきり敵は死角にいると思い、身を翻していたピヌヌ。その念入りな警戒の隙をつき、真正面から、吹き飛ばしたドレイクの影に隠れるようにして、残りの一体が首を振り上げる。
(まずい。あれは炎を吐き出す予兆
――
)
思考が終わり切る前に、視界が雪景色に似合わない炎によって埋め尽くされていく。
前方に立つドレイクすら巻き添えにしかねない一撃。全身が火だるまになるのは、時間の問題だろう。
ならば、せめてもの抵抗として盾を向けようとして。
「
……
え」
ピヌヌの眼前に迫っていた炎。
それらが
――
瞬きの間に吹き散らされた。
風では決してあり得ない、魔力を伴った旋風。一拍遅れて、ピヌヌは自分の前を行きすぎた風が鳥の形をしていると気がつく。
見たこともない魔法。あるいは武術の類か。イシュガルドのものではない。では、誰が。何者が。
思考を一気に回転させる彼女の前に、再びドレイクの牙が迫る。今度は落ち着いて剣で弾き飛ばすと、たじろいだドレイクの牙に向かって、見慣れない輪っかのような武器が掠めていくのが見えた。
青みがかった軌跡。イシュガルドでは、お守りとしても重用される、見覚えのあるミスリル鉱で作られたものか。しかし、見覚えのない武器だ。
円状のそれが向かう先を
――
否、戻る先を思わずピヌヌは目で追う。
「ヤルマル! 上の連中を任せた!」
「はいはい、お任せあれ!」
指示をする男の声。そしてそれに応じる中性的な低くも高くもない応答。
ピヌヌの視線の先にいたのは、イシュガルドではまず見かけない黒い角を持った、長身のエレゼン族よりもなお大きい体躯の男と、兎のような耳を生やした麗人だった。
後者は命じられた通り、手に持った弓に矢をつがえ、ドラゴンフライに向かって一斉に放った。
男の手元に戻ってきた武具
――
円月輪も、負けじとすぐさま次の一投に用いられる。宙を舞った軌跡は魔力を伴い、周辺一帯を大きく薙ぎ払う。
ピヌヌやもう一人の部隊員を中心に展開された軌跡は、二人を取り囲もうとしたドレイクたちを牽制し、一時的な安全地帯を作り上げた。
「
……
あなたたちは」
突如参入した増援の二人。彼らの顔は全く知らない者ではない。
忘れもしない。武具を持った旅人
――
街に入ろうとした傭兵の集団。どうしても消しきれない悪感情を拭えず、ピヌヌ自ら辛辣な言葉を投げたことは、昨日のことのように覚えている。
「隊長、ご無事ですか!」
続けて耳に飛び込んできた声は、ピヌヌもよく知っている隊員
――
イレーナの声だ。槍を振るい、たじろいだドレイクたちを更に退けて、イレーナはピヌヌの元へと駆け込んだ。その後に、先ほどの円月輪使いも続く。
「イレーナ、何故僕の元に来たのですか! 彼らを増援に使うのなら、合流する必要はないと言ったはずでしょう!!」
傭兵など信用ならない。信用できない相手を懐に招けば、要らぬ傷を生む。
騎士と傭兵では、課せられた義務も、その視点も大きく異なる。最初から信用することができない相手であると、誰よりも分かっているからこそ、ピヌヌはやってきた傭兵たちを拒絶する声をあげる。
「隊長。しかし、私は
――
」
「そんなことも分からないのか、あんたは」
命令違反を指摘するピヌヌに、答えたのはイレーナではなく、先ほど割って入ってきた黒い角を持った男だった。
低く押し殺した声を持つその人物は、ピヌヌの何倍も大きな体を持つ。だが、構わずに彼女は男を睨みつけた。
だが、男は怯むことなく、
「好き勝手にばらばらに行動するより、一人のリーダーの指揮下に入った方が連携した行動が取れる。それぐらい、部隊長のあんたならすぐに分かるものだと思っていた」
「
……
そのような判断ができるのは、背中を任せるに足る信頼できる仲間が側にいるときに限られます。あなた方はと僕たちは、信頼を預けられるほどの関係にはない」
侮るような男の発言に反感を覚え、ピヌヌは咄嗟に反論を口にしていた。
その間も、ヤルマルと呼ばれた旅人の放った弓が再び放たれ、複雑な軌跡を描き、取りこぼした空中のドラゴンフライに次々に命中していく。
「
……
信頼できる仲間が常に十分な数、側にいると思っているのか。それはまた、随分とめでたい考えを持っているものだな」
「傭兵が、部隊の用兵術を僕に説くつもりですか」
「ああ。これでも一応軍の出だ。あんたの無茶な用兵を見ていたら口の一つや二つ、出したくもなる」
言いつつ、男は戻ってきた円月輪を更に縦へ放り投げる。
