えなが
2023-10-18 21:57:12
6174文字
Public 革命軍組
 

深夜のファミレスでだべる現パロ革命軍組

全員社畜サラリーマン
酒飲むペースが早いファウスト
ファミレスでミックスグリル頼むレノ
フィやファのこと大好きなレノ
レノをかわいがってるフィとファ



「まだだ」
「なにが?」
「レノ。まだ写真、あげてない」
「ん~」
 俺はスマホを取り出して、ファウストとレノと三人で使用している共有フォルダにアクセスした。
「ほんとだ。何も撮ってないことはないよね。写真の選別に時間がかかってるのかも」
「一ヶ月も?」
「もうそんなに経つっけ。そっか、一ヶ月……レノなら連絡した当日に終わらせてそうだよね」
「うん、僕もそう思う」
 ファウストはスマホの画面を眺めながら反対の手でジョッキを傾けて、その中身がほぼ空なことに気づくとテーブルわきに備え付けられたタブレットを指先でタップして、追加のビールを注文した。
 定時間際、緊急対応が必要な業務に追われた俺とファウストは遅くまで会社に残っていた。部署は違うけど同じプロジェクトを担当していたので、俺たちは一緒に残り、ある程度の目途をつけたころにはもう終電近くだった。
 家の最寄りまで電車で移動したあとは開いてる店などほとんどなく、唯一入れそうだったのは、24時間営業の文字を掲げた駅前のファミレスぐらいなものだ。
 俺もファウストもくたくたで早く休みたかった。
 だけどここから家に帰って、風呂に入って寝る支度をして、後半、仕事のメールもほぼ流してしまったから軽く目を通して……と考えるとげんなりしてしまう。
 週末というのもあって、明日が休みなことだけが救いだった。
 俺はつい、「一杯ぐらい飲んでく?」とファミレスの看板を見上げながらつぶやき、間髪入れずにファウストは「行く」と返答した。次いで「飲まなきゃやってられない」とこぼす。俺も同じ気持ちだったので大きく頷いた。
 向かいの席に座ったファウストはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイの結び目に指をかけて首元から引き抜いた。くるくる丁寧に丸めて鞄に突っ込む。俺は結び目をゆるめるだけにとどまった。
 晩御飯にありつく暇もなかったので当然腹は減っていた。だが、空腹のピークを過ぎるとハンバーグやステーキなどのボリュームのある物を口にする気にはなれず、フライドポテトや生ハム、ほうれん草とコーンのバター炒めやエビのアヒージョといった塩気の強いつまみをつつきながらビールを流し込むことに決めた。
 お互い愚痴や文句は山ほどあったが、それは人のいない社内で大きな独り言をつぶやくことで発散したし、せっかく退社したというのに業務の話をする気にはなれなかった。怒るエネルギーもあり余ってない。ヒートアップするほどの熱量も残っていない、搾りかすみたいな状態で、俺たちはビールジョッキを掲げて乾杯した。
 業務と関係のないとりとめのない話をぽつぽつしていくうち、ひと月前に行った旅行の話になった。
 暦の上では秋だが、残暑が色濃く残る時期だった。暑さから逃れるようにレノもまじえて三人でレンタカーを借りて高原と海に行った。
 カーブだらけのくねくね道を越え、霧深い森を抜けた先の開けた土地。そこにあるコテージを一つ借りて、近くでバーベキューや釣りをした。天気はくもりで、夜は肌寒いぐらいだった。
 二日目は再び車を走らせ、今度は海へ行った。遊泳に対しては三人とも消極的で、立ち並ぶ店の一つに入って海鮮やてんぷらを食べた。
 観光地でもあり変わった建築様式の建物も多かったので、そのまま海岸沿いを歩いたり、SNSでもてはやされた列なすスイーツの店に並んで食べ歩きもした。
