出先から帰宅した恋人は小ぶりの箱を抱えていた。
「おかえり。それ、何?」
「たでーま。ああ、これか?ケーキだよ。」
帰宅の
挨拶ついでに尋ねれば、返事をしながら彼は答える。
それにしても、なぜケーキなど購入したのだろうか?何かの記念日だっただろうか?正直そういうことに
疎いオレには
皆目見当がつかない。
「特になんもねえぞ。単に通り道に新しいパティスリーがオープンしてたから買ってみただけだ。」
困惑顔で首をひねるオレに、彼はそう言って苦笑した。
なるほど、と納得し、一つ
頷く。意外と甘い物が好きな何とも彼らしい理由だ。微笑ましさに思わず笑みがこぼれる。
そんなオレの様子に照れ隠しの舌打ちを一つすると、誤魔化すようにお湯を沸かし始めた。そんな彼を
目端に
捉えたオレは、キッチンボードから皿とフォークを取り出してテーブルに並べ、中央にケーキの箱を
安置する。
「開けてもいい?」
沸いた湯をティーポットに
注ぐ彼に問いかけると、おう、と短く返答された。お言葉に甘えて
蓋を持ち上げれば、小ぶりではあるものの、まさかのホールケーキだ。
それにしても。
……これは本当にケーキなのだろうか?
記憶にあるケーキというものは確か、クリームやフルーツが
所狭しに飾りつけられていたはずだ。なのにコレには何も飾りらしい飾りはなく、まるで大きなパンのようにも見える。
「ねえ、これ本当にケーキなの?」
お茶を手にやってきた購入者に問えば、そういうケーキなのだ、と笑いながら返された。
「クリームチーズを
生地に
練りこんで焼き上げたモンなんだと。チーズの風味が消えちまうから、クリームやフルーツでデコレーションせずにそのまま焼きっぱなしで売ってんだってさ。」
「そうなんだ。」
世の中不思議な食べ物があるのだなあ、なんて
妙に感心してしまう。
食に関して興味が出てきたのは本当にごく最近だから、まだまだ知らない
……というか気付いていない物も多い。こうやって知れることが
素直に嬉しいと感じる。
「他にもクリームがごってり乗っかったのとか、フルーツがどっさり盛られたやつとかもあったけどよ。ほら、お前さん、あんま甘いの得意じゃねえだろ?これなら食えるかなって思ってな。」
カップにお茶を注ぎながら何でもない
声色でニカッと笑う彼に目を見張る。
――本当に。
「こういうところが好きなんだよなぁ。」
ぼそりと小声でぼやいた。
「あ?なんか言ったか?」
水物を注ぐ音に消され、オレの
呟きは彼に聞こえなかったらしい。
でも、それでいい。
「
……なんでもないよ。」
頭を振って席に着けば、コトリとティーカップが置かれた。それを合図に小さく感謝の祈りを
捧げ、フォークへと手を伸ばす。同じように向かいに腰かけた彼もフォークを手にし、ケーキへと突き刺した。適当な大きさで
掬い取ったケーキを口に入れ
咀嚼し、飲み込む。
「お、なかなか美味いぞ。」
その様子をただただ見ていたオレに向かってニカッと笑った。その笑顔に
安堵し、オレも彼と同じようにケーキへとフォークを突き刺す。
「
……美味しい。」
ほんのり香るチーズの
香ばしい味とほどよい甘さが口の中でじんわり広がっていく。ケーキは甘い物だという
概念が
覆されそうなソレに思わず言葉をこぼせば、同意するように満面の笑みが返ってきた。
そうして、二人してホールのまま
各々ケーキをつつく。
行儀は悪いけれど、オレはこの食べ方が好きだ。
昔のトラウマから、知らない
人間が作った物が怖くて食べられないオレの為に、彼はこうして一緒に食べられる物を買ってきてくれる。そうして昔を思い出すような物を
食す時は、
敢えてこういう風な雑な食べ方を提案してくるのだ。
オレを思うその気持ちが
面映ゆい。でも嫌じゃない。
こうして好きな人と食卓を共にすることが、何よりも大切で愛しい時間だと気付かせてくれるから。
彼とたわいもない話をしながら突いていたら、いつの間にかケーキはなくなっていた。
なんだか少し物足りない。
余程物欲しそうな顔をしていたのだろうか。また買ってきてやるよ、と可笑しそうに言う。
――でも。
「食べるなら、次はジグが作ったケーキがいい。」
そう
強請れば、彼は目をひとつ
瞬かせ、たちまち破顔した。
それに目を細め、フォークを置く。
「ご
馳走様でした。美味しかったよ。」
「お
粗末さんでした。次食べたいケーキ、考えとけよ?」
ニヤリと笑う彼に薄く笑い返して、カップに少し残ったイシュガルディアンティーを飲み干した。
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