動きづらい雪の上であるはずなのに、彼の投擲はいっそ芸術的なほどに広がり、再び近寄りかけたドレイクたちを後ろへ下がらせる。
増援のおかげで後退出来た部隊員が、追撃に向かう姿が見える。その傍に寄り添うように走る、斧を持った見慣れない女も傭兵の仲間の一人だろう。
「イレーナから話は聞いた。あんたが傭兵を信じられなくなり、拒絶しなければいけないと定めた理由。それ自体は、オレにとっても分からないものでもない」
男はその手に魔力で編み上げた扇を広げ、一思いに振り抜く。
「だがな、あんたは部隊長だろう。だったら、使えるものは遠慮なく使え。信用できる者が少ないというのなら、信用できない者なんざさっさと盾にしてしまえばいい。肉の壁として消費するぐらいなら、あんたの『信用』も必要ないだろう!」
魔力を帯びた翠の風は、刃となってドラゴンフライたちの飛行を見出し、文字通り羽虫のようにはたき落としていく。
ばたばたと落ちていくドラゴンフライの影の向こう、赤髪に竜のような尾を生やした男の影がピヌヌへと落ちる。その明け色の瞳には、投げやりにも聞こえる言葉とは裏腹に、苛立ちを湛えているようにも見えた。
「あなたは、自分が浪費されるような作戦に組み込まれて、文句も言わずに死んでくれるのですか」
「浪費するかどうかもあんた次第だ。正直、そのような作戦はオレも好かない。だが、あんたが折角やってきた増援を信用しないというのなら、それしか道はない」
お前自身の発言が、非人道な選択肢しかない状況に自らを追い込んでいるのだと。
男は、ピヌヌに自身の選択がもたらした結末を叩きつける。
「それで、あんたはどうするんだ」
増援の攻撃で魔物を蹴散らしているはずなのに、ドラゴンフライの羽音が消えない。どうやら、魔物の方も増援があるようだ。目の前の敵を全て退けても、これで終わりとはならないだろう。
「オレたちを使い潰すつもりなら、そのように命令しろ。お望み通り、鉄砲玉として使い潰されてやる」
決断のための選択の時間は、然程残っていない。
「だが、もしあんたが臨時の部隊員としてオレたちを加えるのなら」
反感はある。いきなりやってきて何を言っているんだという気持ちもある。
「その時は、あんたの気概に敬意を表して」
傭兵など信用できない。
また部下を裏切って
――
自分を裏切って、敵の只中に取り残していくかもしれない。
だけど。
「
――
存分に、駒として活躍してやる」
この男の怒りを真っ当だと思う気持ちが、まだ残っているのなら。
部隊を預かる者としての責任を、私情で乱してはいけないという気持ちがあるのなら。
迷う時間は、必要なかった。
*
最初から、オランローはこの街の騎士たちが気に入らなかった。
言いがかりをつけられて、滞在費をふっかけてきたから
――
ではない。
それも勿論不満に思うところではあったが、彼らには彼らなりの理由があるのだろうと己を納得させることはできた。
経費の捻出は、軍事活動を行う者にとって常に悩みの種だ。
彼らは、横領や着服のような私的な理由で、旅人から徴収を行なっているのではなく、純粋に人手不足を少しでも補うために資金を搾り取ろうとしているらしい。
その事情を察してしまったら、オランローも彼らの行動の一から十まで間違っているとは言いたくなかった。
だが、隊長を一人、詰め所に受付代わりに残していると聞いたときは、流石に疑問を覚えずにはいられなかった。
仮にも組織の頂点に立つ者がいる場所に、部下がいないというのはどういうことか。
何か理由もあるのだろうと納得しようとはした。それでも、抑えきれない感情が残っていた。
隊長に命じられたとはいえ、詰め所に敷設された休息所の中で、大人しく休みをとっているであろう部隊員は、一体隊長の地位を何だと思っているのか。
そんな呆れもあったが、何よりもオランローが信じられなかったのは
――
それを当然として受け入れている隊長の方だった。
傭兵を嫌悪しながらも、任務への同行者にオランローたちを用いる。そんな彼女の不自然な用兵にも疑念を抱いていた。もっとも、彼が抱いていた疑問は、イレーナの話を聞いて氷解した。
ヤルマルは「そういう理由なら仕方ないよね」と肩をすくめていた。
だが、オランローにとって、そのようなものなど、『仕方ない』理由になどならない。