 山も海も景観がよく、食べ物も美味しかった。なので俺たちは全員、何かにつけスマホを取り出して被写体にカメラを向けていた。
 旅の思い出をまとめたいから、と旅先での写真を共有フォルダにアップロードするように呼びかけたのは帰宅してからすぐのことで、俺のもファウストのファイルもそろっている。レノックスだけが何一つあげていない。
 彼に関してはスマホだけでなくデジカメも持参していた。彼は牧場や動物園をめぐって風景や動物の写真をよく撮っている。
 「趣味というほどではないですが」と謙遜するが、食べ物や生活の一部を携帯カメラで撮影してSNSにあげるという行為が浸透するまで、そういったものに一切興味がなかった俺やファウストに比べると、十分写真好きだしそれなりにこだわりのある男だと思う。
 彼の部屋にあるシンプルな茶枠の額に入った山岳の写真もレノ自身がわざわざ登山して撮ったものだし、デジカメにも色んな種類があるようで、本体のみならず付属パーツをいくつか通販しているらしい。
 枚数が多くて選別に困るというのはわかる。あげるべき写真が一枚もないというのはレノに限っていえば考えにくかった。
「単純に忘れてるのかも。僕からもう一度メッセージ送ってみる」
「電話してみたら? それかここに呼ぶか」
「こんな時間に?」
 時刻はすでに日付変更線を超えている。いくら週末で近場とはいえ、人を呼び出すような時間ではない。
 迷惑千万極まりない非常識な行為だったが、レノなら許してくれるだろうし、俺たちの期待にこたえてくれるに違いないという甘えがあった。
 ファウストが通話ボタンを押すと相手はすぐに出てくれたようで、短いやりとりだけで終わった。耳にあてたスマホをはなして俺の顔を見る。
「レノも家に帰ったばかりだった。風呂もまだだからすぐ来るって」
「そう」
 そのやりとりがおわったころ、ファウストが握りしめているジョッキはまた空になろうとしていた。俺はすかさず自分の分も含めて追加のビールと水を頼む。
 ファウストが「一杯だけ」ですむはずがない。アルコールを入れたとは思えないほど顔色は変わらず、けろっとしている彼の飲みっぷりは見事なものだ。
 それから俺たちはしばらく雑談に興じ、十分ぐらいしてからレノックスが到着した。
 半袖の白いTシャツと黒のスウェットパンツにボディバッグを肩からかけている。シャツの胸元や腕まわりの布地がパツパツに張りつめて今にも悲鳴をあげそうだった。
 健康的ないでたちで現れた彼はスーツを着てぐったりした俺たちより幾分若々しく、ファウストよりも年齢が上だというのにまるで大学生みたいだった。
 お疲れ様です、と社会人らしい挨拶をしながらファウストの隣、俺の向かいの席に腰を下ろす。
「早かったな」
「走ってきたので」
「別に急がなくてもよかったのに。その恰好寒くない?」
「走ってきたので」
 夜はもう肌寒い季節だった。だが、この時間から走り込みにいくこともある彼にはちょうどいいのだろう。筋肉はどうやらあたたかいらしいし。
「レノも残業?」
「一旦定時に解放されましたが、二時間ぐらい前からな……呼び出しがあって職場に戻ってました。作業時間は大したことではなかったのですがこんな時間になってしまいましたね」
「サービス残業せずに、ちゃんと請求しなよ」
「ええ。もちろん。おふたりも大変そうでしたね」
 いつのまに注文していたのやら、ファウストがレノのぶんのビールを頼んでいたみたいで、三人で乾杯する。
「まあいいや、きみも何か食べなよ」
「フィガロ先生のおごりですか」
「誰もそんなこと言ってないけど。でも、いいよ」
 渡されたタブレットのグランドメニューを眺めながら次から次へと画面遷移する。俺たちの期待通り、ハンバーグとソーセージ、チキンとエビフライが盛り込まれたミックスグリルプレートと大盛りのライスを頼んでいるのを見て、俺とファウストは「さすが」と小さくはやしたてる。
