猫柳 楸
2025-01-15 13:21:47
3205文字
Public 刀剣乱舞
 

海の亡骸

とうらぶ10周年おめでとう
猫審神者と笹貫

 海は好きだ。
 広くて深い青色でキラキラしていて、暑くてじっとりした潮風も、その風に乗ってくる色んな生き物の匂いも好きだ。
 でも、海の中に入るのは苦手だ。引いていく波に足を取られて、そのまま深くて暗いところまで引き摺り込まれてしまいそうだったから。
 …………
 ……
「お笹、今週の近侍おめでとう〜。今年も貝集め頑張りましょうね!」
 紺色の甚平に薄い色付きのサングラスを掛けた子供が万屋街を歩いている。供をしているのは軽装の笹貫だった。
 にこにこと笑う小さな審神者と手を繋いでいる笹貫は何故かちょっとだけ複雑そうな顔をしていた。それを見た子供の顔が曇る。
「お笹はもしかして近侍当番嬉しくなかったですか……?」
 笹貫は慌てたような表情で訂正する。
「そんなことない。嬉しいよ主。ただ、うん。手を繋いで買い物はちょっと、恥ずかしいかなー、みたいな?」
「そうなんですか? まあ、お笹がそう言うなら」
 審神者は笹貫の手を離して、笹貫に向かって両手を伸ばした。
「抱っこしてください、お笹」
 にこにこ笑う審神者に笹貫は大袈裟にため息をついて、審神者を抱き上げた。
「もう……しょうがないなぁ」
「やったー! お笹大好きです!!」
「はいはい」
 抱っこされたまま両手を上げて喜ぶ審神者は、それに苦笑を返す笹貫をみてまた楽しそうに笑っていた。
「それで、主。今日は何を買うんだっけ?」
「今年は暑そうだから帽子とか携帯式のくーらーを見てくるといいんじゃないかって、みっちゃ……燭台切が言っていたので」
 そこで言葉を区切ると、名案を思い付いた、という顔で審神者が笹貫を見上げた。
「お笹、一緒に帽子を買いに行きましょう? お揃いしたいです!」
「オレと? 別にいいけど、男物でいいの?」
「? 別にいいと思いますけど、性別よくわかんないですし。私、お笹とお揃いのものが欲しいです」
 その言葉に笹貫は不思議そうな顔をしてから、そっかと呟いて頷いた。
「じゃあ、行こうか」
 はぁい、と返事をして、とりあえずいちばん大きな呉服屋に向かうことにした。

 …………
 ……

「へぇ、それでにゃんこと笹貫は同じ帽子被ってんだ」
 連隊戦の本日のノルマを終えて、砂浜に座り込んだ姫鶴一文字がアイスキャンデーをかじりながら言う。
「そうですね、喜んでくれたみたいでよかったです」
 審神者はにこにこと笑って、アイスキャンデーの残りを齧る。
 夏の連隊戦は数少ない審神者も一緒に出向くことが出来る戦場だ。
 皆が頑張ってるところを近くで見れて嬉しい。と、この時期の審神者はいつも楽しそうにしている。
「俺らは一旦本丸に帰るつもりだけど、主は報告あんでしょ? どーする? ここで待ってよーか」
「そうですねぇ……せっかくだから、お仕事のついでに少し遊びたいかな……。姫鶴さん達は、先に帰っていてもらえますか?」
「ん。いーよ、今度は俺とも遊ぼーね」
 姫鶴は軽く手を振ると第1部隊に声をかけて転送ゲートへと向かって行った。
 審神者は笹貫と共に今日の分の夜光貝の集計報告を終えると、2人で海辺を歩くことにした。
「お笹は、海が好きですか?」
「ん? んー、どうだろーねぇ。海に投げ捨てられたこともあるし、あんまりいい思い出ないかな」
「じゃあ、お笹は海が嫌いですか?」
「そうでも……いや。うん。どっちかと言えば嫌いかな。海は怖いから」
 そう言って笑う笹貫に審神者は少しだけ考えてから、手を差し出した。
「お笹、手を繋ぎましょう?」
……なんで?」
「手を繋いでたら捨てられるかも、なんて考えられないでしょう? 海が怖いのも、きっと忘れられると思いますよ」
 笹貫は審神者の言葉に少し考えてから、差し出された小さな手を取った。
……はは、降参。敵わないな」
 笹貫は審神者の手を引いて、砂浜を歩き出した。
 この時期だけ出店している海の家を冷やかして、他愛のない会話をして歩いていると。突然、突風が吹いて、笹貫の麦わら帽子を攫っていった。
「あっ、」
 審神者は咄嗟に笹貫と繋いでいた手を離してそれを追いかけてしまった。そして、審神者が笹貫と離れた瞬間、海から大きな波が押し寄せて来て、審神者をばくりと飲み込んだ。
「主っ!!」
 笹貫は叫んで手を伸ばす。しかし、その手は審神者に届くことはなく空を切った。