信頼できないなら、信頼できないものを使うなりの方法はある。他ならぬ、かつてオランローを虐げ続けた男こそ、オランローを兵として使うときは、そのように立ち回らせていたのだから。
人一人がそこにいることで得られる利点など、いくらでもある。中途半端に任務を任せるぐらいの信頼をしてしまうのなら、いっそもっと大々的に傭兵を雇って、放り出されても大きな支障の出ない雑務は押し付けてしまえばいいのだ。そうすれば、いくらか人手不足も解消するだろう。
だというのに、この部隊長は自らの不信の負債を、自分自身に押し付けている。
彼女が信用できない味方をそばに置きたくない理由も、全く理解できないことではない。
けれども、現状がうまく回っていないのなら、部隊のためだけでなく、隊長という旗頭を守るために飲み込まなければならないこともある。過度な負担を避け、己を守らなければ、いつか隊長自身が致命的な過ちを犯すことになるからだ。それは最終的に、部下や背後に守る民の危険にまでつながりかねない。
だというのに、ピヌヌの部隊は、部下すらも負債を抱えるのを美徳のように思っている。
その姿を見ていると、オランローは思い出してしまうのだ。
かつて、敬愛する上司のためという理由で、私怨を優先し、軍規を無視して行動した恩師のことを。
彼を止めるのではなく、賛同し、擁立して離反を許した連中たちのことを。
(
――
ふざけるな。あんたがすべきことは、そうじゃないだろう)
ノエやオランローのような冒険者なら、私情に走った選択をしていてもさして問題にはなるまい。信用できない相手に背中を預けられない分、自分が二倍も三倍も頑張るというなら好きにすればいい。
だが、彼女は部隊を治める隊長なのだ。
その背後には部下がいて、更に守るべき民がいる。彼女自身が己に課せられた責任を誰よりも理解している。
だったらなおのこと、綺麗な建前など、まだ踏ん張っていられる余裕がある内に捨ててしまった方がいい。
故に、オランローは問いかける。
「
……
それで、あんたはどうするんだ」
更に襲来するドラゴンフライの群れに舌打ちを一つ打ち、男は自分の背後にいる小さな部隊長に問う。
「オレたちを使い潰すつもりなら、そのように命令しろ。お望み通り、鉄砲玉として使い潰されてやる」
今、ここにノエはいない。彼らはここに到着する前に見つけた魔物の一団を抑えるために別行動をとっている。
お人好しの彼なら、今の自分の発言に渋い顔をするだろうなと、彼の渋面がオランローの脳裏に浮かび上がる。
「だが、もしあんたが臨時の部隊員として加えるのなら」
あのお人好しは、迷うことなくピヌヌたちを助けたいと申し出た。たとえ、壁として消費されたとしても彼はきっと笑うのだろう。
「その時は、あんたの気概に敬意を表して
――
存分に、駒として活躍してやる」
だから、この強情な隊長の目を、信用できる味方などという理想から、泥臭い現実へと引き摺り出す役は、オランローという男が背負う。
優しすぎる友人は、きっとピヌヌの反感を正面から受け止めてしまうだろうから。
果たして、ピヌヌは唇を一度強く引き結んだ。その裏にはきっと、言葉にしきれない多くの反論があったのだろう。
時間にして、ほんの数秒。それだけの時間で、彼女は自らのうちに湧き上がった言葉の多くを飲み込み、
「
…………
あなた、名前は何と言うのですか」
「名前?」
「名前と、得意とする戦闘法。あと、戦闘経験も。向こうにいる斧使いと弓使いの分もです」
顔を上げ、ブラウンの大きな瞳を精一杯釣り上げた部隊長は言う。
「それが分からなければ、指揮を取るものとして作戦のたてようがないでしょう」
「
――
ああ、そうだな」
どうやら、理想と現実を秤にかけて、己の矜持ばかりを優先するほど彼女の目は曇っていなかったらしい。
こちらを見つめ返すガラス玉のような瞳には、オランローがかつて師事していた男と同じ光が宿っていた。
「オレはオランロー。あっちは、ヤルマルとサルヒだ」
簡単な自己紹介と、戦闘方法について伝え、彼は続く指示を待つ。
(見た目はまるで違うのに、どうしてこういうところばかりは似ているのだろうな)
思考を重ねて、目の前の脅威に立ち向かうための指示を口にする瞬間。彼女の顔が、壮年の男性指揮官と一瞬重なる。
『隊長』が示す作戦を待つこのわずかな間隙を、オランローはどこか懐かしく感じていた。
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