「おふたりとも結構飲まれてますね」
「俺は一杯目を飲み切ったところだよ」
「僕だってまだ二杯しか飲んでない」
 一本指を立てた俺をまねてファウストはピースサインを作って見せる。すっかりご機嫌だった。俺はまだ二杯目に口をつけたところだったが、ファウストはもう三杯目が終わろうとしている。いつのまにやら一緒に置いていたコップの水も空になっていた。明らかにハイペースだった。
 いつもなら酒の種類を色々楽しむ彼だが、今日はビール一筋と決めているらしい。
 しばらくすると猫型配膳ロボットが軽快な音楽と共にレノの鉄板プレートとご飯の皿を運んでくる。ファウストはそれを目で追いながら何をいうでもなく無言で酒を飲み続けた。ロボットを肴に酒を飲んでいるみたいだった。
 くだんの猫ちゃんが厨房に収まるまで見送ったあとに目を細めて、いいな、僕も頼もうかな、とぼそりと呟く。
 レノは軽く手を合わせてから食事にありついた。重めのメインを冷めないうちにあらかた消化したころ合いに、俺たちは本題を切り出した。ファウストが手にしたジョッキは四杯目になっていた。
「この前の旅行の写真、共有フォルダにアップしてくれないのがきみだけなんだけど」
「え。あ、ああ……
「どうしたの。間違えてデータ削除しちゃったとか」
「そういうわけではないんですが」
 それで今日は呼ばれたのか、とぼやきながらレノはナイフをちまちま動かしながらコーンを数粒フォークによそって口に運び、咀嚼した。
「おふたりの写真だけでも十分かなと」
「そんなことないだろう。きみだってたくさん撮ってたのに」
「そうでもないですよ」
 レノの返答は煮え切らず、どうも歯切れの悪いものばかりだ。まだ少量しかビールを飲んでおらず、酔っぱらい二人に前から横から詰められて、何からはなすべきかと少し困ったように首をかしげて、水を飲んだ。
「きみの場合はデジカメも併用してたから、枚数が多くて大変かと思ってたんだけど、どうやらそういうわけじゃない?」
「ええ、データの移行は手間ではないですし、データそのものがおかしくなったわけではありません」
「じゃあどうして」
「まあその、色々、心情的にというか。……絶対にいやだというわけではなんですが」
「もったいぶってどうしたの。変なものでも写ってたりとか」
「変なものというか、変に思われそうというか」
 ボディバッグからスマホを取り出し、レノックスは指を画面へと滑らせた。
「データ自体はまとめていたので、すぐにアップロードできますよ」
「デジカメのほうも?」
「はい」
 いくつかのデータが共有されたという通知が来て、俺とファウストは同時に自分の端末に視線を落とす。
 レノは小さなため息をついて、メニューのタブレットを操作していた。横目で一瞬注文画面が見える。強めの酒を頼んでいた。
「ん?」
 まず、ファウストのほうが違和感に気づき、小さな声をあげた。
 俺たちはレノが撮ったという画像一覧を見て、彼がアップロードを渋っていた理由にすぐ気づき、黙り込んでしまった。
 俺たちが熱心に写真をチェックしている間、レノは頼んだ酒をストレートでちびちび飲んだ。
 頬がみるみる赤くなっていく。走ってここまで来たせいか、酒のせいか、いや、今の状況のせいに違いない。
 レノの撮った写真に、風景や、食事といったものは一切なかった。絶対にあったに違いないのに、彼が選びぬいて残したのは、俺かファウストが写っている写真ばかりだ。
 荷物を持って集合したときから、楽しそうな旅のはじまりの予感に浮かれた表情でいる俺たち。車に乗り込んで何の曲を流すか迷ったり、道の駅でソフトクリームを食べ、溶けるのが早くて行儀悪く手を舐めた様子。