 …………
 ……

「あれっ」
 私は何をしていたんだっけ? 審神者は直前の記憶が思い出せずに首を捻った。なぜだか服も髪もびしょびしょに濡れている。
 周りを見回してみると足元は真っ白な砂浜で、そこでようやく連隊戦を見に来ていたことを思い出す。
「お笹はどこだろう……
 一緒にいたはずの笹貫も、取りに走ったはずの笹貫の帽子も見当たらない。審神者が不安を感じ始めた時、
『おーい』
 海の方から声がした。審神者がそちらを見ると、浅瀬に人がたっている。
 ああ、よかった、無事だったんだ。
 嬉しくなって駆け出した。
……お笹!」
 審神者が呼ぶと、浅瀬をパシャパシャと蹴っていた麦わら帽子を被った長身の男はくるりと振り向いて、にこりと微笑むと
『あるじ、おいで』
 審神者に向かって手を差し出した。私はその手を取ろうとして……

「オレの主に何をしているんだ?」
 後ろから誰かに腕を引かれた。振り返ると険しい顔をした笹貫が腕を掴んでいる。
「えっ、あ……? 笹貫?」
 混乱する審神者に、笹貫はにこりと微笑んだ。
「そ、主の笹貫はオレ。海に沈んだ主を迎えに来たよ。……はは、これじゃあ逸話と反対だな」
 笹貫は驚いて固まっている小さな体を抱きしめたままで海の中に飛び込んだ。

 …………
 ……

……っぶは!」

 ざばりと海面に浮上する。審神者の体はぐったりと力が抜けていて、意識はない。
 しかし呼吸は問題なくしているようで、ほっと胸を撫で下ろす。そのまま審神者を抱えて砂浜に上がり、木陰に寝かせた。すぅすぅと寝息をたてている審神者は大事そうに笹貫の帽子を抱きしめていた。
 そんな審神者の頭を撫でて、笹貫はゆっくりと立ち上がる。
 目の前には、先程まで自分がいたはずの海が黒い波を立てて広がっていた。波の音を聞きながら、足元を見る。そこに落ちていたのは大きな黒い巻き貝の殻だ。
 「オレの大事な主に何してくれちゃってんのさ」
 笹貫の声が人気のない海岸に響く。刀身が夕日に反射して煌めく。
 砂浜に落ちていた巻き貝の殻は、ばきりと音を立てて割れた。
 途端、周囲に失われていた人々の気配が戻ってきた。あるいはその逆かもしれないが。
「さ〜て、帰ろっか主」
 笹貫はまだ眠っている審神者を抱き上げて歩き出す。
「ね、起きて。びしょびしょだし着替えないと帰ってから怒られちゃうかも」
 ぷにぷにと頬をつつくと
「うぅ〜……むにゃ……
 審神者がもぞもぞと動く。笹貫はそれを見て小さく笑った。
「ん、お笹……?寝ちゃってましたか、私」
「ん。おはよー主」
笹貫は審神者の頭を撫でた。撫でられている当の審神者は気持ちよさそうに目を細めている。
「濡れちゃったし着替え買いに行こ?」
笹貫が海の家を指差すと、審神者はこくんと頷く。
「はい、なんかペタペタして気持ち悪いですし……。でもどうして私たちこんなに濡れてるんでしたっけ?」
 首を傾げた審神者に笹貫は笑って言う。
「なんでだっけ、はしゃぎすぎたのかな。……ね、俺の服主が選んでよ」
「私が?」
「そ。オレの服全部主が決めていいよ、それ着て帰るからさ」
「いいんですか?じゃあ笹貫は私の服選んでくださいね!」
 審神者はやったー!と両手を上げて喜んでいる。誤魔化されてくれた審神者の頭を撫でて、笹貫は海の家へと歩き出した。