 コテージに到着して、コーヒーを飲んで一服しているときの、時間を気にせずリラックスしている姿や、せっかく釣り糸を垂らしたのにまったく釣果があがらず頬杖をついてつまらなそうにしている俺の顔。
 バーベキューでずっと野菜の焼き加減に気を配っていたのにかぼちゃを焦がしてしまったファウスト、とうもろこしで口の中を火傷しそうになる俺。
 コテージ客の残飯を狙って近くに寄ってきたあざとい猫に、ついご飯をあげたくなるのをぐっとこらえるファウストの姿。
 写真を見れば見るほど当時何を話していたかもつぶさに思い出せる。挙げだせばきりがないほどだった。
 レノは、旅先での表情の一瞬一瞬を切り取っていた。
 たしかに、こちらにレンズが向いているなと気づいたときもある。俺やファウストが「やめなさい」「やめてよ~」と苦笑して自分の顔をそむけたり、手で覆ったり、逆にカメラのレンズをふさごうと手をのばしたりして、じゃれつく姿すら様になっていた。
 中には俺たちの寝顔まであったし、俺とファウストが猫のあいさつのように鼻先を近くにつけているようなドキリとした瞬間もあった。
 二日目の写真も、写っているのは俺たちだけだった。
 一日目の自然の緑にかこまれた澄んだ涼しい空気と、海の近くで少し蒸し暑い湿気を含んだ潮風をつぶさに思い出せる。
 旅のはじまりから終わりまで、時系列順に写真を眺めた。
 これは旅の記録というより、あのときのレノックスの視界を切り取ったものだ。
 俺も、ファウストも、本当に先月の旅が楽しかったんだと思う。笑顔はもちろん、あまりに力の入っていない脱力した表情や少し困ったり苦笑したり、冗談を言い合う顔は、プライベートでも滅多に見せない貴重なものだった。
 自分がこういう表情をしていたのか。見せていたのか。そう思うと同時に、レノックスには俺たちがこう見えているのかと思い知る。
 きっと、今、スマホを両手でしっかりつかんで食い入るように見つめているファウストも同じことを考えているに違いない。
 俺自身の表情もそうだけど、ファウストはレノにこんな顔を向けるんだ。そしてそれを今、俺は見せてもらえているのだと思うとたまらないものがこみあげる。
 ちらりと視線をあげるとファウストはまだ神妙な顔つきでスマホとにらめっこをしていて、隣のレノは耳まで真っ赤にしながらほとんど空のグラスを傾けていた。
 俺はスマホを見ながら指を滑らせる。最初から最後まで再度流し見て、口を開いた。
「とてもいい写真だね」
「いえ、いいんです、無理に言わなくて」
「お世辞じゃないよ。本当によく撮れてる」
 とても楽しかった。遊楽と疲労の織り交ざった感覚は記憶に新しい。きっとここから半年先、一年たったとしてもこのレノの写真を見たら思い出すことができるだろう。
 素晴らしいものに違いはない。なのにどうしても物足りなさを感じてしまう。
 ようやくファウストが顔をあげて、俺に向かって強くうなずく。彼の考えていることが手に取るようにわかった。
 この写真にはレノがいない。
 当然だ。撮影者は写真に写ることがかなわない。タイマーや自撮り棒を使えばできるけど、それは「撮影」を意識させてしまうし、自然な表情たりえない。
 ファウストも俺も、レノがいるから楽しかった。三人でなければこの写真は撮れなかった。なのに、レノの姿がどこにも見えないなんて寂しすぎる。
「来年は俺たちがレノを撮ってあげるね」
「いい。いいです。結構です」
 レノは喜ぶどころか口を曲げて眉を寄せた。いつも表情があまり変わらない彼にしては珍しく露骨な訴えだった。
 こうなるのがわかってたから嫌だったんですよ、とぽつりと告げるレノは、困惑しているようで、だけどどこかくすぐったそうに、はにかむよう笑っていた。